第27話 甘々と優しさ



 6月10日水曜日



美子side



 起きた。

 早めの時間だ。

 みんなまだ寝てる。

 名残惜しいけど、抱き付いていた和希の左腕を放した。

 起こさないようにそっと布団から抜ける。


 キッチンへ向かう。

 昨日はまだ戸惑いもあって、ちゃんと行動に移せなかった。

 和希に好きになってもらうために、色々してあげないと。

 まずは料理。

 男を落とすには胃袋を掴むのが基本、って前にネットのどこかで見た。

 だから朝ごはんにとびきり美味しい料理を振る舞って好感度を上げる。

 和希に惚れてもらって、愛してもらうんだ。

 これはその第一歩。 

 

 キッチンでどこにどれがあるのかは、昨日の夜ご飯をアイラさんが作ったときに確認済み。

 鍋に水を入れて、コンロに置いた。

 とりあえずメニューの一つは味噌汁に決めた。

 毎日味噌汁を作ってくれってプロポーズの言葉もあるくらいだし。

 安パイなメニューだと思う。

 後は焼き魚とかを付ければいいかな。

 幸い食材は色んなものが冷蔵庫にあった。

 アイラさんはよく料理をするんだろうな。

 これからは、私も和希のために作るんだから。


「美子さん」

「わひゃあっ!?」

 突然後ろから話しかけられた。

 びっくりした。

 振り返ると、アイラさんがいた。


「おはようございます、美子さん」

「お、おはようございます……」


 冷や汗が頬を垂れる。

 勝手に作ってて怒られるかな。

 役目取ったみたいな形になってるし、嫌われるかな。

 だとしても、私は和希に好きになってほしい。

 ここで止められるわけにはいかない。

 私は――


「一緒に作りましょう」

 優しい微笑み。

「……え?」

「朝ごはん、作ってくれようとしてたんですよね? なら一緒に作りましょう」

「あ……」


 この人は。

 私の想像していたことなんて全然考えてなくて。

 眩しい。

 きっと、優しいんだ。

 怒られるのか不安に思ってた自分が、馬鹿みたいだ。

 脱力して、安心した。

 なら、提案を突っぱねる理由もない。

 できれば一人で作ったものを和希に食べてもらいたいけど。

 でも、この善意は受け取ってもいい気がする。


「はい。一緒に作りましょう……」

「はい、では顔を洗って、着替えてきますね」

「あ」

 アイラさんの言葉で気づく。

 私も着替えてなかった。

 アイラさんが部屋を出て行った後、私も着替えに向かった。



side return



 味噌汁の湯気が立つ。

 起きたら、朝食が出来ていた。

 どうやらアイラと美子が二人で作ったらしい。

 俺は食卓に着いて、朝食を眺める。

 味噌汁に焼き魚に、ほうれん草のお浸し。そして白米。

 味噌汁の朝に似合う匂いが漂う。

 

「ど、どうぞ、和希。私、頑張って作りました……」

 美子が味噌汁の器を持って勧めてくる。

「ああ、じゃあ、いただきます」

 俺以外の皆もいただきますと手を合わせ、食事へと相成った。


 早速美子が勧めた味噌汁を啜る。

 味噌汁の香りが鼻腔から奥まで通り、豆腐や大根の食感、それら全てで味覚が刺激される。

「普通に美味いな」

 正直な感想を呟いた。

「ふ、普通、ですか……」

 俯いてかなり気落ちした様子な美子。

「いや待て。そう気落ちする必要はないぞ。普通に美味いものを作れるってのは貴重なことなんだぞ」

「そう、なんですか……?」

 顔を少し上げて訊いてくる。

「ああ。俺なんて料理はからっきしだし、普通に美味いものを作れないやつなんてごまんといる。そして、これは美味いから全然問題ない。そりゃアイラと比べたらまだまだだけど、美味いと思えて美子が作ってくれたという点が重要だ」

「そう、ですか」

 美子は、まだ少し不安そうだが、嬉しげに微笑んでくれた。

 アイラも笑みを浮かべて、そんな美子を見守っている。

「それこそ普通に褒めてあげればいいのに」

 真白がジト目で言う。

「褒めてるんだよ」


 ――。

 そうだ。

 昨日アイラに言われたことを、思い出した。

 いや、覚えてはいたが、今このタイミングだ、と思った。

 まだ少し不安そうにしている顔を、取り除くことができたらいい。


「美子」

 俺は席を立ち、美子との距離を素早くゼロにする。

 そうして、口づけた。

「んむう!?」

 驚きの声、驚愕の顔。

 構わず舌を入れ、口腔を舐め回す。

 美子はビクッと体を硬直させた。 

 しかし、少しの時を要した後、美子も躊躇いがちに俺の口腔を舐めてきて、舌を絡み合わせた。

 しばらくの後、顔を離す。


「あ、あの……私まだ、仮ハーレム入りでしたよね……? いいんですか、こんなこと、こんなに、嬉しいこと……」

 目を潤ませたまま上目遣いで美子は問う。

「仮とはいえ、ハーレム入りしたのならこれくらいはやる。それに――」


 もう、仮は取ってもいいかもしれない。

 ここまでいじらしく、俺を想って頑張ってくれる女の子を他の男に渡したくはない。

 惚れたかどうかは、分からないが。

 そのうち。


「それに……?」

「なんでもないさ」


 席に戻ると、皆の様子を見る。 

 アイラはニコニコと微笑み、真白はポカンとしたまま固まっていた。

 姫香は。


「早くも新しい女の子に、新ヒロインに首ったけですねっ。どうせ私は古い中古ヒロインですよっ」

 そんなことを、言ってきた。

「なんだ姫香。嫉妬か。かわいいな」

「なっ! そんなんじゃないです! 上から目線もほどほどにしてください!」

 頬を染めての必死の否定。

 わかりやすいな。

「安心しろ。俺は姫香も好きだ。嫉妬する必要はない」

「だから嫉妬じゃないです!」

「ムキになるなよ」

「なってません!」

 プイと顔を背けて、姫香は食事に戻った。

 気を荒くして、ガツガツと食べている。

「よく噛んで食べろよ」

「わかってます!」

 少し食べ方が丁寧になった。



 朝食後。

 ソファに座る姫香の後ろからそっと這い寄る男。

 俺だ。


 ガバッと後ろから覆うように抱きしめた。

「ひぃやぁ!?」

 慈しむように、お前を離しはしないと伝えるように強く抱きしめた。

「なにしてるんですかあ!?」

 暴れる姫香。

「なんでこんなことするんですかあ!?」

 姫香は拳を当ててこようとするが、がっちりホールドしているので俺には届かない。

「お前のことが好きだからだ。好きでなければこんな真似はしない」

「だからって急すぎます!」

「俺は姫香が好きだって伝えたかったんだよ」

「あううううう」

 

 嫉妬していたので、機嫌を直してほしかったのだ。

 物で機嫌を取るのは違うと思った、そして何かできることを考えた。

 結局、正面から愛情をぶつけるしかないと結論した。

 俺は猿ではない。

 発情した猿ではないが、これは必要なことなのだ。

 ラブラブしたいのだ。

 手放したくないんだ。

 

「可愛いな姫香」

「あうう~~~~っ!」

 顔を真っ赤にして素っ頓狂な声を上げている姫香に、口づけた。

「んんぅ!?」

 最初は触れるだけで、すぐに舌を入れ込んだ。

「んん~~っ!?」

 舌を絡ませ口中を味わっている内に、姫香はトロンとした目をして、声をあげなくなった。

 

 十分堪能した後、口を放す。

「ふはあ……」

 姫香は頬を染めて瞳を艶っぽく潤ませながら息を吐く。

「好きだぞ姫香」

「わ、わかりましたから……」

 姫香は俯いて小さく言った。

 わかったと言ったからには、わかってくれたのだろう。


「キスって、こんなに気持ちよかったんだ…………」

 小声で、そんな言葉が聞こえたような気がした。



 出かける前。家を出る直前。

 身支度を皆が整える中、俺は姫香にふと気になったことを尋ねる。


「そういえば姫香、前にも言ったが最近中二的な言動してないよな」

「中二的とか言わないでください。あれはかっこいい。でも、今は駄目ですよ」

「どうしてだ?」

「みんな、私が好きだったものが現実に在って、そのせいでみんな悲しんでるじゃないですか」


 それは姫香だって同じだ。

 大罪戦争自体、魔眼を与えられた者同士の殺し合いだから。姫香も美子も、それに巻き込まれた被害者だ。

 アイラは唯一の異別を持つが故、苦悩もあっただろう。真白は異別関係の組織にいた分、過去に色々あっただろう。

 そのことを、姫香は気にしている、ということか。


「私は、今でも魔眼とか異能力とか好きですけど、とっても複雑です。それらを好きだった私でもそうなんですから、他のみんなは好きじゃないと考えます。だから、そういう言動をとったらみんな嫌なこと思い出してしまうと思って。私だって、そんな無神経じゃないですから」

 姫香は。


「私の好きなもの、あれらは、かっこいいものなんです。

 人を悲しませたら、かっこよくないじゃないですか。

 かっこよくないのなら、それは意味ないです」


 姫香は、とても。

「優しいんだな」

 俺は姫香の頭を、撫でていた。

「……」

 姫香は不機嫌そうな顔をしながらも、頬を染めて満更でもなさそうだった。

 

「だったら、全て終わったらまたバリバリのキレッキレに戻るんだな」

「それはもう、言いまくりますよ。ポーズ取りまくりですよ」

 即答。

「そうか」

 またあの姫香を見れることを、願ってるよ。


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