第百四十六話 飛竜の定期便



 原野のど真ん中に伸びる一本の道。そこを馬車が快調に走っている。

 馬車には殆ど乗らないマキトたちからすれば、その体感がどことなく新鮮に感じてならない。

 しかし彼らの場合、キラータイガーに乗って地上を駆けたり、最近ではドラゴンに変身したフォレオの背に乗って空を飛ぶことが日常化しているためか、馬車がとても便利だとは、正直言い難い。

 それでも徒歩に比べれば圧倒的に早いことは確かであり、これはこれで旅の楽しみの一つと言えるだろうと、マキトは思っていた。


「まさかこんなところでアリシアたちと会うとはな。すっごい驚いちまったよ」

「……私も驚いたよ。まさかユグラシア様と一緒に旅をしてるなんてさ」


 フォレオを抱えながら楽しそうにしているマキトに対し、アリシアはどこか疲れたかのようなため息をつく。

 久々に会った弟みたいな友人が、尊敬する賢者様を連れていた。これを驚くなというほうが無理な話だ。

 しかもなかなかにお互いの距離も近く、楽しそうな雰囲気を醸し出している。傍から見れば親子のようではないかと、ジャクレンと同じような感想をアリシアは抱いていた。

 そんなアリシアの様子などお構いなしに、マキトはマイペースにアリシアと同行している二人の魔導師の少女に視線を向けていた。


「えっと確か、アリシアの友達の……」

「ブリジットだよ。サントノからスフォリアへの国境で見かけて以来かな」


 彼女の言葉にマキトは思い出す。確かにウェーブの金髪ロング、つばの広い黒の三角帽子、そして黒の長いマントが特徴的だった。そして割と低めの声も。

 更にラティが、ブリジットの隣に座る少女に視線を向ける。エルフ族と魔人族のハーフである彼女は、マキトや魔物たちも知っている顔であった。


「そちらはセシィーさんでしたよね? お久しぶりなのです」

「こちらこそ。皆さんもお元気そうでなによりです」


 相変わらずの丁寧な口調でお辞儀をするセシィーに、マキトは笑いかける。


「にしても驚いたな。まさかセシィーがアリシアたちと一緒にいるなんてさ。てっきりグレッグさんたちと一緒にいると思ってたよ」

「数ヶ月ほど前に移籍したんです。ちなみにコートニーさんやスラキチちゃんは、今でもグレッグさんとともに、元気に活動していますよ。たまに連絡を取り合ったりしていますから」

「そっか。それはなにより」

「またいつか、どこかで会えるのが楽しみなのです」


 セシィーの言葉に、マキトとラティも嬉しそうに笑う。そんな彼らの様子に、アリシアも静かにほほ笑むのだった。

 エルフの里での一件により、ラッセルやオリヴァー、ジルと四人で組んでいたパーティが正式に解散した。それから四人は、それぞれ別々の道を歩き始めた。色々と話し合った結果、その方向性で決まったらしい。

 ラッセルを除いた三人での再出発も考えた。しかし長い付き合いの影響はとても大きかった。もしかしたら些細なことで、関係が崩れかねないほどに。

 それならもういっそのこと、四人それぞれ別々に活動しようよ。

 明るい口調で進言したジルに対し、反対意見が出ることはなかったのである。

 その後アリシアは、幼なじみでもあるブリジットと再会し、一緒に活動することとなった。それから一年ほど二人で活動し、つい数ヶ月ほど前に、遠征先でグレッグたちと再会したことを機に、セシィーがアリシアたちの仲間となった。

 グレッグたちも、同じ女同士のほうが気が合うだろうと、快く賛成したらしい。


「こうして一緒の馬車に乗せてもらったこと、本当に感謝するわ。ありがとう」


 ユグラシアがゆったりとした口調とともに頭を下げた瞬間、セシィーとブリジットが大慌てて手と首を横に振る。


「い、いえいえっ! そんなことは全然ないですからっ!」

「賢者様と一緒の馬車に乗れるなんて、むしろ私たちのほうがご褒美をもらっている感じですっ!」


 そんな二人の反応を見て、アリシアは改めて思う。確かに伝説とまで言われている森の賢者様が目の前にいれば、緊張するのも無理はないよねと。

 自分もマキトとあらかじめ出会っていなければ、こんなに落ち着いていられたとは思えない。間違いなくカチンコチンに固まりながら、言葉にならない言葉を並べまくったことだろう。

 殆ど実感がなかったことだが、マキトと旅した数ヶ月は、やはり色々な意味で大きなモノだった。

 改めてそれに気づいたアリシアに、またしても周囲のことなど全く気にも留めていないマキトが話しかける。


「アリシアたちも、ヴァルフェミオンを目指してるんだよな? やっぱり、魔法関係のことで?」

「うん。最近かなり賑わっているって聞いたから、一度見てみようと思ってね。マキトたちは、クラーレさんに会いに行くんだったよね?」

「あぁ。といっても、本当にいるかどうかは分かんないんだけどな」


 マキトは苦笑しながら答え、そして新たな疑問を投げかける。


「ところで、この馬車に乗っていれば、ヴァルフェミオンに到着するのか?」

「ううん。この馬車の行き先は、飛竜の定期便だよ」

「飛竜の定期便?」


 首を傾げるマキトに、アリシアは頷く。


「ヴァルフェミオンはかなりの高台にあるの。普通の馬車でも登れないことはないんだけど、飛竜で空から行ったほうが遥かに楽なんだよ」

「でも最近まで、その定期便の本数もかなり少なかったんですよ。なんでも、飛竜の子供がさらわれる事件があったとかで……」

「その影響が、他の飛竜にも表れてしまったというワケね」


 セシィーの言葉に、ユグラシアの表情が少し重々しくなる。


「さらわれた飛竜の子供は、助けられたのかしら?」

「はい。今では無事に戻って来て、他の飛竜たちもようやく落ち着きを取り戻したらしいんですよ。それでまた便の本数も増えて、私たちもこの機会に行ってみようと思ったワケなんです」

「そうだったのね。本当に良かったわ」


 ブリジットがそう答えると、ユグラシアも安心したような笑みを浮かべる。そんな彼女たちの会話を傍で聞いていたマキトとラティは、顔を見合わせながら小声で言った。


「ドラゴンの子供って、やっぱり狙われやすいんだな」

「みたいですね」


 彼らが思い出していたのは、シュトル王国で助けた小さな飛竜のこと。

 ディオンがちゃんと送り届けることを約束していたのだが、果たして無事に親の元へ帰れたのだろうか。

 元気で暮らしていることを祈る中、馬車は東へ向かって進んでいくのだった。



 ◇ ◇ ◇



 馬車は順調に進み、飛竜の定期便の発着所に到着した。

 定期便の数が再び増えたためか、多くの冒険者たちで賑わっている。あちこちで露店も出ており、まるで小さな国境のようだ。

 代金を払って馬車を降りたマキトたちは、その様子に目移りしていた。


「人がいっぱいいるのです」

「それだけ利用する人が多いってことね。範囲はオランジェ王国内に限られてはいるけど、それでも早く移動できる点ではありがたいと思うし」


 ラティの呟きに、ユグラシアも周囲を見渡しながら言う。そこに発券所へ向かっていたブリジットが戻って来た。


「なんとか全員分の切符が取れたよ。臨時便の小さいヤツだけどね」

「あそこの搭乗口から、係の人の引率によって、指定の発着所へ向かうみたいね」


 ユグラシアの視線の先には、係員に案内される冒険者たちの姿があった。あの通りにすればいいんだということがよく分かる。

 マキトたちもそれに従い、搭乗口で係員に切符を見せ、発着所へと案内される。臨時便というだけあって、多数ある発着所の中でも、かなり端っこのほうまで移動するようであった。

 ここで歩きながら、係員を務める魔人族の男性から、注意点が説明される。


「飛竜はとても気難しい魔物なんだ。無暗に触ろうとすると機嫌を損ねてしまい、その便が出なくなる確率が非常に高くなるんだよ。そうなってしまえば、切符がムダになるだけでなく、お詫び金を払ってもらう羽目になる。だからくれぐれも気をつけてほしい」


 その言葉にユグラシアが笑みを浮かべながら頷いた。


「分かりました。折角の空の旅が台無しになるのも嫌ですからね」

「そう言ってもらえて嬉しいよ。勝手なことを言ってるように聞こえるだろうが、こっちも商売なんでね。どうか悪く思わないでほしい」

「お気になさることはありませんわ」


 淡々と笑顔で対応するユグラシアのおかげで、場の空気も変になることなく、目的の発着所が見えてきた。


「さぁ、あれがキミたちの乗る便だ」


 係員が指をさした先には、二頭の大きな飛竜がいた。そのうちの一頭に御者台と人が数人ほど乗れる小さな屋根付きのゴンドラが取り付けられている。

 恐らくあのゴンドラに乗るんだろうなと、マキトが思っていたその時――


「キュゥーイッ♪」

「へ?」


 大きな飛竜の背中から、一匹の小さな飛竜が鳴き声とともに飛び出してきた。そしてそれは、マキトに向かってまっすぐ飛んできて、やがてマキトの顔面に思いっきり抱き着いた。


「わぷっ!?」

「キュ、キュキュキュ、キュイッ♪」


 いきなり視界を遮られたことで、マキトは慌てながらもがく。しかし小さな飛竜は嬉しそうにマキトの顔にしがみつくばかりであった。

 マキトは小さな飛竜の体を、両手でガシッと掴み、なんとか引き剥がす。

 係員や御者台に乗る魔人族の中年男性。そしてアリシアたちやユグラシアまでもが目を見開く中、マキトは両手で抱きかかえる形となった、その小さな飛竜をじっと見据える。

 前にどこかで会ったような気がした。そしてこれまでの出来事を記憶の引き出しから探していくと、ある一つの出来事が光り出した。


「……お前もしかして、前にシュトル王国で、俺たちが助けた?」

「えぇ、間違いなくあの時のドラゴンちゃんなのです」

「キュイッ♪」


 マキトとラティの言葉に、小さな飛竜がそうだよ、と言わんばかりに頷く。

 そして後ろで驚いている面々に気づき、マキトは改めて、小さな飛竜を助けた出来事を話した。同時に、さっきセシィーが話していた飛竜の子供が、まさにこの小さな飛竜であることが判明した。


「話には聞いてたけど……いきなり再会しちゃうなんて凄いわね」


 アリシアたちが驚きで言葉も出ない中、ユグラシアが呆けた表情で言った。

 そこに御者台から、魔人族の中年男性が下りてくる。


「俺は御者のブライアンってんだ。ディオンのダンナから話には聞いていたが、どうやらお前さんたちが、このチビを助けてくれたらしいな。俺からも改めて礼を言わせてもらうぜ。本当にありがとうよ」

「いえ、コイツが両親の元へ帰れて、本当に良かったです」


 マキトとブライアンが握手を交わしたところで、ゴンドラを繋いでいる大きな飛竜が顔を向けてきた。


「グルルルゥ……」

「ん? 何か言いたそうだな?」


 ブライアンが問いかけると、大きな飛竜は鳴き声で何かを言ってくる。ラティがそれを聞き取り、いつもの如くマキトに通訳した。


「息子を助けてくれて感謝する、と言ってるのです。どうやらこの子のパパさんみたいですね」

「おぅ、なんでぇ。その小さな嬢ちゃんは、竜の言葉が分かるってのかい?」

「わたしも魔物ですから。ついでに妖精なのです」


 それを聞いてさらに驚くブライアンをよそに、ラティは再び、大きな飛竜の話に耳を傾ける。


「パパさんがラグで、ママさんがベラというそうなのです。マスターとわたしたちになら、自分たちのことを名前で直接呼んても良いって言ってますね。ついでに敬語を使う必要もないそうなのです」

「そっか。じゃあラグとベラって呼ばせてもらうよ」

「グルルゥッ!!」

「グルッ」


 マキトの言葉に、飛竜の夫婦であるラグとベラが、機嫌良さそうに頷いた。


「ははっ、コイツはたまげたな。飛竜にここまで認められたヤツが……」


 愉快そうに笑っていたブライアンの表情が、ここでピタリと止まる。まるで何かを思い出しているかのように、腕を組みながら沈黙した。

 そして数秒後、ブライアンは呟くように口を開く。


「そういや前にもいたな、人間族の女が飛竜を手懐けてたの……そうだ! その姉ちゃんも、少年みてぇに魔物を連れてたんだ。そしてその飛竜も、姉ちゃんたちと一緒に行きたがるほど懐いてな。本当に大変だったんだぜ」


 懐かしそうに再び笑い出すブライアン。それを聞いていたアリシアが、戸惑う素振りを見せながら右手を軽く挙げる。


「あの、ちなみにそれって、どれぐらい前の話ですか?」

「二十年くらい前だな。ある男とも一緒だったよ。エルフ族と人間族のハーフとか言ってたかな。ちょうどその二人は、近々結婚する予定だったらしくて……結局その飛竜は、二人の結婚祝いとしてくれてやったんだったかな」


 ここでブライアンは、マキトを見て何かに気づいたような反応を見せる。


「そういや……その姉ちゃんの顔だが、どことなく少年と似ていた気がするな。まぁ大分前の話だし、俺の記憶違いかもしれんがね」


 話は終わりだと言わんばかりに、ブライアンは踵を返した。


「さぁ、そろそろ乗ってくれ。いい加減出発させねぇといけねぇや」


 そう促され、ブリジットとセシィーがゴンドラに乗り込む。ユグラシアも先に乗るわねと言って二人の後に続き、マキトも後に続こうとしたところで、ラティが小声で話しかけてきた。


「マスター。もしかして今の話の人って、マスターのお母さんとお父さんのことではないのですか?」

「……やっぱそう思うか?」


 今の話に出てきた人物の特徴が、エルフの里でセルジオから教えてもらった両親の特徴とまる被りであった。

 更に二十年前ならば、自分が生まれる四年ほど前。時期としても十分に辻褄は合うだろう。

 そう思っていたマキトのところに、アリシアが近づいてきた。


「もし本当にそうだとしたら、やっぱり親子ってことが言えそうだよね」

「……そうかなぁ?」


 マキトは首を傾げる。実感がないというのが正直なところだった。あくまで話に聞いているだけで、本人に会ったことがないから、尚更全く想像がつかない。

 それを悟ったアリシアは、申し訳なさそうに苦笑を浮かべた。


「ゴメンゴメン。変なこと言っちゃったね。さ、私たちも早く乗ろう!」


 アリシアが強引に話を切り上げ、マキトの手を引いて歩き出した。

 急な行動に戸惑いつつ、こーゆーのもなんだか久しぶりだなぁと思い、マキトは小さな笑みを浮かべるのだった。


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