第23話 和希さんハーレム



 6月8日月曜日

 


「アイラちゃんの料理美味しいね!」

「ありがとうございます」

 朝食を、三人でとっていた。

 前の世界と同じく、真白はアイラの料理を気に入ったようだ。

 俺は味噌汁を啜る。

 美味い。


 真白は昨日この家に泊まり、そのまま朝を迎えている。

 客間があったのでそこを真白の部屋としたのだ。


 朝食後の一時。

「それで、これからどうするの?」

 ソファに座りながら真白が話を切り出した。

「そうだな。まずはアイラと真白には学校を休んでもらう」 

 二人はキョトン、とした顔。

「今日は日曜日なので学校はありませんよ?」

 アイラが言う。

「ああ、そうだったか。まあ、明日からという意味でだ」

「そこまでする必要あるの? 学校内にはいるんだから別に――」

「駄目だ」

 真白の言葉を俺は遮って言った。

 少しでも離れたら、その間に襲撃されて取り返しのつかないことになるのではないか。

 そんな不安が付き纏う。

 敵が来るタイミングは前回を経て知ってはいるが、もし万が一違うことが起きないとは限らない。

 もう、前みたいなことは繰り返したくない。

「カズくん慎重すぎじゃない? わたしだって戦えるんだよ?」

「それでもだ」

 真白は、考え込んだ。


「和希さんは、前の世界のことがあるから慎重になっているんですよね」

 アイラが口を開く。

「まあ、な」

 なんとしても喪いたくないから、慎重になり過ぎている節があるのは認める。

 だが、生きるか死ぬかの瀬戸際では、慎重すぎるぐらいがちょうどいいだろう。

「ん~、確かにそれなら、先を知ってるカズくんの言うとおりにした方がいいとは思うけど。学校よりも命の方が大事なのは当たり前だしね」

 アイラのフォローもあり、真白は意見を変えた様子。

「わかってくれたか」

「うん、ぶっちゃけ最初からそこまで反対してたわけじゃないよ。ただ反対意見も言っといた方がいいかなって。カズくんがどこまで本気なのかちょっと知りたくて」

「試したのか?」

「まあね」

 さらりと真白は言ってのけた。

 確かに、真白なら慎重になり過ぎることの重要さは俺よりも解ってるかもしれない。

 信じるとは言ってくれたが、完全に信頼してもらうにはまだ今の真白が見た俺の実績が足りないのだろう。

「では、しばらく学校休んでできる限り一箇所に固まる。これでいいな?」

「はい」

「うん」

 二人は肯定の意を示した。

 

「それで今日することだが、実は夕方までは特にない」

「ないの?」

「ああ」

 今日は、詩乃守に会いに行きたい。

 しかし、俺は詩乃守の家も学校も知らない。

 唯一知っている会えるであろう場所は、河川敷だけだ。

 そして確か、俺の記憶違いでなければ今日の夕方に詩乃守は河川敷に来ていたはず。

 よって夕方までは特に重要なやることはない。

 

 今からやれることは他にもありはする。

 津吉と合流するという手もある。

 しかし、津吉の力は直接戦闘では意味を成さない。

 だったら共に行動したところで危険な目に遭わせるだけだろう。津吉は大罪戦争に巻き込まれた訳ではなく、狙われる立場にはないのだから。

 それに、津吉は俺にすべてを託してくれた。

 今更頼ることはしたくない。

 後は、俺が何とかする番だ。


 他には、鈴倉や蕪木の居場所はわかっていて、行くこともできる。

 だが、不確定要素は増やしたくない。

 夕方より先に時間が食い込んでしまう可能性がある。

 そうすると詩乃守に今日会えない可能性が出てくる。

 だから、夕刻まで特にやることはない。

 まずは詩乃守優先だ。

 あの、俺の妹に似た女の子を守ること。

 アイラと真白が傍にいる現状では、それが第一なんだ。

  

「じゃあ、このままここにいるの?」

 真白が首を傾げて問うてくる。

「それでもいいが、一つ試してみたいことがある。だから三人で出かけよう」

 そうして、アイラが待ったをかけたので準備をしてから、三人で家を出た。



 俺たちの住む宮樹市は、山に面した町だ。

 その山の中に、ぽっかりと空いた広場のような地帯がある。

 木々に囲まれ、下草の生えた休憩所。

 俺は小さい頃からこの場所を秘密基地のように扱い、鍛錬をするために訪れたこともある。

 この場所はいつも人気ひとけがない。

 辿り着くまでが少々面倒で、その割に景色も良くない、そこまでいい場所というわけでもないのが誰も来ない要因だろう。

 そんなところに、俺たちは三人で訪れていた。


「へえ~、こんなところにこんな場所があったんだ」

 真白は物珍しげに辺りを見回している。

 アイラは俺と来たことがあるのでいつも通りだ。

「それじゃ、俺は練習するからそこら辺にいてくれ」

「はい」

「そこら辺って、アバウトだね」

 三人で一緒にいた方が良いと思ったからついて来てもらっただけで、特に二人にやってもらうことはない。

 アイラと真白は、少し離れた位置で並んで体育座りをした。

 

 俺は一つ息を吐き、意識を切り替えた。

 『多重機動』デュアルシフト

 前の世界の自分と身体能力をかけることで超人的な速さ、動き、身体強度になる異別。

 他の異別と例に漏れず、魔力を消費したうえで、だが。それでもなお強力。

 今日は、これを試すためにここへ来た。

 津吉から受け取ったこの力は、俺の異別とは違い自分の内から覚醒した能力ではないので、詳細を完全に把握できているわけではない。

 だから池谷との時も、自分の――アイラと俺の異別しか使わなかった。

 なので練習し、自分の力にする必要がある。

 この先も、戦いは続くのだから。

 

 多重機動デュアルシフト

 力を行使する意思を持つと、即座に呼び起こされた。

 全身に、何かが回ったかの如く、オーラか何かでも纏ったような感覚。 

 とりあえず、動いてみることにする。

 前に走り出す。


「――」

 以前よりも、何倍も速い。

 超人と呼べるほどの、常人ではいくら鍛えても不可能な速度。

 それに、既に最初からかなり身体に馴染んでいる。 

 凄まじい速度にも拘らず、目まぐるしく進んで行く景色に戸惑わずに動くことができている。

 津吉がそれなりに調整してくれていたのか、それともそういうものだったのか。

 とにかく、すぐに戦法として使えるだろう。


 ――――。

 しかし。

 まだ完全には馴染んでいなかったのか。


 ガッ。

 爪先に、地面に食い込んでいた石が引っかかった。

 すっ転ぶ。

 顔面から。

 まるでムーンサルトキックを失敗した様に。

 どべしゃっ。

 

「――あはははっ! カズくん今の流れすごかったよ。面白い見事な転び方だったっ」

 真白が俺を指差し大笑い。

 あんにゃろー後でひいひい言わせてやる。

「大丈夫ですか和希さん!?」

 アイラは優しいな。だが大丈夫だ。身体強度も上がってるからこれぐらい掠り傷にもならない。

 それを手を挙げて振ることで伝えた。

 

 体に付いた土を払いながら立ち上がる。

 さて、気を取り直して練習だ。

    


真白side



「頑張ってくださーい!」

 アイラちゃんがカズくんに声援を送っている。

 カズくんはもの凄い速度で走り、そこからサイドステップに移り、バックステップ。

 あのスピードで多彩な動きを見せていた。

 頼もしいな、とは思う。

 でも。


『俺は、アイラと真白、お前たち二人が異性として大好きだ。必ず幸せにするから、二人とも恋人になってくれ』


 恋人。

 ハーレムかあ……。

 正直、多分前の世界の感覚があるからなのかもしれないけど。

 カズくんと恋人になることは、いやじゃない。

 いやじゃないんだけど。


「アイラちゃん、ちょっと話いい?」

「? いいですよ」

 アイラちゃんは首を傾げ、それでもイエスの返事をした。

 わたしは意を決して口を開こうとする。

「それでね、えっとね……」

 だけどなかなかうまくいかない。

 アイラちゃんは微笑んで待っててくれている。

 ……んーーーー!

 パンパンッ!

 わたしは両掌を両頬に打ち付けた。

 いきなりの行動にアイラちゃんは目を丸くしている。

 落ち着こう。

「ふーーーー……」

 息を吐く、ゆっくり吸う。

 落ち着いた。

   

「それで話だけどね」

「はい」

「アイラちゃんは本当にいいの? カズくんと二人っきりがいいんじゃないの?」


 そう。それが問題なんだよ。

 アイラちゃんは見る限り、ずっとカズくんのことを想い続けてきたんだと思う。

 そんな関係に、ぽっと出のわたしが割り込んでいいのかなって。

 せっかく、両想いなのに。

 アイラちゃんからしたら、やっと両想いになれたってことだと思うし。

 だから、カズくんに少し冷たくしちゃった。

 意味の無い試すような真似なんかもしてしまった。

 さっき転んだのは心配したけど、思わずからかっちゃった。

 転び方が面白かったのは本当だけど。

 

「アイラちゃんは実際どう思ってるのかな? カズくんが無理に言ってるから我慢してるんじゃないの? それだったらわたしからも言ってあげようか? 協力するよ」

 沈黙、数瞬の時間。

 アイラちゃんは一度目を瞑り。

「春風さん」

 わたしの名前を呼んでから目を開けた。

「私は和希さんに愛してもらえて、傍にずっといられればそれで満足なんです。あとは、和希さんがやりたいことなら、それを突き進んでほしいんです。私、和希さんが何かを目指す姿が大好きなんです」

 屈託のない純真な笑顔で、アイラちゃんはそう言った。


「っ…………」

 その笑顔は、わたしみたいな女の子でも見惚れるほどだった。

 わたしは頭を抱える。

「あぁ……カズくんはなんでこんなにいい子がいるのに、わたしなんかにまで手を出しちゃったかなあ……」

 誰にも聞こえないほど小さな声で、呟いた。

 

「それに」

 アイラちゃんは、さらに言葉を続けた。

「それに?」

 今度はわたしが首を傾げる番だ。

「私、春風さんのことも好きです」

「え?!」

 そ、それは、両方いけるっていうこと!?

「なんだかお姉ちゃんみたいで」

「あ、ああ、そういう……」

 変なこと考えちゃってごめんなさい。


「なんででしょうね、少ししか一緒に過ごしてないのに、春風さんにはなんだか親しみを覚えてしまって」

「あ、それわたしも感じたよ」

 不思議と会ったばかりに思えない感覚。

 カズくんにも、アイラちゃんにも。

 やっぱりそれは、カズくんが話した前の世界のことが関係しているのかな。

「だから和希さんハーレムの一員として末永く仲良くできたらなって思います」

「和希さんハーレム……」

 そのネーミングはちょっと……。


「なので、春風さんじゃなくて、真白さんと呼んでもいいですか……?」

 上目遣い。

 か、かわいい。

 こんなの、断れるわけないよっ。

 断る理由も、ないし。

「うん、いいよ。わたしもアイラちゃんって呼んでるし」

「はいっ。ありがとうございます。なぜか、春風さんより真白さんの方がしっくりくるんですよね」

「呼ばれるわたしも、なんでかそう思ったよ」

 おさまるべきところにおさまった、みたいな。

 

 これで、アイラちゃんに遠慮する必要はなくなった、ということなんだろうけど。

 カズくんと、か……。

 どうなんだろう。

 アイラちゃんの好意に、甘えちゃってもいいのかな……。

 


side return



「和希さーん! お昼ですよーー! お昼ごはん食べましょーー!」

『多重機動』デュアルシフトを行使した動きが板についてきた頃、アイラが手を振りながら俺を呼んだ。

 異別の効果を解いて一息吐き、二人の元へ行く。


 歩きながら、思う。

 アイラと真白に、仲良くなってほしいと。

 今の仲が悪いわけではないが、前の世界ではさらに一段仲が良かっただろう。

 なにしろアイラが真白のことを苗字でなく名前で呼んでいた。

 この世界でもそうなったらいい。

 これから二人も俺と共にいる予定なのだから、仲良くいてほしい。

 三人で笑って進んで行きたいんだ。

 強制するんじゃなくて、以前のようにアイラ自身から呼びたいといわなければ意味がないが。

 それで、二人にぐっと親密になってもらうにはどうしたらいいのか。

 それを考える。

 どんな方法がいいだろう?

 

 そんなことを考えながら二人の元へ着くと、下草生える地にシートが敷かれ、その上に重箱に入った弁当が広げられていた。

 一人一人に弁当箱が用意されているのではなく、みんなでおかずをつっつけることに特化した様式。

 アイラが出かける前に待ったをかけた理由がこれだ。

 弁当を作る準備時間が欲しいとアイラは朝に言ったのだ。

 

 俺はシートに腰を落ち着ける。

「真白さん、もっとこっちへ来てください」

「「ううぇええ?!」」

 俺と真白の声がハモった。

 俺は今しがた考えていたことが何もせずに叶った発言をアイラがしたもんだから驚愕。

 しかし真白は何に驚いておかしな声を上げたのか。

 これがわからない。

 真白が小声でぶつぶつ言う。

「……わたし少しは遠慮しようとしたのに、まさか自分から他の女を誘い込むとは思わなかったよ……アイラちゃん懐深すぎぃ……」

 バッチリ聞こえていたが、つまりどういうことだ。

 アイラが真白に近づいてほしいといったことがそんなに異常なことだろうか。

 むしろ名前で呼んだことの方が一大事だと思う。

 

「ずいぶん、仲良くなったみたいだな」

 俺がぼそりと言葉を出すと。

「はいっ。私たち仲良しなんです」

 アイラは満面の笑みで返答。

「うん、アイラちゃんはほんとにいい子だよ。いろいろ天然でやってそうなところが特に……」

 真白は微笑んで達観したような眼差し。

 後半はアイラには聞こえなかったようで首を傾げている。


 なにはともあれ。 

 驚くほどの速さで仲良くなったな。

 俺がなにかをするまでもなく、急接近だ。

 女の子はみんなこうなのだろうか。

 それともこの二人が特殊なのか。


 ――まあ。

 仲良きことは美しきかな。

 俺もそれを望んでいた。

 嬉しいことである。


 俺は用意されていた布巾で手を拭き、いただきますと合掌してから箸を取った。

 そうすると続くように二人もいただきますという。

 アイラが作った弁当箱の中身は色鮮やかだ。

 から揚げや卵焼きやおにぎりやプチトマトがある。

 今日も、美味そう。


 美味い。

 そう感じながら食事を続けていた。

「アイラちゃんの料理やっぱりおいしー!」

 真白が幼子のような笑みを浮かべながら卵焼きを頬張る。

「ありがとうございます」

 アイラはニコニコ顔でその様子を見ている。

 

 …………。

 なんか。

 なんだか。

 前の世界でも思ったが。

 本当に、姉妹みたいだ。

 二人を取り巻く光景が輝いている。

 澄んだ湖のほとりで戯れている妖精のような二人。

 暖かく綺麗な奇跡的空間。

 俺はこの貴き光景を堪能する。

 同時に、守り抜かなければと強く思う。

 俺はそのために、戻ってきたのだから。


 さらに食事を続けていくと、ほとんどの食べ物がなくなってきた。

 アイラはそこまで量を食べれる方ではないので、少し前に食べる手を止めている。

 俺と真白はまだ食べる手を止めていない。

 この調子だと弁当の中身がなくなるまで真白も食べ続けるだろう。

 今も美味そうな顔をしながらおにぎりをペロリと口に入れている。


 必然。

 重なった。

 箸が。

 から揚げを取ろうと俺と真白の箸が同時に掴み、ぶつかり合った。

 お互いの視線もぶつかり合う。


「……カズくん、ここは譲ってくれないかな?」

「……そういえば真白、お前さっき俺が転んだのを笑ったよな? あれ普通だったら怪我負ってたレベルの転倒だったんだが?」

『多重機動』デュアルシフトが在ったから全くの無傷だったが。

「そ、それは悪かったと思ってるけど……それとこれとは話が別じゃないかな?」

 真白は気まずそうに視線を落とす。

「いいや、別じゃない。ここは俺にお詫びと思ってから揚げを譲るべき場面だ」

「で、でも……」

 ぐいぐいとさっきから、から揚げを箸で引っ張り合っている。

 会話をしながら、その小さな攻防は続く。

「でもじゃないだろ」

 ぐいぐい。

「だって……」

 ぐいぐい。

「だってもヘチマもねえ」

 ぐいぐい。


「二人とも、お行儀が悪いですよ」

 ぴしゃりと、アイラの声が俺たちの間を通った。

 人差し指を立てながら眉を逆ハの字にしてアイラが俺たち二人を見ている。

「ここは平等にジャンケンで決めるべきです」

「平等……?」

「ジャンケン……」

 俺と真白は静かに呟いた。

「まて、アイラ。それは平等ではないぞ。真白のお詫びはどうなる」


「和希さん」

「はい」


 その時俺を呼んだアイラの声は、即丁寧な返事をしてしまうほどの何かがあった。

「そんな細かいことを気にしてはいけません」

「はい」

「いいですね?」

「はい」

「ではジャンケンですっ」

「はいっ」


「か、カズくん、ほんとにさっきのはわたしが悪いから……ごめんなさい」

 真白は思わずあの程度のことで平身低頭謝ってしまっていた。

 俺も怒っていたわけではないし、から揚げを手に入れるためと、からかうネタ程度にいっていただけなのだが。

「き、気にするな。それよりジャンケンだ」

「うんっ、そうだね」


 結局ジャンケンは俺がグーを出して負け、から揚げは真白のものとなった。


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