第29話 帰途にて



 今日は、とあることがしたくてショッピングモールまで来ていた。

 次の戦いまでにやっておかなければならないことはとりあえず一通り終わったからだ。

 そんな状況になってみると、ふと思い出した。

 真白の服、あの時プレゼントしたワンピースは、この世界ではまだプレゼントしていない。

 このままだとこの先、あの白いワンピース姿の真白が見られない。

 それはなんだか嫌だった。

 なにより。

 あの時のことを、なかったことにはしたくない。

 

 だから俺は、もう一度プレゼントすることにした。

 資金の問題で、他の三人には無理だが。

 あの服だけは、どうしても真白なんだ。

 

 だが、俺はそういうところを適当にしないぞ。

 甲斐性を見せてやる。

 お金が足りないならば、バイトか手作りだ。

 みんなへプレゼントする。

 時間は掛かるだろうけれど、お金をかけた差は出てしまうだろうけど。

 思いだけは、差がないつもりだ。


 とまあ、色々考えたが。

 結局の結論。至り。


 みんな幸せにするんだから問題ない。

 俺はみんなが好きで傍にいてもらいたい。

 そして幸せにする。

 それだけでいい。


 ということで、真白にあの白いワンピースをプレゼントする。

 そのために、ショッピングモールまで来た。

 食料の買い出しの目的もあるが、半ば口実だ。

 渡す直前まで知られたくない。

 驚かせてやりたい。

 サプライズだ。ハッピーだ。

 

 そうして、着いた。

 あの服屋に。

 あの時と来る時間が違うから、あのワンピースが本当にあるのか少し心配だったが、杞憂に終わったようだ。

 今この時でも、あの服はショーウインドウに燦然さんぜんと飾られている。

 

「先にアイラと姫香と美子に謝っておくよ。でも俺はみんなを幸せにするし、誰一人蔑ろにしない。あとで同じようにしてやるから楽しみにだけしておけ」


 俺は、そんな具合にみんなに待っているように言うと、店内へと足を踏み入れる。

 みんなよく分かっていないように首を傾げていたが。

 本当に、楽しみにしておけ。

 まあ、アイラだけは首を傾げながらも何となく察していた様子だったが。

 流石、俺の妹として何年も暮らしていただけはある。 

 店員の元まで真っ直ぐに歩いて行き、声をかけてショーウインドウの服を購入した。

 さっと買い物を済ませると、プレゼント用の包装紙に包まれた服を手に持ち、真白の前に立つ。


「?」

 顔を上げてキョトンとし、首を傾げる真白。

 お前ら揃いも揃って首傾げてばっかだな。

 俺はそこまで奇妙奇天烈で不思議な行動をしているつもりはないんだけどな。

 それはともかく。

「真白、これ、受け取ってくれ」

 プレゼントを差し出す。

「?」

 真白は再度キョトンとする。

「なんで……? わたしより――」

 おっと、その先は言わせない。

「これは、真白に受け取ってもらいたいんだ」

 どうせ自分じゃなくて他の子にあげてほしいとか言うつもりだったんだろうが、そうはいかない。

「どうして…………?」

 わからない。と言いたげな表情。

「これだけは、どうしてもお前なんだよ」

 前の世界の記憶がない真白には、この言葉では解らないのは承知だ。

 それでも言いたかった。

「着たくないなら、それでもいい。それでも、受け取ってほしい」

「どうしてそこまで……?」

 俺は、曖昧に笑うだけにした。

 今、あの時のことを伝えても仕方がない。

 もっと、落ち着いた時ならいいが。

「うん……じゃあ、貰うよ……」

「ああ、貰ってくれ」

 真白は渋々受け取ってくれた。

 ようやく、また真白の手にあの服が渡ってくれた。

 言いようもない嬉しさが込み上げた。

 真白は渋々受け取ったにもかかわらず、綺麗な包装紙に包まれた服を大事そうに両腕に抱えている。

 喜んでくれたのかな。

  

「ここで、着てっていい?」


 俺は、思わず間抜けに口を開けた。

 あの時、初めてこの服をプレゼントした時と一言一句違わぬ言葉。

 不思議な感慨が染み渡る。

 なにかをやり遂げたような、高揚と幸福感、真白に対する愛しさが広がった。

 数秒、そのまま。

 やがて立ち直り。 


「ああ、着てこい」

 声を出すことに成功した。

「カズくん、カズくんに最初に見てほしいから更衣室の前で待ってて……」

 頬を染めた、上目遣い。

「ん? あ、ああ」

 意外な要請を受け、俺は突っ掛かりながらも答えた。

 好きな女の子にそんな表情されたら、断れる男はほとんどいない。

「ちょっと待っててくれ」

 俺は三人にそう言ってから、真白について行った。


 真白は長方形上の小さな更衣室に入り、俺はその前で待った。

 衣擦れの音が漏れ聞こえてきて、いやがおうにも情欲が刺激される。


「うえええ~~~~~~~~~~ん!」


 唐突に。

 そんな、大きな声が、聞こえた。

 更衣室の中から。

 何が起きた!? と考える間も無く、敵襲の可能性を巡らせた。

 その声が、泣き声のようにも悲鳴のようにも聞こえたからだ。

 即行動に移す。

 着替え途中とか、そんな思考は吹き飛ばした。

 今はそんな場合ではない。

 更衣室のカーテンを素早く開きながら。

「真白!? どうした!?」

 視界での状況確認の前に、思わず問いかける。

 無事なのか、と。

 だが俺は、すぐに固まることになる。

「真白……?」

 白いワンピースを着た真白が、なぜか号泣していたからだ。

 それはもう、号泣の言葉に相応しい涙の量、そして多分、泣き声であろう最初の声。

 一体何が起こった?

 真白が更衣室に入ってからの短い時間で、何があったんだ。

 動揺、動揺、動揺。

 真白って泣いたことなかったよな?

 確か、なかったはずだ。

 泣きそうな顔は見たことはあるが。

 でも、こんなに、"本気の泣き"ではなかった。

 いつも、辛いときこそ笑えを信条に、この子は気高く強くいた。

 けれど今は、ただの幼い女の子のように泣いている。

 俺は、どうすればいいのか分からなくなった。

 

 真白が跳び込んで思い切り抱きついてくる。

「うお?! マジでどうした!?」

 転びそうになったが体勢を整えた。

 ぎゅっと、子供が親を離すまいとするように真白は俺に抱きついている。 


「うえぇ~~~~んっ…………! わだし、じにたくなかったよぉおおぉぉぉぉ……っ」


 ――――。

 その声に、俺は冷静になる。

 ならざるを得なかった。

 俺は、その涙声の言葉に、心の奥の悲鳴のようなものを感じてしまったのだから。

 瞬時に、思った。

 守らなければ、と。

 とにかく状況確認も現状認識も度外視して、何が何でも守らなければ、と。

 

 真白は続けて言葉の激流を溢れ出させていた。

「怖かったよおおぉぉ……っ」

 その言葉で胸が締め付けられるように感じた。

「カズくんがすごく辛そうで、悲しんでて。今にも潰れちゃいそうで。わたしが、まもらなくちゃって……。あんな時なのに服プレゼントしてくれて。キスして、幸せで。すごく、すごく好きだったのに。うぇっ……うぇっ……。かずくぅん……死にたく、なかったぁ……別れるなんて、終わるなんて、いやだったぁ…………」

 理解する。

 何が起きたか分からないが、何かで記憶が刺激されて戻っているんだな。

 俺はその言葉を、受け止める。

 頑張ったんだな。ありがとうな。

「うえぇ~~~~~~んっ! カズくんっ。カズくん。カズくん!」

 真白は、俺の名を何度も呼び、一直線に、全力で縋ってくる。

 絶対の信頼を、俺はそれに感じ取った。


 これだけ大声で泣いていると、周りにも聞こえてしまっていたようで。

 他人のひそひそ声が聞こえてきた。

「あの男、あんなにかわいい子泣かせて」

「さいてー」

「馬鹿男はこれだから」

 内容までは聞こえてなかったのか、適当なことを言ってくれる。

 でも。


 本当に、まったくその通りだ。

 俺は何をしてたんだろうな。

 共に戦ってきたはずなのに。

 守りたいのに、守られるばかりで、何も分かっちゃいなかった。


 いつも気丈に振る舞っていても、真白はただの女の子だ。

 特殊な力を持っていても、十代の少女だ。

 どこで限界が来てもおかしくなかったのだ。

 あの元気さは強がりだって、最初思ったんだけどな。

 真白がいつもそうであり続けてたから、いつの間にかそれこそが真白だと思っていた。

 こんなに小さな女の子なのに。

 こんなにも、少し力を入れたら折れそうなくらい華奢な体で、子供みたいに縋りついてきているというのに。

 

 真白は泣くばかりで周りの声は何も聞こえていなかったみたいだ。

 今も、泣いている。

 今まで溜め込んだ悲しみを、すべて吐き出すように。


 アイラたちは離れた位置に居るが、状況はそれなりに伝わっているらしく。

 アイラは信頼の瞳で。

 姫香は不安の瞳で。

 美子は迷いの瞳で。

 俺を見ていた。


 真白は気高い。

 ここまで強い自分を続けてきたのだから。

 でも今は。

 今くらいは。

 俺が支えてやらなきゃだよな。


 ――カズくん、カズくんが頑張れないなら、わたしがカズくんを生き残らせて見せるよ――


 君はあの時、手を差し伸べてくれた。だから今度は、俺が君を守るよ。

 俺は、大切に大切に、強く真白を抱きしめた。

「大丈夫。大丈夫だから。な?」

 そう言って、真白の頭を撫でる。

 労わるように、安心させてやるように。

 今までよく頑張ったな、と言ってやるように。

 このあと真白が元の強い自分に戻るならそれでもいい。でも戻りたくないなら、あとは俺に全部任せてくれていいからな。


「うええぇぇぇぇぇん…………」

 その真白の泣き声は、さっきまでとは違うものに聞こえた。




 ――その後。

 真白は泣き止むと「もう大丈夫」と言いながら目を袖で擦っていた。

「戻らなくてもいいんだぞ?」

 俺が言うと。

 真白は首を振る。

「ううん。それでもこれがわたしだから、わたしはこのままがいい」

 真っ直ぐ俺の目を見て、彼女はそう言った。

 やはり。

 真白は、気高い女の子だった。

 小さな女の子でありながら、強い人間だった。

 俺は。

「そうかい」

 とだけ口にした。

「この服、本当にありがとうね」

 真白は大事そうに、着ている白いフリルのついたワンピースの襟をぎゅっと掴んで微笑んだ。

 その微笑みを見ていると、俺はこの世界でも同じようにプレゼントして良かったと、心の底から思えたのだった。



 帰り道。

 時は夕刻へと移っていた。

 ショッピングモール内をみんなで結構うろついてたからな。

 ゲーセン入ったり、店を見て回ったりと。

 アイラと美子は買う食材の相談とかをしていたし。

 家族での外出のような感覚だった。

 主に真白のために敢行してしまったが、皆それなりに楽しんでいたように見えたのでよかったのだと思う。

 

 大通りの道を俺たちは歩いている。

 車がそれなりに行き交い、ショッピングモール帰りの家族やカップルや友達グループであろう集団が散見される。

 全部が全部ショッピングモール帰りとは限らないけれど、とにかくいろんな人がいて、車も走っている。

 

 だから俺は、想定しておくべきだったのだ。

 誇大妄想でもなんでもいいから、想像して、一応周りを見ているべきだったのだ。

 そうしていれば、回避できた事だった。

 

 甲高いブレーキ音。

 ブレーキ音。それが一つ、反響する。

 キキイィィィィッッ。と。

 夕方の和やかな風景に、異質が割り込んだように。

 穏やかな帰り道が一変した。


 鈍い音を立てながら、小さな体躯が俺たちの前に転がり跳んでくる。

 年端もいかない少女だった。

 年齢一桁であろう女の子だった。

 車に跳ねられて飛んで来た女の子は、気絶しているようで動かない。

 目を瞑ったまま、手足がありえない方向に曲がっている。

 幸い血は流れていない。けれどそれが幸いかは分からない。

 この分では、死んでしまうかもしれない。

 死なないにしても、これから過酷な人生を歩むことになるであろう。

 なにせ手足があんなことになっている。

 見ているだけでこちらも辛くなる状態。

 

 皆、固まっていた。

 声をあげることができず、数秒固まっていた。

 俺も、動けないまま思考だけが空回っていた。


 なんで、こんなときに。

 さっきまで、楽しい時間だった。

 非日常の中で、楽しいと思える日常だった。

 なのに、なんで急にこんなことが起きる。

 事故は予告などしてはくれない。

 そんなことは分かっている。でも、これはないだろ。

 小さな女の子が、俺の前に横たわっているなんて。 

 多重機動デュアルシフトで助けに入る間もなかった。

 気づいた時にはもう遅かった。

 今まで、この世界に戻って来てから旨くいっていたというのに、旨くやれていたというのに、俺は子供一人救えないのか。

 独善的でも、偽善的でも、俺はすべてを救う者だというのに。


 けれど、そんな中。

 アイラはいち早く動いた。

 少女の元へ、アイラは走り寄って膝を突く。

 そして、両手を翳した。

 俺は一瞬、止めようと思った。

 でも、やめた。

 ここで女の子を見捨てる選択は選べなかったから。

 アイラの異別には、前にアイラが説明したもの以外にも何かあると分かってはいても。


 正確に解っている訳ではない。

 俺だけが生き残ってアイラが死んでしまった時、何かが起こったのだろうという事と。

 アイラのおかげで覚醒した『無の殺戮』タナトス・ゼロ、俺の中にアイラの力が在るのを感じた事。

 それらからの推測した可能性で、何かあると思っているだけだ。

 そういえば、アイラに訊いていなかったけれど、この事をアイラは知っているのだろうか。

 あとで訊いてみなければ。


『魂の橋渡し』ソウルロード

 アイラが、唯一の異別の名を詠唱する。

 アイラの両手が、藍色の光に包まれた。

 輝きを纏った両手から、魔力が流れ出ていく。

 ありえない方向に曲がった少女の手足は、正常な位置に戻っていく。

 見る見るうちに大怪我は無くなっていった。


 藍色の光に照らされた、そのアイラの姿に。

 俺は女神を錯覚した。

 


 ――――。

 女の子を完全治療した後。

 俺たちは急いでその場から離れた。

 どうやら怪我はないようです! と叫んで全力疾走した。

 多分、何とか誤魔化せただろう。

 あんな大怪我をすぐに治せるなどとは誰も思わないだろうから。

 アイラが治している間は、アイラの機転で自分の体を盾にして極力見えないようにした上、触診しているように見せかけていたのも効果があったと思いたい。

 能力の光が漏れてたとは思うが、人はありえない事実よりも、納得できる自分の中の解釈を信じやすい。

 だから騒ぎにはならないだろう。


 家に帰り着き、皆が落ち着いたところで、俺はアイラに尋ねた。   

「アイラの異別は『魂の橋渡し』ソウルロードといって、魔力を使ってどんな怪我でも治せる能力、俺は前の世界でそう聞いた。これは、本当か?」

「…………」

 アイラは真剣な表情で無言になった。何かを考えている様子。

「大事なことなんだ。本当のことを言ってくれ」

 俺もその真剣な表情に応えるように、真剣な目を心がけて見つめる。

「…………わかりました。話します」

 そして、アイラは全部喋ってくれた。

『魂の橋渡し』ソウルロードは、生命力も使うことで命の蘇生すらも可能だと。

 ただし、蘇生をするには自分の命を全て使い果たしてしまうということを。

 つまりアイラが死んでしまうということを。


 …………。

「そうか……それで」

 ようやく分かった。

 推測だが、ほとんど確信に近い推測。

 前の世界であの時襲撃してきた悪魔。

 あいつの狙いは、アイラだ。

 悪魔は大罪戦争を起こした側で、参加側ではない。

 本来俺たちを襲撃する意味はないはずなんだ。

 けれど襲撃してきた。それならその時にいた俺かアイラが目的だということ。

 しかし目的が俺だということはないだろう。その後一切接触がなかったのだから。

 そして俺が関係ないのなら、アイラしかいない。

 アイラの特別といえば、その唯一の異別だ。

 

「どうして、隠してたんだ?」

「もしもの時、使うのを止められたくなかったんです」


 アイラは申し訳なさそうな、子供が怒られるのを恐れるような表情で答えた。けれど譲る気はないような声音で。

 確かに俺はアイラが死んでしまうそんな能力の行使を全力で止めるだろう。

 アイラは、他の誰かが死んでしまったら使うことを躊躇わないだろうから。

 前の世界の俺も、恐らくそれで生き残ったんだな。

 アイラが死んでしまったら意味なんてないというのに。

 

「なら、絶対に使わせない。ここにいる誰も、死なせない」

 俺はアイラ、真白、姫香、美子を見渡す。

「もちろん俺も、死なない」

 拳を胸に当て、アイラの瞳と相対する。

「だから、使うな」

 アイラは、沈黙と瞳の相対を数秒続けた後。

 微笑み。

「私は和希さんを信じてます。だからわかりました。生命力を使うことはしません」

「魔力だけなら、命に関わることはないのか?」

「はい。それは本当です」

 俺はその言を信じることにした。

 アイラはここで、嘘はつかないと思ったから。



「それにしても、少しまずいな」

「なにがですか?」

 アイラが訊いてきたので答える。

「前の世界で悪魔に襲われたのが、恐らくアイラの異別が目的だ。そして多分、アイラが異別を使ったのを見られたから、その異別の存在を知られたのだと思う。だから今回も見られてたのだとしたら、また悪魔が襲撃してくるかもしれない」

 あの時戦いで傷ついた俺をアイラは異別で治した。

 それを見たことで、悪魔が来たと仮定する。

 もしも最初から知っていたとしたら、もっと早く襲撃があったはずだから。

 それこそ、俺が罪科異別を手に入れる前に。

「なら、警戒していた方がいいね」

 真白がそう結論して、皆で頷いた。

 必ずまた悪魔が来るとは限らない。

 だけど、想定しておいて損はないはずだ。

 もう奇跡のやり直しはきかない。

 失うわけにはいかないのだから。



 夜。

 電気を消した部屋の、布団の中で。

「もう、離れ離れにならないよね?」

 真白が眉をハの字にした上目遣いでそう言って、俺の左腕に抱きつく。

「あ、ず、ずるい……」

 慌てたように右腕に美子が抱きついた。

「……っ。……んっ!」

 姫香が躊躇いがちに頬を染めて、正面から俺の上に乗って抱きついてきた。

「や、やりますね……」 

 美子が呟く。

 水の流れの如く、皆の一連の行動。

  

 暖かかった。

 むしろ暑かった。 

 ぎゅうぎゅうだった。


 でも、いいかと思った。

「寝るぞ」

 俺は皆を促すと、目を閉じた。

 しかし、袖を引っ張られる気配。

 目を開けて見ると。

 アイラが左手付近の袖をつまんでいた。

 控えめだな。

 アイラはもう目を閉じていた。

 だからアイラに声をかけてみたかったが、止めて寝ることにする。


 みんな、不安なのだろう。

 強敵がもうすぐ来るかもしれないのだから。

 だから俺は、それを受け止めてやることにした。

 俺が守るから大丈夫だと。

 それに、抱きつかれるのは嬉しい。

 

 …………。

 ……。

 意識が落ちる直前。


「和希さん……私、和希さんのためならなんだってしますよ……ごめんなさい、だから本当にもしもの時は、ごめんなさい……」


 俺は。

 そんなことはさせないと。

 言いたかったが、眠すぎたので。

 その意思を込めて。

 俺の袖を握っていたアイラの手を、優しく強く、そんな力加減を心がけて握った。


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