底なしの穴

沖方菊野

第一章(1)私と藤枝

 私(わたくし)の名は、山葉凛子。

 

 旧士族の娘にございますの。

 この地域一帯の土地を治める大地主のお父様と、優しく教養があるお母様の元に生まれ、沢山の使用人たちに、身の回りのお手伝いをして頂きながら、私は、何不自由なく幸せに暮らしておりました。


 ですが、そんな私にも唯一、悩みがございます。それは、お父様のどうにもならない浮気性。所構わず、女性をおつくりになっては、中々家に帰って来て下さいません。

 

 お母様は、それに対して同情して下さいます周り近所の方や使用人に、気丈に振る舞っておいでになりますが、時折り、堪えきれず涙をお流しになられることもございます。


 それを可哀想だと、皆皆様が口になさいますが、


その言葉を聞くとお母様は、強くある素振りを見せながら、

どこか微笑んでいらっしゃいます。


 どれほど胸を傷つけられようが、

惨めに思われようが、何も口出しなどできません。

 

 それがこの時代の私達でございますから。


 私は、教養あるお母様に憧れてはおりますが、どこかで恐ろしくも思っております。


 いつか私も、ああなってしまうのではないかと。

 このままでは、私もお母様と同じ道を歩まねばならない。

 そのことに反発する私と、受け入れようとする私。

 

 この2人がいつも胸に住んでおります。


 けれど、お母様の

そんな我慢もいよいよ限界に達したのでしょうか。


 それとも、家で雇う使用人に、

お父様がお手をつけられたことが、

じわじわ煮詰まり、

とうとう自尊心をお傷つけになられたのでしょうか。


 ある日突然、お母様は家を出て行ってしまわれました。全く、どこに行かれたのやら。

 思い切ると、人間、何をしでかすか分からないものですのね。


 お母様の行方は一向に分かりません。

 どこかで、無事に元気で、お過ごしになっていらっしゃれば良いのだけれど……。




 あら……。





 私のお部屋に面したお庭に、鉄の蓋を被せただけの、穴のようなモノが見えるのだけれど。





 あれは一体、いつからあそこにあるのかしら。


 

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