第二十一話 スラキチの意地



 街門から外に出たマキトたちは、荒野を歩いていた。

 途轍もなく良い天気で、やや高台なためか見晴らしも良い。南の方向には小さな森も見えており、いつか散策してみたいと、マキトは興味を注がれる。


「さーて、いよいよ初めてのクエストだ。集める薬草は三種類でいいんだよな?」


 荒野を歩きながら、マキトは受注したクエストのメモ書きを見る。最初のクエストだけあって、今回は採取のみであった。

 三種類の薬草を採取し、ギルドに提出することが成功条件。より多くの種類を集められるだけ集めることができれば、その分だけ報酬金額が上乗せされる。ただし毒草は評価の対象外なため、注意するようにとのことであった。


「マスター。早速あの図鑑の出番なのですよ」

「あぁ」


 マキトはバッグの中から、国境で拾った薬草図鑑を取り出した。

 採取できる王国別に分類されており、サントノ王国のページを開いてみる。そこには薬草の種類ごとに、効果の解説や主に採取できる場所が書かれていた。

 荒野でも採取できるが、治癒効果は期待できないらしい。やはり森のような緑豊かな場所でないと、効果の高い薬草は採取できないようだ。

 少しばかり周囲を見渡してみると、目と鼻の先に一種類生えているのが見えた。とりあえず近くで採取できるのは間違いなさそうであり、これなら達成もそれほど難しくなさそうだと思いつつ、マキトは声を上げる。


「おし、じゃあ行こうか!」


 マキトの掛け声に、魔物たちは元気良く返事をして、一同は歩き出した。

 早速見つけていた一種類を採取し、それを図鑑と照らし合わせて、間違いないことを確認する。

 薬草をバッグにしまいながら、こんなに簡単で良いのかと、マキトは思わず拍子抜けする。これならすぐに終わるのではと、余裕ぶった考えを浮かばせていた。

 しかしその考えは、すぐに改める羽目になるのだった。その後も意気揚々と探し続けてみると、見つけたのは何の変哲もない雑草ばかりであった。

 ただでさえ植物が少ない荒野で、ようやく見つけたと思ったら大ハズレ。そんな時のショックは結構大きかった。

 それからも諦めずに探し続けたが、やはり目当ての薬草は見つからず、マキトは少し挫けそうになっていた。


「見つからないもんだな」

「ですねぇ……」


 手頃な岩に腰を下ろすマキトたちは、揃って深いため息をつく。

 憎たらしいくらいに眩しい太陽と、恨めしいくらいに透き通るほどの青い空。日差しは当然のように熱く、マキトの額から汗が流れ落ちる。時折吹き付けてくる風が、何故だか心地良くて仕方なかった。


「ピィッ!」


 何かの鳴き声が聞こえた。スライムの鳴き声に似ているが、少なくともスラキチではないとマキトは思った。

 振り向いてみると、そこには一匹のオレンジ色のスライムがおり、見るからに好戦的な表情でスラキチを睨みつけていた。


「ピィピィッ、ピピピピピィッ!」

「ピキャ! キィキィッ!」


 オレンジ色のスライムとスラキチが、なにやら言い争っている。その様子を見ていたラティが興味深そうに頷いていた。

 ロップルがマキトにしがみつきながら心配そうに見ている中、肝心のマキトは、何を言っているのかサッパリ分からなかったため、首を傾げながらラティに聞いてみる。


「で、なんだって?」

「ヒトに協力するとは、同じスライムとしてガッカリしたぞ、と言ってるのです」

「ふーん」


 まぁそーゆー意見もあるんだろうなと言わんばかりに、特に表情を変えることもなくマキトは呟いた。

 そして二匹のスライムの争いを、マキトはジッと見物していた。

 下手に介入したところで、自分がケガをするだけ。その相手が魔物なら尚更だ。ましてや自分には、介入できるほどの力はない。魔物には魔物の事情があり、それをヒトが理解することはできない。

 旅をして数ヶ月、マキトが幾度となく魔物たちのやり取りを見て、自分なりに感じたことの一つであった。

 特にスラキチが強く言っていたことなのだが、自分のイザコザは自分の手でケリをつけたいらしい。今までもそうしてきたし、恐らく今回もそうしたいのだろうとマキトは思い、ジッと黙って見ているのだ。


「おっ、なんか戦うみたいだぞ?」


 スラキチとオレンジ色のスライムが、睨み合いながら身構えている。

 スライムの体からして少しばかり分かりにくいが、明らかに飛びかかろうとしている体制に間違いなかった。

 そして――――


「ピイィッ!!」

「ピキャアァーーッ!!」


 二匹のスライムが真っ向からぶつかり合っていった。

 お互いに体が水分であるためか、鈍い音は全く聞こえてこない。それでも戦う激しさは相当であり、マキトも自然と拳を握っていた。

 スラキチは体当たりだけで攻撃している。炎を扱う様子は一切見せていない。

 もしも炎を使えば、あっという間にカタがつくことだろう。しかしスラキチはそれを使わない。意地でも使ってやるもんか、という意志さえ感じ取れるほどに。

 あくまでマキトの推測だが、スラキチは同族を相手にする時に限り、あくまで対等の条件で戦いたいと思っているのではと思っていた。

 殆どの魔物と戦う際には容赦なく炎を放つが、何故かスライム相手に炎を放つことは滅多にないのだ。複数体で出現するなど、明らかに炎を使ったほうが楽に勝てる状況でも、断固として使おうとしない。

 スラキチは亜種であり、普通の個体ではない。それ故に、他のスライムたちから仲間外れにされることも、それなりにあったのではないか。

 ここまで考えたマキトは、どうにも他人事とは思えない気分に駆られていた。


(どこか普通じゃない。それで避けられるってのは、人も魔物も同じなのかもしれないな)


 一番最初にスラキチと出会った時のことを、マキトは思い出す。

 出会った瞬間、襲い掛かってきた。あの時は異世界に降り立ったばかりということもあり、これが野生の魔物なのかとしみじみ思うばかりであった。

 しかし改めて考えてみると、あの時のスラキチは苛立ちを募らせていた。誰でもいいからこのイライラを収めさせろと、そんな雰囲気を出していたようにも思えてくる。

 周囲に魔物はいなかった。腹ペコのオオカミはいたが、明らかに仲間と行動している様子はなかった。


(真っ赤なスライムは見たことがないって、確かじいちゃんは言ってたな。だとすればスラキチは……)


 ずっと一人だったんじゃないか。そんな考えがマキトの中を過ぎる。

 元々はどこか遠い場所で、仲間たちといたのかもしれない。しかし不本意な理由でその場所にいられなくなってしまい、どこか自分の居場所を求めて、放浪していたのではないか。

 マキトに懐いてテイムされたのも、自分のことを助けてくれた初めての人がマキトだったからではないか。もし助けたのがクラーレだったとしたら、今頃スラキチとは一緒に旅をしていなかったのではと、マキトは思う。


「いけー、スラキチーっ! そこなのですーっ!」

「キュウーッ!」


 ラティとロップルの声援に、マキトは我に返る。スラキチとオレンジ色のスライムの戦いは続いていた。

 どちらも息切れしてきてはいるが、笑顔も見せていた。なかなかやるじゃないかと、そんなセリフが聞こえてくるようであった。

 そしてスラキチは、再び体当たりの攻撃を仕掛けていった。何度も何度も、一心不乱に相手に立ち向かっていく。

 ラティはそんな様子が続いていることに、苛立ちを覚えていた。


「うぅ、なんでスラキチは炎で攻撃しないのですかね? そうすればあんなスライムさんなんてイチコロですのに……」

「そうだなぁ……まぁなんてゆーか、スラキチの意地ってヤツじゃないか?」


 苦笑するマキトに、ラティは納得のいかないような表情を浮かべる。


「意地なんて張っても、良いことなんてないと思うのですけど……」

「それでもそうしたいときがあるんだよ。とにかく今は、黙ってアイツを見守ろうじゃないか」


 落ち着いて、それでいてハッキリと明るい声でマキトは言った。

 ロップルはさっきよりも落ち着いたような表情を浮かべ、そしてラティも渋々ながら押し黙り、心配そうな表情を浮かべ、それぞれ戦いの行方を見届ける。

 遂にスラキチの戦いに決着が着こうとしていた。

 オレンジ色のスライムの体当たりを、スラキチが素早い身のこなしで躱し、見事岩に激突させたのだ。相手もかなりの疲労が溜まっていたらしく、交わされたときにどうなるかという判断が鈍ったようだ。

 それでもオレンジ色のスライムは起き上がる。そこをスラキチが渾身の体当たりを打ち込み、相手を吹き飛ばすのだった。

 オレンジ色のスライムは今度こそ負けを認めたらしく、無念と言わんばかりにその場で項垂れる。そしてスラキチは、ピョンピョンと嬉しそうに飛びながら、歓声を上げるのだった。

 その様子を見守っていたマキトたちも、笑顔が宿っていた。


「終わったみたいだな」

「なのですっ! 見事な大勝利なのですっ!」


 ラティがバンザイして喜ぶと、ロップルも嬉しそうに鳴き声を上げた。

 するとスラキチとオレンジ色のスライムが、何か話をしていることに気づいた。敵対しているワケではなさそうだが、一体何を話しているのだろうか。

 マキトが首を傾げていると、スラキチが笑顔で戻ってくる。そして何かをマキトに伝えようとしていた。


「えっ? あのスライムさんが?」

「ピキィッ!」


 スラキチが胸を張るように返事をした。そしてラティが嬉しそうな笑顔で振り向いてくる。


「マスター! あのスライムさんが、薬草のたくさんある場所を知っているみたいなのです」

「そうなのか?」


 マキトが問いかけると、オレンジ色のスライムは自信満々に頷いた。

 薬草の在りかを教えてくれるということは、どうやらオレンジ色のスライムが、スラキチのことを認めたらしい。

 そこでマキトは、スラキチに近づいてしゃがみながら話しかける。


「なぁスラキチ、俺たちにも薬草を分けてもらえるよう、アイツに頼んでみてくれないか?」

「キィッ!」


 スラキチは任せろ、と言わんばかりに返事をして、オレンジ色のスライムの元へ話をつけに向かった。

 これで薬草を集めることができそうだ。そう思いながらマキトは言う。


「スラキチには感謝しないとだな」

「ですね♪」


 ラティが明るく言ったところに、スラキチが戻ってくる。どうやらマキトのことも、それなりに信用はしてくれたとのことだった。

 普通ならば恐怖に怯えて逃げ出すか、恐ろしい顔で襲い掛かってくるかのどちらかなのに、そのいずれでもない。明らかに普通のヒトとはどこか違う。少し様子を見るのも良さそうだと判断してくれたらしい。

 そんなオレンジ色のスライムの意見には、マキトも全くの同意見であり、確かにそうだろうなぁと苦笑するのだった。

 そしてマキトたちは、オレンジ色のスライムに案内され、薬草のたくさんある場所にやってきた。

 王都からそれほど距離が離れているわけでもなく、通り道を大きく外れてはいるが、駆け出しの冒険者でも普通に探索できるような場所であった。

 いわゆる穴場的な存在なのだろうと、マキトはひとまず納得することにした。

 そこにスラキチが、なにやら慌てて叫び出す。


「ピキッ! ピキキキキッ!」

「薬草の他にも毒を持つ草とかがあるから気をつけて、だそうなのです」


 ラティの通訳を聞いたマキトは、ピタッと採取する手を止め、立ち上がりながら周囲を見渡す。

 ザッと見た限りでは、どれが薬草でどれが毒草なのかは分からない。薬草図鑑と照らし合わせながら、一つ一つ見ていくしかないだろう。


「……とりあえず薬草だけ三種類集めるか」


 当初の目的を逃すわけにはいかない。バッグから図鑑を取り出しながら、マキトはため息をつくのだった。



 ◇ ◇ ◇



 数時間が経過し、マキトたちは大量の薬草と毒草を採取した。

 案内してくれたオレンジ色のスライムは、既に別れを告げてマキトたちの元を去っていた。スラキチと再戦の約束を取り付けたらしく、気の合うライバルに出会えたようだとマキトは嬉しく思った。

 日陰になりそうな大岩を見つけ、マキトたちはそこに座り込み、薬草と毒草を片っ端から分別する。ここで大活躍したのは、なんと三匹の魔物たちであった。


「これは毒草ですね。それもかなり強力なのです」


 ラティがそう判断しつつ、せっせと薬草と毒草を仕分けしている。

 薬草図鑑には毒草の類は全く記載されていないため、マキトには判断のしようがないのだが、ラティたちが言うのならば、きっと間違いないのだろうと思った。何せ魔物の嗅覚と目の鋭さは、ヒトを遥かに超えているからだ。

 自分には感じ取れないモノを、ラティたち魔物は普通に感じ取れる。考えてみれば、野生の魔物たちが毒草で倒れている姿を見たことがなかった。

 マキトがボンヤリとそう思っていると、ロップルが一厘の草花を持ってきた。


「キューッ!」

「あ、本当ですね。マスター、珍しい毒草があったのです。これなら普通の毒草よりも高く売れそうなのですよ」


 輝かしい笑顔を浮かべるラティに、マキトは苦笑を浮かべる。もしラティたちがいなければ、今頃どうなっていたのだろうかと、マキトは少し本気で考えた。

 少なくともここまで順調に、歩を進めることはできていないだろう。それどころか、旅立ってすらいなかったかもしれない。

 冒険者を遠い先の夢として見なしつつ、野生のスライムたちと楽しく遊んで過ごす毎日。そんな自分の姿が、何故か鮮明に想像できてしまった。


「ピキャー!」

「だから薬草は食べちゃダメですってば! 少しでも報酬を増やすためなのですから、ここは我慢してくださいっ!」


 スラキチとラティの叫び声で、マキトが我に返る。そしてブンブンと強く首を左右に振って、もしもの考えを全て打ち消した。

 今なら今で、自分にもできることがあるハズだとマキトは思う。目の前には仕分けされた薬草と毒草があった。


(そうだ。折角こうして図鑑を持ってるんだから……)


 思い立ったマキトは、表情を引き締めて図鑑を開いた。そして仕分けされた薬草一つ一つを、図鑑でチェックしていく。

 要は勉強だ。どんな効果があるのか、特に効果を引き出せる使い方はあるのかなどを調べ、知識として自身の中にどんどん蓄えるのだ。

 分からないのなら、これから勉強して分かっていけばいい。それだけの話だ。

 どうしてもっと早く気づかなかったんだと、マキトが苦笑を浮かべて見上げた瞬間、妙な違和感を感じ取った。


(そういえば……さっきから全然魔物が出てきてないな……)


 思い返してみると、出てきたのはオレンジ色のスライムが最後だった気がする。

 不思議に思ったマキトが周囲を見渡してみると、遠くに魔物らしき姿は確認できるのだが、近くにいる様子も近づいてくる様子も一切ない。

 これは一体どういうことだろうかと、マキトが首を傾げていたその時だった。



「ここら辺の魔物なら、しばらくの間は近づいてきませんよ」



 青年のような声が聞こえてきた。マキトが慌てて振り向いてみると、まるで最初からその場にいたかのように、その人物は平然と座っていた。

 暗い紺色のフード付きローブを身に纏っており、その顔はフードに包まれていてよく見えない。

 マキトが前に出ようとしたその時、スラキチとロップルが声を上げる。どうやら何かを訴えているようであり、それを聞いたラティは目を見開いた。


「えぇっ? こ、この人が助けてくれたのですかっ?」

「ど、どうしたんだよ、一体?」

「シュトル王国の平原でわたしが変身した後に、マスターとわたしを助けてくれた人らしいのです」


 ラティの言葉に、マキトは盗賊たちの成れの果てと戦った時のことを思い出す。


「そーいや、確かそんなことがあったって……アンタがそうなのか?」

「えぇ。お元気そうでなによりです。そういえば、自己紹介がまだでしたね」


 青年は被っていたフードを外し、その素顔をさらけ出す。長めの黒髪に青い瞳。メガネをかけたその痩せ顔は、まるで学者を連想させる。

 何を考えているか分からないような笑みを浮かべながら青年は言う。


「初めまして。僕の名はジャクレン。魔物研究家をしている人間族です」


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