80.スカーレットの危機
しばらくスカーレットは身を潜め、見張りを倒して服を奪い、再び建物の中へと潜入する。ロザリアの他に取り戻す物がまだあり、それを探しに部屋から部屋へと移動する。
「武器庫かな? いや、押収品倉庫? どこだぁ?」と、廊下でキョロキョロする。彼女の目的はガントレットとブーツであった。彼女にとっては亡き家族の形見であるため、絶対に取り戻したい代物であった。
「ここだ!」やっと見つけた武器庫のロックを強引にこじ開け、奥へと向かう。そこにはエレメンタルバスターガンやヒートブレード、無属性爆弾まで丁寧に整頓されていたが、彼女はわき目も振らずにガントレットを探す。
「ここじゃないのかな? ん?」と、防具の置かれる棚を探し、紅色の鎧を目にする。
それはスカーレットの鎧一式であった。
「こっちじゃないんだけど……」スカーレットは興味ありげに鎧に触れ、悩ましそうに撫でまわす。装着してみようとガントレットを腕に通すが、フィットしないのか、残念そうに諦める。「少し大きいな、これ……」
すると、その近くに自分のガントレットとブーツが置かれているのを目にし、嬉しそうに抱きしめる。「よかった!」と、急いで装着し、魔力を漲らせる。
満足した様にスカーレットは武器庫を出たが、そこにはヨーコが立っていた。
「見つけた。お目当ての物は見つかった?」と、ウォーターロッドに水魔法を纏わせる。
「えぇ、待たせたみたいだね……ここで始める?」
「そうね。ここの外れにいい場所があるから、そこで始めましょうか?」と、ヨーコはしたり顔を覗かせながら、街の外れにある河原へと案内した。
アスカは未だに医務室のベッドの上で苦しそうに唸っていた。その隣でケンジは何も出来ない自分にイラつきながら頭を抱えていた。
「俺に何が出来るってんだ……なぁ、アスカ……俺はどうすればいい?」
その言葉が聞こえているのか否か、アスカは答える様に唸り、彼の方へ顔を向けた。
「私……人を殺したんだよね? いっぱい、殺したんだよね?」
アスカは20年以上前、ある出来事が理由で精神が崩壊し、ハッカイ村で大量殺戮を行って指名手配され、国を追われていた。現在はケンジとウィルガルムの計らいで手配は免除されていた。が、その記憶が蘇り、彼女の心に容赦なく突き刺さっていた。
「アスカ……違う! アレは……奴らが悪い! 奴らが……」ケンジは目に涙を浮かべながら彼女を抱きかかえる。
「でも、わ、私……あ、ああああああああああああああああ!!」更に何かを思い出したのか、涙ながらに絶叫し、ケンジの肩に噛みついて唸る。
「アスカ……どうすれば……どうすれば……」
「エレンに会わせて」
すると急に、別の声色が彼の耳元で囁かれる。
「エレン……? って、確かこの国に密入国した連中のひとりだよな? そいつに会せればいいのか?!」ケンジは彼女を引き剥がして顔を見つめたが、すでにアスカは意識を失っていた。「魔法医のエレン、か……」
ケンジはすくっと立ち上がり、アスカを抱きかかえて医務室を出た。
その頃、エレンとウォルターは反乱軍と共に首都への街道を馬で進んでいた。到着は2日後を予定し、そこからエレンとウォルターは新型兵器の向上へ潜入し、反乱軍は陽動作戦を実行する予定であった。
「ロザリアさんとスカーレットさんが無事ならいいんですけど……」エレンは馬に揺られながら2人の身を案じ、溜息を吐く。
「あの2人なら大丈夫です。心配すべきは2日後の作戦でしょう。あの2人と合流できなければ、我々2人で実行しなければなりません。果たして……」
そんなウォルターの隣にサブロウが並走する。
「上手くいかない場合の事は聞きたくない。絶対に成功させるぞ! だが、軍の士気を高めたい。何か他に策はないのか?」
「あぁ、それなら安心して下さい。ちゃあんとプランはありますから」
「ほぅ、それは何かな? 詳しく聞かせてくれ」
「あぁっと、それは秘密です! 今は話せません。しかし、必勝の策である事に違いはありません! 安心して下さい」と、エレンは笑顔で応える。
「そうか……ふぅむ」サブロウは納得でき無さそうな顔で傾き、彼らから離れた。
「エレンさん、あまり話さないで下さいね。司令から口止めされているでしょう?」
「はい、ごめんなさい」エレンは口を横に結び、正面に構えて手綱を振るった。
首都の外れにある河原では、今まさにスカーレットとヨーコが激しく火花を散らして戦っていた。互いの間合いを測り、じりじりと近づいては牽制する様に属性魔法を飛ばす。近くでは2人の戦いの激しさに応えるように川の流れが激しくなっていた。
「昨日よりマシになったじゃん? 私の見立て通りね!」と、ウォーターロッドの節を切り離して水魔法で操り、勢いよく振り回す。変幻自在の棍の先はヌンチャクの様に高速で舞い、地面を擦って小石を巻き上げる。
「一度見た技ぐらいは覚えるよ!」
「覚えるぐらいじゃ、私の技は見切れないわ!」と、本格的にウォーターロッドに殺気を込めて振り乱し、スカーレット目掛けて振るう。
「どうかな?!」と、ヨーコの連撃を軽々と避け、ガントレットで受け、間合いを詰めて回し蹴りを放つ。昨日までは一歩も近づけず、成す術もなく喰らっていたが、今日は違った。
「何?」回し蹴りをギリギリで避けるが、次の掌底を腹に喰らい、勢いよく吹き飛ばされる。「がはっ!!」
「さぁ、続けようよ! 楽しくなってきた!」
「調子に乗るな!!」と、更に高速でウォーターロッドを振り回して襲い掛かる。
しかし、眼にも止まらない棍の先はスカーレットを捕える事はなく、空を斬り裂くだけであった。
「馬鹿な!! こんな簡単に躱せる筈がない!!」
「種を教えてあげようか? 私もフェアに戦いたいからね!」
「種?」
「そういう武器を操る者を相手にする場合は、得物の先を見るのではなく、操る手元に集中するの。そうすれば、避けるのは容易なんだよ!」と、飛び交う棍を避けながら飛び蹴りを放つ。ヨーコは棍を元の一本に戻して受け、また勢いよく下がる。
「ぐっ……私が押されている……でも……」
「でも?」スカーレットは片眉を上げながら聞き返す。
「久々に面白い!! 戦いはこうでなきゃ!! もっとだ! もっと魅せて!!」
「そうこなk」スカーレットが一歩前に出ようとした瞬間、彼女の肩を灼熱の何かが殴りつける。「ぐぁっ!」肩には小さな黒い穴が開き、煙が立ち上っていた。
「なに?」異変に気が付き、振り向くヨーコ。
そこには4人のパワードスーツを着た兵を連れたドンオウが立っていた。兵たちは皆、エレメンタルガンを構えており、ひとりの銃口から煙が立ち上っていた。
「ご苦労だったな、ヨーコ。あとは任せろ」
「あとは任せろ、ですって? 冗談じゃない!!」
「撃て」ドンオウが容赦なく言い放つと、兵たちは一斉に引き金を引き、ブラスターから熱線を撃ち出す。
「ぐあぁぁぁぁぁぁっ!!」2発は雷の魔障壁で防いだが、もう2発が太腿と脇腹を貫通し、地面に転がる。傷口は灼熱で焼かれ、鋭い熱さがスカーレットを襲う。
「エンジャといいお前といい、余計な真似をするな!! これは私の戦いだ!!」ヨーコは激高しながらドンオウに詰め寄ったが、彼は彼女を押しのけ、スカーレットに近づいた。
「戦い以前に任務であり、ゼオの命令だ。お前こそ俺の邪魔をするな。それともうひとつ……」と、ドンオウは巨大な手で彼女の頭をむんずと掴み、目線まで持ち上げる。
「もうひとつ?」
「また暴れられると困るから、再起不能にしろ、と。手違いで殺しても構わんとさ。生きている様に見せかけて処刑する事も可能だ」ドンオウは掴んだ手に魔力を込め、小刻みに震わせる。
「まさかっ!!」彼が何をしようとしているのか気付き、顔を真っ青にするヨーコ。
次の瞬間、スカーレットを中心に轟音と地響きが鳴り響き、木の幹がへし折れるような音が連続で鳴った。それと同時に彼女の身体はビクンと震え、傷口から思い出した様に出血した。
「グランドクロー……殺す気満々じゃないの……」スカーレットは表情を歪めて呆れた様にため息を吐いた。彼の放つ技は、大地使いの魔法であった。本来なら大地に向かって打つべき地震を引き起こす魔法を人体に向けて放ち、超振動で肉体を破壊する代物であった。
「ん? 手応えが妙だな」片眉を上げて首を傾げるドンオウ。スカーレットは震えた両手で彼の腕を掴み、淡く放電していた。
彼は容赦なくもう一発グランドクローを撃ち込む。彼女の目、耳、鼻から血が噴き出て、彼のメイルを汚す。震えた左手がカクリと力無く落ちるが、右手はまだ力強く握っていた。
「大した女だ」と、鼻で笑うが、指の間から彼女の視線を感じ取り、殺気を目で受け止める。「まだ意地を張るか」
ドンオウは三度腕に魔力を込め、先程よりも勢いよくグランドクローを放つ。次の瞬間、バギンっという音と共にスカーレットは白目を剥き、失禁しながら力なく右腕を落とした。大量の血が滴り、ドンオウは何か敗北感を感じながら彼女を川の近くへ捨てた。
「あんたが3発も撃つなんて……」ヨーコは彼の行いにドン引きしながら呟く。普段の彼なら一撃で仕留めていた。
「やっとくたばったか……こいつ、雷魔法で頭部を守り、更に俺の腕に電流を流して威力を10分の1に抑えやがった……大した女だ」と、メイルに付いた返り血を川で洗いながら、倒れたスカーレットを忌々しそうに睨んだ。
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