第25話 ハーレム入り



 6月9日火曜日



 小鳥のさえずり。

 白い陽光。

 カーテンの隙間から。


 朝だ。

 起きた。

 着替えよう。

 

 着替えた。

 顔を洗わなければ。

 部屋から出た。


「…………」

「…………」

 

 詩乃守がいた。

 ちょうど、アイラの部屋から出てきたところだった。

 

「おはよう詩乃守」

「…………おはようございます、相沢先輩」

 詩乃守はそれだけ言って、踵を返して階段を下りていった。

 二回の廊下には沈黙が降りる。

「なんとか、しないとな」

 挨拶は、してくれたけれど。

 一息吐き、俺も階段を下りた。

 



「…………」

「…………」

 四人での、静かなる朝食。


 真白とアイラは、こそこそと話している。

「アイラちゃん、これ大丈夫かな」

「和希さんなら大丈夫です」

「絶対の信頼だね」

「信じてますから」

「ん~、じゃ、お手並み拝見だね」


 小声だが丸聞こえだ。

 好き勝手言ってくれる。

 だが、それなら魅せてやろうじゃないか。

 ハーレムを目指す男の、やり方というものを。


「詩乃守、いいか?」

 詩乃守は食パンを齧りながら目を逸らし。

「いやでふ」

 食べ物が口の中に入っているので大変可愛らしい返事が返ってきた。

「そうか。いやか。でも続けるからな」

「ならなんで訊いたんですか」

「一応だ。それで、まずは腹を割って話そうと思う」

「腹を割って話す?」

「ああ、そうだ」


 結局、正面からぶつかるしかない。

 好きな女を落とす術なんて、恰好の良いものを俺は持ち合わせていない。

 だから、思いのたけをぶつける。

 それしか俺には、出来ない。


「初めに、俺が詩乃守の好きな所を話す」

「え」

「可愛いものが好きな所が好きだ」

「え!?」

「ここ最近は出ていないが、中二病な所も好きだ」

「ええ?!」

「その黒髪が好きだ」

「――!」

「そのツーサイドアップが好きだ。ストレートでもかわいいと思うが」

「――!?」

「頭頂から生えているアホ毛が好きだ」

「……!」

 詩乃守のアホ毛がぴょこんと揺れた。

「その顔が好きだ。黒い瞳も好きだ」

「あぁ……」

 詩乃守の顔が真っ赤に染まっていく。

「その白い肌が好きだ」

「ぁぁぁ……」

 首筋も朱く染まっていく。

「今は付けていないが、黒い眼帯や腕に包帯を巻いた姿も好きだ」

「ひぅ……」

「その薄いピンクのワンピースを着た姿が好きだ」

「……っ」

 詩乃守の身が震えた。

「声が好きだ」

「……っ!」

「つまりその姿も、性格も、全部が好きで大切だ」

「はわわわわわわ」

 詩乃守は変な声を発しだした。


「普通の、争いなんてしたくないと思っている、か弱い女の子な所が好きだ。守ってやりたくなる」

 

 そこで、俺の詩乃守の好きなとこ羅列は終わる。

 静寂。

 詩乃守は身体をプルプルと震わせている。

 まるで何かを発散する前の様に。


「な、なんですか! その褒め殺しわぁ!!」

 爆発した。

「ほ、本当にそんなこと思ってるんですか!?」

「当たり前だ」

「適当に言ってるだけなんじゃないですか!?」

「そんな訳がない」

「そ、そんなこと……!」

 詩乃守は俯く。


「まあ、落ち着け。まだ話は終わっていない」

「まだ何があるっていうんですか……」

「詩乃守、俺の何が嫌か言ってくれ」

「え……」

 詩乃守は顔を上げて呆けた。

「嫌な所があるなら直すからさ、詩乃守好みになるよう頑張るからさ」

「そ、そんな……」

 詩乃守は慌てたように首を振った。


 そう、俺が拒否されるということは俺に対して何か嫌なことがあるということだ。

 俺はそれを無視して好きだから恋人になってくれなんて無理は言えない。

 幸せにしたいから。

 楽しく笑っていてほしいから。

 だから、俺にとって相手が最高であるように、俺も相手にとっての最高になりたい。

 釣り合わなかったら、釣り合うようにもっといい男になるだけだ。

 だから、詩乃守がどう思っているか知りたい。

 俺に駄目な所があるなら、それを詩乃守が嫌といったなら、直したい。

 そして、好きになってもらいたい。

 そばに、いてもらいたい。


「詩乃守が俺をどう思っているか、教えてほしい。君の理想に応えるから」

「うぅぅ………………」

 詩乃守は、頬をほんのりと染めて視線を落とし、黙ってしまった。

 

 …………。

 …………。

 黙っている。


「とにかく、お前は俺が守る」

「……」

「避けられると悲しい」

「……っ」

「本当にゆっくりでいいからさ。俺はいつかだろうと、お前と離れたくないんだよ」


 ――――。

 俺の、言いたいことは言い切った。

 後は、待つしかないか。

 一息吐いて、食事に戻ろうとした。

 すると。 

 

「……正直、いいますと」

 詩乃守が話し始めた。

「相沢先輩のことは、全然嫌いではありませんでしたし。直してほしいところも、まったく無い訳ではないですが、ありません。少なくとも、伝えて強制的に直させるようなことはありませんし、したくありません」

 俺は黙して頷き、聴きに徹することにした。


「それに、そこまでいわれたら、そこまでいわれてしまったら、そんなに純粋に想いをぶつけられたら、折れるしかないじゃないですか。だって、元から嫌いじゃありませんし。頼れる先輩なんだろうなって、思ってましたし」

 詩乃守は、滔々と語り続ける。

「だって、そこまで言ってくれる人なんてそうそういないですよ。しかも、口だけじゃなさそうな所が性質悪いです。そんなマジな目をして。どれだけ私のこと好きなんですか。どうしたらそこまで言えるんですか。全面肯定じゃないですか。全面好意じゃないですか。そんなこと言ってくれる人、これから先現れるなんて思えないじゃないですか」

 詩乃守は一つ深呼吸して。

「そしたら、恋人になるのも――ハーレムとやらの一員になるのも、悪くないんじゃないかな、って思えてきてしまうじゃありませんか」


 詩乃守が、決定的な一言を口にした。

 俺の中で、希望の光が差す。

「それなら――」

「でも!」

 俺の言葉を遮り、詩乃守が続ける。

「でも、私、そんなちょろくありませんから。だから示してください。その言葉が本気であることを。やり通せる強さがあることを。かっこいいところを、見せてください。そしたら、信じます。そしたら……恋人でもいいです」

 詩乃守も、言いたいことを言い切ったように一息吐いた。

 俺は姿勢を正して詩乃守を見つめる。

「ああ、最高にかっこいいところを見せてやる。詩乃守を、みんなを完全に守り切る姿をよ」

 俺は宣誓の言葉を形にする。

 そうすると。

 詩乃守は笑顔になってくれた。

「はい! 見せてください」

 詩乃守が笑顔のまま抱き付いてきた。

 突然だったが何とか抱き留める。

 詩乃守は俺の胸に顔を埋めている。

「ちょろくないんじゃなかったのか?」

「これはサービスですよ。助けてくれるって、守ってくれるって言ってくれたから」

「そうか」

「はい……」

 ふと。

 そういえば、と思った。

「姫香って呼んでいいか?」

 この子だけ、まだ名前で呼んでいない。

「そ、それぐらいなら……」

 姫香は照れた様子だが、了承してくれた。

「なら、私は和希先輩って呼びますね。その方がフェアです」

 何がフェアなのかわからないが。

「ああ、いいぞ」


 ――――。

 とりあえずこれで、なんとかなってくれただろうか。

 避けられることは、もうないだろうが。

 認めてもらえるように、まだ頑張らないとな。 



「あの~……わたしたちがいること忘れてない?」

 真白が控えめに挙手しながら声を上げた。

「いいですっ。いいです。恋愛小説みたいです!」

 アイラは目をキラキラさせている。

「アイラちゃん、アイラちゃん、落ち着いて」

「でもでも、だって!」

 頬を上気させてトリップしているアイラ。

「ああ、もう、この子、嫉妬とかしないのかな!」

 真白が頭を抱える。

「私もちゃんと愛してくれれば問題ないですっ。和希さんを信じてますから」

「やっぱり懐深すぎぃ……!」


 ほんと仲良いな。

 俺は二人のそんなコントのようなものを見ながら、照れて俺から離れた姫香と共に朝食を食べ終わった。




 人気のない、校舎裏。

 俺は、蕪木をここに呼び出した。

 今日は、蕪木美子をなんとかする。

 そう決めて、ここにいる。

 アイラ、真白、姫香は近くで待機させている。

 例の如く、近くにいてもらった方が安心だからな。

 真白は戦えるから一緒に行くといったが、蕪木は俺一人で何とかしたかった。

 俺が、何とかしなければいけないと思った。

 だから説得して待ってもらっている。

 

 そして。

 蕪木が、来た。

 目が隠れ気味になるほど伸ばした黒髪の長髪を靡かせながら。

 オドオドと俯きがちに。

 俺の目の前に、やってくる。


 目の前に立つ蕪木。

「あ、あの……先輩、私に、何の御用でしょうか……?」

 オドオドとしたまま、蕪木は尋ねる。

 俺は。 

「『総ての救済を望む傲慢な愚者よ、殺戮し、終わりの理へと導け』」

 詠唱した。

「え……?」

 蕪木は両目と口を呆けたように開けた。


 ――無の殺戮タナトス・ゼロ――


 俺の両目は翡翠へと輝き。

 両手に柄、鍔、刀身全てが翡翠色の短剣が握られる。


 右の短剣を、蕪木に向けて薙いだ。

 物質への不干渉を選択。傷つけず、短剣は入り込む。


 ――殺戮せよ――


 蕪木美子の罪科異別。

 それを『殺した』。

 

「え……?」

 蕪木は、呆けたままだ。

 状況に理解が追いついていないのだろう。


 まずは罪科異別を殺し、この場の敵を無くした。

 そして、ここからだ。


「蕪木」

「は、はい…………」

 蕪木は。何とか返事が出来たといった様子。

「お前、俺のこと好きなんだよな」

 それは、尋ねるというより確信した物事に対しての確認。

「――え………………?」

 蕪木の顔は赤く変化し、戸惑う。

 でも、意味は解っているはずだ。

 ただ追いついていないだけで。

「どうなんだ」

 再度、間を開けて問う。

「あ……えと……あの…………」

 やはりまだ無理か。

「なら、そういう体で話を始めるぞ」

 蕪木は黙って俺を見ている。

 話を聞くつもりはあるようだ。

「俺を好きだというのなら俺のハーレムに入れ。こちらが惚れてないからまだ仮だがな」

「……ハー……レム……?」

 蕪木は首を傾げた。

「そう、ハーレムだ」

 蕪木は傾げた首を戻した。


 上から目線過ぎて自嘲しそうになる。

 けれど、たとえ傲慢でも、俺はこの選択をする。

 蕪木を救うには、これしかないだろうから。

 他にも方法はあるのかもしれないが、俺にはこれしか最善が思いつかない。

 この女の子は、俺に依存しすぎている。

 だったら俺が、なんとかしてやらねばならない。

 俺は依存を悪いことなどとは思わない。

 俺は、依存されることを嫌に思わない。

 ならばそれを、突き詰めてやればいい。


「……ハーレム、ということは、私以外にも、他の人がいるということですよね……?」

 蕪木の瞳が、暗くなった。

「ああ、三人ほどな」

 暗さが増した。

「……だったら、そいつらを排除――」

「こらこら。他の子に危害を加えたら俺はお前を嫌いになるからな。度合いによっては殺してやる」

「……っ」

 蕪木は怯んだ。

 本気では言っていない。それほど嫌いになるということを伝えたかった。

「だから無理に仲良くしろとは言わないが、俺のところに来るのなら悪くない関係を築いてくれ。出来るのなら、仲良くしてくれ」

「…………」

 蕪木は数秒黙った後。

「わかりました……」

 渋々だがわかってくれた。

「お前の見てくれは結構好みなんだ。だったら後は、想いで俺を惚れさせてみろよ」

 頬を赤くして蕪木は頷いた。

 実際蕪木は可愛い。

 長すぎる前髪に隠れて見えにくいが、顔の造形は整っている。

 その黒髪も、長い事に目が行ってしまいがちだがしっかりと手入れされていて、女の子の努力がうかがえる。

 肌も白く、綺麗だ。

「お前が俺を惚れさせたら全力で愛してやるから。まあ、簡単さ。案外俺は惚れっぽい」

「はい……っ」

 もうすでに、三人もの女の子に惚れてしまっているからな。

 惚れっぽいというのは、案外真実かもしれない。

「俺のところに来るのなら、責任は必ず取る。だから他に危害を加えるな、約束だ」

 最後に、念押しをした。

 もうあんなことは起きてほしくない――起こしてほしくないから。

「はいっ……約束、します……」

「なら、俺のところに来るか?」

「はい、行きますっ」

「ハーレムだが、いいな?」

「はいっ」

 微笑んで、いってくれた。

 約束も、してくれた。

 きっと、その表情からするに、嘘ではないだろう。

 俺はそう、信じたい。

 とりあえず、信じる。

 

「美子」

「――っ!」

 この子に、名前呼びの確認はいらないと思った。

 むしろ野暮だろう。

 それに。

 いきなり名前で呼んだ方が、喜んでくれると思ったから。


 実際。

 美子は今まで見たこともないような笑顔を浮かべていた。


「あの、私たち、もう恋人ですよね?」

「今は仮だからお前次第だが、ほとんどそうだといってもいいだろうな」

「なら、和希、って呼んでいいですか……?」

「ああ。問題ない」

「はい……っ。では、和希」

「ああ」

「和希」

「ああ」

「好きです」

「ああ」


「よし。なら、これより美子の仮ハーレム入りを認める」

「はい……っ。すぐに、好きになってもらいますから……!」

「ああ、楽しみにしている」


「和希」

「なんだ」

「ありがとうございます」

「ああ」

「罪科異別がなくなったら、すうっと気持ちが楽になって落ち着いたんです」

「……そうか」


 …………。

 ――推測だが。

 前の世界で美子が一切話を聞かずに襲ってきたのは、罪科異別、あの魔眼が影響していたのではないか、と。

 確認はできないが、恐らくそうだろうと思った。

 だって、今の美子はこんなにも魅力的に笑えているのだから。

 俺の話をしっかりと聞いて、納得できる場所を探してくれたのだから。


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