第四章 スフォリア王都
第五十一話 コートニーとの再会
スフォリア王国は、エルフ族の女王が治めている自然豊かな国である。
森の木々から溢れである魔力が、魔導師や魔法剣士の成長を手助けしており、それは世界中も認めていることであった。
しかしその分、この国で魔導師として大成するのは非常に大変でもある。素直に他国へ拠点を移したほうが確実に成功する、という教えもあり、それが当たり前のように広まっているくらいなのだ。
実際過去に何人もの魔導師たちが、スフォリア王国で成功してやろうと躍起になった結果、ことごとく廃れていったという光景もあった。
一人が落ちたところで考え直す者は殆どいない。アイツは油断したからだ。自分は絶対に大丈夫。そんな感じで自信満々に挑んでは落ち、奈落の底に留まったまま出てこられない者たちが後を絶たない。
スフォリア王国で魔法の修業をすること自体は、むしろ強く推奨されている。
魔法教育により大きな力を注いでおり、魔導師や魔法剣士を志す者ならば、一度は訪れておくべきだということも、決して間違ってはいない。魔法関連の経験値を蓄えるのならば、スフォリア王国ほどうってつけな場所は他にはない。
しかし言い換えれば、それだけスフォリア王国で魔法の修業をする者が多い、ということでもある。それでいながら、目指す高台に現役で居座る魔導師もたくさん存在するため、高台に上がりたくても上がれない者が、自然と増えてくる。それもまた、辛い現実の一つなのだった。
多くの魔導師や魔法剣士は、そのことを理解した上で臨んでいる。しかし中には暴走してしまう者も少なくないのだ。
現にここにも、結果に恵まれず嘆き悲しむ者が、一人――――
「ぬうぅっ! な、何故だ! 何故この私が未だに認められんのだあぁっ!?」
スフォリア王宮の傍にひっそりと建っている、小汚くて真っ暗な小屋。その中で一人の男が悲痛そうな声で叫んでいた。
王宮に勤める魔導師の男、ビーズ。宮廷魔導師を目指して早十数年。確かな実力を兼ね備えていながら、未だその席に座ることを許されていない。
「メルニー殿がサントノ王国へ行かれたのだから、この私が宮廷魔導師に選ばれることは、むしろ必然のハズだ。それなのにどうして女王様は……私より遥かに若い小僧どもにチャンスを……くううぅぅぉっ!」
ビーズは歯を食いしばると同時に、大粒の涙をとめどなく溢れさせる。
女王が新しいスフォリア王国の宮廷魔導師を選抜する際、ビーズの名前を即座に除外した。ビーズは納得がいかなかった。女王に猛抗議をした。すると女王は首を横に振りながら言ったのだ。
宮廷魔導師という大きなイスに、アナタを座らせるわけにはいきません、と。
それを聞いた瞬間、ふざけてるのかとビーズは思った。自分が一体どれだけ時間を費やして、今日この日まで頑張ってきたことか。確かに三十を越えてはしまったかもしれないが、それだけたくさんの経験を積み重ねてきたのだ。
ガムシャラに登ってきたのに。人生の全てを魔法に費やしてきたのに。自分ほど国と魔法を愛しているエルフ族はいないハズなのに。
考えれば考えるほど、ビーズの心は真っ黒に染まっていく。
周りが段々と黒く染まってくる。足元からゆっくりズブズブと沈んでいく感覚に陥ってくる。そして何故か、段々と心地良い気分にさえなってくる気がしていた。
「ぐうぅ……ぅ……ぁは…アハハハハ……ハハハハハッ……」
唸るような嗚咽が、次第に愉快そうな笑いへと切り替わっていく。
床に大粒の涙をこぼし続けながら、ビーズはひたすら笑い続けるのだった。
それからどれだけの時間が過ぎただろうか。笑い声はすっかり途絶え、聞こえてくるのは、真夜中の虫の音だけであった。
ゆっくりと、体を左右に大きくフラつかせながら、ビーズは立ち上がる。
両手を肩からだらんと下げ、顔は重みで自然と下がったまま、ジッとしていた。その口からは呟き声すら出ていない。目は開いているが、ちゃんと視界が定まっているかどうかは分からない。
「……フッ……」
ビーズは小さな笑みを浮かべ、ゆっくりと回れ右をして、小屋の扉を開ける。
外は風が強かった。空を見上げると、大きな黒い塊の雲が流れており、そのせいで月は完全に隠れてしまっていた。
「断固認めないのであれば……何がなんでも認めさせるまでだ!」
空を見上げたまま、ビーズは瞳孔が開く勢いで目を見開きながら、ニヤリと笑みを浮かべる。その口元は完全に吊り上がっており、果てしない不気味さを醸し出しているのだった。
「ンフフ…………フフフフフッ……ハハハ……アーッハッハッハッハッハッ!!」
ビーズが高らかに笑い出した瞬間、強烈な風が吹き荒れるのだった。
◇ ◇ ◇
スフォリア国境を越えて一ヶ月。マキトたちはスフォリア王都に到着した。
自然豊かな風景が、サントノ王都との大きな違いを現しており、街中を見渡しているマキトを感心させていた。
エルフ族の女王が治めている国だけあって、やはりエルフ族が圧倒的に多いが、人間族や魔人族の姿も多く見られる。獣人族の姿が思いのほか少ないのは、魔法に携わる者が少ないからだろうかと、マキトは思っていた。
「ふやぁー、スゴイのです。大木がそのままギルドになってるのです……」
ギルドの建物を見上げながら、ラティは感嘆の息をついた。
普通の民家よりも明らかに横幅は広く、高さは下手をすると王宮以上ではないかと思われるほど。他に同じような高い建物が存在しないため、そのてっぺんを確かめる手段がないのが実に惜しい。
入り口の横にある大きな立て看板を見て、マキトは興味深そうな笑みを浮かべる。
屋上では大型の飛竜を飼育しており、緊急時の移動手段などに使われると。そう書かれていたのだ。
ギルドマスターが魔力で補強しているため、建物もとい樹木が重みで崩れ落ちる心配はないとのことであった。
ドラゴンを実際にこの目で見れるかもしれない、という楽しみを胸に抱きつつ、マキトは仲間たちとともに、ギルドの大きな扉を潜り抜ける。
そこもまた、たくさんの冒険者たちで賑わっていた。
掲示板でクエストを吟味する者。美人の受付嬢を口説き落とそうとして、仲間の女の子に叩かれている者。イケメンの冒険者に色目を使い、見事にフラれて癇癪を起こしている者。サントノ王都でもよく見た光景が、このスフォリア王都のギルドでも展開されているのだった。
「おっ! なんだよアリシアじゃねぇか! 随分と久しぶりだな!」
「見慣れないヤツが一緒にいるな。……人間族みたいだが、新しい仲間か?」
「いやぁ~ん、何あの魔物ちゃんたちってば、カワイすぎじゃなぁい?」
「それにしてもなんだか妙だな。ラッセルの姿が見えねぇぞ?」
「つまんないわねぇ。久々に声かけたかったのに……どこで何してるのかしら?」
「どーせまた女絡みで、ひと悶着でも起こしてんだろ」
「……あり得そうで怖いな。俺もそうならないように気をつけねぇと」
「いや、お前はまずあり得ねぇだろ。少しは現実を見ろよ」
「んだとぉっ!?」
「ハハッ!」
マキトたちに気づいた冒険者たちの声が聞こえてくる。
やっと帰ってきたか、という安心感を交えた視線が一番多い。それが誰を指しているのかは、もはや考えるまでもないことであった。
「アリシアって人気者なんだな」
「というよりも、ラッセルの知名度が凄すぎるだけだと思うよ?」
苦笑いするアリシアであったが、今回は相当マシなほうだと思っていた。
いつもは女性から絶大な人気を誇るラッセルが一緒であり、アリシアに向けられる妬みの視線が多いのだ。しかし今回は、物珍しさの込められた視線が殆どであるため、それほど気になることもない。
小さなため息で気持ちを整えたアリシアは、改めてマキトに向き直る。
「じゃあ私はこれで。ギルドマスターに報告しなきゃいけないから……」
「色々とありがとうな」
「またいつか一緒に冒険したいのです」
「うん。それじゃあねーっ!」
アリシアはマキトたちに手を振り、受付に向かって走っていく。そして受付嬢と会話した後、案内されてカウンターの奥へと消えていった。
それを見届けたマキトと三匹の魔物たちは、これからどうしようかと考えだしたその時であった。
「マキト、久しぶりだね」
どこか聞き覚えのある声だった。マキトたちが振り向いてみた瞬間、その動きがピタッと止まってしまう。
透き通るような銀色のポニーテールで、杖を持った獣人族。どう見てもかなりの美少女がそこに立っていた。
こんなカワイイ子と知り合いだったっけか?
マキトの頭の中を、そんな疑問がグルグルと駆け巡っている。
その時、スラキチとロップルが、何かに気づいたかのような反応を示した。
「ピィ……ピ、ピキィー?」
「キュウキュウッ!」
「ええっ? あの人ってコートニーなのですかっ?」
スラキチとロップルの声を聞いたラティが、驚きのあまり大声で叫んでしまう。
それを聞いたマキトも、心の底から驚きを隠せない様子であった。
「え、マジでコートニーなのか?」
「うんっ、そうだよ♪ また会えて本当に嬉しいよ♪」
コートニーの嬉しそうな返答に、マキトたちは改めて驚いた。
「こりゃスゲェな。髪型が違うだけで、こんなに変わっちまうもんなのか」
「本当にビックリしたのです……」
マキトとラティの言葉に、周囲から心の声で『そこかよ!?』とツッコまれる。実際に発せられたわけではないため、当然ながら本人たちは気づかない。
コートニーも再会できたことが嬉しいのか、周囲の反応が凄いことになっているのには、全く持って気がついていない様子であった。
「あ、やっぱりすぐには気づかなかった? お母さんに薦められたんだよ。こっちのほうが絶対カワイイからってさ」
「ふーん。なるほどねぇ。まぁ確かに前よりカワイイとは思うけど」
苦笑交じりにマキトが言うと、コートニーがムッとした表情を浮かべる。
「マキトまで変なこと言わないでよ!」
「別に思ったことを言っただけなんだけどなぁ……ラティはどう思う?」
「フツーにカワイイと思うのです。女の子じゃないのが不思議なくらいですね」
「そんなぁ……もう、マキトたちのバカ……」
言葉とは裏腹に、コートニーは嫌そうな顔をしていなかった。
それだけマキトたちと再会できたのが嬉しかったのだ。
完全に自分たちの世界を作っているおかげで、周囲からの反応に気づく様子は、全くと言って良いほどないのだった。
「なぁ、俺の記憶が確かなら……アイツ確か男だったよな?」
「それで合ってるよ。俺もさっきの『バカぁ』でやられそうになったさ」
「女の私よりも輝いているだなんて……解せないわ」
「くそぉっ! 世の中ってのはどうしてこうも不公平なんだよぉ!」
「気持ちはよーくわかる。だからとりあえず落ち着け」
「あんなカワイイ子と知り合いだなんて! 俺もあーゆー出会いが欲しいぜ!」
「……お前本当に大丈夫か?」
ギルド内にいる冒険者たちの視線は、完全にマキトたちに注がれていた。
そんな中マキトたちは、マイペースに会話を続けていく。
「参考までに聞きたいんだけど、似合ってないってことはないかな?」
「むしろ似合い過ぎてると思うけど?」
「同意見なのです」
「嬉しい……じゃあボク、ずっとこのままでいるね♪」
目を潤ませたコートニーが微笑んだその瞬間、ギルド全体に衝撃が走った。
男女問わず、『なん……だと……っ!?』という心の声が、一斉に叫ばれたような感じさえしていた。
反則過ぎるだろ、もはや男じゃねぇよ、性別の違いは些細な問題だと思うよな、お化粧したら凄くなりそう、フリフリのドレスを着せてみたいわ。
そんな感じの戸惑いと混乱、そしてそれに伴う願望の入り混じった言葉が、周囲から次々と解き放たれる。
あくまでヒソヒソ声で展開されているため、マキトたちの耳にハッキリと届いてはいなかったが、妙な雰囲気になってきていることだけは感じていた。
(……なんか騒がしくなってきたな……これじゃ落ち着いて話せないや)
マキトはため息交じりに、心の中でそう思った。
三匹の魔物たちも居心地が悪そうにしており、ラティがおずおずとマキトに声をかけてきた。
「あの、マスター。とりあえずギルドから出ませんか?」
「そうするか。どっか落ち着ける場所でもあると良いんだけど……」
「表通りにあるカフェに行こうよ。あそこのケーキが美味しいんだよね♪」
「じゃあそこにしよう。案内してくれ」
「りょーかいっ♪」
弾むような声で返事したコートニーは、マキトたちを連れてギルドを後にする。
大きな扉がバタンと閉じると、再びギルドに静寂が訪れるのだった。
「……フツーに彼氏彼女にしか見えねぇな……」
とある男のつぶやき声が、ギルドの中に響き渡った。
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