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九曜

第1章

第1話 「2LDKメイド付き!?」

「もう我慢できねぇっ。俺は家を出る!」

「どうしてそんなことを言うんだ、あまね! うちには地位もある。名誉もある。金もある。小さい頃からほしいものは何だって買ってやってる。美味しいものだって成人病を患いそうなほど食べさせてやってるじゃないか。例え患ったとしても良い医者を連れてきてやろう。これのどこが不満だって言うんだ!?」


「それがいかんっつってんだよっ! このままだと俺はダメになる! 緩やかに――否! 加速度的に唸りを上げて腐っていく! だから決めた! 俺は家を出る。家を出て自立する!」

「そうか。わかった。ならば、パパを倒してから……ぉごばあっ!」


 こうして鷹尾周たかお・あまねは、軽くひと悶着あったものの、家を出て(ついでにパパは病院に行って)、念願の自立した生活を手に入れた。




 そのはずだった――。




                  §§§




 ついにその日がきた。


 周はそのマンションを見上げる。


 部屋にはもう荷物が運び込まれているはずだ。まずはそれを開けて最低限生活できるようにしないと。そのほかのこまごまとしたものはゆっくりやっていけばいい。そうやって自分の生活空間を作っていくのもまたひとつの楽しみだ。

 今からそれを考えて、わくわくしてくる。


 周は階段を上り、部屋の前にくるとそのドアを開けた。


 マンションは自分で決めた。築一年ほどでまだ新しく、この春から通う高校からも程よい距離にある。


 間取りは2LDK。


 そして――、


「お帰りなさいませ、周様」

「……」


 なぜかメイド付きだった。





「どうぞ」


 周の前、ダイニングのテーブルの上にティーカップが、静かに音もなく置かれる。


「……」


 周はそれには手をつけず、まずはイスに座ったままあたりを見回した。


 あらかた片づいていた。

 基本的にそれほど広い家ではないので、食器棚や冷蔵庫、テレビなどは、ここ以外にないだろうというような位置に落ち着いている。加えて、周が家から送った荷物の大半は梱包が解かれ、食器等があるべき場所に収まっていた。


「すみません。先にほかのことに手をつけていたもので、まだすべて終わっていません」


 周の動きを見てメイドが侘びの言葉を口にした。

 とは言え、八割方終えている上、こうして紅茶まで即座に出せるのだから、充分に良い仕事をしていると言える。


 しかし、特筆すべきは言葉の内容のわりには、口調に謝意も敬意も感じられないことだろう。「それがどうした。できなかったんだから仕方ない。何か文句でも?」と言わんばかり。顔に至っては無表情だった。


「いや、まあ、それはいいけど……いや、よくないんだけど。……月子さん、何でここにいるのさ?」


 周はこのメイドと知らぬ仲ではなかった。


 彼女は、名を藤堂月子とうどう・つきこといい、周の実家の邸宅に家政婦として働いている藤堂の娘である。彼女もまた大学に通う傍ら、藤堂の手伝いをしていたようで、時々屋敷で働く月子を見かけることがあった。


 また、小さいころは周の遊び相手を任されていたらしく、よく一緒にいた。「シュウちゃん」「月姉ちゃん」と呼び合って仲もよかったのだが、小学校も高学年になって周りの目を意識するようになったころから、そうやって遊ぶこともなくなって今に至る。


「旦那様の指示です」


 メイド――月子は、文句なく美人と評せるであろう端整な顔に何の表情も加えず、実に簡潔に言った。


「親父め。余計なことをしやがって」


 あのとき父親だからと手心を加えず、もっと徹底的にやっておくべきだったと後悔した。むしろいっそのこと殺っておくべきだったか。


「なるほど。わかった。でも、もう帰っていいよ。後は自分でやるからさ」

「お断りします」


 月子は即答した。


「お断りって……いや、こういうことは最初から全部ひとりでやるべき……つーか、実際やることなんかもうほとんどないんだけどさ」

「お断りします」

「だから、俺は自立した生活を……」

「拒否します」

「これじゃ意味がなくて……」

「ダメです」

「ひとりで……」

「嫌」


 どんどん短くなっていく月子の返事は、ついに単語だけとなった。


「えっと、月子さん……?」

「……シュウ、うるさい」


 ぼそっと。


 小声で。

 それでいて周には聞こえるように。


「……うわ」


 呼び捨てにしやがった。


 別に月子を本当にメイドと思っているわけではないが、いちおうメイドとして派遣されてきて、エプロンドレスまで着ているのだから、それらしくふるまう努力はするべきなんじゃないかなーとか思うのである。


 そういった抗議の意味も含めて周が月子を見ると、彼女はすっと視線を逸らした。


「……」

「……」


 沈黙。


 とりあえず、周は出された紅茶に口をつけた。美味い。味や濃さ、温度、すべてが完璧だった。いったいいつの間にこんな技術を身につけたのだろう。


 そう言えば、周は自分が最近の月子のことをまったく知らないことに気がついた。ある日を境に意識的に月子を避けるようになって、次第にそれが当たり前のようになって、気がつけば自分の生活から月子はいなくなっていた。


 それがこのようなかたちで再び身近になるとは思わなかった。


「とは言え、まさかこのまま毎日通いメイドをさせるわけにはいかないよなぁ」


 月子には月子の生活がある。大学にだって行かなくてはならないだろう。加えて、周が望んでいた自立した生活の達成も危ぶまれる。


「いいえ、通いではありません」


 と、そこで月子が訂正するように言った。


「住み込みでお世話をするようにと、旦那様から申しつけられています」

「住み込みねぇ。親父もいよいよ俺が信用できないらしい」


 周は呆れたように紅茶をもう一口。


 そして、おもむろに――、


「ぶーっ」


 噴いた。


 まるで使い古されたコントのようだ。

 逆にそれが新鮮ですらある。


「住み込みだってっ!?」

「はい」


 月子は何ごともなかったかのような顔で淡々と台拭きでテーブルを拭きながら答えた。


「住み込みって、ここに?」

「はい。一般的な定義に沿って言えば、ここ以外にありえないかと」


 住み込みとはそういうものである。


「いったいどこで寝るんだよ!? まさか押入れか!?」

「残念ながら、私は未来から来たネコ型ロボットでもなければ、駆け出しのころの漫画家集団のひとりでもありませんので」


 わかりやすい例えとわかりにくい例えがひとつずつ。


「ということは……」

「はい。幸いここは部屋がふたつありますので……」


 月子は周の追及の目から逃れるように顔を逸らした。その視線の先にはリビングから隣の部屋に繋がる扉がある。


「まさか……!」


 周は椅子を蹴倒しそうな勢いで立ち上がった。


 その扉に向かって走る。途中、梱包の解かれた段ボール箱をいくつか飛び越えた。そして、そのままの勢いで扉を開ける。


「うっわー……」


 中に広がっていたのは見事に女の子の部屋だった。


 ツッコミどころとしてはこの部屋がすでに完成されていて、キッチンやリビング以上に正常に機能していることだろう。


「先に手をつけてたほかのことって、このことだったのかよ……」


 要するに先に自らの住居を確保したのである。


「できれば――」

「うおっ」


 月子がいつの間にか横に忍び寄っていた。


「メイドの部屋とは言え、いちおうそこは私室ですので、次からはノック、もしくは私の許可のもとで開けてください」

「……申し訳ない」


 確かにデリカシィに欠ける行為だったかもしれない。

 周は反省する。


「いや、そうじゃなくて! こんなの予想できねぇよ! 高校生のひとり暮らしでメイドさん付きなんてあるかよ!?」

「過去の例は兎も角、今ここに確固たる存在を確立していますが?」

「前代未聞だよ。アホかっ」


 いい感じに壊れつつある周。


 しかし、それもたったひと言で粉砕される。


「……シュウ、うるさい」


 ぼそっと。


 やっぱり小声で。

 斜め下に向かって、吐き捨てるように。


「……」

「……」


 どうやらこのメイドさん、時々悪意に満ちた言葉を吐くらしい。


「では、これからよろしくお願い致します」

「……」

「お願い致します」


 ずい、と顔を寄せてくる。


 威嚇半分、脅迫半分。いい要素がない。


「よ、よろしくお願いします」


 勢いに圧されて周が頭を下げる。

 月子も下げる。


 かくして、ここに2LDKメイド付きの生活が誕生した。

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