58.大地の賢者、立つ

「そうか、ワルベルトは相変わらずか」鉄仮面を脱いだハーヴェイは、ディメンズと向き合って酒を傾けていた。彼らは城下町の建物の屋上にいた。

「あぁ。あいつはナイアと組んで、色々と企んでいるよ。あいつらが一番、魔王討伐を真剣に考えているからな」と、一口でグラスの中身を飲み干し、もう一杯注ぐ。

「だろうな。ナイアはあぁ見えて、アリシア以上に無茶をやらかす女だ。お前が守ってやれよ」と、彼の背を小突く。

「あいつはひとりの方がいいって毎回言うからな……俺以上に気配を消すのが上手いヤツだ。それより、お前の顔だが……」と、彼の顔をマジマジと覗き込む。

「……なんだ、ジロジロと」

「お前ってそういう顔していたんだな……まともに見た事がなかったし、見てもその……」

「ひでぇ傷だったからな。新しい肉体を得てよかったのは、この顔がまともになった事だけだ。見返りに、色々と使いっぱしりをやらされているがな」と、熱い酒を一気に飲み干す。

「で、お前の仕事っていうのは……?」

「そこはアリシアと同じだろう。魔王を倒せってな」

「ならまた、俺らと行動を共にしないか?」ディメンズは彼のグラスに酒を注ぎながら向き直る。

「断る。俺は俺で動いているんだ。ごちそうさん」と、呑み終わったグラスを彼に返し、ハーヴェイはすくっと立ち上がった。

「変わらないな、お前。ナイアと同じで、出会ったり別れたりだ」昔を思い出す様に笑うディメンズ。

「だが、あの頃とは違う。少しだけな」と、ハーヴェイは鉄仮面を深く被り、闇夜へ溶ける様に姿を消した。

「また会おうぜ、相棒。さて、俺も戻るか」と、酒を片付け、彼も反対方向の闇へと消えて行った。



 数日後、バンガルド国に大地の賢者リノラースが降り立つ。彼は今迄、西大陸のククリスにて様々な会議に出席していたが、それら全てを中断してここに飛んできたのであった。

 彼は早速、バンガルド国王に挨拶をし、悪夢龍の討伐を約束する。王はエディたち討魔軍に失望した事をグチグチと口にし、自国の被害について嘆き、そしてリノラースの大きな手を取って「頼む」と、懇願した。

 その後、彼はエディらが泊まる宿へと向かい、部屋のドアを大きくノックする。その声に返答したのはアリシアだった。

「は~い。って、デカッ」と、目を丸くして見上げる。

「君は……? エディ副指令はここだと聞いたが……入ってもよろしいかな?」と、柔らかい表情で彼女の目を見て笑う。

「すっごい魔力……もしかして、賢者さん?」アリシアは彼の目の奥で揺らめく凄まじい魔力を感じ取り、ただ者でないと感じ取る。

「ほぉ、わかるのか……そう言う君は、クラス4の光使いか。僕と相性が良さそうだ」と、部屋へ足を踏み入れる。

「大地使い……賢者……って事はリノラース・ヒュージウッドさん!」アリシアは驚きを隠せないような顔で彼をソファーへ案内し、茶の用意を始める。

 しばらくしてエディが外から戻ってくる。彼は騎士団長の会議に出席し、とことん嫌味を聞かされて、頭が煮えたぎっていた。

「アリシア!! 精神安定のヒールウォーターで淹れた茶を! 頼む……ん? この気配は……まじか」賢者に気が付き、一瞬で頭を切り替える。

 それと同時にヴレイズとロザリアも戻ってくる。彼らは城下町の外れで魔力循環の修行と接近戦の試合を行っていた。

「ヴレイズ殿にはやはり勝てないな……だが、いずれ近づいてみせる」と、拳をゆっくりと力強く握る。

「貴女は十分強いさ。あとは……ん?」と、彼も賢者の漏らす僅かな気配に気が付き、髪の毛を逆立てる。

「……この気配は、リノラース殿!!」彼と手合わせした経験のある彼女も気が付き、足早に部屋に入る。

 エディは2人に隣の部屋で待つように合図したが、リノラースは同じ部屋にいるように頼み、本題を始めた。

「酷い事になったな。瘴気の大地から闇の巨大龍か……一息で砦を消し飛ばしたとか……王が君たちを悪く言っていた。責任は君たちにある、と」と、差し出された茶を啜り、頬を緩める。「美味いな」アリシアの方を見て会釈をする。

「でしょうな。まぁ、事実は事実だ。目の前で指を咥えている事しか出来ませんでしたから」エディは苦そうに答える。

「しかし、侵攻を食い止めた。たったの5人で。君たちがいなければ、この国は今頃、取り返しがつかない程に攻め入られていた事だろう」

「そう言っていただけるとありがたいですね」と、エディはここ数日ぶりに褒め言葉を聞き、目を潤ませた。

「次の侵攻の時は、僕も手伝おう。なんでも言ってくれ」

「心強いな。で、早速だが」と、エディは今までに得た悪夢龍のデータを彼に手渡す。それら全てはアリシアが纏め上げたモノであった。

「成る程分かった。で、この龍の次なる行動は予測できているのかな?」と、アリシアの方を見る。

「あいつの心臓を破壊したけど、死にはしなかった。でも、重症には違いないわ。きっと、また瘴気をたっぷり吸い込んで、獲物を喰い、また身体を大きくして戻ってくる筈」

「アレよりでかくなるのか?」ヴレイズは前のめりになって仰天する。

「少なくとも、アレより強力になるのは確かね。甲殻が固くなるか、素早く動くか、でかくなるか……兎に角、そのエネルギーを摂取できるのはこの瘴気の地しかない筈」と、バンガルド国の地図を広げる。そこには既にペンが入れられていた。

「で、次にその龍が襲う場所はわかるか?」

「今までこの龍は、6カ所の村や町を襲い、そこの住民を喰らっているわ。で、今度は城下町を襲い、その場で撃退。次にこの砦を襲った時には50メートル急に成長していたわ。多分、次にこの国に足を踏み入れる頃には、少なくともまた重い身体を引き摺ってやってくる筈。新鮮な肉を食べにね」と、南方面にあるゴブロ砦と北方面のアーザル砦にペンを入れる。

「次はここを狙う訳か」と、納得する様に頷くリノラース。

「そう言う事。で、この予想を口にしたら、ここの騎士団連中は大声で笑った。ついでに、あたしらが龍を追っ払ったって話は信じなかった。龍の気まぐれだろうって。で、もう一度この国に足を踏み入れたら、砦の最新型迎撃兵器で迎え撃つって……」呆れた様にアリシアはため息を吐き、茶を啜る。

 すると、今度はエディが前のめりになって口を開く。

「ここの連中は、正直、龍にはあまり関わりたくないんだ。俺たちが完璧にしくじるのを期待している。そうして、グレーボンに攻め入る口実を得て、とっとと戦争を始めたいのが本音らしい」エディは騎士団長らの心中を見抜いていた。彼らは王の一言があれば、すぐさま砦から出撃し、グレーボン国へ攻め入る気満々でいた。

「つまり、次に俺らがしくじったら……ラスティーの策も、すべてパァになるって事か?」ヴレイズは乾いた笑いを漏らす。

「連中の頭がどうしようもなくパァだな」ロザリアはつい滑らせ、口を横へ結ぶ。

「この国がパァになる前に急ぐ必要がありそうね」と、アリシアは腰を上げた。



 その後、リノラースは北へ、エディらは南の砦へと目指して出発した。

 次の日の夜、キャンプで再び作戦会議を行い、悪夢龍との戦いへの準備を進めた。アリシアは即席フラッシュグレネードを10発ほど作り、更に矢先に光の呪術を施す。

「あんなデカブツに通用するのか? これ」ヴレイズはグレネードを片手に肩を竦める。

「見た目はこんなだけど、怯ませるだけの威力はあるわ。矢は……ま、お守り替わりかな」と、アリシアはナイフを研ぎ始める。

「今回の作戦にははケビン殿がいない……代わりに私が戦うが、どれだけ役に立てるか」ロザリアも大剣を磨きながら口にし、目を閉じる。

「リノラースさんはひとりで大丈夫なのかな? 砦の兵らがいるから大丈夫とか言っていたけど……」不安そうにアリシアが首を傾げる。

「あの魔力……あの人ならひとりで撃退できそうだ。だが、倒せるかどうかは……」と、ヴレイズも不安そうにため息を吐いた。



 その頃、北のアーザル砦のある地方は地震の様に大きく揺れていた。瘴気の大地より更に大きくなった悪夢龍が真っ黒な吐息を吐きながら一歩一歩踏みしめながら砦へ近づいていた。

 それを視界に捉えたリノラースは組んでいた腕を大きく広げ、全身に魔力を漲らせた。

「久々に暴れるか」

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