世界最後の狂死曲
栞奈
August 2ed
これは、あくまでも夢の話である。そう、あくまでも。これを過去の現実ととるか、ただの夢ととるか___。
森のなかに大きいだけの城がそびえたっていた。特に飾りもなく、ただの岩の塊のような、そんな夢も希望もないつまらない城。その中に少女はいた。マロ眉のような眉に、不安と悲しみをたたえた下がり目。不揃いな前髪に、崩れかけた長い三つ編み。薄汚れたタンクトップに、所々カギ裂きになったロングスカート。彼女の名は___誰も知らなかった。知ろうとしたものすらいない。吸い込まれそうなほどに黒い髪のバーターにだれも近寄ろうとしない。ここは、空虚なビークルィク(殺された)孤児院。
彼女が近づいた人間は脳から破壊されて死ぬと噂されていた。周りからは完全に避けられ、親も、兄弟も、保護者すらいない。
そんな彼女は遂にある行動に出た。冷たいタイルの上、体温が床に吸い取られ、
「あった…。」
開けた戸棚の中で、何本かの包丁が闇夜で不気味に光っていた。そのうちの一本を引き抜き、震える手でぎゅっとにぎりしめる。そして、左の手首を裏返し、右手に持った包丁を左手首にぐっと押し付けて_____引いた。
手から包丁とほとばしり出た血が落ちる。包丁は冷たいタイルの床に当たって大きな音を立て、血は少女の足元に血だまりをつくり、少女は床に崩れ落ちた____。
「痛いっ_痛ぃ____はっ!」
夢の中の少女ではなく、その夢を見ていた少女__白川 糸覇が飛び起きた。
「夢かぁ、はー、よかった…。」そう呟きながら糸覇は自分の手首をさする。夢であったにも関わらず、痛さは本物だった。それにしても、さっきの夢は何だったんだろうかと糸覇は首をかしげた。夢は大概見たことのある景色や、想像などから背景を構成することが多い。しかし、今日見た夢は見たことがないばかりか、想像したことすらない景色だった。しかもさっきの少女は明らかに自分ではないと糸覇は思うのだった。そして、寝汗か冷や汗かわからないが、糸覇はかなりの量、汗をかいていた。
「ふーっ、あっちぃ~。」
寝巻の襟元をつかんでパタパタと風を送り込みながら、すっと壁に目をやる。壁の時計は午前2時をさしていた。糸覇は、起きるにはまだ早いと思ったのか、再びベッドに身を預ける。しかし、いったん起きてしまうと、人間、なかなか寝られないものなのである。特に怖い夢なんかをみて急いで飛び起きたときなんかは。
やることもなく、ただゴロゴロとベッドの上を右に左に移動していると、今日の予定が気になってカレンダーを見る。
「んーっと、昨日は夏の教室に行ったから今日は火曜日…、2日…2日、かぁ…そっかあれから一年、たったんだな…。」
糸覇はベッドの上で、往年の回想に浸りはじめた。去年の恐るべき2015年8月2日の怪奇事件の回想と一昨年のバラ色に輝く素敵な日々を。
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