第33話

 誹謗中傷がくることは覚悟していた。けど、ここまで心に深く刺さるとは思いもしなかった。


 批判コメントなんて無視すればいい。僕なら軽く受け流せると思っていたけど、それは自信過剰だったみたいで、今も心に小骨が刺さったような感覚が残っている。


 当事者にならないと分からない辛さがあると、初めて学んだ。しばらくは引きずってしまいそうだ。


「もっと強い人間だと思っていたんだけどなぁ」


 SNSだけじゃない。僕に匿名でコメントを送れるマッシュマッシュマロを使っているんだど、称賛コメントの中にひっそりと、バーチャルタレントの活動を否定するようなコメントが投稿されていた。


 一つの批判コメントの傷を癒すのに数十を超える賞賛コメントが必要としている今は、健全ではないと分かってはいるんだけど……。


 ――どうしても、気になってしまう。


 携帯電話から目が話せない。早く寝なければいけないのに目が覚めてしまって、ベッドの中で画面をずっと見てしまっている。


 指を動かして画面を更新する。

 すぐに新しい投稿が表示された。


 次の配信はいつなのか、招待は誰なのか、配信をする本当の目的は何なのか。


 色んな要望や憶測が飛び交っていた。返信をしたいけど、僕一人の判断で投稿するのは禁止されている。母さんのチェックが必須だから眺めるだけ。


 無意味な時間だけが過ぎていく。


 バーチャルタレントの活動は、ずっとワクワクすることばかりが続くと思っていた。けど、現実は違った。世界に向けて発信するって、良いことばかりじゃないって初めて知ったんだ。


 しかもまだ活動は始めたばかり。これからもっと多くのことが起きると思うし、それを乗り越えた時にはじめて、やっててよかったと思えるのだろう。ううん、思えるようにしなきゃいけない。せめてそれだけは信じていたいと、そう思った。


 ……何時間経過したか分からなくなった頃になって、ようやく眠気が襲ってきた。


 徐々に力が抜けていき、携帯電話が手のひらから落ちる。ゆっくりとまぶたが落ちて意識が離れていった。


◆◆◆


 翌日も教室には人がほとんどいなかった。少しは増えているけど、まだ休んでいる人の方が多く、本日も自習することになった。


 僕と飯島さんの二人で、彩瀬さんの勉強を教えつつ時間をつぶしていく。


 飯島さんのほうが教えるのが上手い。暇になってきたので、二人のやり取りを眺めながら、配信の企画を考えるようにした。まだ心に浅い傷は残っているものの、続けると決めたからには力尽きるまで頑張る予定なんだ。


 さて配信の企画といっても、顔を出している配信者と違って制限が多い。


 商品の紹介やグルメリポートといったのが最たる例かな。一昔前にお風呂いっぱいにスライムを入れた「スライム風呂」なんてバーチャルタレントがやっても面白さは半減しちゃうからね。もちろん、食べるシーンを作るのが難しいので食事もできない。


 今は男性ってだけで人気が出ているけど、それは一時的なものだと思っている。ライバルが一人でも出たら負けてしまうかもしれないし、なにより配信としても楽しんでほしいからこそ、いろいろと悩んでしまう。


 みんなの反応は「かわいい」が最も多かったし、この世界の男性は頼もしさ、力強さよりかは、かわいらしさを求められているので、この路線を強化するのは鉄板だろうなぁ。


 ホラーゲームをプレイして悲鳴を上げるなんてことをすれば、世の女性の需要は一気に満たせそうだけど、残念なことに意外とホラー耐性はあって、怖がった悲鳴を上げることができないんだ。


 多分「え!?」「お、おお?」「驚いた~」といった発言をするだけで終わってしまうので、配信のリアクションとしては落第点じゃないかな。少なくとも僕は見たくない。


 ほかのジャンルも飛び抜けて上手いわけではないけど、下手でもない。無難なプレイが多いので、どれも企画が作りにくい。ゲームが苦手ならよかった。演技するしかないのかな……?


 キーンコーンカーンコーン。


 そうやって悩んでいると、チャイムの音が聞こえた。


「やーーーーっと、終わった!!!!」


 彩瀬さんがシャーペンを放り投げて、背を伸ばすようにして両手を上げる。首を左右に振って勉強で固まった肩をほぐしていた。


「もう、大げさなんだから」


 飯島さんは妹に話しかけるような、やさしい声でつぶやいた。


「いいじゃん! 本当に頑張ったんだよ!?」


「知ってる。ずっと集中できてて偉かったね」


「さすが、さおり! わかってる!」


 二人とも仲がいいな。同じハーレムに所属することになってから、より一層って感じがする。飯島さんは楓さんとも仲がいいので、三人そろっていると喧嘩が起こりにくい。


 出会ってからの日は浅いけど、僕のハーレムの潤滑油として、なくてはならない存在になりつつある。無理やりお見合いを破綻させてしまい、奪い取るような形になってしまったけど、あの時、無理してよかったと思える。


「彩瀬さん、頑張ったね。お疲れ様」


「でへへ、ありがとう!!」


 僕が褒めると急にだらしない表情を浮かべた。少しよだれが出ている気がするし、理性が半分ほど吹き飛んでいるようにも見える。


 このままだと暴走しそうな気配があったので、話題を変えることにした。


「次の授業って何?」


「「体育!! しかも、男女合同!!」」


「そ、そうだったね……」


 二人が勢いよく声を合わせて返事をしてくれた。

 彩瀬さんの気配は静まったけど、苦手な授業だったので僕の気持ちは、墜落ギリギリの低空飛行だ。


 しかも、人数が少ないからクラス・男女合同になったんだっけ?


 体育の成績は悪いからサボるわけにはいかないけど、できれば参加したくない。だって女性のほうが圧倒的に身体能力が高いから、情けない気持ちになるんだ。


 これは僕の価値観が変わってないからこその悩みで、だれにも理解されないんだけどね……。


「着替えてくるよ」


 体操着が入っている袋を持つと、教室を出て男性専用の着替え室に入る。


 誰かが来る前に手早く半袖短パンの体操着に着替えて、グランドに出る。すでに女性が二十人ほどおしゃべりをしながら授業開始のチャイムを待っていた。


 大体三~五人ぐらいのグループにわかれていて、おしゃべりをしていたんだけど、僕が出た瞬間に一斉に黙って、凝視してくる。


 いつもより強めの視線に疑問を抱いたけど、答えはすぐに分かった。


 男性は僕だけだ。


 それは目立つわけだ。この視線の数も納得できる。きっと、他の男性たちは自習なんてやってられないから自宅でサボっているのだろう。


 前世で学校は毎日行きなさいと教育されていたから、行かないって選択肢が思い浮かばなかった。


 内心で失敗したと後悔しても事態は好転しない。

 そして、出来ることもない。


 彩瀬さんと飯島さんに合流しても視線は変わらず。授業が始まるまで耐えるしかなかった。

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