第二章 サントノ王都

第十九話 ハーフエルフのアリシア



 サントノ王国の大きな特徴は、なんといっても荒野が広がっていることである。

 日中の気温はとても高く、あまり雨も降らない。故に、生息する魔物の種類にも違いが出ているのだ。

 獣人族に体力自慢が多いのも、この荒野で生き抜くためだと言われており、実際それで正解なのだろうと、世間も認識しているほどだ。

 サントノ王都の冒険者ギルドでは、当然ながら獣人族の冒険者が圧倒的に多い。しかもその殆どが、腕っぷしを全面的にアピールする剣士や闘士ばかりだ。まさに獣人族の世界そのものであると、見る人が見ればそう思うことだろう。

 しかしながら、普通に人間族やエルフ族の姿もチラホラと見られ、獣人族とも普通に仲良くする姿もたくさん見られている。

 そしてギルドにいるのは、何も冒険者だけではない。

 旅の行商にとっても、ギルドというのは大事な中継地点であり、大事な情報収集場所でもある。

 これから向かう先に狂暴な魔物たちはいないのか、盗賊たちの動きはどうなっているのか、町や集落の財政状態はどうなっているのか。そのような情報も、ギルドに赴けば大抵は手に入るのだ。

 冒険者からしても、行商というのは実にありがたい存在だ。わざわざ店を探したりしなくても、ギルドで足りない物資を補給できるのだから。

 おまけに世界各地を渡り歩いているためか、他国の珍しいモノを持っている可能性も否定できず、それに目をつける冒険者も少なくない。

 先日シュトル王国から戻ってきた獣人族の行商二人にも、さっきまで冒険者の団体が群がっていた。

 シュトル王国で仕入れた特産品を安く売り出し、とある獣人族の剣士が仲間から金を借りてまで購入し、その代金を仲間に返すべく狩りに出かけていく。

 そんな光景を脇目で見ながら、早々とモノを売りつくした獣人族の行商二人は酒を飲んでいた。


「ふぅ、ようやく帰って来たって感じだぜ。やっぱギルドは落ち着くよな」


 一人は大柄な男で、さっきから上機嫌で酒が進んでいる。もう一人は小柄な男なのだが、さっきからジョッキに注がれた酒が全くといって良いほど減っていない。

 小柄な男が、申し訳なさそうな表情で、大柄な男に対して頭を下げる。


「あの、すみません、カージのアニキ。薬草図鑑を一冊落としてしまって……」

「ナージ……それ一体何度目だよ? 俺はずっと気にするなっつってんだろうが。いつまでも過ぎたことを悩んでるんじゃねぇよ」

「し、しかし……」

「大体もう一ヶ月半ぐれぇ前の話だろうが! 今更過ぎるんだよ!」


 話は終わりだと言わんばかりに、カージはジョッキの酒をグイッと飲み干した。

 しかしどうしても気になっているらしく、ナージは未だ俯いている。

 それを見かねたカージは、ハァと深いため息をつきながら、ダンッとジョッキをテーブルに叩きつける。


「だぁーもう、お前は本当にしょーがねぇヤツだな。ほら、酒が進んでねぇぞ。今日は俺が奢ってんだから、何もかも忘れて、ありがたく飲みやがれ!」

「へ、へいっ! ありがとうございますっ!」


 カージに促されて、ナージはジョッキの酒をグビッと一気に煽る。

 思いっきりプハーッと息を吐き、先ほどまでの暗い表情がようやく抜け落ちた。

 ここでナージは、一つ気になっていたことを思い出した。


「ところで、あの少年が連れていた魔物……なんか見慣れない感じでしたね?」

「そりゃーそうだろ。ありゃ間違いなくフェアリー・シップだ。スフォリア王国にしか生息していないと言われている、滅多に出会えねぇ魔物の一種だな」

「ま、マジッスか? そんな魔物がどうして……」

「俺が知るかよ、そんなこと。大体何で今更それを聞くんだよ?」

「いやぁ、なんかずっと聞きそびれてたもんで、つい……」

「相変わらずだな、おめぇってヤツは」


 苦笑気味に呆れながら、カージはお代わりのビールに口をつける。


「それ飲んだらとっとと行くぞ。明日に備えて、売り出しの準備をするんだ」

「へいっ、アニキ!」


 そして二人は酒を飲み干し、ツマミを食べつくし、上機嫌で肩を並べてギルドを出ていった。

 それは特別目立つような行動ではない。冒険者や商人たちによくある光景の一つであり、気になる要素は全くないハズであった。

 しかし、今回に限っては違っていた。二人の話に耳を傾けていた冒険者たちが、次々と興味深さが入り混じった疑惑を並べ始める。


「なぁ、今の話って、どう思うよ?」

「ウソを並べてる感じじゃなかったけど……果たしてどうなんだかね?」

「俺は信用できねぇな。ただの見間違いだったんじゃねぇの?」

「そういえば、人間族の魔物使いの子供が、一ヶ月前にサントノに入国したって話を聞いたことがあるな。もしかして、ソイツがフェアリー・シップを?」

「このご時世に、好き好んで魔物使いになるヤツなんざ、本当にいるんかね?」

「いたとしてもフェアリー・シップは無理だろ。せいぜい、スライム一匹操れれば上等なもんさ」

「ハハッ、確かにな!」


 まるでバカにするかのように笑い出す冒険者たちに割り込んできたのは、一人の凛とした低めの男の声であった。


「それを決めつけるのは、早計かもしれないぞ?」


 突然割り込んできた声に、冒険者たちは驚きながら見上げると、そこにはさっきまでいなかったハズの獣人族の男が一人佇んでいた。

 立派な鎧を身に纏い、腰には国の紋章が入った立派な長剣が携えられている。湧き出ている貫禄は半端じゃなく、並大抵の者では敵わないと思わせられる。そしてそれは紛れもない事実でもあった。

 このサントノ王都で彼を知らない者など、殆どいないくらいに。


「ダ、ダグラスさん? 騎士団長のアンタがどうしてここに?」

「見回りさ。こうして顔を出して、問題無いかどうかを確かめるのも、騎士として大事な仕事の一つなんだよ」


 切れ目でワイルドな風格を見せながらも、その口調はどこか砕けている。

 サントノ王国騎士団長、ダグラスを初めて見た者ならば、彼のそのギャップに戸惑いを覚える光景は多い。

 ダグラスは元冒険者であり、国王にスカウトされて騎士団入りとなった過去がある。つまり彼にとって冒険者ギルドは、勝手知ったる我が家も同然であり、それは良く知られていることでもあった。

 それでも日頃から、騎士団がギルドに姿を見せるというケースは殆どないため、そのオーラに驚いて委縮してしまうというのも、あながち無理はなかったりするのだった。

 それはダグラス自身も分かっていることであり、言及するつもりもない。


「まぁ、そんなことよりもだ。俺がお前たちに言いたかったのは、何事にも例外は付き物だということだ。お前たちの想像が本当である可能性も否めんがな」


 ダグラスはそう言って、冒険者たちの元から離れて行った。

 自然と魔物使いの少年に対する話題も途切れ、クエスト内容や報酬の分け前についてなど、いつものやり取りが広がっていく。

 そしてもう一つ、冒険者たちの間で興味深いウワサが流れ出していた。

 スフォリア王国からサントノ王国へ、エルフ族の宮廷魔導師が出張してくる。しかもスタイル抜群で、美人な女性であるとのことだった。


「確か、獣人族の魔導師がいなかったから、何代か前の王様がスフォリアの王様に協力してくれって、頼み込んだんだよな?」

「そんな感じだな。今でこそ恒例行事みたいな考えでしか残されていないが、昔は深刻な問題として抱えていたらしいぜ」


 獣人族は魔法に長けていない傾向が高い。他種族とのハーフなどで、魔法を扱える者は確かにいるのだが、サントノ王国を代表する魔導師となれば、やはり純粋な獣人族が望ましいという考えになってくる。

 そこで代々、サントノとスフォリアの両国が手を取り合い、エルフ族の魔導師をサントノ王国へ出張させる代わりに、特産品などの貿易関係を優遇する、という図式が出来上がったのだ。


「……それで思い出したんだけどよ。今も若いので、純粋な獣人族の魔導師が、一人だけいなかったっけか?」

「あぁ、いるな。確かコートニーだったか? ここしばらく見ねぇけど……どっか他所の国にでも行っちまったか……お前さん何か気になることでも?」

「べっつに。ただ、なんとなく思い出しただけだ」


 そこで会話は再び途切れ、冒険者たちは静かに酒を煽る。

 同時刻、ちょうどウワサになっていたエルフ族の宮廷魔導師を乗せた馬車が、王宮へ走っていく姿が目撃されていた。



 ◇ ◇ ◇



 サントノ王宮の扉から、四人組の冒険者たちが出てきた。

 エルフ族の青年が一人と少女二人、そして獣人族の青年が一人。和気あいあいとした表情が、彼らの付き合いの長さを表しているように見えていた。

 大きな仕事を果たしてきたと言わんばかりに、四人はそれぞれスッキリした笑顔を浮かべていた。


「やーれやれ、どうにか送り届けることができたな。まずはひと段落ってことで、記念に美味いメシでも食おうぜ!」

「オリヴァーに賛成っ! 折角だし、ジルさんは是非とも、サントノ王国の名物料理を食べに行きたい気分なのでありますよ♪」


 大柄な獣人族の青年オリヴァーのワクワクしながら言った言葉に、小柄なエルフ族の少女ジルが、目をキラキラ輝かせる。水色の短めなポニーテールが踊る様子からして、純粋に強く望んでいるということが分かる。

 だからこそ、彼らのリーダーであるエルフ族の青年は、強めの口調で言った。


「それについて異論はないが、くれぐれもハメを外し過ぎるなよ? もうしばらくこの国に滞在する予定なんだからな」

「もぉ、ラッセルってばカタすぎなんだって! もっと気楽に行こうよ!」


 エルフ族の青年ラッセルの様子に、ジルが文句をつける。そして彼の隣を歩く少女に視線を向けた。


「ねぇ、アリシアからもなんとか言ってよ! 少しくらい良いじゃんってさ!」


 ジルに詰め寄られた少女アリシアは、少し悩む素振りを見せ、そして答える。


「私はその前に、宿屋で少し休みたいかな。流石にちょっと疲れちゃったし」

『あー……』


 アリシアの言葉に、オリヴァーとジルは納得するかのように頷いた。


「言われてみりゃあそうだな。俺も少しフロに入りてぇし」

「同感だな」


 オリヴァーに続き、ラッセルも深く頷いた。そしてジルは嬉しそうな笑みを浮かべ、アリシアの手をギュッと握った。


「さっすがアリシアだね。同じエルフ族として嬉しい限りだよ♪」

「ありがとう。それと正確に言わせてもらえば、私はハーフエルフなんだけどね」


 エメラルドグリーンのふんわりとした髪の毛を右手で押さえながら、アリシアは苦笑を浮かべる。

 それに対してジルは、気に入らなさそうに言い返した。


「別にいいじゃん。エルフ族の血が流れてるのは確かなんだしさ。それに耳が少し短い以外は殆ど大差ないんだから、尚更でしょ!」

「まぁ、そうかもしれないけどね。けど人間族とのハーフであることも確かだし」

「だーもうっ、ああ言えばこう言う!」


 頭をガシガシと掻きむしるジルに、ラッセルたちは笑い声をあげる。

 そこでオリヴァーが、一つ気づいたことを口に出した。


「でもよぉ、アリシアみてぇにハーフを堂々と強調するヤツも珍しいよな? 今でこそ差別的なモンはねぇけど、皆どっかしらで、何か思ってることがあるみてぇだしよ」


 オリヴァーの意見に、アリシアも苦笑気味に、そうだねと頷いた。

 何十年も昔では、同じ種族同士で子を成すのが普通であり、他種族とのハーフはとても珍しかった。他種族の血が混ざっているだけでイジメの対象になり、辛い思いをした子供も少なくなかった。

 しかし時代の流れに伴い、考え方も変わってきた。今では他種族同士で結ばれ、子を成す家族も当たり前のように多くなっている。

 貴族や王族など、家柄の関係で考え方を変えられないケースもあるが、それでも昔に比べれば、大分寛容になってきたと言えるだろう。

 アリシア自身もジルを筆頭に、エルフ族や他種族とも交流を重ねてきた。

 その結果こうして、エルフ族のラッセルやジル、獣人族のオリヴァーとパーティを組んでいる。今までに混血が悪い枷になったことも全くない。

 今ではアリシア自身も、自分が人間族の血を引くハーフであることを大っぴらにしているのだった。

 もっともそれには、ある特別な理由もあったりするのだが。


「そういえば俺……ハーフエルフって呼び方、アリシア以外で聞いたことないな」

「あぁ、俺もねぇな」


 ふと思い出したことを呟くラッセルに、オリヴァーも首を傾げる。それに対してジルがため息交じりに言った。


「そりゃそうだよ。アリシアが自分で勝手にそう言ってるだけなんだから」

「へぇー、そうだったのか」


 長い付き合いながら初耳なことを聞いたせいか、オリヴァーは驚きを隠せない。顔には出していないが、ラッセルもオリヴァーと同じ気持ちであった。

 そこに付け加えるような感じで、ジルがイタズラっぽい笑みをニンマリと浮かべながら言う。


「なんかちょっとした『事情』とやらもあるみたいなんだけど、ね♪」

「ちょ、ジル!」


 アリシアが顔を真っ赤にして声を荒げ、ジルに詰め寄る。流石のジルもその迫力には驚き、ゴメンゴメンと慌てながら謝っていた。

 そんな彼女たちに、オリヴァーが声をかけようとする。


「それで、結局その事情ってのは……」

「オリヴァー」


 問いただそうとするオリヴァーをラッセルが制し、そして無言で首を横に振る。


「あの様子からして、それほど大きなことではなさそうだ。別に良いだろう」

「なんだよ、お前さんは気にならねぇのか?」

「誰しも秘密の一つや二つくらいは持っている。ここで無理に聞き出そうとするのは、それこそ野暮というモノだろう。まぁ、気にならないと言えば、それこそウソにはなるけどな」


 フッと小さく笑うラッセルを見て、オリヴァーも諦めたような表情を浮かべる。そしてラッセルは、未だ言い争っているジルとアリシアに声をかけた。


「そろそろ行かないか? メシを食いに行きたいんだろう?」

「あ、忘れてた! もうお腹ペコペコだよぉ……」

「俺もだ」


 ジルとオリヴァーの視線が、チラリとラッセルのほうに向けられる。明らかに何かを願っているモノであり、ラッセルは苦笑しながら頷いた。


「分かった分かった。好きなモノを食っていい。折角こうしてサントノ王国に来たんだからな」

「おっ、流石は我らがリーダー♪」

「そうこなくっちゃね♪」


 そして二人はご機嫌な表情で、食事処を探すべく歩き出す。ため息をつくアリシアにラッセルが声をかけた。


「アリシア、俺たちも行こう。それから、一つだけ言っておきたいことがある」

「え?」


 急に人差し指を一本立てながら表情を引き締めてきたラッセルに、アリシアは思わず驚いてしまう。

 何か悪いことでもしたのだろうか。今しがたちょっと騒いでしまったが、特に迷惑らしきモノはかけていないハズだ。少なくとも叱られるような不手際をした覚えはない。

 アリシアの中をそんな考えが渦巻く中、ラッセルが言った。


「もし何か厄介なことがあるのだとしたら、その時はすぐ相談してくれ。何もアリシアが一人で背負い込む必要は、全くもってないんだからな」

「あ、ありがとう……もし大変なことになったら、ちゃんと相談するからさ」


 乾いた笑みを浮かべながら、アリシアは心の中で安心した。なんだそんなことかと、前々からいつも言われていることじゃないかと。

 いきなり真剣な表情を浮かべてくるから、どうしたのかと身構えてしまった。しかしなんてことはない。仲間思いから生じるいつものラッセルの姿だった。

 今みたいに、少しばかり過保護になってしまう部分があるが、まぁこれも許容範囲だろう。

 そんなことを考えつつ、アリシアはふと思い出す。


(ハーフエルフかぁ……確かにこう呼んでるのは、私だけなんだろうね)


 ジルが言っていたように、ハーフエルフは別に正式な呼称というワケではない。しかしアリシアは、この呼び方を変える気は毛頭なかった。

 どうしても譲りたくない気持ちだった。今もなお思い出せる、一生塗り替えることのできない大切な記憶。

 そこに出てくる小さな男の子の姿が、アリシアの心をいつも温かくさせていくのだった。


(たとえもう会えないとしても、思い出を大事にするのは……別に良いよね?)


 こっそりと笑みを浮かべながら、アリシアは嬉しそうに頬を染める。とある通行人が見た彼女は、まさに恋する乙女の笑顔そのものであったという。

 しかしその後日、三匹の魔物を連れた少年が目の前に現れることによって、自身の心が酷く揺さぶられることになるのを、彼女はまだ知る由もなかった。


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