第一章
冬の朝
朝、二度寝をして目を覚ましたらすでに午前一〇時を回っていた。フィオはベッドから上体を起こし、欠伸をして、寝室の寒さに思わず身震いする。
山間部の冬の日。標高が高い分、この町――ルシオールの日中平均気温は平地よりもずっと低い。冬場になると雪が頻繁に降るのも運んで、町はますます冷え込んでいく。
フィオの自宅は町の市庁舎から少し離れた場所にある。積み上げられた石造りの古い四階建て――そのすぐ二階だ。ここで暮らし始めて、もうすぐ一年が経つ。
ベッドに居るといつまでも動けそうにないので、フィオはとりあえず隣のダイニングへ向かった。釜戸付きの質素な空間に、テーブル、収納棚、木製のポールハッグがそれぞれ置いてある。
釜戸はストーブ兼洗面所だ。冷えきった水で顔を洗うと嫌でも気が引き締まる。フィオは目をさっぱりさせてから、今度は釜戸に薪を入れて火をつけた。料理をしなくても、部屋は熱気で勝手に温まっていく。
部屋の温度を上げている間、フィオは寝室に一度戻って、寝起きの下着姿から厚手の黒インナーに着替えた。服の裾に腕を通しながら、どうりてずっと寒いわけだ、と合点がいく。
ダイニングでは空気調和を行う排気口がさっそく大口を開けて火煙を吸っている。部屋の空気がだいぶ温まってきたので、フィオは軽い換気を兼ねて壁際の小窓を開け放った。外は密集した住宅が入り組む狭い路地だ。どの家からも、もくもくと白い煙が空へ昇っている。
窓辺の鉄柵を通り抜けて、外の新鮮な空気がダイニングへ流れ込む。山地から吹き込む、冴え冴えとした冬の山風。小窓を数分開けておくだけでも、煙の息苦しさを解消するには十分だ。
フィオは思う――この外気には、町の人々の生活感がほのかに漂っている。鼻孔を、他の食卓から漏れだしたチーズの芳醇な香りがかすめる。自然とお腹が空いてくる。
朝食はすでに食べおきのパンとジャム、チーズをテーブルに用意してある。チーズだけナイフで切り分けておいて、あとは素手で掴んでいただく。椅子には座らない。立ち食いしながら、木製のポールラッグに引っ掛けていた防寒服を着込んで出かける支度をさっさと済ませてしまう。
フィオの防寒服――防寒戦闘服外衣という。灰色の防寒生地で仕立てたレディース用の戦闘服。この世界のほとんどの防寒服は毛皮製だが、この服だけは現代技術の特殊な合成繊維で出来ている。
朝食を終えて、釜戸の火を消したら、フィオは玄関へ。リュックサックを背負い、玄関脇のライフル銃を手にとって肩に下げる。防寒用に手袋も両手にはめる。その場で握って感触をしっかり確かめてから、フィオはドアを開けて自宅を後にする。
――ルシールにやってきて、二度目の冬。
仕事の依頼を受けに行かねばならない。フィオは狩猟者――いわゆるハンターだ。他の人間が大抵そうであるように、フィオもまた職について生活している。
仕事がなければ人は暮らしていけない。その点は、どの世界でも共通している。フィオには射撃の腕前しかない。それと、サバイバルの心得が少しだけ。自分の身の丈に仕事を合わせていったら、ほぼ必然的にハンターになった。
「寝過ごしちゃったな……」
フィオはそう呟いて、足早に四階建ての石階段を降りていく。依頼主と落ち合わせるはずの時間から、もう三〇分経過している。
近隣宿屋の料理亭――「青羽の小鳥亭」へ急ぐ。
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