第7話 妖精の地図帳<1>
「ねぇねぇ。女の子を雇ったんですって? どんな子? どんな子?」
「ここにいるから、自分で確かめろ」
本を抱えて入ってきた妖精の少女が、本を売りたいとも買いたいとも言わずに問うてきたのを、ツヴァイが冷たくあしらった。
妖精は「あ、そう」と淡白に返すと、ツヴァイが指差した会計机の上を見た。
「あらっ。可愛いじゃない! ちょーっと飾りっ気が無さすぎる気もするけど、素朴さがあって良いわぁ!」
一人で盛り上がりながら、妖精は会計机の上まで飛んでくる。そして、抱えてきた本を机上に置くと、空いた両手でニーナの手に触れた。
「ねぇ、恋のお話しは好き? いっぱいお喋りしましょうよ! 甘くて美味しい実がたくさん生る、素敵な木を知ってるの! 一緒に行かない? あ、その前にこの本、買い取りの審査をお願い!」
一気にまくしたててくる妖精に、ニーナは目を白黒させている。ツヴァイがため息を吐き、アインスがフッと笑った。
「査定は私がやろう。ニーナ、悪いがページをめくってくれ。私や弟の手では、妖精の本を取り扱うのが難しい」
そう言って鋭い爪の生えた手を見せるアインスに、ニーナはこくりと頷いた。
妖精から受け取った本のページをニーナがめくり、ドラゴン兄弟がその中を覗き見る。そして、二匹揃って「ふむ」と唸った。
「地図だな」
「そうだな。一部地域に留まらず、様々な土地の地図が収録されている……。地図帳と思って良いだろうか」
「そうよ! この竜王の谷も、その周りの森も山も、ずっと向こうの草原の地図もあるわ! どこにどんな植物が生えているかとか、どんな動物やモンスターが生息しているかも書いてあるの。それに、服屋とか食堂とか雑貨屋とか、今人気のお店の情報まで書かれているのよ! すごいと思わない?」
「すごいとは思うが……そんな本を売って良いのか? 人気店の情報が書かれているのなら、お前にとって必要な本ではないのか?」
はしゃぐように本の説明をする妖精に、ツヴァイが呆れて問う。すると、妖精は何故か、ムッと顔を顰めた。
「良いのよ! 私にはもう必要無いの!」
これは……何か事情があるな。
そう察したドラゴン兄弟は顔を見合わせ、頷き合った。
「何を必死になっている? まさかとは思うが、この本……盗品ではないだろうな?」
盗んだ新品の本を古書店で売って金銭を稼ぐ者がいる、と、最近問題になっている。盗品を買い取ったとなれば、古書店側にもお咎めがあるかもしれない。
ツヴァイがそう言うと、アインスが続いた。
「家族の物を勝手に売るのも、当店としては承諾しかねるな。ちゃんと許可は取ってきたか?」
「盗んでもないし、家族の物を勝手に売りにきたわけでもないわよ! 私は、この本を処分したいの! それだけ!」
ドラゴン兄弟の物言いに怒った妖精は、顔を真っ赤にして叫んだ。そして、ニーナの手から奪うように本を取り戻すと、少しだけ考える。考えて、ニーナに押し付けるようにして本を渡した。
「あげる! お金は要らないわ!」
「……え?」
困惑するニーナに、妖精はぷーっとふくれっ面を作ったままに言った。
「あげるって言ったの! お金目当てで盗んだり、勝手に持ち出したりした本じゃないんだから!」
妖精が叫ぶものだから、ドラゴン兄弟まで困惑した顔になる。
「あまりムキになるな。一時の激情に駆られて本を手放すと、後々後悔するぞ」
「何か事情があると見た。我らで良ければ、話を聞くが?」
「私の事を泥棒なんじゃないかって疑ったような奴に話すわけないじゃないの! 馬鹿じゃない?」
あまりにもっともな意見で、ドラゴン兄弟はグッと声を詰まらせた。そんな二匹の横で、ニーナは妖精から押し付けられた地図帳を再度開いた。
妖精の気が昂っている傍で本を読んでいて良いのだろうか、とは思う。だが……気になるのだ。
この地図帳に記された文章は、ちゃんと読める。つまり適当に作成された物ではなく、この地図帳を手にした者に正確な情報を伝えようという想いを持って作成された物、という事だ。
そして、地図だけではなく植物や動物、店の情報まで載っているからか、この地図帳は見ているだけでワクワクする気がする。
だが、ワクワクする理由はそれだけではないように思える。
巨人の――ディルクの時と同じだ。この本のどこかから、何かが感じ取れる。それがどのページから感じ取れる物なのか。それがわかれば、この妖精が何故このような行動に出ているのかがわかるかもしれない。
ぺらぺらとめくっていくうちに、目的のページは見付かった。「あっ」という小さな叫び声に、ドラゴン兄弟が振り向く。
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