83.スパイの正体

 その日の内にエレンはケンジのカウンセリングを終え、一息つく。彼はスッキリした様な表情のままベッドに寝そべり、満足げにため息を吐いた。部屋の外にはカウンセリングを受けたそうな彼の部下たちが長蛇の列が並んでいた。

「あのぉ……あの人たちはどうしますか?」

「あ、あぁ……すまない。おら、お前らはお前らの行きつけの店でカウンセリングしてこい! エレン先生はまだ忙しいんだ!」と、先頭にいる部下に呑み代を握らせてドアを閉める。

「すいません」彼女は上品に会釈をし、彼のカルテを纏めながらアスカの隣に座る。

「貴女には感謝していますが、警戒もしています。なんでも、触れただけで相手の頭の中を読めると聞いていますからね」ケンジは釘を刺す様に口にしながら腕を組む。

「あら詳しい。まぁ、貴方の頭の中に土足でお邪魔はしていませんけどね」

「いや、全て読まれてもいいと覚悟の上で貴女に助けを求めたので……」

「貴方は良い人ですね。悲劇と痛みに襲われても、心壊れることなく立派に自分の足で立つことができるのですから」と、アスカの額を撫でながら口にする。

「そんな立派なつもりは無い。俺は国を裏切って魔王軍に付いたんだ……」

「それでも、立派ですよ。さて、ロザリアさんから話を聞きましょうか」

「ロザリア……結局、彼女は一体何者なんだ? 別人格ってやつか?」

「まぁ、そうなんですけど……話せば長いんですよねぇ」と、エレンはアスカの頭に水魔法で包み、目を瞑った。



 ウォルターは過去の記憶を頼りに馬を奔らせていた。街道は通らず、首都への最短ルートである獣道を選び、風の様に走った。更に彼の乗る馬は雷の魔力を帯びたサンダーホースである為、凄まじいスタミナと速力を持っていた。その為、反乱軍の一時キャンプから出発し、2時間程で辿り着いた。

「さて……」街の外側の森の中に馬を繋ぎ、早速潜入を開始する。

 ヤオガミ首都は彼が知っている頃よりも賑やかになり、ライトクリスタルがふんだんに使われ、夜なのに昼の様に明るかった。彼がいた頃はここまで栄えてはおらず、質素な街であった。

「変わるモノだな」と、人混みの中を歩いていると、正面にひとりの男が立った。その者はウィルガルム機甲団の制服を着た兵士であった。

「ウォルター、だな?」

「敵意も殺気もないな……何者だ?」

「リクト副隊長からの使いです。貴方をお呼びです」

「リクト……」彼はサングラスの向こう側で目の色を変え、大人しく彼の後に付いて行く。その先には一際騒がしい飲み屋があった。そこへ入ると、店の中央の一番大きなソファで両手に娼婦を抱えたリクトが酒を呷っていた。

「お、よぉ、ウォルター君!! やっと来たなぁ? ままま、座れよ!」と、部下にソファを用意させ、自分の眼前に置かせる。

「ここでいい。俺がここに来るのを知っていた様子だな」

「お察しの通り、反乱軍にスパイがいるからな。そいつらがいい仕事をするんだなぁ~」リクトは遠慮せずに次から次へ酒瓶を開け、グラスに次いでは飲み下す。

「……お前は何故裏切った」

「それもお察しの通りだろ? 俺は楽しい事に忠実なんだ。あんな辛気臭い場所になんか長居したくないしな」

「全部お前のせいなんだろ? 眼術使いの集落を潰したのも、サブロウ先生の弟子を次々と殺したのも……」ウォルターはサブロウから聞かされたリクトの悪行を口にし、拳を握りしめた。

「あぁ、それは間違いない。まぁ俺の事情も聞いて欲しいんだが、誰も耳を貸してくれないんだよなぁ~。お前は貸してくれるか?」と、前のめりになった次の瞬間、正面のテーブルが酒瓶とグラス、おつまみごと飛んで来る。「うぉっと」

 ウォルターは我慢できず、テーブルを更に蹴り込んでリクトごと踏み潰す。両脇の娼婦たちは楽し気な悲鳴を上げながら脇にそれ、慣れた様に近場の席に座った。


「乱暴だなぁウォルターくん」


 リクトはいつの間にか彼の背後へと回り、グラスの中身を飲み干す。もう片手には彼のサングラスを手に取っていた。

「これで目を隠し、意図を読まれないようにしているのか? 未熟者が使う手だな」

「返せ! それはそう言うつもりでかけている物ではない!!」と、奪い返そうと振り向きざまに蹴りを放つ。その蹴り足の側面にはいつの間にか空のグラスが乗っかっていた。

「くっ!」グラスを落とし、彼から距離を取る。いつの間にかウォルターの周囲で酒を呑んでいた機甲団員らが武器を構えていた。

「まぁ落ち着けよ。俺はお前と喧嘩する為にここへ呼んだわけじゃないんだ」と、部下たちに武器を下げる様に合図し、気安く彼の間合いへ入り込む。

「じゃあ、どういうつもりだ!」

「……そう言うお前はどういうつもりでここに来た? 情報収集か? それだけで今回の戦いに勝てるつもりか?」

「……いや……」彼は反乱軍に潜入したスパイを炙り出す為、ここに来たのであった。あわよくば、そのスパイを操るリクトを捕まえ、吐かせるつもりでもあった。

「分かり易いヤツだな、お前。そう言う所は眼術使いに向いてないよなぁ? 昔から変わっていないな」リクトは彼を揶揄うように周囲を練り歩き、クスクスと笑う。

「そんな事は……」彼はこの国で修業を終え、レイ達と合流し、それから自分の技を使って彼らを手伝い、そしてラスティー達と出会った。それから様々な経験し、この国で修業していた頃よりもかなりの成長を遂げており、それを実感していた。

「お前に足りないものは何か、自分で気付いているか? それが無きゃ、お前は今のまま、隙だらけのウォルターくんのままだ」と、リクトは近場でソファに座る娼婦の隣に座って肩を回し、酒を呑み始める。

「それは一体……なんだ?」

「大人しく教えるわけが無いだろ? 俺は一応敵だぜ。ま、一緒に酒を呑むなら教えてやってもいいんだが?」テーブルに空のグラスを置き、琥珀色の酒を注ぎ、正面の椅子に座る様に促す。

 ウォルターは深くため息を吐き、椅子に座って酒を一気に呷り、グラスを机に叩き付ける。

「話せ」

「まるで尋問だな。お前は昔から物事を楽しもうとしない。戦いもギャンブルも、この状況も……」と、喉を鳴らしながら呑み下し、熱い息を吐く。

「どういう意味だ?」

「お前は真面目過ぎるんだ。遊び心が無いって事は、心に余裕がない証拠だ。余裕が無ければ、心の隙を突かれる。それが、眼術使いにとっての命取りだ」

「……敵であるお前が、何故そんな事を俺に?」

「俺は昔から、お前の事が気に入っていた。だから変にいじめたり、揶揄ったりしていたのかもな……今は敵同士だが、憎き敵とは思って欲しくないな、俺の事は」

「意味がわからないな……現にお前は、サブロウ先生の弟子たちを殺し、」

「だからお前はダメなんだよ。遊び心も楽しむ余裕もないから視野が狭い。何故、兵隊に徹しようとする? お前のボスは、それを望んでいるのか?」

「……視野が狭い……?」

「……ま、俺はお前に手を出すつもりは無い。俺は俺のやりたい事をやるだけだ。話に付き合ってくれてありがとよ。もう出て行っていいぜ」と、酒瓶を手に取り、娼婦を呼び戻して両脇に抱え、またふざけた様に呷り始めた。

「遊び心? 楽しむ余裕……?」ウォルターは理解できない様に頭を抱え、酒場を出た。



 ウォルターは頭を切り替える様に振り、しばらく街中を歩いた。何かひとつでも情報を得る為に聞き耳を立てる。機甲団本部の建物への潜入を試みたが、機械兵の警備が厳しく、風の探知機などの新型レーダーなどが光っていた為、ウォルターでは侵入する事が出来なかった。

 結局何もわからぬまま深夜の街を出て、馬の所へ戻る。

「曇った頭では何も得られない、か……」重たい溜息を吐き、空を見上げる。

 すると、正面の暗がりで何者かが待っている事に気が付き、目を細める。その者は反乱軍キャンプで待っている筈のサブロウであった。

「先生、なぜここに?」

「リクトに会ったか?」一歩近づき、片眉を上げる。

「えぇ……」

「何を聞いた? あいつは何を話した?」更に近づき、ウォルターの表情を伺う。

「他愛もない話です。俺に遊び心がないとか、意味の分からない事を……」

「そうか、あいつらしいな。だが、念の為だ」と、口にした瞬間、サブロウが眼前から消える。

「え、先s……」ウォルターはここでやっとサブロウが反乱軍のスパイである事に勘付き、身構える。

 その緊張から強張る瞬間を狙い、サブロウは手刀をウォルターの鳩尾に突き入れた。

「ぐばっ!!!」夥しい吐血を夜空へ拭き上げ、白目を剥いて仰向けに倒れるウォルター。相手の手刀は皮膚越しに胃を突き破り、背骨に凄まじい衝撃を与えていた。

「真芯突き……油断が過ぎるぞ、ウォルター」サブロウは倒れる彼を横目で見ながら鼻で笑った。

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