第四十七話 秘められた謎



「さて、それでは話しましょうか」


 ユグラシアとロズは、神殿内にあるユグラシアの私室に場所を移し、周囲に誰もいないことを確認した上で話を始める。

 二人の疑問は、マキトについてということで一致していた。

 マキトたちが出発した後も、眠りの腕輪の準備やシルヴィアが目覚めた後の対策などに追われ、落ち着いて相談するヒマがなかったのだ。

 ようやく少し落ち着いたところで、ロズが話を切り出し、今に至るのであった。


「やはり、ユグラシア様も気になっておられましたか……」

「まさかロズ様も疑問を持たれてたなんて……彼のことが気に入ったようですね」

「茶化しておる場合ではありませんぞ」

「すみません。分かってますよ」

「では、単刀直入に……ユグラシア様は、どのようにお考えでしょうか?」


 ロズは目を細め、視線をジッと一直線に定めながら訪ねた。

 ユグラシアは表情を変えることなく、淡々とした口調で答える。



「あくまで私が見た限りですが、マキトくんにはエルフ族の血が流れています」



 ロズは反応こそ見せたが、特に驚いている様子はなかった。むしろ納得するかのように頷いていた。


「やはりユグラシア様もそう思いましたか……ワシも少しばかり気になって少年の鼓動を読み取ったのですが、本当に驚きましたぞ」

「そうでしたか。ロズ様の特殊能力は、相変わらずご健在のようで」

「……いや、別にそこはどうでもよろしかろうに。というか、ユグラシア様も同じ能力を持っておいでではありませんか」


 ロズとユグラシアは、魔法とはまた別の特殊能力を持っていた。ヒトの体に宿る鼓動を読み取り、その者にどんな種族の血が流れているのかが分かるのだ。

 あくまで読み取るだけであって、プラスな要素は特にないのだが、森に訪れた冒険者を調べるという意味では、何かと役に立っているのだった。


「すみません。話を元に戻します」


 ユグラシアは苦笑しながら、マキトについて再び語り出す。


「外見だけで言えば、マキトくんは人間族そのものでした。恐らくご両親のどちらかがエルフ族と人間族のハーフで、どちらかが純粋な人間族だったのではと、私は思っています。クォーターということならば、エルフ族の外見的特徴が出てこないのも、普通に納得ができますし」

「なるほど。人間族の特徴を色濃く受け継いだならば、ということですな。しかしあの少年に限って言えば……」

「えぇ……普通に考えればあり得ません。何せ彼は異世界から来たのですから」


 そうなのだ。そこがこの話題における、二人の最大の疑問点だったのだ。

 もしマキトがシュトル王国出身の人間族だというのならば、本人が知らないだけで実はそうだった、ということで話がまとまる。

 しかし異世界から来たとなれば、根本的な部分で疑問が残る。頭の中に浮かぶのは、あり得ないという一言。マキトがいた前の世界では、この世界で言う人間族しかいなかったため、尚更だと言えた。


「異世界の者であるが故に、このような事例もあり得る、ということなのか……」

「決めつけるのはまだ早いと思いますよ」


 ロズがユグラシアの言葉に反応して顔を上げると、ユグラシアが机の引き出しから、一冊の書物を取り出した。


「十年前……スフォリア王国で起きた事件を覚えていますか?」

「そういえばありましたな。確か、とある夫婦が息子を……って、まさか!?」


 目を見開きながら叫ぶロズに、ユグラシアは神妙な表情で頷いた。


「えぇ。その、まさかかもしれません。あの事件が絡んでいるのであれば、自ずとあり得ない話ではなくなります」


 取り出した書物のページをめくりながら、ユグラシアは淡々と語る。

 開いたページには、十年前の事件のことが書かれていた。


「こ、これは……!!」


 ロズがその内容に目を通していくと、段々その表情が驚愕に包まれていく。そして、ある一部分を見た瞬間、ロズから冷や汗が流れ落ちた。

 人間族と思われる当時四歳だった一人の少年が、この世界から忽然と姿を消した。その少年は未だ発見されていない――そこにはそう書かれていた。

 年齢からしても辻褄は合う。だがそれ以上に、気になる記述も見つけた。

 その少年は、魔物にとても懐かれる傾向が非常に高く、もしかしたら魔物使いの素質を持っていたのかもしれないと。

 ただの偶然にしては当てはまり過ぎている。少し整理してみるだけでも、怖いくらいに話が繋がってきてしまう。

 戸惑いに満ちたロズが再び見上げると、ユグラシアのどこか思うところがありそうな表情が飛び込んできた。


「どうやらマキトくんには、知られざる大きな秘密がありそうですね……」


 ロズはユグラシアの言葉に対して、小さく頷くことしかできないのだった。



 ◇ ◇ ◇



 それから数時間後、マキトは満天の星空を見上げていた。

 爆睡したおかげで疲れはすっかり取れていた。このまま朝まで起きてられそうだなと思いつつ、マキトは魔物たちの様子を見る。

 ラティとロップルは、夜食の携帯食料を美味しそうに食べている。そしてスラキチもまた、焚き火の炎を美味しそうに飲み込んでいた。

 ちなみにアリシアはテントの中で熟睡中。スラキチが思わず騒いでも全く起きてくる気配がなく、恐らくこのまま朝まで起きてこないだろうと、マキトは思っていた。

 焚き火の中に枯れ枝を放り込みながら、マキトは呟くように言った。


「そういえば、俺がこの世界に来てから、もうどれぐらいになったんだろうな?」

「えっと……三ヶ月ちょっとだと思うのです」

「まだそんなしか経ってないのか? もっと長くいるような気がするよ」


 結構真剣に驚いていた。それだけ濃い日々を過ごしてきたということか。

 我ながらすっかりこの世界に馴染んでいると、マキトは思った。

 試しに前の世界を思い出してみても、特に寂しい気持ちは湧き上がらない。むしろなんで最初からこの世界で生まれなかったんだろうと、心の底から思えてしまうくらいに。

 魔物使いという自分の能力。前の世界――いわば地球では、何の役にも立たないシロモノだ。なにせ魔物という存在がいないのだから。

 小さい頃からやたらと動物に好かれてきた。それも魔物使いの力が関係しているのだとすれば、そのせいで自分は他人から気味悪がられてきたということだ。

 そこまで考えて、マキトは思う。どう考えてもこの世界で生きるために生まれてきたようなモノじゃないかと。

 もしも急に神様が現れて、実は生まれさせる世界を間違えてしまったんだと言われたら、むしろ納得してしまう気がした。


(まさか、実は俺がこの世界で生まれた人間だった……なんてことはないか)


 流石にあり得ないなと、マキトは苦笑する。その様子にラティが首を傾げるが、特に追及する様子は見せなかった。

 その後も静かな時間が続いていく中、三匹の魔物たちが眠たそうにしていた。どうやら夜食でお腹がいっぱいになったおかげらしい。


「いいぞ、寝てても」


 マキトが小声でそう言うと、魔物たちは無意識にマキトに寄り添いつつ、スヤスヤと寝息を立てていく。

 焚き火の揺らめく炎とパチパチと鳴り響く小さな音、そしてなにより魔物たちのぬくもりが、とても心地良い。

 安らぎとはこういうことを言うのだろうかと、マキトは心から思った。

 自然と瞼が下がってきて、周囲の音も意識も遠ざかっていく。気がついたら夜が明けていた。太陽の光は眩しかったが、空気がヒンヤリとしていて不快さはない。

 マキトはバッと顔を上げて周囲を見渡してみる。目の前の焚き火は消えていて、薪は燃え尽くされていた。


「いっけね、そのまま寝ちまってたか……ん?」


 立ち上がろうとしたその時、マキトは自分のバッグがモゾモゾと動いていることに気づいた。一体何だと覗いてみると、スラキチが潜り込んでいた。お腹が空いて朝ごはんを食べようと、こっそり携帯食料を探していたようだ。


「食べたかったら言ってくれりゃいいのに」


 思わず苦笑しながらもスラキチを外に出し、包装袋から携帯食料を一本だけ取り出して、スラキチに差し出す。スラキチは口だけで器用にそれをかすめ取り、笑顔でモシャモシャと食べ始めた。

 水を一杯飲んでから、マキトも一本かじってみる。普通に食べられはするが、やはり美味しいとは思えなかった。それでもこの数ヶ月の旅で慣れたのか、以前よりも不快感は薄れてきたようにも感じていた。


「あ、マスターっ、おはようございまーすっ!」

「キューッ!」


 どこかへ出かけていたらしい、ラティとロップルが戻ってきた。


「おはよう。もしかして、見回りにでも行ってくれてたのか?」

「ハイなのです。魔物さんも冒険者さんも、この近くにはいなかったのです」

「そっか。俺もとりあえず顔を拭いて、それから朝ごはんにでもしよう」


 前日に溜めておいた少量の蒸留水を器に取り、マキトは小さな手ぬぐいを浸す。それを固く絞り、隅々まで念入りに顔を拭いていった。

 スラキチの炎で焚き火を仕込み、マキトは朝食の準備に取り掛かる。

 大森林でユグラシアから分けてもらった、木の実入りの小さなパンを袋から数個取り出して並べる。そして小さなポットに、沸かしたてのお湯と茶葉を放り込み、熱いお茶を仕込む。

 恐らく三匹の魔物たちが、携帯食料も食べたいと言い出すだろうと思い、そちらも忘れずに用意しておく。


「おはよー」


 アリシアがテントの中からのっそりと出てきた。

 長時間グッスリ眠ったからなのか、大きく伸びをして開けた目は、実に清々しそうにパッチリとしていた。起き抜けであちこちにハネている寝癖と、何故か妙に調和が取れているような気がする。

 アリシアは湿らせた手ぬぐいで顔を拭いた後、用意してもらった人肌程度のぬるま湯で髪の毛を濡らし、寝癖を直す。

 ここでふとアリシアは苦笑しながら、マキトに言った。


「ゴメンね。なんかすっかり寝入っちゃって……」

「いいよ。別に何もなかったから。そんなことより、朝ごはんでも食べようぜ」


 そう言いながらマキトは、二つのカップに熱いお茶を注いでいく。

 程なくして、楽しい朝食の時間が始まった。

 マキトたちはパンとお茶に舌鼓を打つ。木の実の酸っぱさとパン本来の味が、互いを上手く結びつけていた。ユグラシアの手作りらしいが、木の実は恐らく妖精たちが厳選して集めてきたモノだろう。

 いつかまた、あの大森林に……賢者様たちに会いに行ってみようか。今度は森の隅々まで探索することを視野に入れた上で。

 最後の一口を噛みしめながら、マキトはそう思っていた。


「ごちそうさまでした。ボチボチ後片付けして、早いところ出発しようぜ」


 テントを片付け、焚き火を始末し、それぞれ忘れ物がないかどうか確認する。

 各自すっかり疲れが取れているせいか、動きは実に軽やかであった。

 出発して分岐点まで戻ると、アリシアが南の方角を見渡した。マキトたちも一緒になって見てみるが、広い荒野が見えるだけであった。


「ここからじゃ遠くのモノなんて全く見えないな」

「仮にラッセルさんたちが来ていたとしても、これじゃ分からないのですよ」

「……ですよねー」


 そもそも考えるまでもないことだった。

 高台から遠くは一望できても、その細部までを肉眼で確認することは不可能だ。特殊な視力、もしくは遠くを見渡せる能力でもない限りは。

 アリシアもマキトたちも、昨日の時点ではそのことに気づいていなかった。それだけ疲れていたということだろう。


「それじゃあ改めて、北へ向かって出発しようか」

「さんせー」

「なのですー」


 あまりのバカバカしさに脱力しつつ、マキトたちは北へと歩き出した。

 余計なことを考えなくなったおかげなのか、それぞれの足取りはどことなく軽やかであった。



 ◇ ◇ ◇



 そしてその三日後、分岐点に一台の馬車が南から到着した。後ろの扉からラッセルが飛び降り、地図を広げながら方向を確認する。


「ここから西に向かえば、ユグラシアの大森林か……」


 分岐点からでも、西の方角に森が見えている。まさかこのタイミングで向かうことになるとは思いもしなかった。

 スフォリア王国からサントノ王国へ来るときも、いつかは行ってみたいと話しながら素通りした。メルニーを送り届けた後、帰り道に少し寄っても良いんじゃないかというジルの提案もあった。しかし、クエスト完了の報告をするのが先だ、というラッセルの一言に押し黙ることになる。

 終わらせたことをギルドに報告するまでがクエストである。確かにクエストの重要度は存在するが、プロセスは決して変わらない。報告前の寄り道は、冒険者の意識の低さを表してしまうのである。

 ジルもそれを思い出したのか、素直にラッセルに謝罪はしていた。正論であるが故に言い返せなかった。

 報告後、特に何もなければ、改めて向かってみようかとラッセルが言うと、ジルたち三人の表情が輝いていた。ラッセルはその時の光景を思い出し、思わず苦笑を凝らしてしまう。


「ラッセル。どうかしたのか?」

「いや、前にここを素通りした時のことを思い出してな」

「……なるほどな」


 ラッセルの言葉にオリヴァーが苦笑する。その時、辺りをキョロキョロと見渡しているジルの姿が見えた。


「この近くに人影はなさそうだね。アリシアたちがいるかなーって思ったけど……」


 サントノ王都からユグラシアの大森林へ向かうには、この分岐点を通るしかない。それでジルもバッタリ鉢合わせることを期待していたのだが、残念ながらその願いは叶わなかった。

 残念そうに俯くジルに対し、オリヴァーが苦笑を浮かべながら声をかける。


「もしかしたら、一足先に大森林で待っているかもしれんぞ?」

「だと良いんだけどね……」


 オリヴァーに励まれるも、ジルの表情は晴れない。どうしても心配な気持ちになってしまうのだ。

 なにせ相手は闇の魔力で暴走している。何があってもおかしくはない。


「気持ちは分かるが、今ここで心配しても仕方がないだろう。とにかく我々も西に進もうではないか」


 御者台に乗るダグラスの言葉に、ラッセルたちは頷く。オリヴァーは小さな笑みを浮かべながら、明るい声でジルに語り掛けた。


「まぁ、なんにせよだ。全ては行ってみりゃあ分かるってことよ」

「……そうだね」


 ようやくジルにも小さな笑みが戻り、ラッセルやオリヴァーは安堵する。一行は再び馬車に乗り込み、西に向かって快調に走り出すのだった。

 目的地が近づいている。それが自然と一行の緊張を高めていた。特にラッセルの表情からは、完全に笑みが消えている。焦りとかではない。いつでも戦いに身を投じようとしている意気込みであった。


(アリシア……今すぐそっちに行くからな。仲間のピンチはこの俺が助ける! そして勿論シルヴィア様も、必ず俺たちの手で助けるんだ!)


 ラッセルの心の呟きには、確かな気合いが込められていた。正義の炎をメラメラと燃やすその姿は、ジルやオリヴァーにとってはお馴染みのことであり、今となっては実に頼もしいことこの上なかった。

 彼の様子はダグラスとメルニーも気づいており、特にダグラスはラッセルの意気込みに対して、一国の騎士団長として負けてられないとも思っていた。

 元はといえば、自分たちの国が犯した失態に、ラッセルたちを巻き込んでいるのだ。最後くらいは自分の手で、闇の魔力に捕らわれた姫君を助け出したいと、手綱を持つ手をギュッと握り締める。

 メルニーも、そしてジルもオリヴァーも、改めて気合いを入れ直す。正念場となるにしろ、通過点でしかないにしろ、用心するに越したことはない。

 しかし、既に事の殆どが終わってしまっていることを、ラッセルたちは当然ながら、全く気づく由もなかった。数日前にアリシアがマキトたちとともに森を出発し、見事にすれ違ってしまっていることも含めて。


「見えてきました。あれがユグラシアの大森林です!」


 メルニーの掛け声に、一行は自然と手に力が込められるのを感じるのだった。


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