54.牙剥く闇
「で、こいつは何なんだ?」ヴレイズは正面で手を上げるフィルを目の前にしながら首を傾げる。
「俺はただ、向こうにクソデカいモンスターがいるから、それを見ていただけだ! それがいけない事か?」
そこへニックが現れ、遠慮なくフィルの鞄へ手を突っ込む。
「あ、こいつ!」
「こいつは、黒勇隊諜報部だ。髪色からして、フィルだな? 主任のボーンは出世しているか?」と、ニックは彼らを知るような口ぶりをして見せる。
「……なんだ、知っているのか……厄介な連中に捕まっちまったっすねぇ~」と、彼は観念した様にその場に座り込む。
「副指令を舐めるなよ。んで、目的はあの怪物のサンプル集めか?」と、鞄の中にあるガラス瓶を覗く。その中には悪夢龍の鱗欠片や血液、体液などが入っていた。
「まぁな。返してくれよ、それ」
「どうかな? ウチのボス次第だな。で、命じたのはヴァイリーか。あれはあいつの作品だな?」と、鞄の中の書類に目を通し、それらを失敬する。
「ちっ……それは燃やしておくべきだったな」
「注意不足だったな。これは頂いておくぞ」
「それより、あの光使い。アリシアは何処に行ったんすかぁ? 彼女、アレでしょ。ナイアさんの娘さんでしょ?」と、手を上げたまま口にし、皆の顔色を伺う。
「知っているのか?」ニックは片眉を上げながら彼に詰め寄る。
「まぁな。ナイアさんとは……まぁいいや。で、アリシアはどこだ? 一緒にドラゴンと戦っていただろう?」
「今はあの瘴気の地だ。そこでドラゴンの痕跡を辿っている」ヴレイズが腕を組みながら答え、フィルの捉えようのない目を見る。
「じゃあ、もう死んだも同然っすねぇ……」
フィルは残念そうに口にし、深い溜息を吐いた。
「な、それはどういう意味だ?!」ヴレイズは彼の胸倉を掴み、無理やり立たせる。
「あそこは、ただの瘴気ただよう暗黒の大地じゃないってことっすよ」
その頃、アリシアとケビンはヨロヨロと瘴気の大地から出ようと息を整えながら歩いていた。彼女の光魔法で肉体を蝕んでいた闇を取り除いたが、それでも疲労は凄まじく、高速で奔る事は出来なかった。
「少し休めればいいんだけど……こんな所じゃロクに休めないね」苦しそうに口にしながら立ち止まり、その場に座り込むアリシア。この場は瘴気の暗黒雲が上空を覆い、黒い稲妻が大地を叩き、真っ黒な突風が吹き荒れていた。
「肉体が疲労しているだけなら、ここまで疲れない……きっと心にも作用しているんだろうな。いくら俺でも、ここまで疲弊するのは初めてだ」と、ケビンも疲れ果てた様に頭を押さえる。
「ちょっと奥まで進み過ぎたね……でも、収穫はデカかった」
「で、どんな情報を収穫できたんだ?」
「……魔王になる前の魔王と、あたしの父さんの事……この国が滅んだ時の状況。本当はここで何が起こったのか……分かった事は、魔王も結局は人間であり……つけ入る隙はあるって事。これをラスティーに話せば、いい策が思いつく筈だよ。グレイスタンの時の様にね」と、表情を青くさせながらも微笑む。
「そうか……だが、あの時のアリシアさんは、一体……」ケビンは闇に呑まれたアリシアを思い出し、苦そうな顔を浮かべる。
「……あれは忘れてくれる? 闇は人の本能を……って、アレがあたしの……うぅん」
「と、いうより……アレは俺から見れば、その……自暴自棄になっていたようにも見えたな……全てがどうでもよくなっているって感じだった」
「……忘れて……さ、早く帰ろう。ヴレイズ達がきっと心配しているよ」と、ヨロヨロ立ち上がり、脚を勧める。
「いいや、お前たちは生かしてはおかない」
すると、彼女らの遥か後方から声が響く。そにはひとりのダークグールが立っていた。
「なんだぁ?」片眉を上げながら振り向くケビン。
「今の声……まさか」一気に表情を凍らせ、脚を震わせるアリシア。
そのダークグールは全身が腐敗し、今にも崩れ落ちそうな見た目をしていた。が、周囲の瘴気がダークグールへと集まっていき、全身が真っ黒に染まる。次第に猫背だった背筋がピンと伸び、両腕を背中で組む。
「そんな、嘘でしょ?」目を丸くし、唾をゴクリと飲み込む。
ダークグールの顔はなんと、魔王の顔を象り、にたりと笑った。
「ここはただの瘴気の大地ではない。我が国だ。そしてお前を待っていた。手掛かりを探しに来たお前、エリック・ヴァンガードの子……あいつの存在を許すわけにはいかん。ここでお前を始末する!」と、組んでいた腕を解く。
「ゴタクはまっぴらだ!」ケビンは一足飛びでダークグールの間合いへ入り込み、大剣で真っ二つに斬り裂く。
ダークグールは成す統べなく崩れ落ち、そのまま腐敗した肉は枯れ葉の様に消し飛ぶ。
「口だけのまやかしだ! とっととここから出るぞ! 走れるか?」
「う、うん……う?!」と、周囲を見回す。
いつの間にか、彼らの周囲はダークグールや魔獣で取り囲まれていた。更にダークグールの全てはナイトメアソルジャーの様な物々しい見た目をしており、魔獣らも目を真っ赤に染めて興奮状態にあった。
「成る程、確かに生かして帰さないって感じだ。だが、こいつ等を蹴散らすぐらい……」と、ケビンは手に唾を吐き、大剣を力強く握り込んで構える。
「逃げに徹するよ……全員を相手にしていたらキリがない」アリシアも魔力循環を高速化させ、手の中に光球を作る。
すると、彼らの足元がぐにゃりとうねり、闇の泥濘が脚に絡みつく。
「な! まずい!!」と、すぐさまアリシアは光魔法で自分とケビンに絡みついた闇泥濘を振り払う。
それが一手遅れる原因となり、敵が間合いへ入り込む隙を作ってしまう。
「ずぅおぅりゃぁぁぁぁぁ!!」ケビンは飛びかかって来たダークグールらを大剣で薙ぎ払う。ダークグールらは真っ二つになりながら血の代りに闇の霧を吹きだし、それが光のオーラを掻き消す。
「ヤバい!!」
「このぉ!!」アリシアは全身から光を放ち、すぐさま光のオーラで2人を守る。更に弱いながらもフラッシュブラストを放ち、正面で大口を開いていた魔獣に直撃させる。
しかし、このダークグールらは魔王の意志によって操られているだけあって連携が取れており、2人の隙を突くような機敏な動きで詰め寄り、雑菌と呪術で汚れた爪と牙で2人の急所を狙っていた。
更に、ダークグールと魔獣は2人目掛けて相当数が押し寄せていた。
その上、瘴気の突風が襲い掛かり、ぬかるんだ大地がうねり狂う。
「くそ、このままじゃ……呑み込まれる!!」流石に不利な状況が過ぎる為、ケビンも弱った表情を覗かせながらもアリシアを庇う様に立ち回る。
「よぉし、こうなったら!!」と、アリシアは彼の襟首を掴み、光の波動を吹き上がらせて勢いよく上昇する。迫りくる魔王の兵隊らから空へと逃れ、そのまま西の方角へと飛び去る。
「最初からこうすればよかったかな……でも、かなり疲れるんだよね……」と、更に青い表情を見せる。疲れているのは事実な様子で、光の波動が弱まっており、勢いが衰えていた。
「だが、このまま飛べばもうすぐ……」と、ケビンが口にした瞬間、暗雲が吠える。
アリシアがその方へと向き直った瞬間、暗雲から闇の雷が炸裂し、彼女に直撃する。一気に2人の光のオーラは消し飛び、瘴気が容赦なく襲い掛かる。
「アリシアさん!!!」彼女の盾になり損ね、狼狽したケビンがアリシアを揺さぶる。
彼女は白目を剥き、口から煙を吐き、全身からは魔力はおろか力も抜け落ち、心音も弱まっていた。
そのまま高度を下げ、ケビンは彼女を抱きかかえて着地をする。
「おい! おい!! くそぉ!!」と、彼はアリシアの胸を強く叩く。
「ぐはっ!! ごは! けほっけほっ!!」意識を取り戻し、急いで上体を起こそうと構えるも、全身を暗黒の稲妻が未だに駆け巡っており、身じろぐことも出来ていなかった。
「大丈夫か? んぐっ……うぅ……」と、ケビンは頭を押さえ、身体の奥底から立ち上る欲望を無理やり押さえ込む。彼ら2人は再び瘴気に侵され始めていた。
「ぐ……い、今……光を」と、アリシアは無理やり腕を動かし、彼の闇を払おうとする。
「いや……これは君自身に使うんだ。俺は……」と、瞳を真っ赤に染めながら、東の方角から迫りくるダークグールらへ殺気を向けた。
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