断片的詩編

倉下忠憲

第1話 スワンは泳いでいる

 蔵の中は、埃でいっぱいだった。数十年ぶりに入り込んだ新鮮な空気が、少しずつカビ臭さを中和していく。想像していたよりも、物の数は少なかった。もっとぎゅうぎゅうに物が詰め込まれているイメージがあったのだが、幼い頃の印象なのだろう。子どもの頃は何だって、大げさに感じるものだ。

 ぞんざいに並べられた一家の忘れ物を、俺は確認していく。金目のものが混ざっているかもしれない。刀、古い硬貨、掛け軸などには高い値がつくこともあるらしい。もし掘り出し物が見つかれば、少しは借金返済の足しになってくれるだろう。注意深く目を配り、タンスの中も一つひとつ確かめていく。

 一番下の引き出しに、厚手の紙に覆われた着物を見つけた。桜を連想させる桃色のその着物は、虫食い一つなく当時の輝きを保っている。この一着は、良い値がつくかもしれない。

 着物を広げて、その商品価値を確かめていると、はらりと一枚の紙が落ちた。薄い紙の原稿用紙だ。少しだけ破れている。

 俺はその紙を拾い上げ、広げて読んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る