第三章(1) 私とワタクシ
お父様を飲み込んで以来、お開きにならなくなった口。
底なしの穴を塞ぐ蓋を見つめ、私は大きく膨らむお腹に手を添えます。
あの後、お父様は行方不明となり、
周囲の者がどのような方法をもってして捜そうとも、見つかることはございませんでした。
当然のことかと存じます。
もはや、この世に存在しないのですから、見つかるはずなぞございませんでしょう。
お母様とお父様がいなくなり山葉家の戸主権は、当然のように私のものとなりました。
けれども、私は、家を継ぐ戸主としてまだまだ幼い身でございましたので、
母の妹夫婦のお家で三年程過ごさせて頂きましたの。
彼らは子どもに恵まれなかったこともあり、それはもう私を大切にして下さいましたわ。
まるで自分たちの子のように。
家族を失い、一人っきりになった私を不憫とお思いながら、
大切に、大切に、接して頂きました。
二十歳になり、この山葉の家に戻る時、何度も引き止められたのですが、私はここに戻って参りました。それからすぐに、親戚からの勧めで婿を取り、
二年の歳月を送りながら、ようやく子宝にも恵まれましたの。
中々身籠もらないことに、周囲の者は哀れんだ様子でおりましたが、
私もこうして、この時代の女としての務めを果たすことができます。
嬉しい限りですわ。私を気遣ってくださる優しい夫に、身の回りのお手伝いをして下さる使用人。
何の不自由もなく幸せに包まれたように暮らしております。
けれど、そんな私にも唯一、悩みがございます。
それは愛する優しい夫が、私の友人と浮気をしていることですの。
その女性は、私の学生時代の友人で朱里と申しますのよ。
朱里とは、誰がどう見ようと仲睦まじく、まるで姉妹のようだと囁かれるほどの関係でありました。
それなのに、それはただのお友達ごっこだったなんて。
本当……大したお方ですわ。
どうせ今日も二人で、何日かぶりの逢瀬を交わして仲睦まじく、私を蔑むのでしょう。私だけが、何も知らないでいるとお思いになって。
呆れて笑ってしまいますわ。
人の口にも、顔色にも戸板は立てかけられないものですのに。
お馬鹿な方達ね。
「あら。貴方も私の今の高揚感がお分かりになって。」
微かに動いたお腹を撫でおろしては、その膨らみに負担が掛からないように、腰を屈めます。
重い重い鉄の蓋。
あの日から開かなくなった鉄の蓋を開けるため、私は落ち葉や砂を払い
冷たい帳をグッと押しずらします。
ざざざざざざざざざっ。
さぁ。
お部屋に帰りましょうか。
私のお気に入りのお部屋。
昔から変わらない、この穴の眺めが一番良い、特等席へ。
リン。
リンリンリリン。
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