第百四十八話 懐かしき人々
太陽がてっぺんに差し掛かった頃、マキトたちは無事、魔法都市ヴァルフェミオンに到着した。
あれだけ寂しがっていた小さな飛竜も、最後は元気よく別れの挨拶をしていた。必ずテイムしてやる。そう約束したマキトを信じることにしたようだ。
マキトたちはブライアンや飛竜たちに別れを告げ、豪華な街門をくぐる。門番の確認などは特に行われておらず、出入りは基本的に自由のようだ。
町は人が多く歩いており、とても賑やかだった。もはや王都以上と言っても差し支えないくらいに。
ここでアリシアたち三人は、これから目的の場所へ向かうからと言って、この場で別れることとなった。
「それじゃあマキト。またいつか、どこかでねーっ!」
「おぅ、色々とありがとうな!」
アッサリとしたお別れだった。特に悪手とかもせず、アリシアとマキトが手を振りながら叫び、そして去っていくのを見送るだけ。
そして――
「私も早速、学園へ向かうことにするわ。色々と楽しかったわ」
ユグラシアもマキトたちに別れの挨拶を告げる。それに対してマキトたちも、爽やかな笑顔を浮かべていた。
「俺たちもたくさん世話になった。本当にありがとう」
「またどこかで会いたいのです」
「えぇ、私もよ。それまで、お互い元気でやりましょうね」
ユグラシアはニッコリと笑い、そして軽く手を上げながら歩き出し、そのまま人混みの中へと消えていった。
そして、あっという間にマキトと魔物たちだけとなる。妙な感じがした。周囲はとても賑やかなのに、なんだか静かになったような。
と、その時――
「キュウッ!」
ロップルの耳がピクッと反応し、ある方向を見ながら鳴き声を上げる。
一体何事かと思いながら、ロップルの指差す先をマキトが見ると、そこには懐かしい老人の姿があった。
「おぉ、やっぱりマキトじゃったか。久しぶりじゃのう!」
「じいちゃん!」
「おじーちゃんっ!?」
いつものように、ゆったりと呑気そうな笑い声を上げながら、クラーレが手を振ってくる。
まさかいきなり二年ぶりの再会が訪れるとは思わず、マキトとラティは戸惑わずにはいられないのだった。
◇ ◇ ◇
「この店ならゆっくり話せるじゃろう。ワシの行きつけなんじゃ」
路地裏の一角にある小さなレストラン。そこにマキトたちは、クラーレに連れられてやってきた。
クラーレの奢りで数々の料理を堪能しつつ、これまでのことを語る。
それと合わせて、リムとフォレオのことも紹介した。そしてスラキチとラームのことも話す。
更には留守中のクラーレの家に泊まったことも打ち明けた。クラーレは咎めることもなく、むしろ家を腐らせないで済むと笑った。なんならあの山奥の家を、自分の家だと思ってくれてもいいと。
しかしマキトは、あの山奥の家は、あくまでじいちゃんの家だと思っていた。
自分たちの家はこれから見つけるつもりだ。どこかいい場所を見つけ、そこに魔物たちと一緒に暮らせる家を作る。そのことをマキトが話すと、クラーレは驚いた表情を見せていた。
ただ単に漫然と旅をしているワケではなかった。ちゃんと自分なりの目標を立てているのだということが分かり、クラーレは素直に嬉しく思っていた。
「そうか。頑張るんじゃぞ。ワシも応援しておるからな」
クラーレはにこやかに笑いながら頷いた。
「ここでの仕事が落ち着いたら、ワシはまたあの山奥の家に帰るつもりだ。またいつでも遊びに来なさい」
「うん、必ず!」
マキトと魔物たちが嬉しそうに強く頷いたその時、カランコロンと鈴の音が鳴り響いた。レストランに客が入ってきた合図だった。
クラーレが珍しそうに振り返る。隠れ家的な店であり、昼も過ぎているため、客は滅多に来ないハズだからだ。
しかし訪れた三人の青年たちを見て、なるほどなとすぐに納得する。相手もクラーレたちの存在に気づき、驚いた様子を見せていた。
「よぉ、クラーレの爺さん。アンタもここに来て……お前は!」
声をかけた青年、ネルソンがマキトたちの存在に気づき、表情が止まる。なんでお前らがこんなところにいるんだと、そう問いかけているかのように。彼の後ろに控えていた二人の青年、エステルとダグラスもまた、マキトたちがいることに驚きを隠せなかった。
一方マキトや魔物たちは、何でこの人たちはこんなに驚いてるんだろうと、戸惑いの表情を浮かべていた。
全員揃って目の前の三人が誰なのかが分からなかった。
ネルソンとダグラスに対しては前にも会ってはいるのだが、一回すれ違っただけも同然の関係であり、それぞれ数ヶ月前や二年前のことであるため、完全に忘れ去っていた。
「ふむ……」
マキトたちとネルソンたちを交互に見比べ、クラーレは頷いた。
「とりあえず座ったらどうじゃ? 折角じゃから、お前さんたちも交ざりなされ。皆で話すとしよう」
そして店主の厚意で大きなテーブルを移動させてもらい、それぞれ追加注文した飲み物が届いたところで、話が再開する。
まずはダグラスが、もうマキトが自分のことを覚えてないだろうと思い、改めて自己紹介をする。そして二年前の出来事を少しだけ話したところで、マキトは目を見開きながら声を上げた。
「そうだ、思い出した! サントノ王国の森で見た騎士の人か!」
「あぁ、まさかこんなところで、またキミに会えるなんて思わなかったよ」
ダグラスが嬉しそうに頷き、マキトとガッシリ握手を交わす。二人が手を放したところで、今度はネルソンが口を開いた。
「俺も一応久しぶりってことになるんだが……まぁ、あんときゃ俺も自己紹介とかしてなかったからぁ……」
ネルソンが持っていたお茶のカップをテーブルに置く。
「シュトル王国で騎士団長を務めているネルソンだ。よろしく頼むぜ」
「お初にお目にかかります。僕はエステル。シュトル王国で、宮廷魔導師を務めさせていただいてます」
「は、初めまして。俺は、魔物使いのマキトって言います」
ネルソンに続いてエステルが自己紹介し、マキトは緊張気味に挨拶を返した。その後も他愛のない雑談をマキトとネルソンたちが繰り広げる。
ここでダグラスが、なぜ自分がヴァルフェミオンにいるのかを話した。そしてそれを聞いたマキトとラティは、揃って顔をしかめた。
「あの暴走した王女様が……ねぇ」
「……本当に大丈夫なのでしょうか?」
サントノ王国第二王女のシルヴィアが、現在このヴァルフェミオンの学園に留学している。その言葉に不安を隠そうともしないマキトとラティに、ダグラスは苦笑を浮かべながら言った。
「気持ちは分かる。あれだけのことがあったのだからな。でも心配はないさ。シルヴィア様も、今ではとても落ち着かれており、勉学にも励んでおられる。講師たちも注目するほどの成績を収めていて、将来有望だと言われているよ」
「それは良いんですけど、今はアリシアたちもこの町に来てるんですよね」
引きつった表情でマキトが言うと、ダグラスもピシッと固まる。
「そう、だったのか……うん、分かった、私のほうでも気をつけておこう」
ダグラスもやや声を震わせながらそう答えた。
(今のシルヴィア様を見る限り、流石にもうないとは思いたいが……それでも用心に越したことはない。ましてやここは他国。問題を起こせば地獄行きは確定。後でちゃんと様子を見ておかねば!)
心の中で決意を固めるダグラスをよそに、今度はネルソンたちが喋り始めた。
「ちなみに俺たちだが、このエステルが、学園の特別講師に選ばれてな。俺も付き添いがてら一緒に来たってワケだ」
「数ヶ月前の事件で、僕もすっかり参ってしまいましてね。ネルソンには本当に迷惑をかけたと思ってますよ」
エステルがそう言うと、ネルソンは全くだと呟きながらお茶を飲む。
「だがまぁ、コイツも落ち着いたみてぇだしな。俺もそろそろシュトルへ戻ろうかとは思ってんだ。騎士団のヤツら、俺がいねぇとすぐサボるからな。帰ったら何割か増しでシゴいてやらねぇと」
「ふふ……騎士団のどエラい顔が目に見えてきそうですね。それはさておき……」
小さく笑っていたエステルが、マキトの魔物たちに注目する。
「ウワサには聞いてましたが、マキト君は本当に珍しい魔物を連れてますね。それも見事、深き森に生息するという点で共通させている」
その言葉に対し、マキトは四匹の魔物たちを見下ろしながら苦笑する。
「特に意識なんてしてなかったですけどね。なんかこう、気がついたらこうなってたって感じで……」
マキトが傍にいたロップルの頭を、優しい表情で撫でた。
それを見ていたダグラスが――
(――っ!?)
マキトを見ながら目を見開いた。エステルとマキトたちの会話は続いているが、まるで耳に入ってこない。
確かに見えたのだ。マキトを通して、遠い昔に見た光景が。
まだ冒険者になる前の幼い頃、魔物をたくさん連れた人間族の女性と出会った。その女性は、小動物と見間違うような魔物の頭を、優しい笑顔で撫でていた。マキトが見せた笑顔が、その女性の笑顔と見事重なって見えたのだった。
――済まない……キミとは前に、どこかで会ったことはなかっただろうか?
二年前、サントノ王国南の森で、ダグラスが思わずマキトに尋ねたひと言だ。
我ながら変なことを聞いたと思っていた。そして後になって、ようやくハッキリ気づいたのだ。自分はマキトを通して、幼い頃の思い出を蘇らせたのだと。
ダグラスはとても恥ずかしい気持ちに駆られていた。もう何年も経過しているというのに、その女性がその時のままでいるハズがないじゃないか、と。
当時はそれ以上考えることなく、シルヴィアの剣の後始末にも追われており、いつの間にか忘れていた。
しかしここに来て、二年前と同じような衝撃を味わった。これが偶然とはとても思えなかった。
(もしかしたらあの女性は……マキト君の母親なのではないか?)
ダグラスはそう思えてならなかった。
その魔物を可愛がる仕草が、どうしても重なって見えて仕方がない。あくまで似ているだけの別人という可能性もあるが、ダグラスはどうにも、マキトと女性が無関係とは思えなかった。
(年齢からしても、二人が親子ならば辻褄も合うだろう。しかし確証はないし、なによりずっと昔のことだ。私の記憶違いという可能性も十分にあり得る)
そこまで考えたところで、ダグラスはフッと小さく笑った。
(まぁ、別にどうしても知らなければいけないことでもなし。今は私の中に、ひっそりと留めておくことにしよう。余計なことは考えないに限るからな)
ダグラスはそう結論付け、すっかり冷めたお茶を飲み干した。マキトたちが話を切り上げ、店を出ようと席を立つのは、それから間もなくのことであった。
◇ ◇ ◇
「あーっ! クラーレさん、こんなところにいたーっ!」
カランコロンという音を鳴らしながら店を出た瞬間、エルフ族の魔導師の青年が大声をあげながら走って来た。
「いつまで抜け出してるんですか! 早いところ戻ってきてくださいよ!」
「おぉ、スマンかったの」
激しく憤慨する魔導師の青年に対して、クラーレはマイペースに笑っている。それを見たマキトは苦笑を浮かべながら言った。
「じいちゃんは仕事に戻ってよ。俺たちは適当に町を見て回ったら、そのまま旅立つと思うからさ」
「そうか。では元気でな。旅の無事を祈っておるぞ」
「あぁ、ありがとう」
そしてクラーレは、魔導師の青年につれられる形で歩き出していった。
「バイバイなのですーっ!」
ラティが両手をブンブンと振りながら叫ぶと、クラーレも振り返りながら右手を軽く振っていた。
やがて角を曲がって見えなくなったその時だった。
「ネルソンさーん、ダグラスさーん!」
別方向から、騎士の恰好をした魔人族の青年が、血相を変えて走ってくる。どう見てもただ事じゃないその様子に、ネルソンが目を見開いた。
「おいおいどうしたってんだ?」
「実は、不審な魔導師を向こうで捕まえまして。激しく抵抗するので、すぐにでも応援に来ていただきたいのですが」
「なんだと?」
ネルソンとダグラスは、今朝ローランドが言っていたことを思い出す。
もしかしたら、魔法具を持ち出した犯人の可能性が高い。もし大当たりならば、大事になる前に処理してしまわねばと、ネルソンは思っていた。
「そうか、分かった。そこへ案内してくれ」
ネルソンが騎士の青年に頷いた後、マキトたちのほうに視線を向けた。
「というワケで、俺たちもここで別れさせてもらう。お前さんたちは、このまま大通りへまっすぐ向かってくれ。そうすりゃ、巻き込まれずに済むだろうからな」
「またお会いしましょう」
「いつかサントノ王都へも、遊びに来てほしい。それではな!」
エステルとダグラスが、続けて軽く別れの言葉を告げ、三人は騎士の青年の案内により、路地裏を走り去っていった。
またしてもあっという間に、マキトと魔物たちだけとなり、急に静かになったような気分に駆られた。
「とりあえず俺たちも、早く表通りに行こうか」
「ですね」
そしてマキトと魔物たちは、遠くから聞こえる喧騒の元へ向かい出した。そしてしばらく歩き、曲がり角に差し掛かったところで――
「うわっと、ビックリした!」
飛び出してきた誰かとぶつかりそうになり、マキトは驚いた。
黒いローブに身を包んだその人物は、魔導師に見える。更に言えば、その外見はかなり怪しかった。
するとラティが何かに気づき、黒いローブの人物を指さしながら叫び出す。
「マスター! このローブの人から、怪しげな魔力を感じるのです!!」
「え? それって……」
かなり危険なのではないか、とマキトが言う前に、黒いローブの人物が舌打ちとともに呟き出す。
「オトリを使って逃げ切れるかと思ったんだが……仕方がない。お前たちをこの魔法具で飛ばしてくれるわ!」
そして語尾を強めながら、黒いローブの人物が懐から道具を取り出す。
見た目はオーブを取り付けた装置のようなモノだ。そのオーブの中は金色の炎で揺らめいている。金色の炎が魔力であることは容易に想像ができた。
マキトたちは悟った。コイツは間違いなく、悪くて危ないヤツであると。
既に魔力が発動しているのだろう。金色の炎は段々と明るさを増している。黒いローブの人物は勝利を確信しているのか、ニヤニヤとマキトたちを見下すかのような笑みを浮かべているのだった。
「さぁ小僧ども、覚悟して……へっ!?」
しかしその瞬間、金色の炎から眩く光り出す。黒いローブの人物がマヌケな声を放つと同時に、パリンと何かが割れる音が聞こえてきた。
そして金色の光はオーラとなって、黒いローブの人物に纏わりつく。
「な、何故こんな……う、うわああああぁぁぁーーーーっ!!」
オーラが拘束しているのか、黒いローブの人物は身動きが取れない様子。恐怖のあまり叫ぶ中、その人物はオーラに飲み込まれてしまった。
そして――
「これは……!」
「魔法陣なのです!」
マキトたちの周囲を、大きな魔法陣が展開する。逃げようとしたその瞬間、眩い光が解き放たれ、目の前が真っ白になった。
数秒ほどその状態が続き、やがて光が収まったところで、マキトは恐る恐る目を開けてみる。
「……どこだ、ここ?」
呆然としながらマキトは呟いた。少なくとも現時点で分かることは、自分たちが見知らぬ巨大な地下通路の端っこにいることぐらいであった。
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