第47話橋姫伝説異聞
京都にはぎょうさん恐ろしい話がありますんや。中で恐ろしいのは橋姫と言う鬼女の話どすと京都出身の女医は語り始めた。
実は宇治出身の母から聞いた橋姫物語は少し違おうております。
遠い昔、宇治川の畔で暮らしていた貴族の娘で橋姫と姫が男に裏切られましてな、裏切った男と女を恨み、毎晩のように宇治川で水につかり、川の神に祈ったそうな。
宇治川の神も哀れに思い、女に告げたそうどす。
川で身を清めた後、頭に鉄輪の逆さに乗せ、鉄輪の足に松明を点し、顔を赤く朱で塗り、身体には赤土を塗り、川から上がった白装束のまま京都の北の端にある貴船神社まで駆け、境内の大木に男女の名前を記したワラ人形を五寸釘で打ち付けよと。
橋姫が狂喜し、すぐに実行に移したそうどす。
鉄輪と言うと、昔、いろりにでヤカンなどを乗せてお湯を沸かした金具どす。
それを逆さに被り足の部分に松灯をともすなど普通ではありまへんやろ。
それに全身が赤色ですさかい、まさしく赤鬼の姿、そのものでしょやろ。
しかも川の水に濡れた髪と濡れた白装束のまま都の大通りを都の北の貴船神社まで駆け抜け、ワラ人形を釘を打ち込むのどす。
彼女を見た都人は恐怖に狂い死にしましてな、都中が大騒ぎになりましたんや。
ある女性患者が真剣な表情で質問した。
「呪いの効果はあったのですか」
女医は頭を傾げて、思い出せないと答えた。
話の続きは、次のようでしたと続けた。
ある夜のことどす。
その夜もお告げとおり鬼女は都の大通りは駆け抜けようとしていたそうな。
都人は恐れて誰一人として外に出ていません。
門を堅く閉ざし、盗人さえ身を潜める始末どす。
誰もがヒタヒタと水に濡れる足音を聞くと耳を押さえ家の隅に隠れおやした。
真っ暗な闇夜どすえす。
灯りは鬼姫の頭上の松明の灯りだけどす。
ところが待ち構えていたように、ある屋敷の塀の陰から一人の老婆が飛び出して来やした。
その老婆は鬼になった橋姫の母だったのどす。
娘が鬼になってから世間からは相手にされず、落ちぶれて物乞い同然の姿どす。それでも鬼になった橋姫も、さすがに母の姿を覚えていたのどすな。
驚いて母様と声を上げ、足を止めたそうどす。
母は言ったそうどす。
寂しかったのどすな。母を怨んでおりますやろうな。姫のことをいつも自慢に思っておりましたんよ。おおきにと。
その言葉を聞いて鬼の胸の中から一片に怨みや無念が消えたのでしゃろ。鬼もおおきにと言うと同時に成仏してしまったそうどす。
「その後、母はどうなりました」
それもはっきりとは教えてもらえなかったのどす。もともと死んでいはったかも知れまへんと女医は答えた。
私の母は、親しい者が鬼に化けはったら橋姫の母のように対応すればよいと、教えたかったのと違いますやろかと感慨深げに語った。
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