50.禍々しき悪夢龍

 オラルオン砦が漆黒の大爆発によって消し飛ぶ10分前。

 この砦の司令官であるバンガルド国の騎士団長は、遠い目で腕を組みながら瘴気の大地である元ランペリア国を眺めていた。その瘴気は色濃く立ち込め、薄ぼんやりとしか見えなかった。

「悍ましい大地だ……よいか! ドラゴンが現れるとしたら、再びここからだ! 前回はこの砦上空を通過したのだ! この失態は二度と繰り返してはならん!」と、騎士団長は砦内に声を響かせ、腕を掲げる。

 同時に、ラスティーのお陰で仕入れる事の出来た大型連射バリスタとエレメンタルキャノンを瘴気の大地へ向け、蠢く影へ向かって銃口を向ける。

「いいか、空を見ろ! 奴は大翼で空を駆ける化け物だ!!」

 次の瞬間、大地が小刻みに揺れる。カップに注がれた茶が次第に激しく揺れて零れる。

「何事だ? 地震か?!」

「砦前方に巨大な影!! お、大きいです!!」と、隊長が敬礼と共に現れる。彼はそれを目にしたのか、大汗を掻き、奥歯を鳴らしていた。

「何? ドラゴンは全長16メートルと聞いたが? 確かに大きいが……」

「いえ! それどころではありません!! と、兎に角、双眼鏡でご確認を!!」

「無様に慌ておって……どれ」と、指令室の窓から双眼鏡で指の刺す方角を見る。

 その先には、瘴気でシルエットのみであったが、16メートルどころではない巨影が身体を揺らしながら砦目掛けて近づいていた。

「な、なんだぁ? あれは……」

 それはドラゴンと呼ぶには余りにも変わり果てていた。鱗や甲殻は火山岩の様にゴツゴツとしており、岩と岩の隙間は呼吸する様に紫色に輝いていた。尾は果てしなく続く道の様に長く、脚は巨塔の様に太かった。腕も不気味にダランと長く、爪は地面を擦っていた。

 大空を駆ける為の翼は肥大化し、長い腕へと変わっていた。その腕を使い、ドラゴンは地面を抉りながら歩き、ゆったりとした動きで大きく前進していた。

 そしてその顔はドラゴンの面影を残していたが、口は以前よりも大きく裂け、大牙の隙間から真っ黒な涎と瘴気を吐き出していた。目を真っ赤に輝かせ、何か獲物を探す様にギョロつかせていた。

 ドラゴンがバンガルド国に前脚をつくと、緑色の草原は腐り果て、大地は黒く染まり、瘴気が覆い尽くした。

「おい、あいつまさか……この大地を瘴気で覆い尽くすつもりか?! させるな!! 戦闘開始!!」と、慌てて声を荒げた瞬間、待っていたと言わんばかりに砦の兵器が一斉に火を噴く。連射バリスタの矢が無数に飛び、エレメンタルキャノンの大型貫通弾が怪物の胸にめり込む。

 しかし、怪物は手足を止めることなく前進を続け、あっという間に砦の壁へ取り付く。

「なんだ!! 一体何をする気だ!! 諦めずに攻撃を続けろぉ!!」余りにも強大な怪物を目の前にし、騎士団長は恐怖で慌てながらも指揮を執り続ける。

 兵たちは恐怖で逃げ出す者もいたが、残った者は果敢に兵器で攻撃を続け、またある者は怪物の大腕に向かって近づき、槍で刺突した。

 が、怪物の一息で砦中に闇の瘴気が立ち込め、兵たちを覆い尽くした。堪らず皆、悲鳴と共に地面へ転がり、ある者は苦しみ、またある者は目を血走らせ天目掛けて吠えた。

「な……一体これは……」司令官室に素早く逃げ込み、辛くも瘴気から逃れた騎士団長は、目を泳がせながら外の光景に表情を強張らせる。

 すると、怪物の大口から色濃い瘴気が吐き出され、もくもくと砦を覆い尽くす。ひとしきり吐き終わると、喉の奥が紫色に光る。

 その瞬間、真っ黒な大爆発と共に砦が跡形もなく消し飛ぶ。瘴気が周囲に衝撃波となって広がる。遠くから見ると真っ黒なオーラが広がって見えた。



「瘴気が広がっている……このままじゃ、バンガルド国だけじゃない……南大陸全土が覆われる!!」状況を把握したアリシアは冷や汗と共に双眼鏡を降ろし、奥歯を鳴らす。

「ヤバいじゃないか!! 早く止めなきゃ!!」と、ヴレイズは今にも飛び出しそうな姿勢を見せる。が、アリシアが前に立って止める。

「だめ! まずは観察をして戦力を計らなきゃ!! あたしは今迄、16メートル級のドラゴンを相手にした狩りの方法を考えていたけど、プランAからEまで全部頓挫した! また練り直さなきゃ!!」

「でも、そんな時間はないだろ!? 見ろ! また動き出した! あの図体だと、数分で……」

「わかってる! 今、分析する!」と、再び双眼鏡を覗き込む。

 すると、そんな彼女の前にケビンとロザリアがふわりと降り立つ。彼らに抱えられたエディも着地し、その場に座り込む。

「話が違うじゃないか……あんな巨大な化け物相手だったら、5人では無理だな」と、頭を掻きながらため息を吐く。

「あんな生き物がこの世界にいるとは、長生きするもんだな」と、ケビンは口笛を吹きながら腕を組む。

「悠長にしている場合ではない。あんなのを放っておけば、1週間でこの国は滅ぶぞ」と、ロザリアは大剣を掴みながら目を鋭くさせる。

「1週間も持たないね。瘴気を無限にばら撒き、闇の破壊魔法が如き大爆発をさせるあの爆炎……まるで魔王の力ね」と、アリシアは双眼鏡から目を離す。

「30か? 35メートルか? かなり大きいな……」と、エディも双眼鏡を片手に表情を歪ませる。

「50よ。あの図体のせいで飛行能力は無くなっているみたいね……」アリシアは冷静さを保ちながら慎重に観察を続ける。

「で、どうする。一旦首都へ退いて策を練るのか? それとも……」と、ヴレイズは急かす様に口にしながらも、いつでも行けるように準備を進める。

「……大きさだけじゃ、策を練るのは無理ね……こうなったらあたしが少し触れてくる」と、ヴレイズの肩を掴んで制止し、魔力を高める。

「待て、アリシアひとりで行く気か? 無茶だ!」

「でも、あの瘴気に対抗できるのはあたしの光だけだよ? 大丈夫。少し触れるだけだから」

 しかし、ヴレイズは引き下がらずに魔力を高めていく。

「なぁ、炎のベールみたいに、光のベールで俺を包んで、瘴気から身を守る事は出来ないのか?」

「出来るけど、ベールが剥がされたらどうなるか分かってる? 少しでも瘴気に晒されれば……例えあたしが光魔法で解呪しても、後遺症が残る可能性がある。それでもやるの?」


「当たり前だろ?」


 ヴレイズは頼もしく微笑んで見せる。

「思い出すね。バースマウンテン火口最深部……立場は逆だけど」と、アリシアは彼の身体を光のベールで包み込んだ。

「おいズルいぞ! 俺にもそれをくれよ!」と、ケビンも前に出る。

「私もだ」ロザリアも負けじと前に出て、目を鋭く光らせる。

 すると、アリシアは何かを閃いたのか、ロザリアの前に立つ。

「貴女はエディと一緒に行動して! いざという時に対応できるようにお願い。あの化け物が何をするのかまだわからないからね!」

「……了解だ」と、ロザリアは大剣から手を離し、腕を組んだ。

「俺はなるべく、今回の戦いを記録し、このデータを本部へ送る。ラスティー司令には増援を送る様に進言しておく」と、エディは既にメモ帳に無数の文章を書き記していた。

「よろしく! じゃあ、行ってみようか!!」と、ケビンも光のオーラで包みこみ、3人は巨大な化け物へ向かって勇ましく跳んで行った。

 そんな彼女らを見送りながら、エディは頷いた。

「頼もしいな……死ぬなよ……」

「いざという時は……」と、ロザリアは脇に挿した魔刀蒼電に軽く触れ、鍔の部分を親指で押す。が、鞘からその刃が覗く事は無かった。「くそ……またか」



「でっかく育ったなぁ~ あれがかつての黒勇隊のレッドアイ隊長とは思えないな」ボルガルマウンテンから500メートル離れた丘の上に立った男が望遠鏡を覗き込みながら口笛を吹く。その者はヴァイリー・スカイクロウ博士からドラゴンを観察する様に命じられた、黒勇隊情報部のフィルであった。

「このまま、この大地を漆黒に染めるか? それとも、この国の連中がなんとかするか? どうやら、輸入した兵器を使っても砦を防衛出来なかったみたいだが……」と、跡形もなくなった砦跡地を目にする。

 すると、ボルガルマウンテンから3つの光が飛び立つのを目にし、そこへ望遠鏡を向ける。

「何者だ? あんなデカブツを相手にたった3人で? 賢者クラスじゃなきゃ無理だろぉ?」と、目を細める。

 光へ注目すると、そこでアリシアの横顔を目にして顔色を変える。

「あれはまさか……ナイアさんの娘の? こりゃあ、面白くなってきたな!」と、フィルはネクタイを緩めながら声を上げて笑った。


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