65.副指令のお仕事

 アリシアらを見送った後、エディは早速行動を始めた。彼は昨夜の様に城へは向かわず、城下町の路地裏へと入り込んだ。

 この城下町にもグレーボン首都の様なブラックマーケットが存在しており、既に彼はそこの下調べを終わらせていた。

「よ、来たぜ」と、朝から開いている酒場へと脚を運び、そこで濃く香り立つウィスキーを傾ける男の正面に座った。その者は小柄であったが、この店で一番の権力を持った者であると一発でわかる程の気配を醸しだしていた。

「討魔団の副指令、エディ・スモーキンマン。美味い話があると言ったがどんな味の話だ?」と、彼の前にグラスを置き、ウィスキーを並々と注ぐ。

「甘くは無いのは確かだ。あんたは王の黒い噂をいくつもせき止めている。それらをすこぉし、漏らして頂きたい」と、グラスを手に取る。

「少し漏らす。それだけで国民がどれだけ混乱するか……軍に知られれば、クーデターが起きるかもな。国は二つに分かれ、同盟どころではなくなるな」

「そうなる前に手を打つと約束しよう。我々が欲しいのは、混乱と反乱の前兆だ。王に揺さぶりをかけ、交渉しやすくしたいだけなんでね」

「そう上手く行くのか? この国の混乱は、俺たちも困るのだがな……」と、指を鳴らす。すると、エディの背後に屈強な身体をした者らが5人ほど構え、指を鳴らした。

 この男はジョルジと言う名の情報屋上がりのボスであった。大臣と深くつながり、城内のスキャンダルを外へ漏れないように情報を管理している裏城下町のボスであった。彼がせき止める情報は過去十数年にも及び、そのどれもが国民に知られては一大事な内容であった。

 悪夢龍をあえて国内で暴れさせ、データを採取していた、という物も彼がせき止めていた。

「大臣とはいい関係を築き上げ、俺らはいい商売をさせて貰っているし、このままでも満足なんだが?」と、片眉を上げる。

「俺らが出す良い話と言うのは……現状維持が出来る様にする、というモノだ。金をチラつかせてもあんたらは動かないというのは既に知っている」背後から立ち上る殺気には目もくれず、グラスの中身を飲み下す。

「現状維持?」

「俺らのボスの上にいる人は、恐らくこの国の裏で行われている事は殆ど知っている。しびれを切らしたら、きっとこの国を潰しにかかるだろう。そうなれば、この国の背後にいる魔王も手を引き、バンガルドは周囲の国に領土を引き裂かれる事になる。そうなれば、あんたらの今の生活はゼロの振り出しに戻るな」

「その上にいる者、とは?」

「ククリス、シャルル・ポンド」

「……噂通り、お前らは魔王に負けない後ろ盾を持っている様だな」と、ジョルジは指で合図をし、エディの背後に立たせた者らを引かせた。

「どちらかと言えば、厄介な上司かな? で、受けて貰えるか?」

「報酬は現状維持だけなのか?」と、片眉を上げる。

「もちろん、おまけはいくつも付くぞ。俺のボスと握手が出来るし、あんたのこの国での影響力は今よりも大きくなる。商売ももっと大きく手広くできるだろうな」

「……成る程」ジョルジはグラスにまた酒を並々と注ぎ、一気に飲み干した。

「交渉成立か?」

「いいだろう。だが、国民へ動揺を与え、混乱の一歩手前までだ。大混乱へ発展する前に終わらせろ。それが条件だ」

「もちろん。こちらも大混乱までは望まないよ」と、エディはニヤリと笑いながら酒を呑み干した。



 その頃、アリシア達は悪夢龍を探しに再び東へと向かった。アリシアはドラゴンの放つ風を感じ取り、羅針盤には目もくれず、自分の感覚のままに奔った。

「ドラゴンはまた形態を変化させているみたいね……前より小さくなった? 貴方が戦った時には何メートルぐらいでしたか?」と、リノラースに訪ねる。

「30メートル前後だったか……この僕が叩き尽しても、潰す事の出来ない生き物は初めてだった」と、己の拳を見つめながら答える。

「もっと縮んでいるみたいね……また16メートルぐらいになっている。この進化は……」

「無駄なモノを廃しているんじゃないのか?」何かに気付いたのか、ケビンが口にする。

「その通り。身体に本当に必要なモノだけを残し、身軽且つ素早く、牙も爪も鋭く、更に鱗も筋肉も洗練されている……」と、目を瞑りながら口にするアリシア。

「なぜそこまでわかるんだ?」リノラースは不思議そうに尋ねた。

「ドラゴンが今、光の中にいるから……光があたしに教えてくれるし、見えるの」

「流石、クラス4の光使いだな」

 しばらくして3人は脚を止め、周囲を見渡せる山へと登った。山頂からは何か異変を感じ取ったのか、アリシアは素早く奔って向かった。

「山の生き物たちが怯えている……これが原因か」と、鼻をピクピクと動かし、その先から臭う禍々しい物体を目に映す。

 そこには悪夢龍が脱皮したと思われる殻が乱雑に散らばっていた。その周囲数十メートルはどんな生き物も近寄らなかった。

「殻が分厚いけど、素材には使えないな……って、こんなモノまで使いたくはないな」と、殻に手を触れる。それには悪夢龍に施された呪術が未だに残っていた。

「どうだ、アリシアさん? 手掛かりは?」遅れて到着したケビンが様子をみて、鼻を抑えながら苦々しそうな顔を覗かせる。周囲には瘴気とは違う闇の残り香が漂い、空気を濁らせていた。

「人工と天然の呪術が混ざり合っている……ある意味、ケビンと似たり寄ったりね」

「こんなのと一緒にして欲しくないなぁ」

「ケビンの呪術式は果てしないから……でも、これは何とか解けそう、かな?」と、殻の内側に付着した液体を指で掬い取り、目を細めて眺める。

 そこへリノラースが到着し、苦み走った表情で拳を握る。

「自然が混乱している……動物たちを怯えさせやがって、全く!!」と、奥歯を鳴らして忌々しそうに悪夢龍の殻を睨み付ける。

「こんな事は、そろそろ終わらせないとね! 奴はここから更に東へ向かい、瘴気の地でお食事中かな?」

「おいおい、またあそこへ行くのか? もう勘弁だぜ?」と、ケビンは怯えた様に一歩下がり、両手を小さく振った。

「大丈夫、もう二度とあそこへは行かない。次にドラゴンがあの地から姿を見せた時が、最後の戦いだよ!」と、アリシアは目を奥を光らせながら東の地へ顔を向けた。



 悪夢龍はアリシアの予想通り、8メートル程に縮んでいた。ドラゴンと呼ぶには見る影もない姿に変わっていた。悪夢龍は直立歩行し、尾を地面に引き摺りながら歩行していた。周囲に漂う色濃い瘴気を胸一杯に吸い込み、満足そうに喉を鳴らす。翼を広げると、周囲に巨大な竜巻と真空波を作り出し、真っ黒な渦を立上らせた。

 そして、甲高い咆哮と共に一瞬で上空数百メートいるまで上昇した。その姿はドラゴンと言うより、禍々しい姿をした悪魔であった。



 エディは宿へ戻り、次の策の準備を始めていた。

 そんな彼の背中を見つめる芋虫姿のフィルは、何か話したそうに唸っていた。

「なんだよ、集中できないだろうが!」と、彼の猿轡を解く。

「集中じゃないだろうが!! 俺にも飯を食わせろ! 喉渇いたからコーヒーでも淹れてくれ!!」と、不満を爆発させながら大声で喚く。

「はいはいわかったわかった!!」と、エディは適当に朝食プレートを用意し、彼の前に差し出す。

「……拘束を解いてくれないか?」と、目を鋭くさせる。

 エディはスプーンでスクランブルエッグを掬い取り、彼の前に差し出す。

「おら、食え」

「っち、徹底してるっすねぇ!」と、差し出された卵を食べる。

「当たり前だ。お前はボスへの手土産だからな」

「で? 策はうまくいってるんっすかぁ?」

「まぁ、順調かな。上手く連中が乗ってくれれば、そのままトントンと進む。あとは、アリシア達がドラゴンを討伐できれば最高なんだが」と、もう一口食べさせる。

「あの化けものがそう簡単に倒せるとは思えないっすねぇ。もう直ぐ最終段階へ進化するだろうし」と、何かを知っている様に口にするフィル。

「それは?」

「何度か実験を繰り返すうちに分かったことがあるんっすよ。化け物と成っても、結局はあるべき姿へ戻る」

「なんだと?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る