第1話『現状把握』
ゆっくりと目を開き、僕の視界に飛び込んできたのは、見慣れない天井だった。
西洋系の屋敷のようなデザインと5メートルは軽くありそうな高さから、僕がいるのは自分の部屋ではないということは分かった。
――というか、どうして僕はここにいるのだろう?
そんな疑問を抱えながら僕は身体を起こす。体中の節々が痛い。
微かに足音が聞こえたので、音のした方へ視線を向けると、ロングスカートのメイド服を着た女性が僕の方を向いて立っていた。髪はピンク色のロングへアで、メイド服だからはっきりとは分からないけれど、スタイルは抜群な気がする。
「
メイドさんが優しい笑みを浮かべながら僕の名前を言ってくる。
「あら、やっと意識が戻ったのね」
メイドさんとは違う女性の声が僕の耳に入ってくる。
僕は痛む体を必死に起こすと、僕の知っている女性が目の前に立っていた。
「藍沢、さん……」
「あたしの名前が分かるってことは脳も正常ね」
凛とした表情で僕を見る女性の名は
藍沢さんは他の女性とは違って、日本の政界や法曹界に多大な影響を与えている藍沢家の娘なのだ。なので、僕も自然と藍沢さんの前だと敬語になってしまう。僕のクラスメイトだというのに。
「3日間も意識が回復しないと、流石にあたしも心配になってくるわよ」
「えっ? 3日間も寝ていたんですか?」
「ええ、そうよ」
驚愕の事実だった。
3日間寝ていたということは、今日は5月11日なのか。
僕はてっきり地震が起こってから2、3時間後だと思い込んでいた。寝ようと思ったところで起こったわけだし。
「僕、意識を失う直前に家の天井が迫ってきたのを覚えているんです。……あの、あまり訊きたくないんですけど、僕の家はどうなったんですか?」
大きな地震が起きたんだ。現実を知りたくない気持ちは大きいけれど、家のことはどうしても避けては通れないことだ。
藍沢さんは1つため息をついて、
「……残念だけど、全壊したわ。
と、小さな声で僕に事実を話してくれた。
自分が原因ではないのに藍沢さんは本当に申し訳なさそうな表情をしている。彼女は、基本的に不機嫌そうな表情なので、申し訳ない表情をされてしまうと逆に心配になってしまう。
「やっぱり、そうですか。確かに僕の経験したことのない強い揺れでしたから。全壊してもしょうがないかもしれません」
「……もう少しショックを受けるのかと思っていたけど。意外とタフなのね」
「だって、僕……死んだと思っていましたから。生きているだけでも嬉しいのに、藍沢さんに助けてもらったなんて、恵まれているとしか思えませんよ」
起きてしまったことはしょうがない、という僕の考えだ。色々な思い出が詰まった家が一瞬にして崩れ去ったのはショックなことだけど。
それよりも、今言ったとおり僕は恵まれている。こんなお金持ちのところに助けられるなんて。本当に有り難い限りだ。
「助けて頂いてありがとうございます、藍沢さん」
僕は笑顔で藍沢さんにお礼を言った。理由は分からないけれど、僕なんかのことを助けてくれるなんて、彼女は凄くいいクラスメイトじゃないか。
藍沢さんは頬をかあっ、と赤くして、
「べ、別に私はあなたのことが気になって助けたわけじゃないんだからね! た、ただ……クラスメイトが死にかけていただけのことでっ」
と、しどろもどろになって言った。
一瞬、狼狽しているようにも見えたけど、不機嫌な表情を崩さないなんて。褒められることが好きではないのか、恥ずかしがり屋なのか。
メイドさんは藍沢さんの横で不思議そうな表情を浮かべながら、
「しかし、進堂さんの家が全壊したと情報が入ったときには、とても慌てていたようにも思えましたが……」
「そ、そんなわけないでしょ! 何かの見間違いじゃない?」
「では、どうしてあの時……私にしがみつきながら泣きそうになっていたのですか?」
「それは……」
その続きの言葉が、藍沢さんの口から出ない。
何と、メイドさんが藍沢さんを黙らせる形になってしまった。僕のような一般生徒にとって高嶺の花のような存在である彼女の口を噤ませるなんて、さすがはここで働いているだけはあるんだな。しかも、悪気がなく自然と言っているから凄い。
「……そう! 地震が怖かったから! それだけの話よ」
何故か藍沢さんは腕を組んでドヤ顔で答えた。
しかし、それでもメイドさんの不思議そうな表情は消えることはなく、
「……ちなみに、進藤さんのお宅が全壊したと連絡が来たのは、地震が発生してから30分も後だったはずですけど」
「こ、細かいことは気にしなくていいの!」
「申し訳ありません……」
最終的には藍沢さんが強引に話を打ち切る形となった。今の会話の感じから見てもメイドさんはただ素直に言っただけみたいだな。
ここは少し話題を変えるべきだと判断し僕は、
「あの……すみません。まだ、メイドさんの名前を訊いてなかったですね」
と言うと、メイドさんは僕の方に顔を向ける。
「あっ、わ、私ですか? え、ええと……
「7年前から働いているんですか?」
未来さん、かなり若そうだけれど。幼顔だし。8年目の社会人だとは意外。
「あっ、私……13歳の時に色々と家庭の事情がありまして。だ、大丈夫ですよ。労働基準法とかには引っかかっていませんから」
「そうなんですか。ということは、未来さんは20歳なんですか?」
「はいっ!」
「なるほど。……てっきり、藍沢さんと同い年だと思っていました」
とは口で言っても、メイドとして8年目だと分かったときに単純計算で三十路だと思っていた。さすがにそれを言ってしまっては失礼だろう。実際は20歳なわけだし。
「と、とんでもないですっ! 私なんかお嬢様に比べたら。お嬢様は何時も成績トップで博識な方ですし、私は頭が上がりませんっ!」
主の前で緊張しているのか、未来さんの声が翻っている。依然と未来さんの頬は赤いままだし。7年間仕えていたら、主は自分にとって絶対的な存在なんだろうな。例え、その主が年下であったとしても。
さて、場の空気も少し和んだところで本題に入るとするか。
「……そういえば、どうして藍沢さんは僕を助けようと決めたんですか? 僕ら、高校のクラスメイトですけど、話をしたことは一度もないですよね」
そう、僕と藍沢さんはクラスメイトという意外では接点が全くないのだ。どうして助けたのだろうか。それが気になって仕方がなかったのであった。
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