GOSICK
久遠寺くおん
第1話
最初は手の込んだ悪戯の類だと思った。しかし目を通していくうちに、そんなことは不可能だということに気づかされた。
その手の嫌がらせを好んで行う連中に心当たりはあったが、彼女たちにこんな高度な技術があるとは思えなかったからだ。
でもそれならこれはいったい何なのだろう?
彼女たちの仕業でないのなら、この悪趣味なスレッドは誰が立てたのだろうか。
◇ ◆ ◇ ◆
「……
ほんの気まぐれで自分の名前をインターネットで調べてみたところ、とあるネット掲示板のスレッドが引っかかったのだ。
思わずマウスを握っていた手が止まったのは、偶然にもその町に澪も住んでいたからである。
五十音市は都心まで鈍行列車でおよそ2時間の距離にある寂れた地方都市だ。
かつては交通の要衝として栄えた宿場町だったが、今ではその面影はどこにも残っていなかった。
澪が五十音市に引っ越してきたのは小学校3年生の冬休みのときで、都会育ちの澪にはこの町に沈殿した閉塞的な空気がどうしても受け入れられなかった。
それは8年が経った今も変わらないが、それでも馴染みたいとは思っていたし、そうしなければならないという強迫観念にも似た強い感情を持ち始めていた澪には、この町で起こったという事件が酷く気になった。
そのページをクリックすると事件の概要が貼られていた。
御代澪と検索してこのスレッドが引っかかったのだから始めからそんな予感はあったが、自分と同じ名前の人間が、しかも同じ町で殺されたその事件のあらましに目を通すという作業は、やはりあまり気分のいいモノではなかった。
しかしながら最後まで読み切ったのは、不快感を好奇心が上回ったからだ。
もちろんその好奇心の中には怖いモノ見たさも含まれていたのだが、読み終えたあとに澪は自分の安直な判断を激しく後悔した。
残忍な犯行だったから――というのも理由の一つではあったが、何よりも殺害された御代澪と自分の境遇が不気味なほどに似ていたからだ。
まるで自分が殺された記事を読んでいる気分にさせられた。
同情ではなく共感。殺された御代澪の苦しみが容易に理解できた。
例えば彼女がそうであったように、澪も一部の同級生からイジメられていた。
いつまでも町や周囲に溶け込めない澪は、元々内向的な性格だったのも相まって友達があまり作れずに、そういう環境が澪ならばイジメても問題はない、という空気を作っていた。
近頃は暴力の割合も増えてきていて、今日も複数の人間から腹部を殴られたばかりだった。薄れゆく意識の中で、このまま殺されるのかもしれないと思ったほどである。
だからこそイジメの延長で殺されてしまったという御代澪が、酷く自分と重なって見えた。
もしかして本当にこれは自分の――と自嘲気味にそう思った瞬間だった。
澪の眼球はそのスレッドが立てられた年月日を見て凍り付いた。
そのまま頭を働かせて本日の日付と西暦を確認する。今日は6月20日で、西暦は2020年だ。
「……嘘」
自分の記憶が狂っている可能性も考えてパソコンとスマートフォンもチェックしたが、間違ってなどいなかった。
今日は間違いなく2020年の6月20日である。それならこのスレッドが示す年月日は何なのだろう? どうして来週を指し示しているのだろう。
掲示板自体にバグが発生しているのかもしれないと考えた澪は、他のスレッドを覗いてみたが、バグっているのは件のスレッドだけのようである。
悪戯かもしれない。そう思った。
けれども果たしてそんなことが可能なのだろうか。確かにスレッド自体は誰でも立てられる。でも年月日を弄ることは難しいのではないだろうか。
パソコンが得意なわけではないがその程度のことはわかる。
それにそもそもそれが可能だとして、こんな手の込んだ嫌がらせをする必要はないだろう。
澪が自分の名前を打ち込んだのは、単なる気まぐれだ。
こんなことをしていなければ、あるいは一生このスレッドの存在は知らなかったかもしれない。
それでは労力に対する対価が、あまりに低すぎる。
でも――澪は自分の背中の産毛が粟立つのを感じながら、マウスのホイールを回した。
でも、もしも澪をイジメる彼女たちの仕業でないとするのなら、数百にも及ぶレスがついたこのスレッドはいったい何なのだろうか。
思考がまるで走馬灯のように目の前を流れた。
冷静になって
今の自分が動揺しているということは明らかだ。間をおいて、例えばそう、父に助言を求めるのがいいだろう。
しかし澪は頭を横に振った。間をおけるはずなんてなかったからだ。
もしかしたら自分が一週間後に――いや、殺害されるのは五日後か。とにかく近々、惨たらしい暴力を受けた末に、生きたまま腹部を引き裂かれることを想像するととてもじゃないが、後回しになんてできなかった。
未来を指すスレッドや同姓同名だということが、ただの偶然だと思えないほどに、澪の学校生活はどうしようもなく行き詰まっていた。
「……?」
パソコンのスピーカーが甲高い電子音を響かせたのは、自分の最期が脳裏をよぎった瞬間だった。その電子音に意識を引き戻されて、自分のブラウスが冷や汗で冷たくなっていることに気がついた。
それはメールが届いたことを報せるモノだった。
澪はいやに冷えた指を動かして、メールのアイコンをクリックする。
自分はいったい何に巻き込まれてしまったのだろう。
そのメールの本文を読んだ澪は、アイスクリーム頭痛のようにキン、と痛む眉間を指の腹で強く押した。
迷惑メールの類だとは思えなかった。なぜならそのメールは澪が殺されることを予知しているかのような内容であったからだ。
いや……送り主が犯人なのかもしれない。頭の端にはそんな思考もあったが、すがるように、導かれるように、澪はそのメールに返信をしていた。
そのメールには至極簡潔な文章でこう綴られていた。
――運命から逃れることのできる、たったひとつの方法、知りたくはない?
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