第七十三話 愚かなる叫び



 親タイガー亜種が、険しい顔とともに平原を疾走する。その背中に乗るマキトたちの表情もまた、緊張感を漂わせていた。

 段々と近づいてくる王都。その空には黒雲が漂っており、不吉な予感を示している。そして実際、王都では不吉なことが起きていることを、マキトたちは知っていた。


「セド! 念のために言っておくけど、俺たちが行くのはパンナの森だからな!」

「分かってる。どのみち今は、王都へ近づくことすら無理そうだ。ならば他に僕たちができることをするまでさ」


 緊迫しながらも、ハッキリとした口調で、セドがマキトの声に答える。

 一匹のキラータイガーが、マキトたちの元へ知らせを持ってきた。野生の魔物が軍勢となって、王都を目指していると。

 王都より西に生息する魔物たちも例外ではないが、不思議なことにパンナの森にいる魔物たちや、森のすぐ傍にいた長タイガーを含む他のキラータイガーには、全く影響がないとのこと。

 キラータイガーたちは、ひとまずパンナの森に避難しているらしく、一匹が伝令役として、マキトたちの元に駆け付けたのだった。


「恐らく異変の原因は魔力だろうね。パンナの森は特殊な魔力で溢れてるから、影響が出なかったとしても、不思議ではないと思うよ」


 コートニーが騒ぎについて冷静に分析し、マキトたちがそれに頷いた。

 今現在は、比較的落ち着きを保ってはいるが、これでも夜明けの時点では、皆揃ってかなり動揺していた。特にセドの動揺っぷりは凄まじかった。すぐさま王都へ戻ろうとさえしていたほどであった。

 しかしそのおかげで、セドを除くマキトたち全員の落ち着きが、ほんの少しだけだが取り戻せた。セドをなんとか説得して、一旦落ち着いて状況を整理することにした。


『野生の魔物たちは、こぞって王都を目指している。そうすれば当然、街門も封鎖しているだろうね。そしてその周囲には、当然その魔物たちが……』

『わんさかいるだろうな。真正面から相手にするなんざ、どう考えても無謀過ぎる』

『少なくとも今は、王都に戻るのは不可能。そう判断して良さそうだね』


 コートニー、マキト、そしてアリシアの言葉が、セドを現実に引き戻した。そして、バウニーが不安そうにすり寄る姿を見て、ようやく表情も引き締まった。

 流石に王都を気にしないのは無理だったが、今自分ができる最善のことを考えるくらいはできた。そして導き出した答えが、キラータイガーたちの状態確認であった。

 親タイガー亜種も長の様子が気になっていたため、その意見に頷く。

 ――そして、今に至るというワケである。


「王都にはフィリーネ様やオースティン様もおられるし、セルジオさんもいる。そんなに心配することもないと思うけどね」


 安心させるような口調でアリシアは言うが、セドの表情は全く晴れない。自分の故郷が危険な目にあっているのだから、無理もない話である。

 ここでマキトは、昨日発生していたもう一つの騒ぎについて思い出す。


「そういえば、お姫様が姿を消したとか言ってたな。結局どうなったんだろ?」

「さぁね」


 首を傾げるマキトに、セドは吐き捨てるように言った。まるで考えたくもないと言わんばかりであり、これ以上この話題については考えないほうが良さそうだと、マキトは思った。


「パンナの森が見えてきたよ!」


 アリシアが声を上げると、マキトたちの表情がより引き締まった。


「よし、急ごう!」


 マキトの掛け声に仲間たちは頷く。同時に親タイガー亜種の走る速度も少し上がり、パンナの森を目指して一直線に走っていった。



 ◇ ◇ ◇



 フィリーネたちは女王の間に戻っていた。ギルドマスターのウェーズリーを交えて、現在の状況と今後の対策について話し合う中、昨日からクエストで王都を出ているセドについての話題になった。

 ギルドに残した伝言内容を、ウェーズリーが報告したからである。


「では、セドは現在、南西の方角にいるのですね?」

「そのハズです。件の魔物使いの少年たちも同行しており、安全面で言えば、それなりに保証はされているかと思われます。何せ彼らには、魔物がついているのですから」

「確かに。キラータイガーの群れと親交を深めてしまうくらいですからね」


 フィリーネの問いにウェーズリーが答えると、オースティンが納得しながら頷いた。

 気配や危険を察知する能力は、魔物のほうが下手な冒険者よりも優れている。だからこそ、安全だという意見はもっともであった。

 同年代で気を許している仲間たちが一緒であるという情報も、より心強さを増長していると言えていた。


「セドのことはひとまず良いでしょう。問題は王都を取り囲んでいる魔物たちです」

「えぇ。キッカケを作った装置は、調べ終わったのかしら?」

「解析した結果、もはや何の意味もなさないガラクタと化してました。あの装置が再び異常を出す可能性は、皆無に等しいと思われます」


 それを聞いたオースティンやブレンダは、安心したような笑みを浮かべた。事実上、元凶が全て取り除かれたといっても過言ではないからだ。

 念のために用心しておくよう、フィリーネが魔導師に伝えたところで、女王の間の外から、騒ぎ声が聞こえてきた。


「止まれ、止まらんか! 女王様は大事なお話し中だぞっ!」

「うるさい! 私を誰だと思っている!? いいからそこを退けっ!!」


 兵士と高圧的な男の怒鳴り声が聞こえてくる。そして女王の間の扉が、バァンと勢いよく開かれた。

 周囲の誰もが唖然とする中、訪問者は礼儀も体裁もかなぐり捨てた状態で、無遠慮に女王の間に入ってくる。


「フィリーネ様! これは一体どういうことですか!?」


 怒りの形相で叫んできたのは、マクレッド家の当主であるミシェールだった。


「ミシェール、落ち着いてください。一体どうされたのですか?」


 突如乗り込んできたミシェールに対し、フィリーネは困惑しながら訪ねる。

 流石に普段の彼は、ここまで礼儀知らずではない。ましてや彼は、王家との繋がりを人一倍誇りに思っており、絶対に途切れないよう細心の注意を払ってきたほどだ。怒りに任せて愚かなマネをするタマだとは思えない。

 だとすれば、それ相応の理由があると見るのが自然だろう。フィリーネはその理由に心当たりがあった。

 そしてそれは、見事に当たっていたのであった。


「どうしたもこうしたもありますか! 聞きましたぞ! 息子がミネルバ様に良いように利用されていると! 前々からミネルバ様に対して危うい雰囲気があると感じておりましたが、こうなってはもう黙っていられませぬ!」


 ミシェールの叫びを聞きながら、フィリーネはやはりそれですかと、内心でため息をついていた。オースティンやウェーズリー、そしてセルジオやブレンダも、抱いている気持ちは同じであった。

 ちなみにそれぞれ、完全に表情に出ていたのだが、ミシェールは全く気づかずに声を荒げ続ける。


「息子がおかしくなったのは、フィリーネ様率いる王家のせいだ! こうなったら王家全体の責任問題として、正式に訴えることも考えさせていただきますぞ!」


 堂々と胸を張って言い切るミシェールに、フィリーネたちは唖然としていた。まるで息子は何も悪いことをしていない、と信じ切っている物言いだ。

 いや、実際にそのとおりなのだろう。ウチの子に限ってあり得ない、と言い切る親は珍しくないのだ。

 できることなら、こんなところで話したくはなかったが、状況が状況なだけに、隠しておくわけにもいかないとフィリーネは思い、話すことに決めた。


「その前に、少し心を落ち着かせて、私の話を聞いてください。大変お気の毒ですが、アナタのご子息もまた、私の娘を利用しようとした主犯格でもあるのです」

「はっ! 何を急にバカなことを……王族だから全て信用されると思ったら、それこそ大間違いというモノですぞ! フィリーネ様も落ちぶれましたな。女王ともあろうお方が、そんなくだらないウソをついて恥ずかしくないのですか? これはすぐにでも王位の座を明け渡したほうが、この国のためになって良いかもしれませんな、ハハッ♪」


 ミシェールは激しい怒りから一転、実に気持ち良さそうに笑いながら語った。

 周囲は完全に呆然としている。哀れとはこのことかと。かくいうフィリーネも気持ちは同じであり、ここはちゃんと現実を見せねばと思うのだった。


「そこまでおっしゃるのでしたら、ご子息のいる場所までご案内いたしましょう。そこで全てをご覧になってから、改めて判断していただければと思います」

「えぇ、良いですとも。フィリーネ様の言い訳を見せてもらおうではありませんか」


 そう返事するミシェールの表情は、明らかな侮蔑が混ざっていた。わざわざ自分から堕ちにゆくとは潔い、と心から感心しているのである。

 フィリーネがビーズの小屋へ案内する最中も、ミシェールの表情は変わらなかった。同伴しているオースティンやウェーズリー、セルジオやブレンダの表情もまた、憐れみを見るかのような表情のままだった。

 やがてビーズの小屋が見えてくると、何かがおかしいことに気づく。

 自分が張り巡らせた魔力の気配がない。まるで綺麗サッパリ消えているようだ。そしてそれを裏付けるように、見張り役として残していた魔導師たちが、ボロボロの状態で倒れていた。

 フィリーネたちが驚く中、オースティンが険しい表情で真っ先に駆け寄っていく。


「おいっ、どうした! 一体何があったんだ!?」

「オ、オースティン様……無念です。結界が解かれました。ビーズの手によって……」

「なんだとっ?」


 魔導師の言葉に驚いたのはオースティンだけではなかった。フィリーネは勿論のことだが、セルジオやブレンダ、ウェーズリーも信じられないと言わんばかりに、目を見開いていた。

 そんな中ミシェールだけが、それ見たことかと言わんばかりの、心の底から呆れ果てた表情を浮かべていた。


「これ以上付き合う必要もありませんな。フィリーネ様がマクレッド家を陥れようとしていたことは、もはや言い逃れできない事実でしょう」

「……そういう貴殿のバカ息子は、意気揚々とセド様を陥れようとしていましたぞ!」


 魔導師の一人が怒気を込めて叫ぶが、ミシェールは殆ど聞いていない。またそれかと小バカにしている感じであった。

 それを悟った魔導師は、すぐさま視線をフィリーネに移して話す。


「フィリーネ様。ビーズが伝言を残していきました。どうかお聞きください」


 魔導師は少し前に起こった出来事を語った。

 ビーズが強力な結界をも破壊する装置を発明しており、それを使用して脱出。そして小屋にいた三人は、そのまま逃亡してしまった。

 エルヴィンとミネルバはセドへ復讐するために、そしてビーズは宮廷魔導師の座をもらうために、それぞれ王宮へ向かった。

 これら全てがビーズが残した伝言であり、フィリーネがこの小屋に戻ってくることを見越していたらしい。


「ビーズの挑戦状……とでも受け取るべきでしょうか?」


 忌々しそうに唸りながら、オースティンが絞り出すように言う。その傍らでは、怒りを最大限に露わにするミシェールの姿があった。


「息子がそんなことをするなどあり得ん! そこの魔導師たちはデタラメを言っているのだ! 大方フィリーネ様に雇われた証言者なのだろうが、その程度ではこの私をダマすことはできんぞ!」


 流石に疲れてきたセルジオは、ため息をつきながらミシェールに言う。


「お前さん、少し黙っといてくれんか。アンタが口を開くと、話が全く進まんでな」

「気安く話しかけるな無礼者! この私を誰だと……」


 しかしミシェールは、全く聞く耳を持っていなかった。なんとなく予想していたこともあり、セルジオも特に驚いている様子はなく、そのまま話を続ける。


「フィリーネよ。事は一刻を争う。すぐに王宮へ戻ったほうが良いだろう」

「えぇ」

「私を無視するでないわ! こうなったらキサマ……ごふっ!?」


 突如重々しく鈍い音が鳴り響くとともに、ミシェールが地面に倒れた。

 振り向いてみると、ブレンダが剣の柄を振り上げていた。一体彼女が何をしたのか、もはや考えるまでもなかった。

 剣の柄を腰に戻しつつ、ブレンダは姿勢を正して頭を下げる。


「申し訳ございません。うるさかったので強行手段を取らせていただきました」

「構わんだろ。緊急事態だ、仕方あるまい」


 セルジオはサラッと言ってのけつつ、チラリとフィリーネを見る。するとフィリーネは戸惑いながらも、目を閉じながら頷くのだった。


「……えぇ、今回だけはあくまで、大目にみさせていただきます」


 フィリーネがそう言って笑みを浮かべると、周囲が少しだけ和やかな空気になった。

 うるさい人物がようやく静かになった。それが一番の理由であることは、もはや言うまでもなかった。

 改めて表情を引き締めつつ、フィリーネは現在の状況を、頭の中で整理する。


(ある意味これは……っ!?)


 最悪の状況となったかもしれない。そう思った瞬間フィリーネは、小屋から噴き出す異常な魔力に気づき、魔法を発動しながら前に出るのだった。


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