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「それにしても……相変わらず、お上手ですね……」
許しを得て御簾の向こうに入ると、季風は散らばっていた絵を御簾越しに眺めて感嘆の言葉を発した。
何故わざわざ絵を御簾の外に出したのかはわからない……いや、季風の訪いが遅い事に対する当て付けかもしれない。
それはさておき、姉の描いた絵は、本当に上手かった。線は一分の狂いも無く美しく走り、それでいて人物の表情には老若男女問わず豊かな感情が宿り、植物は生命力に溢れ、建物には女人の手による絵とは思えぬほどに重厚感がある。
何度でも首を傾げたい。どうやったら、このような絵を、短時間で五枚も描く事ができるのか。
「季風……私は、絵を褒めてもらうためにあなたを呼んだわけではありませんよ?」
褒め言葉に対してにこりとするでもなく、淡々とした口調で姉は言った。その声音に、季風は思わず背筋を伸ばす。
「えぇっと……ご用件は、何でしょうか……?」
「本気でわからずに言っているのですか?」
すぱん、と竹を割る音が聞こえそうなほどの歯切れの良さで、姉が問い返してきた。季風は、思わず「うっ……」と声を詰まらせる。
「……その……やっぱり、勤めの事……ですよね?」
「他に何があると言うのです?」
ため息交じりに言われてしまい、取りつく島も無い。季風は肩を竦めると、蚊の鳴くような声で「はい……」と頷いた。そして、首を横に振ると、気を取り直したように顔を引き締める。
「たしかに、以前お話しに伺ってから、随分と時が経ってしまいましたからね。そろそろ勤めの報告をせねば、と思っているうちに無沙汰になってしまいました事、お許しいただけるでしょうか?」
そう言うと、姉はやっと、優しく微笑んでくれた。
「最初から、許さないつもりなんて毛ほどもありませんでしたよ。厳しいお勤めで、季風も疲れていたのでしょう。ですが、今度からはもう少し早く報告に来てくださいね? 私はここで、ずっとあなたの話を聴く事を待ちわびているのですから」
「……はい……!」
許してもらえた安堵感と、姉をここまで待たせてしまったのかという罪悪感と。二つの感情に背を押されて、季風は首肯した。
「それで、今日はどんな話を聴かせてくれるのですか?」
「それは、勿論……」
そう言って、季風は勿体ぶって間を置いた。そして、にやりと笑って見せる。
「近頃姉上に力を貸して頂いた、あの話ですよ」
途端に、姉の目がきらりと輝いた。いつもは隙が無く、とても勝てる気がしないが……こういう時は、歳相応……いや、それ以上に子どもっぽく見えて、可愛らしい。
いつもは暴君のような姉が、季風の話を聴く時は、いつもこのように、目を輝かせて聴いてくれる。
だからこそ、季風もついつい、身を入れて話す気になってしまうのだった。
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