第百十六話 ライザックとジャクレンの秘密
「くきゅーっ!」
「あぁ、ご心配なく。僕は別に戦いに来たわけではありませんから」
曲者が出てきたと思い、激しく威嚇するリムを、ライザックが冷静に宥める。そしてマキトに視線を向けて言った。
「僕がここに来た理由は一つ。マキト君と話をするためです」
「俺と?」
「えぇ、そうです。一度キミとは腰を落ち着けて、じっくり話をしてみたかった。今がちょうどいい機会だと思ったのでね」
ジャクレンの飄々としているかのような笑顔は相変わらずだったが、少なくともフザけている様子は全く感じられない。
もしかしたら本当に彼は、自分と話すためだけにここへ来たのかもしれない。そう思った瞬間、マキトの頭の中で新たな仮説が生まれた。
「……まさかとは思うけどさ。それだけのために、今みたいな騒ぎを起こしたってワケじゃないよな?」
「それは誤解だと申しておきましょう。もっとも今現在、魔物たちがあちこちで暴れているキッカケを作ったのは、紛れもなく僕なんですけどね」
手のひらを上にして掲げながら、いやーまいったまいったと言わんばかりに笑みを浮かべるライザックに、マキトは更に表情を引きつらせる。
「魔物たちが騒いでるのはアンタの仕業……ってことで良いんだな?」
「えぇ、そうですね」
「ラッセルが闇の魔法でおかしくなったのもか?」
「確かに先週、スフォリア王都で彼に魔法を仕込んだのは、この僕ですね」
にこやかな笑顔で淡々と語るライザックに、マキトは目を細めた。
「……またえらくすんなりと認めるんだな」
「別に隠すつもりもありませんから」
ライザックはサラリと語る。それ以外に何があるんだと言わんばかりに。
ウソをついているようには感じられない。しかしマキトは、どうにも気味の悪さを感じてならなかった。
とはいえ、何故こんな気持ちに駆られているのか、それ自体が全く分からない。そこにライザックが問いかけてきた。
「軽蔑とかしないんですか?」
「え?」
突然の質問にマキトは思わず呆けた表情を浮かべる。それを見たジャクレンも、普通に驚いているような表情となっていた。
「ここまで聞けば、お前がしてきたことは間違っているぞ、みたいな説教をするんだろうなぁと思ってたんですが……キミの場合、どうやらそんな感じでもなさそうなんですよね。むしろ――」
ライザックの目がスッと細められた。
「どこか僕の行動に、納得しているような気持ちを抱いている……とか?」
その問いに、マキトは答えられなかった。イエスともノーとも言えなかった。
きっと彼がそう言うのならば、恐らくそうなのだろう。それ以外にマキトが感じたモノは何一つなかった。彼の気持ちが分かるとか、そういうのも一切ない。
とどのつまり、全くもって興味がないのだ。
もっともマキトは、その結論に辿り着いてこそいないのだが。
「まぁ、そこはどうでもいい話ですかね。そんなことより、僕のことは恐らく、ジャクレンあたりから色々と聞いているでしょうから、ここで改めて僕からも話させてもらいましょう――あっ、ここ失礼しますよ」
ライザックが部屋の隅に置いてあった椅子に腰かける。マキトもリムとともに、ひとまずベッドの上に腰かけた。
二人が顔を見合わせる形となったところで、ライザックが話を続ける。
「僕が魔物たちを暴れさせたのは、僕が作り上げた魔法を実験するためです。我ながら上手く行きました」
それからライザックは、これまでの活動をマキトに話していった。その内容は、河原でジャクレンから聞かされた内容と一緒であった。
半年近く前、シュトル王国で盗賊たち相手に仕掛けたのも、全ては自分の仕業であると、改めて本人の口から伝えられる。その結果はおぞましいモノだったが、これは彼自身も予想外だったらしい。
まさか――ヒトとも魔物とも言えないような醜い姿になってしまうとは。
ジャクレンはため息交じりにそう言った。
芝居がかっているようにも見えるが、ウソとも感じられない。そう思いながらマキトは、話を聞き続ける。
「それから僕は更に研究を重ね、スフォリア王都へ立ち寄った際、偶然ながら素晴らしい逸材を見つけました」
「もしかしてそれが……」
「えぇ、キミたちもご存じのラッセル君ですよ」
ライザックは頷きながら、嬉しそうに笑う。
「彼は成れの果てにならなかった。僕の研究は完成した……と思いましたが、今となっては少しばかり微妙かもしれませんね」
「どうしてさ? アンタの想像したとおりになってくれたんだろ?」
「確かにそうなんですが……」
やや笑みを落とし、ライザックはスッと目を閉じる。
「元々、彼の心の中には闇が存在していました。自分ですらも気づかない、ずっとずっと深い底で煮詰めてきた、どうしようもなく粘っこい闇が。その闇が彼を、最後までずっと、ヒトのままで保たせていた。そんな気がするんですよね」
その話を聞いたマキトは、どこか納得できないでいた。
「そんなに都合よく行くもんかな?」
「行くときもありますよ。それだけ心の中というのは底が深く、実に計り知れないということです」
ライザックの言ってることはよく分からなかったが、とりあえずそういうことなのだろうと、マキトは自分の中でひとまずの整理をつける。
同時に一つ思った。折角だから、こちらからも質問をしてみようかなと。
「なぁ、俺からも聞いていいか?」
「遠慮なさらずにどうぞ」
ならば遠慮せずにと頭の中で思いつつ、マキトはライザックに問いかける。
「ライザックって、ジャクレンとは昔からの知り合いなのか?」
「えぇ。いわゆるそう――腐れ縁というヤツですかね」
懐かしむような表情を浮かべ、ライザックは斜め上を見上げる。
「もしも、ほんの少しだけ運命の道筋が違っていたならば……二人の魔物使いが出会っていたのかもしれませんね」
「え、それってつまり、どういうこと?」
マキトの問いかけに対し、ライザックはニヤリと笑った。
「ジャクレンもまた、魔物使いの素質を持っていたということですよ」
◇ ◇ ◇
何故か小さい頃から、動物や魔物に懐かれていた。それがジャクレンの大きな特徴であり、彼の家族を含め、周囲はどうしてなのかと疑問を抱いていた。
奇怪な目で見られることも少なくなかったが、ジャクレン自身は特に気にする素振りも見せなかった。きっと変わった子なのだろうと、周囲もひとまずそれで納得することにしたのである。
そして彼が成長し、冒険者ギルドで素質を調べたことで、それは判明する。自分が魔物使いであることが分かり、ジャクレンは嬉しそうに笑った。
居合わせていた同じ村の出身である青年たちもまた、そういうことだったのかと納得していた。
その当時から魔物使いに対する扱いは、今現在と変わっていなかった。しかしその一方で、ジャクレンならば、もしかしたら魔物使いという職業で冒険者の道を渡り歩けるのではないか。確証はなかったが、そう思う者も確かにいた。
ギルド側も戸惑ってはいたが、ジャクレンは無事、冒険者登録を終えた。そして早速街門を出て、魔物をテイムしようと試みた。
しかし成功はしなかった。数時間後、落ち込んだ表情のジャクレンだけが、シュトル王都に戻って来た。
彼自身、こうなる想像はしていたとのことだったが、それでもやはり悔しさがこみあげてならないとも言っていた。明日は必ず成功させる。スライムの一匹でも連れて帰って来て見せると、ジャクレンは意気込んでいた。
しかしそれは――唐突に訪れた急展開により、叶うことはなかった。
「その当時のシュトル国王は、今の国王以上に力を求めてました。剣や魔法の才能に長けた若き人材が現れたときには、それはもう大手を振って喜んでいたとか」
「ふーん。なんてゆーか……分かりやすい人だったんだな」
「言えてますね」
マキトの言葉にライザックは苦笑する。
「その国王からすれば、ジャクレンの存在は迷惑以外にありませんでした。僕のような魔導師と違い、魔物使いがどうなのかは……キミも良く知ってのとおりだとは思いますが」
「……魔物とかと戦う力を持たない。まさかそれが気に入らなかった?」
「少なくともジャクレンは、そう予想しているみたいですがね」
ライザックは頷きながら話を続ける。
「そして彼は、国王の身勝手極まりない判断によって、国を追われてしまった」
冒険者ギルドに、王宮騎士たちが押し寄せ、ジャクレンを取り押さえた。そして取って付けたような罪状を言い渡し、ギルドマスターの手によって、ギルドカードを没収、破棄されたらしい。
ジャクレンは何も悪いことはしていなかった。全てはシュトル国王が仕向けたことだったのだ。
もし逆らえば、自分たちの立場も追われることになる。だからどんなに納得がいかなくとも、従うしかなかった。どんなに強い正義感を持っていようが、上からの圧力には到底及ばない。それが証明された瞬間だった。
そしてジャクレンはシュトル王国の全てに失望し、そのまま王都を去った。
「……酷い話だな」
「えぇ、流石にこればかりは同感です。まぁ、僕が言えた義理でもありませんが」
再び苦笑しつつ、ジャクレンは視線を斜め下に落としたまま続ける。
「そして彼が僕と出会ったのが、それから数年後だったとか」
「ふーん。その間は旅でもしてたのかな?」
「さぁ?」
ライザックは笑みを浮かべたまま首を傾げる。どうやらそこらへんまでは知らないようであった。
マキトも別にどうしても知りたいわけではなかったため、追及はしなかった。
「彼と僕が出会ったときも、まぁ色々とありましたが、話すと少し長くなるので、ここは省略させてもらいますね」
「あ、うん。要は普通の出会いじゃなかったってことで良いのか?」
「そうですね。そう受け取ってもらえれば」
否定していないライザックの様子からして、恐らく間違いではないのだろうとマキトは思った。
どんな出会いだったのかが気にならないワケではなかったが、考えても想像しきれないため、ここはひとまず置いておくことに決めた。
マキトが自分の中でそう整理をつけたところで、ライザックは続ける。
「まぁ、なんやかんやあって、僕と彼は意気投合しました。完全にヒトを信用していなかった当時の彼と、魔法と研究だけが友達だった当時の僕。この出会いはなるべくしてなったモノではないかと思っています。いわば運命というヤツですよ」
「運命ねぇ……」
安っぽい言葉に聞こえてくるが、あり得ない話でもないだろうと思った。
ラティたちとの出会いも偶然ではなく、運命だったのではないかと、マキトはそう感じてならなかった。
「僕らはお互いに思考が歪んでいましたからね。どんどん思想も変な方向に行ってしまったんですよ。もっとも僕とは違って、ジャクレンはしっかりと途中で、我に返ったみたいですけどね」
「……歪んでるって自覚はあったんだ?」
「えぇ、一応」
あっけらかんと答えるライザックに、マキトは呆然とする。しかしそれに構うこともなく、ライザックは続けた。
「そして僕たちは、自然と道を分かれて進むことになりました。それでも時たま、彼とは顔を合わせて話すこともありますから、絶縁状態には至ってません。なかなか不思議なことだとは思いませんか?」
「まぁ、そうかもね」
殆ど反射的にマキトが答える。深くかかわりたくないという気持ちと、ライザックのニヤついた笑みに、そろそろ苛立ちを覚えてきたというのも含まれていた。
とはいえ、今の話を聞いて興味がそそられなかったかと言われれば、それは間違いなくウソになる。
勿論、全てが本当である保証などない。しかしあり得るような気もした。
あくまで聞いた話だが、思い当たる節があったからだ。
(そういえばじいちゃんも、シュトルの王宮でこき使われてたって言ってたな)
クラーレが王宮にいたときの国王と、ジャクレンが追い出された時の国王。この二人が同一人物かどうかを確かめる術はないが、少なくとも深い繋がりはあるだろうと思った。
王族である以上、親子――あるいは祖父と孫あたりだろう。ならば似ていたり、より大きな影響を受けていたとしても不思議ではない。
(やっぱり、サントノ王都へまっすぐ行ったのは、正解だったのかも……)
もし旅立ち直後のあの時、東のシュトル王都へ行っていたら、何かしらの面倒なことに巻き込まれていたような気がすると、マキトはなんとなくそう思った。
◇ ◇ ◇
里の一角にある大きな民家は、臨時の医療休憩所として使われていた。
魔物討伐で負傷した冒険者たちが手当てを受け、横になって休んでいたり座っていたりしている。
一時期は少し治ってはすぐに飛び出し、また負傷して担ぎ込まれるという、しょうもない負の連鎖をしでかしていた冒険者もチラホラおり、救護担当の一人が顔を真っ赤にしてどやしつける場面もあったのだが、それはまた別の話である。
「ふぅ、そろそろ落ち着いて来たかな?」
額の汗を拭いながら、ジルが休憩スペースとなっている広い部屋を覗き込む。腕や足を、包帯と木の板と包帯でガッチリ固定された冒険者たちが、楽しそうに雑談を繰り広げる姿が見られる。
骨折していて思うように戦えない以上、里に残っているのは仕方がない。しかしこの医療休憩所にいる必要性も実のところ全くない。
そんな疑問を持ちつつ、ジルはラッセルの様子でも見に行こうかと思った。
ラッセルが眠っている部屋に向けて歩き出したその時――血相を変えた救護担当の魔導師が、ジルを見つけるなり大慌てでドタドタと駆け寄ってきた。
「た、大変です! ラッセルさんの姿がどこにもありません!!」
「えぇっ!?」
その言葉を聞いたジルは、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。慌てて口を閉じるがもう遅い。とにかく状況を知るために、ジルは魔導師に案内してもらう。
駆けつけてみると、確かにラッセルがいたハズの部屋は、もぬけの殻であった。
「いつの間に抜け出したんだろ……とにかく、急いで連れ戻さないと!」
「私、皆に知らせてきます」
「お願い!」
魔導師が駆け出していくのを見送ったジルは、改めてラッセルがいた部屋を心配そうな表情で見つめる。
そこに、隣の部屋から白衣を着た初老の男性が出てきた。この里で医者を営んでいる者であり、ラッセルの治療を監督した者でもある。白衣の男性は深いため息とともに、ラッセルがいた部屋を覗き込む。
「話はよーく分かったよ。全く仕方のないヤツだ」
「す、すみません。私がついていながら……」
「いや。これはキミのせいじゃない。勝手に抜け出したアイツが悪いよ」
白衣の男性は淡々と言いながら部屋へ入っていき、改めて軽く見渡してみる。
「ふーむ……見たところ、武器などの装備品も見当たらんようだが?」
「そう言われてみれば確かに……まさか、あのバカ、魔物討伐へ行ったんじゃ?」
「根拠はあるのか?」
「ないですけど……あのバカなら、あり得ない話じゃないです。討伐の件も、たまたま誰かが話していたのを聞いていたのかも……」
試しに想像してみると、その光景が鮮明に浮かんでくる。ジルの表情が段々と苛立ちに切り替わる中、白衣の男性は表情を引き締めた。
「とにかく、ラッセルを急いで見つけなければな。このままでは最悪、冒険者生活を送ることすらできなくなるぞ」
それを聞いた瞬間、ジルの表情がピタッと止まった。そしてゆっくりと白衣の男性に顔を向け、恐る恐る尋ねてみる。
「……それって、どういう意味ですか?」
「言葉のとおりだよ。できる限りの回復魔法と治療は施したが、しばらくは安静が必要だ。もし戦いに参加して、大きな一撃でも受ければ、その時点で終わりだ」
ジルの表情が段々と青ざめてくる中、白衣の男性は淡々と続ける。
「ちなみにラッセルの腕前なら……というのも期待しないほうが良い。体力と気力をかなり消費していて、判断能力も鈍っているだろうからな。闇の魔力に振り回された影響は、私の想像をかなり超えていたよ。仮に戦っていなかったとしても、動き回るだけで普通に身を削ってしまう。それが今の彼だ」
つまり白衣の男性が最初に言ったとおり、安静は絶対だということだ。それが明らかとなった今、ジルの次の行動は、既に決まっていた。
「……オリヴァーたちにも知らせなきゃ!」
脇目も降らず、ジルは救護施設となっている民家を飛び出していく。そして一目散に森へ向かって走り出した。
(ラッセルが里の中をうろついていたのなら、それなりの騒ぎになってるハズ。でもそんな様子はなかった……ってことは、やっぱり隠れながら森へ行った可能性がとても高い!)
走りながらジルは頭の中でそう分析する。冷静さを欠いているようでいながら、周囲の状況はちゃんと見ていたのだ。
シーフとして、ハンターとして、長年修行を積んできた成果だろう。
「ほんっっっっとにもう! 何を考えてるのよ、あのバカぁっ!!」
苛立ちに苛立ちを募らせたジルの渾身の叫び声が、森の中に響き渡る。
一方その頃――ラッセルが姿を消したという知らせが、エルフの里の中を恐ろしい速度で広がっているのだった。
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