第29話 天才と新たな出会い
日が暮れそうだったので、急いで町に戻る。
荒原の夜は寒くて、備えをしておかなければ凍死してしまうのだ。明日もあるのだし、無理する必要はない。
「さて、宿を取りましょう」
人込みを分けながら宿を目指す。
宿屋を探すのは簡単だ。看板がベッドのマークで、なおかつ夜でも見つけられるようにライトアップされている。
「ごめんくださいな、泊まりたいのだけど」
「ああ、嬢ちゃんすまないね! もういっぱいなんだよ」
「そうなのね、わかったわ」
「また来ておくれ」
あっさりと断られてしまった。
後ろから入ってきた人も同じように断られているところを見ると、本当にいっぱいなのだろう。
二軒目。
「いっぱいだ。よそを当たれ」
三軒目。
「ごめんよ。うちは部屋数が少なくってね」
四軒目。
「わるいな。ついさっき埋まっちまった」
――心が折れそうだ。
しょんぼりして帰ろうとすると、おじさんが引き留めた。
「……この時間だと、安宿はいっぱいだと思うぞ」
良い助言をいただいた。
つまりは高そうな宿に行けということだろう。ここまで来たら行くだけ行ってみよう。ダメだったら……野宿だな。
そして五軒目。高級感の漂っている宿。
空いているか否かの心配よりも、手持ちのお金で泊まれるかどうかを考えなければならなそうなところだ。
「……ねぇ、空いているかしら?」
出入り口に立っていた男に聞いてみる。
パリッとした服を着ていて、見るからに金持ち相手の商売をしていそうな装いだ。
「おや。……少々お待ちください、お嬢様」
どうぞこちらに。
そう促されるまま、入り口から宿の中へと入る。
椅子をあてがわれ、座らされた。嫌味のないその対応と、品の良い調度品に囲まれているフロントから、ここの質の高さがうかがえられる。
……あ、これ手持ちじゃ無理だわ。
そう判断するととたんにソワソワしてしまうものだ。
――ああ、ごめんなさい。支払えそうにないので部屋は確認しなくていいです。むしろ満室であれ。
その願いが届いたのかどうか。フロントに戻ってきた男は申し訳なさそうに言った。
「申し訳ございません。ただいま満室でございまして」
なんでも、武闘大会に参加する、もしくはそれを見に来た観光客でにぎわているらしい。
開催まであとひと月もないとはいえ、数日後という訳でもない。いくらなんでも早すぎないか。
だが、ここが満室ならありがたい。
お金が足りないから無理です、なんて天才の私は言えそうになかったのだ。
「それならしょうがないわね。ありがとう。手間をかけさせたわ」
「しかし、他の宿ももう満室の様子です。……失礼ながらお嬢様、他に宿の当てなどございますでしょうか?」
安心していたのだろう。だから私は馬鹿正直に答えてしまった。
「ないわよ。だから野宿ね」
野宿など、こちらの世界に来てからもその前の世界でも、数え切れないほどにしている。だから感覚がマヒしていたのだろう。
それがどう思われるかなんて、考えてもみなかった。
「なりません! 野宿など、危ないではありませんか。ただでさえお嬢様のような可愛らしいお方が、今、武闘大会で気の立っている輩や、観光客を狙ったならず者などが跋扈しているこの町にいること自体、危険だというのに! その上野宿だなんて! 身を差し出しているのと同じ事でございます! なにより! この話を聞いて! 私が! あなた様を野宿させることなどできない!!」
お、おう。熱く語って心配してくれている彼には申し訳ないが、少し引いてしまったぞ。
――おそらく、そんな低能ごときなら返り討ちにできるよ。
と言ったところで、彼は納得してくれないのだろう。困った。
パリッとした服を着た品の良い男と、くたびれたマントを着た子ども……に見える女は、傍から見たらとても目立っていたのだろう。加えて、男は切々と夜の町の危険性を訴えている。
ほとんどの人から遠巻きに見られていたのだが。
そこに勇者が現れた。
「困りごとかな? よければ私に話してごらんなさい」
これまた品の良いおじさまだ。
この宿には品の良い人しかいないのだろう。非の打ち所がないほどに、このおじさまも品が良い。
「エーゲル様!」
エーゲルと呼ばれた彼は、私に向かってにっこりと微笑んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます