第2話 マンイーター
下駄箱。
「あ、和希さん」
昇降口で待っていたアイラが近づいてくる。
「悪いな。遅くなった」
「いえ、待ってませんよ」
靴を下駄箱から取り出し、上履きから履き替える。
トントンッと爪先を地に打ち付けて位置を直す。
「じゃあ行くか」
「はい」
下校だ。
帰り道。
日はまだ夕暮れには早い。
最近この町、
宮樹市連続怪死事件。
被害者はこれまでで七人。
五月終わり間近から、いずれも獣に食い千切られたような変死体が発見された。
犯行は夜。人気のない場所で死んでいる。
野犬程度が全く見つからずに、そんな人数を殺せるとは到底思えない。
ここらへんに山などないし、動物園の獣が逃げ出したなんて情報も無い。
すぐにネット掲示板で、マンイーターなどと呼ばれるようになった。
人を喰い殺す存在。
全くもって、相応しい名だ。
そんな名前が似合う存在、永遠にいなければどれだけよかったか。
もう七人も、死んでるんだ。
警察は何をやっている。
いつも後手後手じゃないか。
警察じゃ、犯行を防げない。あいつ等は後から解決するだけだ。
それでは駄目だ。
それじゃ誰も、救われない。
どうせ変な考えを持っただけの殺人鬼だ。
そんな殺人鬼は、この俺が。
救ってやる。
「和希さん?」
「――あ?」
右横を見ると、怪訝な顔をしたアイラ。
相変わらず黄金色の髪が陽光を照り返して、
「話しかけても返事がなかったので。何か考え事ですか?」
「ああ……ちょっとな」
「悩みがあるなら言ってくださいね?」
「ああ。で話って?」
「お夕飯、何が良いかなと」
「夕飯か、なんでもいいぞ」
「よくいいますけど、それが一番困るんです」
頬を少し膨らませて。
「アイラの料理ならなんでも美味い」
「そう言われてしまうと、嬉しいけれどもっと困ります」
膨らんだ頬を赤く染めて、でも口元は笑みに近づいて膨らみは萎んでいく。
「今日の弁当も美味かったし、好きに作ってくれ」
「……はい。ならいつも通りに作りますね」
「そうしてくれ」
帰り道を、数分歩いただろう。
「……無理、しないでくださいね」
「ん?」
「いつも、鍛錬とかいろいろやってますけど、無理して潰れないでくださいね」
不安そうな、心配そうな、親が離れていきそうな幼子が、必死に引き留めようとしているような。
弱弱しい表情。
「朝にも同じようなこと言ってたが、俺は別に無理なんてしてないぞ」
「和希さんがそう思っていても、私から見たらすごく危なっかしいんです」
「そうか?」
「そうなんです。とにかく、頑張りすぎないでくださいね……」
俺はただ、したいことをしているだけなんだが。
「まあ、それはともかく、笑え」
「ひゃっ!?」
アイラの両頬を引っ張ってやった。
無理矢理笑みの形にするが、変な顔になるだけだった。
「お前は、笑ってるのが一番いい」
「ひょんらほろ、ひふぁれふぇほ」
なんて言ってるか分からん。
手を放す。
「アイラは笑ってるのが一番可愛いんだ」
「ふえっ!?」
ふえって。
「だから、笑っていてくれよ。今日のお前、暗い顔ばかりじゃないか」
「…………はい」
アイラは俯いて、さらさらとした金髪で顔が隠れてしまった。
前方に、二階建ての一軒家。
我が家が見えて来た。
グツグツと、鍋が煮える音がダイニングに響く。
ついでに、テレビの雑音も流れる。
いい匂いがしてきた。
「~~♪ ~~♪」
ひよこの絵が描かれたエプロンを付けたアイラは、上機嫌に鼻歌を歌いながら調理台の前に立っている。
ダイニングの席に座して頬杖を突きながら、アイラの華奢な背中を見る。
その背中を眺めているのは飽きない。
ラノベの続きを読みたいが、これも楽しい
「~~♪ ~~♪」
「……なあ、アイラ」
「? なんですか?」
アイラが振り返る。
黄金の髪がさらさらと、エプロンがひらりと揺れる。
穏やかな微笑みの表情。
藍色の瞳が優しく細められている。
「楽しそうだな」
「はい、楽しいですよっ」
「なんでだ?」
「美味しく食べてくれるかな~って考えながら作る料理は楽しいからです」
楽しそうな、満面の笑み。
「知ってるけど、アイラはやっぱり料理が好きなんだな」
「はい。好きですよ」
グツグツと、いい匂い。
カレーの、美味そうな匂い。
「楽しそうな表情って、楽しい時になるもんだよな」
「……? そうですね」
何が言いたいのか、良く分かってはいないのだろう。
分かるようには、言っていないが。
「今日、転入生が入ってきたんだ」
「そうなんですか? こんな時期に? どんな人です?」
興味を惹かれたのか、鍋を確認した後前のめりに聞いてくる。
「春風真白っていってな。女の子なんだが、これが変なやつでな」
あいつの笑みは、一部違和感がある時があった。
「女の子ですか。変ってどんな?」
「無駄に元気っつーか、今まで会ったことないタイプの人間って感じだな」
「可愛いんですか?」
「見てくれは良いと思うぞ。見てくれは」
「少し会ってみたいですね」
ふふっと微笑み。
まあ、アイラと真白なら、もし会うことがあってもうまくやるだろう。
だが、あまり会わせたくはないな。
あいつは、何かを知っている。
――イベツ者。マンイーター。
真白は、調べていた。
何か関係があるのか?
あいつに考えないでいてやるとは言ったが、俺は『今は』とあの時伝えた。
それに気づかなかったあいつが悪い。
というかどっちにしろ考えないなんて土台無理な話だ。
つい考えてしまう思考を、止めることなどできない。
「ふふっそこから始まる恋物語、ですかね?」
「始まらねえよ」
「でも、変な時期の転校生ですよ。その子と結構関わった雰囲気じゃないですか。それにかわいい子なんですよね? やっぱりそれっぽいですよ!」
「少女漫画と恋愛小説の読み過ぎだ」
「好きなことに読み過ぎもやり過ぎもありませんよっ」
「それはそうだが、こっちに持ち込むな。俺は関係ない」
アイラはぷくっと柔らかな頬を膨らませて。
「でも、シチュエーション的に申し分ないですよ?」
「それがどうした」
「燃えますよね?」
「燃えねえよ」
「萌えますよね?」
「萌えねえよ」
「和希さんの好きなライトノベルにもそういう展開ありますよね?」
「確かにあるが俺はほとんどバトルものしか読まん」
これは理由にはならないか。
バトルものにもそういう展開はよくある。
「もしもの時は、私が取り持ってあげますねっ」
「はぁ……」
まったく。たまに暴走するなこの妹は。
「あっ、お鍋お鍋」
カレーのこと忘れてたなこいつ。
「ふぅ、よかった」
味に支障が出ることは、ない様子だが。
今日の夕飯。
カレーが出来上がり、食卓に並べられる。
「「いただきます」」
スプーンで掬い、口に入れる。
「美味い。アイラの料理は今日も美味い」
「ふふっ、ありがとうございます」
アイラも、はむっ、とカレーを食べる。
身長150行かない女の子がもごもごと食べる姿は、まるで小動物のよう。
言ったら拗ねるかもしれないが。
俺は食っていく。
カレーを食っていく。
何度も掬い口に放り込み、咀嚼し嚥下する。
水をゴックゴックと飲む。
それを何度も続け、カレーのおかわりも皿に入れた頃。
視界の端。
ああー……。
うん。
無粋極まりない輩がこの部屋に紛れていた。
黒いアレだ。
Gともいう。
直接的に言うとゴキブリ。
ちなみにアイラは大の苦手だ。
というか虫とか全般苦手だ。
俺は大丈夫だが。
いや、流石にゴキブリレベルになると出来れば触りたくないし、目視していると生理的嫌悪感を禁じ得ないけれど。
とりあえず、アイラはまだ気づいていない。
俺から見てアイラの右後方辺りの壁に張り付いているからだ。
我が妹様はカレーを頬張っている。
まあ、こういうときはアイラが気づく前に始末したりするのがいいだろう。
普段なら。
でも今は、なんというか。
アイラをからかってみたい。
そんな欲求が凄いんだ。
うん。すごいすごい。
すごいならしょうがないよな。
やっちゃえ。
俺は席を立った。
アイラの後方へ歩いて行く。
そして、黒いそれをガシッと掴み取った。
鍛錬の成果か、一発で捉える事が出来た。
背筋から生理的嫌悪感が這い上がる。
だが耐える。
これもアイラと楽しい時間を過ごすためだ。
「アイラ」
「なんですか?」
振り返る可愛い妹。
眼前に、もぞもぞと蠢く黒い生き物を突き付ける。
「――――」
最初は理解出来なかったようで、頭に疑問符を浮かべた表情。のち。
アイラの表情が固まった。
まるで時が止まったかのよう。
そして。
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
それはそれは、凄まじい叫びだった。
……。
…………。
………………。
夕食は終わったが、二人で食いきれる筈も無く、明日もカレーだろう。
美味いから別にいいが。
あの後、俺はアイラにグーパンチを貰った。
顔面に。
まあ、それほどのことをしてしまった自覚はある。
ゴキブリはちゃんと始末した。
今は、食後の紅茶をアイラが淹れている。
我が妹はお茶を淹れるのが上手い。
そりゃプロかって程に。
カップを温めたりとか色々してるし。
俺は知識がさっぱりだから詳しくは分からんが、美味いから上手いのだろう。
その紅茶と共に食うチョコもまた格別になったりする。
「あ」
「? 和希さん?」
俺の声にアイラが振り返る。
「チョコ切らしてたの、忘れてた」
「そうだったんですか。なら今日は紅茶だけにします?」
首を傾げ、綺麗な金髪がさらさらと流れる。
見つめてくる藍色の瞳を見ながら。
「いや、チョコは必要だ。今からコンビニまで一っ走りしてくる」
即座に椅子から立ち上がり、俺は家を出るべく進み出す。
「え? でも外もう暗いですよ。事件のこともありますし危な――」
アイラの言葉を最後まで聞かず、俺は早々と家を出た。
すっかり暗くなり、少ない星々が散らばり月が照らす夜道を走る。
チョコは俺の好物なんだ。
だから急ぐのもしょうがない。
しょうがないことだ。
アイラの好物も買ってきてやろう。
それで手打ちだ。
なんの?
わかってる。
罪悪感?
俺はやりたいことをやってるだけだ。
死にたい訳じゃない。
そもそも遭遇の可能性なんて高くない。
だからただ俺はチョコが食いたくて、コンビニに直行しているだけだ。
寄り道なんてしていないし、するつもりもない。
アスファルトを叩く俺の足音だけが、辺りに響いている。
街灯がチカチカと点滅した。
イレブンマート。コンビニに何事もなく辿り着き、店内に入る。
「うぇぁっさゃっせー」
店員のやる気のない声。
お菓子コーナーに直行し、チョコを流し見る。
まあ、アイラも待ってることだし、今日は特に選ばない。
業務用の、四角い一口サイズのチョコが大量に入っているやつを一袋。これさえあればしばらく持つ。
アイラには、まず饅頭。必ずこし餡を。粒餡を買っていったらあいつは拗ねる。
そしてついでに、駄菓子も買っていってやるか。
帰ったらそれで宥めてお茶を濁そう。
うひゃい棒を二本ほど手に取ろうとして、考える。
何味が良いだろうか。
適当にチーズとコーンポタージュでいいか。女が好みそうな味だし。
そんな偏見を基準にして一本ずつ手に持つ。
これでいいだろう。
レジまで行った。
「373円にゃうぃわぅすー」
373円だけ聞き取れたから良しとしよう。
500円玉と一円玉三枚を出した。
「130円のうぉけぇせぇににゃいあすー」
釣りを受け取り、無事購入。レジ袋をひっさげながら店外に出る。
「あうぃうぇとぅやすぇとぅあー」
あの店員いつかクビになるな。
家まで走って直行だ。
周りに目は走らせるが、寄り道はしない。
ただ、帰るだけだ。
俺は必要なものを購入後、帰るだけ。
それだけだ。
夜道を行く。
走った。
普通に走った。
アスファルトを靴裏で叩いて、前に進んで行った。
だが。
走って間もない時。
立ち止まった。
なにか――――オカシイ。
白い日常に、一点の黒が落とされたように。
違和感。
普段なら、聞かない音。
およそほとんど、聞くことがないような、音。
耳に、入ったような。
ドクンッ――――心臓、得体の知れない脈動。
人気の、全くない道。
街灯すらあまり届かない、暗い道。
俺は今、そんな場所にいる。
耳を、澄ます。
ぐちゃぐちゃ。
ぐちゃぐちゃ。
気持ちの悪い、異音。
どうやって出しているのか想像したくない、気味の悪い音。
やはり、聞こえる?
ぐちゃぐちゃ。
ぐちゃぐちゃ。
聞こえる。
この近く。
すぐ近く。
なにかが、この音を、立てている。
ぐちゃぐちゃ。
ぐちゃぐちゃ。
すぐそこの、路地裏。
ついに、来たか?
遭遇か?
俺は、救いを為せるか?
いや、為すんだ。
俺の足は、吸い寄せられるようにその路地裏へと進む。
しかし慎重に。
壁に張り付き、そっと覗き込むんだ。
意識を研ぎ澄ませ、細心の注意を払いながら忍び足で進む。
壁に密着した。
心臓が激しく動悸を繰り返す。
バクバク、バクバク。心音が煩い。
ありえないとは思うが、心音が聞かれたらと思うと恐怖と焦りが背から浸食してくる。
ぐちゃぐちゃ。
ぐちゃぐちゃ。
息を落ち着けようとゆっくり呼吸。
最初に視界に入ったのは、赤。
濃い、鮮血の赤色。
地面に、広がっている。
むせ返る血臭。
ぐちゃぐちゃ。
ぐちゃぐちゃ。
人影。
人影だ。
倒れているナニカと、ひと、か、げ……?
あれは、人か?
ぐちゃぐちゃ。
ぐちゃぐちゃ。
死体を貪るあの化け物は、なんだ。
黒い、獣。
人間の右腕の部分が、目も鼻も耳もない、四肢すらない、口だけの無数の歯をズラリと揃えた獣の様なものに変質した、怪人。
右腕の大きさは、人の腕の十倍ぐらい。
そいつが、死体を喰っている。
貪っている。
右腕の、
それが、人の肉を、凶悪な鋭い牙で、ぐちゃぐちゃと咀嚼し、血を散らし、肉片を躍らせ、骨をバリバリと砕き、食事をしている。
それは、地獄から出でたような、暴悪。
それは、人を捕食するためだけの、闇の怪物。
あんなものが、この世に存在するのか。
存在する訳がない。
だが、俺に目に、耳に、感覚に、焼き付いた。
幻覚の可能性もある。
しかし、なぜ今このような幻覚を見る?
現実か。
今見ているものが、現実だ。
だから、あんな化け物が、存在してしまうのだろう。
人を無残に喰い殺す、化け物が。
「――ぅ」
気分が急激に悪くなり、胃から逆流する。吐き掛けた。
音を出しては気づかれてしまうから、両手を口に押し付けて必死に耐えた。
なんとか、吐き気の我慢に成功する。
しかし気分は、最悪だ。
死体が落ちていて、偶然捕食しているなんてことはあり得ないだろう。
数刻前に、自らが死体へと変えた人間を、喰っているんだ。
その食事風景は、絶対的強者の捕食、蹂躙。
抗えない力無き者は、ただただ自らの味を楽しませ、栄養となるのみ。
マンイーター。
あれが、マンイーターか。
あんな化け物だったのか。
ただの殺人鬼だと、半ば確信していた。
決めつけていただけだ。
足が竦む。
這い上がる恐怖が、加速する。
俺は……。
だが、あれは化け物だろうか。
変質した右腕以外は、人間だ。
なら、人間か。
右腕が黒い獣になっている人間など、聞いたこともないが。
しかし、人間ならば。
俺の、救済対象だ。
ぐちゃぐちゃ。
ぐちゃぐちゃ。
――ぺちゃ。
捕食が、終わったようだ。
今俺に出来ることは?
マンイーターに襲われる助けるべき人は、既に死んでいた。
なら、マンイーターを助ける?
そもそも助けるってどうやって?
助けるなんて咄嗟に考えたが、善意を信じすぎでは?
奴は自分の意思でやってるかもしれないんだぞ。
救いようのない悪かもしれないんだ。
誰も殺さないように説得して、もしもあの右腕が意思やら体やらを蝕んでいるようなら助ける。
でも自分で望んだ力かもしれない。
自由に行使しているのだから。
そもそも命の危機に瀕している訳でもないのに助ける必要が?
止めるだけでいいんじゃないのか?
殺さずに倒して、止める。
誰も、殺させないようにする。
警察に引き渡す。
それで解決なのでは?
だけど人間じゃない可能性もある。
化け物が
だから殺すべき敵なのでは?
本当に?
わからない。
助けるべき人かもしれない。
その可能性は十分にある。
やはり話して、説得が一番だ。
説得の余地があるのか?
問答無用で襲われたら、いくら俺でも殺されるんじゃないか?
俺は今、丸腰。
対してあちらは、化け物の右腕。
……俺に出来ない訳が無い。
俺はすべてを救う者。
やろうと思って、出来ない訳が無い。
だって俺だぞ。
すべてを救う、救世主様だ。
足音。
迫って。
気づいた。
マンイーターが、俺がいる道、こちらへと歩いて来ていた。
もう、すぐそこまで迫っている。
気づかれた――訳ではなさそうだ。
俺のいる方角一直線ではなく、道を歩いている。
ただ、こちらの道を選んだだけだ。
だが、このままではどちらにしろ見つかる。
咄嗟に、道の隅、茂みの中へと身を躍らせて隠れてしまった。
身を極力屈め、息を潜める。
マンイーターは、気づかずに歩いて行く。
少しでも情報を得ようと、マンイーターを視界に収める。
男、か?
背は、普通。
若い?
痩せている。
平均よりも、だいぶ。
そして、右眼。
特に異彩を放つ印象。
奴の右眼は、オレンジ色に輝いていた。
ただ光っているだけなんて、そんなものではないことは、その目に移した瞬間から解らされた。
超常。常とは異なるもの。
自然現象から逸脱した強大。
科学技術から
そんな、脅威。
なんだ、あの右眼は。
化け物の右腕といい、オレンジ色に輝く右眼といい、いったいなんなんだ。
マンイーターは、人間なのか?
わからない。
だから、救う対象なのか、殺すべき化け物なのか、わからない。
分からなければ、今は手を出すことは控えて、情報収集に当たろう。
マンイーターの背中が見えなくなるまで、俺は茂みの中でじっと見ていた。
すっかり、遅くなってしまった。
俺は家路を走って辿る。
アイラが、待っている。
警察に電話するのは、止めておいた。
すぐにその場を離れても、電波を辿って家に尋ねられ、事情聴取をされるなんて展開が頭に浮かんだからだ。
そんな面倒なことは、避けたい。
どうせ警察は頼りにならない。
警察を過小評価している訳では無いが、対処が後手なのは事実。
誰かが死んでしまう前に解決は出来ない。
ならば時間の無駄だ。
それに、あんな異質、警察どころか何にどう出来るってんだ。
俺が、やらなければ。
俺が、すべてを救う。
家に着いた。
玄関のドアを開ける。
「ただい――」
「和希さんっ!」
ぶつかる衝撃。
けれど、痛くはない。
柔らかくて、衝撃で黄金の髪がふわっと
俺は、アイラに抱き付かれていた。
「心配したんですよ! 帰りが遅くて、連絡もなくて、もう……」
藍の瞳が涙に潤んでいる。
「ごめんなアイラ。俺は大丈夫だ。少し、買う物選ぶのに手間取っただけだ」
レジ袋を掲げて見せる。
「本当に、それだけなんですよね?」
「ああ、それだけだ」
アイラに言うことで、巻き込んではいけない。
心配は……どちらにしろされているから今更だ。
なるべくばれないように、心配もされないように気を付けなければ。
「なら、いいんですけど……」
不安げに眉をハの字にしている。
まだ心配な様子。
「それよりアイラは饅頭でよかったよな? ついでにうひゃい棒二本も買ってきたぞ」
「わ、私の分まで買ってきたんですか?」
少し目が輝いた。
「いらなかったか?」
「い、いります!」
拳にした両手を胸の前に持ってきて、グイッと前のめり。
「こしあん好きだろ?」
「好きですっ」
「うひゃい棒はチーズとコンポタだが、これで良かったか?」
「どっちも好きですっ」
「よし。なら今から食おうか」
「はいっ」
靴を脱ぎ、ダイニングに向かう。
「あ、和希さん」
後ろからアイラの声。
「なんだ?」
振り返る。
「おかえりなさい」
微笑み。
「ただいま」
返事を返して、再び歩き出した。
ダイニングに入ると、テーブル上の紅茶は冷めていた。
俺はズカズカと歩み寄り、ゴキュゴキュと一気に飲み干した。
「美味い。アイラ、もう一杯淹れてくれ」
「……っはい」
満面の笑み。
やはり、アイラは笑った顔が、いい。
いつまでも、笑っていてくれるといい。
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