第百五十二話 反撃と警報
「あの爺さんたち……何か仕掛けてきそうだな」
ローランドの後ろから、警戒心たっぷりなネルソンの声が聞こえてきた。
「どうにも上手く行き過ぎている気がする。まだ何かあると考えたほうが良い」
「えぇ。私もそう思います」
ダグラスも続いて頷いた。そんな二人の騎士団長に、ローランドは途轍もない頼もしさを覚える。
そこにマサノブが、ニヤついた笑みを浮かべながら訪ねてきた。
「どうした? お前たちはワシらを追い詰めていたのではないのか? ボンヤリせずにさっさと捕らえてしまえばよかろうに」
「そんな挑発には乗りませんよ」
ローランドが不敵な笑みを浮かべながら剣を掲げた。
「あなた方は壮大な計画を立ててきた。故にこの手の展開の一つや二つを想定していなかったとは思えません。恐らく何かしらの対策案を用意している。そう考えるのが普通です」
「騎士団長をナメんなよ。これぐらいで勝ち誇ろうもんなら、部下を引っ提げて戦場へ出る資格なんざあるワケがねぇんだからな!」
「そのとおりです。慢心や油断は己の恥、ですからね」
ネルソンとダグラスも強気な笑みでマサノブたちを見上げる。何かが動けば即座に対応できる立ち振る舞いは、一片たりとも隙がない。
その様子を見たマサノブもまた、納得するかのように頷くのだった。
「なるほど……流石に一筋縄ではいかなそうだな……と、言いたいところだが!」
マサノブがニヤリと笑ったその瞬間、ローランドたちの目の前に、透き通った青い壁が出現した。
ちょうどマサノブたちと分断する形となり、近づきたくても近づけない。血相を変えたネルソンが、剣で壁を何度も殴りつけるが、まるで何かに反発するかのように押し返されるばかりであった。
「くっ……こりゃただの壁じゃねぇぞ!」
「恐らく魔力の類でしょう。普通の武器で壊すのは難しいでしょうね」
そして後ろにも、同じ魔力の壁が生成された。
完全に閉じ込められる形となったローランドたちは絶望する。もはや成す術もない彼らは、助けが来るか、魔力の壁が解除されるのを待つしかなかった。
「せいぜいそこで見物しているが良い。ワシらの研究成果をな。ハッハッハッ!」
「ごきげんよう。なかなか楽しい余興だったわ」
マサノブが愉快そうに笑い、サヤコが見下すような笑みをそれぞれ浮かべ、ローランドたちを残して部屋を出て行った。
やがてネルソンが、溢れんばかりの苛立ちを込め、近くの壁を殴りつける。
「クソッ、俺たちはまんまと爺さんたちの罠にハマっちまったってことかよ!」
「なんと情けない……己の恥と言った傍からこんな……」
ダグラスはその場に座り込み、頭を抱えて唸る。自分に対するあまりの愚かさに涙すら出なかった。
そしてそれは他二人も同じだった。
ローランドはゆっくりと剣をしまいながら、別行動を取る三人を想う。
その瞬間――目の前に魔力の球体が出現した。
「な、何だコイツは!?」
ネルソンが驚きながら立ち上がる。するとその球体に、映像が浮かびあがった。
「ユグラシア様……」
「エステル、それにクラーレの爺さんも……」
ダグラスとネルソンが呟く。別行動をしている三人が地下を移動している姿が映し出されているのだ。
今のところ無事でいるようだが、危険が襲い掛かるのは時間の問題だろう。そして自分たちが助けに向かえないことも、改めて思い知らされる。
ローランドの表情に、更なる悔しさが浮かび上がった。
「これもきっと、あの老人たちの置き土産でしょうね」
「今度はあの三人が捕まるところを、指咥えて見てろってことか?」
ネルソンが自分の手のひらに拳をバシッと叩きつけ、ダグラスが震える拳を隠そうともせずに歯をギリッと鳴らしたその時――
警報が鳴り響いた。
◇ ◇ ◇
時は少しだけ遡る――
地下通路を歩くマキトたちの前に、大きな壁が立ちはだかっていた。
「マスター。なんだかあの壁、不思議な感じがするのです」
ラティの声とともに、マキトたちが立ち止まる。
確かにボンヤリと光っており、普通の壁ではないことは明らかであった。そして他の魔物たちも、何かを感じ取っている様子であった。
「罠か?」
『よくわかんないけど……』
マキトの問いかけにフォレオが返事をする。
『あの壁だけ、物凄い魔力を感じるの。カタマリみたいな感じ?』
「塊ねぇ……魔力をぶつけたら壁が消える……なーんてことはないよな」
目には目をという言葉を思い出したマキトだったが、流石にそれは都合が良すぎるとも思った。それで壊せたら何の苦労もない。それこそ壁の役割を果たしていないも同然ではないか。
そうほくそ笑みながらも、心のどこかで期待もしていた。もしかしたら壊せるんじゃないかと。
ラティやフォレオの魔力なら、アッサリ壊せるんじゃないかと。
すると――
「それはいい考えなのです! わたしちょっと変身して壊してみるのです!」
ラティが気合いを込めた声でそう言った。他の魔物たちも賛同しているらしく、笑顔で鳴き声を上げている。
その様子にマキトは、思わず苦笑してしまった。
「まぁ、やってみて損はないか。じゃあラティ、頼む」
「ハイなのです!」
そしてラティは首飾りに手を添え、魔力を作動させる。体が光り出し、大人の女性へと変身を遂げた。
両手に気合いを込めた魔力玉を生成し、それを思いっきり壁に向かって投げる。魔力玉が壁にぶつかると、瞬く間に壁にヒビが入った。
ヒビはみるみる広がっていき、やがてガラガラと音を立てて崩れ落ちる。
時間にして、わずか数秒の出来事であった。
「マスター、やったのです! すごく簡単に壊せたのです!」
ラティがガッツポーズをしながら嬉しそうにはしゃぐ。対するマキトは、唖然とした表情で壊れた壁を見ていた。
まさか本当に魔力で壊せるとは思わなかったからだ。
その時――
ビーッ、ビーッ、ビーッ!
凄まじく大きな音が鳴り出した。
「な、何だ!?」
マキトたちは驚き、周囲を見渡す。よく見ると、壁に伝わる魔力も反応しているらしく、色が淡く点滅しているようだった。
壁を壊したから音が鳴り出した。それが警報の類であることは明らかだ。
そう思ったマキトは、顔をしかめる。
「こりゃ、のんびりしてられないな……フォレオ、ドラゴンに変身だ。ここを一気に突破するぞ!」
『うん、りょーかいっ!』
力強く返事するとともに、フォレオも自信の魔力を作動させ、大きなドラゴンへと姿形を変えた。
幸いなことに地下通路はとても広く、飛んだところで天井に頭をぶつけたり、羽ばたいた翼を壁にぶつけたりする心配はそれほどなさそうであった。
ロップルとリムを連れてフォレオの背中に乗り込み、マキトは壊れた壁の先に広がる通路を見据える。
「さぁ、行くぞっ!」
マキトの掛け声に、魔物たちは威勢よく応え、先へと進みだすのだった。
◇ ◇ ◇
「ふーむ、これは明らかに警報じゃな。実に穏やかではないのう」
「僕たちが言えることでもないと思いますけどね」
クラーレの呟きに対し、エステルが苦笑する。
「それはともかく、僕たちが原因ということではないでしょう。もしそうならば、もっと早く鳴り響いてても良いハズですから」
「そうね。私もそう思うわ」
エステルの言葉に、前を歩くユグラシアが同意する。
「もしかしたら、どこかで誰かが動き出しているのかもしれないわね。それこそ研究所の魔導師や黒幕さんたちの可能性も……」
「それならそれで厄介なことじゃ。ワシらの目的が果たせなくなるかもしれん。ここで行われておることを正確に突き止めなければ、ヴァルフェミオンの真実を明るみに出すことはできんぞ」
「えぇ。しかし焦ったところで、どうにもならないでしょう。今は落ち着いて行動するのみです」
エステルがそう言うと、クラーレは少し拗ねたような口調で、分かっておるわいと呟いた。
一見、余裕があるように思える三人だが、内心ではかなり穏やかではなかった。鳴りやまない警報に、嫌な予感を覚えてならないからだ。
そしてその予感は的中する。すぐ傍の隠し扉が開き、サヤコと数人の魔導師たちが姿を見せた。
ユグラシアたちがそれぞれ構える中、サヤコは怒りの形相で睨んできた。
「アンタたち……一体何をしでかしたんだい?」
そう問いかけられるが、ユグラシアたちは答えられない。何せ侵入してからは、ずっと入り組んだ廊下を歩くばかりで、資料室すら見つけられていなかった。故にまだ何もしていないのである。
そんな首を傾げる彼女たちに腹を据えかねたのか、サヤコは更に表情を歪ませるのだった。
「素直に吐いたほうが身のためだよ。さもなくば……」
サヤコは魔力玉を生成し、そこに出された映像をユグラシアたちに見せる。
「この若造たちがどうなっても、アタシらは保証しないからね!」
「ネルソン……それにローランドさんたちも……」
三人の騎士団長が閉じ込められている姿に、エステルは愕然とする。
「それにこっちもだ」
サヤコが魔力を操作し、今度は学園内の様子が映し出される。ちょうどシルヴィアたちが、学園内の見回りを行っているようだった。
何事もなさそうに動いている彼女たちの様子からして、どうやら学園には警報が響いていないらしい。あくまでこの地下だけで広がっているようであった。
そう思うユグラシアたちに、サヤコはニヤリと笑みを浮かべる。
「エステルにクラーレ。今は講師として、学園関係者であるお前たちが、こうして入ってはいけない場所に堂々と入ってきている。これは立派な規律違反なのは言うまでもないだろう? その連帯責任として、彼女たちにも制裁を与える選択肢があることは、別に不思議な話じゃないとは思わないかい?」
「……つまりこうして乗り込んできた時点で、ワシらは追い詰められる運命じゃったとでも言いたいのか?」
「どう解釈しようが自由だよ。アンタたちに未来はないことに変わりはないんだ」
クラーレの言葉にサヤコが勝ち誇った笑みとともに言い放つ。ユグラシアたちは完全に動けないでいた。
自分たちだけならともかく、学園の生徒たちを人質に取られている。しかもサヤコたちの言っていることは限りなく正しい。何も知らない者たちからすれば、ユグラシアたちこそが反逆者なのだから。
油断していたつもりはなかった。最善の注意を払ってきていた。しかし相手に一本取られてしまった。自分たちよりも地下に潜り続けた老人たちのほうが、一枚上手だったということなのか。
そんな悔しさがクラーレの中を過ぎる。ユグラシアやエステルも、似たような気持であった。
どうやらここまでのようだねと、サヤコが思ったその時だった。
「サ、サヤコ様ーっ!!」
一人の魔導師が血相を変えて走ってくる。サヤコは盛大なため息をつき、ゆっくりと後ろを振り向いた。
「なんだい、そんなに慌てて……つまらない話だったら承知しないよ!」
苛立ちを募らせながら、魔導師の報告を耳打ちで聞く。するとサヤコの表情が、みるみる焦りを込めたそれとなってきた。
「そんなバカなことが……こ、これはっ!?」
サヤコが慌てて魔力玉の映像を切り替える。地下通路の光景だった。
するとそこには――
『グワアアアァァーーーッ!』
『いくのでーすっ!』
『よーし、その調子だ!』
羽根を生やした大人の女性、そしてバンダナを撒いた少年と小さな魔物たちを乗せた大きなドラゴン。それらが魔力壁を次々と破壊し、前へ進み続けていた。
「ど、どういうことだい! あれは傑作品ともいえる壁なんだよ!?」
映像の光景は現実で起こっていることだ。しかしサヤコはそれを信じることはできなかった。きっと何かの間違いに決まっているんだと。
完全に冷静さを欠いたサヤコが喚く中、クラーレが愉快そうに笑う。
「ホッホッホッ、マキトたちも暴れておるようじゃな。こりゃ負けられんわい♪」
もっともその笑みは、癇癪を起こす老婆を見て、純粋に面白がっている意味も込められていた。
ユグラシアとエステルはそれを悟り、ただ苦笑を浮かべるばかりであった。
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