第34話 天才と湯船で昔話


 脱衣所で入浴する準備をしていると、フィーも入ってきた。

 一緒に入るのだろう。


「クレア、背中洗って」


 ――本当にこの子は。


 ため息交じりに承諾する。

 私の体に隠すところなどないので、躊躇なく脱いでいくとフィーが凝視しているのに気づいた。何かついていただろうか?


「……何かしら?」

「いや、クレアの肌キレイだから。……食事の仕方も丁寧だったし、クレアって良いところの育ちなの?」


 うさ耳カチューシャだけ外してある彼女が、自身の服を脱がすように促す。


 ――一人で脱げないのか。


 脱衣の手伝いをしながら答えた。


「まあ、これでも元公爵令嬢だもの」

「公爵令嬢!?」


 フィーが私から距離をとった。


「と言っても、フィーの知らない国のよ。……とっても、とっても遠いところなの。そこに帰るために今は旅をしているのよ」

「帰るために……」


 彼女が油断している隙に、捕まえて浴槽へと連れていく。

 お風呂独特の匂いが心地よい。


 湯船に真っ先に入りそうなところを止めて、先に頭を洗ってやった。

 長くて量が多いので、少々時間がかかる。


「クレア、今はって言っていたけど、それなら前はなんで旅していたの?」

「よくそこを聞いてたわね……。前は、そうね。公爵令嬢という役目が嫌だったからかしら」


 お湯をかけるわよ。前置きをしてやって、お湯を頭からかけた。

 ここまで量が多いと一度では流せない。もう一度かける。


「――ぷはぁ! でもさ、親とか親戚とか、反対しなかったの?」


「されたわよ、そりゃあ。特に母親は猛反対」

「だよね! じゃあ、黙って出てきたんだ」

「そんなことしないわ。ちゃんと許可は取りました」


 次に体を洗ってやっていると、フィーがくすぐったそうに身をよじる。

 動かないで、やりにくい。


「取ったんだ! どうやって?」

「元々、自分に錬金術師の才能があるって気づいててね。その才能を伸ばすために猛勉強よ。……周りから認められるような錬金術師になれば、天才だって知れ渡れば、許されると思ったのだけどね」


 泡だらけの体にもお湯をかける。

 ――よし、キレイになった。


「“思った”? まだ許されていないの?」

「母親からはね。父親と陛下からは錬金術師になる許可をもらったわ」

「……陛下」


 フィーに湯船に入るように指示を出し、自分の頭を洗う。

 魔術で清潔にはしていたが、やはり洗えないのは気になっていたのだ。


 彼女は湯船に浸かりながらも、まだ質問をやめない。


「ん? ……待って、錬金術師になる許可はもらったんだよね。じゃあ旅に出ることは?」

「ああ、その後にもらったわ。二年ほど王宮で働かせてもらってたんだけどね、コネだインチキだって言われて。素材探しと弟子探しの名目で旅に出たの。ついでに私の実力を証明するためのね。もちろん許可は取ったわ」


 ――人によっては、もぎ・・取ったと言うかもしれないけれど。


 お湯できれいに洗い流す。うん、さっぱりした。次は体だ。


「あ、わかった! 実力の証明が出来そうだから、自分の国に帰ろうとしているのね!!」


 フィーが立ち上がって言う。


「湯冷めするから、まだ入っておきなさい。……そう、あとは帰るだけなのよ」


 ――帰るだけ。それがとてつもなく遠い。


 思わず手が止まった。


「そっか、クレアはちゃんとしているんだね……」


 フィーの声で体を洗うのを再開させた。


「あたしね、実は今、命を狙われているの」


 彼女がポツリともらす。高位の爵位持ちならば、しょうがないことではある。当然、私も何度も狙われた。


「オルザもね、エーゲルもね、強いの。すっごく。敵なんか撃退できるぐらい。だけどあたしがいるから、逃げるしかなくって。……守られているのはわかるけど、それがとても――悔しい」


 ――“お嬢様だからしょうがない”“守られて当然だ”“あなたは後ろで邪魔にならないように立っていればいいの”。


 たぶん、どれも正解だ。

 でも、正解だからと言って、納得できるものでもない。


「じゃあ、強くなればいいじゃない」

「え?」


 フィーが顔を上げる。


「彼らに守られなくてもいいくらい。むしろ、彼らを助けてあげられるくらいに、強くなればいい」


 体の泡も洗い流す。


 ――簡単でしょ?


 フィーへと向き直ってにこやかに笑った。

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