47.瘴気の国のドラゴン

 ヴレイズはドラゴンの熱線を吸い、肥大化させた赤熱右腕を凝縮させ、いつになく鋭くなった赤熱拳を構えた。

 ドラゴンの大口目掛けて鋭く飛び、前歯目掛けて拳を振り抜く。

 巨石が大地を抉るような轟音が響き、ドラゴンは思い切り仰け反らせる。鮮血が飛び散り、ヴレイズの顔面を汚す。更に体勢を崩し、大翼の動きが止まる。

「やはり頼りになるな、ヴレイズ!」と、ディメンズは引き金をひく。大型ボウガンの銃口が赤く光り、凄まじい音と共に弾丸が発射される。

 その弾は鋭くドラゴン目掛けて飛び、胸に着弾する。胸殻が弾け飛び、肉が飛び散って雨の様に血が大地に降り注ぐ。

 ドラゴンは咆哮と共に力なく落下し、地面に叩き付けられ、津波の様な土埃が周囲に広がる。

「すっげぇ弾だな……あのオッサン、とんでもないな……」ヴレイズは喜ぶよりも先に表情を引き攣らせ、ディメンズの放った弾丸の威力に恐々とする。

 大地に叩き伏せられたドラゴンは隙を見せない様にむくりと起き上り、悔し気な唸り声と共に再び大翼を羽ばたかせ、西の空へと飛んでいく。胸の傷は胸骨を露出させ、内臓が見える程に深かった。

「ドラゴンが……引いた?」兵士長は仰天しながら双眼鏡を覗き、得意げな顔をするラスティーを忌々しそうに横目で見た。「ぐぬぬ……」

「どうです? 王と謁見させてくれませんかね?」と、ラスティーはまた一歩にじり寄り、兵士長の悔し気な眼差しに自分の顔を映した。

 が、内心ラスティーも驚きを隠せずにいた。

 本当にドラゴンが存在した事にも驚いたが、それを撃退したヴレイズとディメンズの計り知れない実力にも仰天し、冷や汗を隠せずにいた。

「本当にスゲェよ……2人とも」



 その後、ヴレイズは王座へと1人で入って行き、ヴレイズとディメンズは客間で待たされた。

「なんで撃退した俺達がここで待たされるんだよ……」不服そうに頬を膨らませるヴレイズ。

「王様とヴレイズの密談だからな。1対1の謁見だ」と、ソファーに体重を預けながら煙草を咥え、火を付ける様に促す。

「それにしても、あの弾丸……あれなんだよ?! 一発でドラゴンをあんな風に……」

「アレはワルベルトが開発した自慢の一品だ。『賢者殺し』とも言える程の威力を秘めている」と、自慢げに煙を噴く。

「そんなのがあるなら、あの戦いでロキシーに撃てばよかったじゃないか」と、指を向けながら指摘する。

「あの弾丸には凄まじい魔力が込められている。その為、気配を察知しやすく、さらに弾がデカいから弾速も遅い。故に、あの場で撃っても叩き落とされるのがオチだ」

「成る程……」

「それに、あの戦いではロキシーを討ち取るのが目的ではなかったからな。必要以上に威力のある弾は必要なかった」

「色々考えているんだな……俺の頭じゃわかんねぇや。やっぱあんたはただモンじゃないな」と、懐からドラゴンの牙を取り出し、マジマジと見つめる。

「お前もな」



 ドラゴンは血と火炎を噴き散らしながら西の夜空へと飛び、やがて瘴気に包まれた大地へと転がる様に不時着する。

 この大地は元々、ラスティーの故郷であるランペリア国であった。18年前に魔王の攻撃に遭い、最後には国中を闇の瘴気で覆い尽くされてしまう。それ以来、この大地は人も動物も住めない不毛の大地となっていた。

 しかし、そんな大地には闇の瘴気に適応、進化を遂げた動物たちもいた。更に、逃げ遅れたランペリア国民の10分の1はダークグールとなり、死肉を食べて徘徊していた。

 このブラックドラゴンは、瘴気を胸一杯に吸い込みながらターゲットを探して回り、息を潜めていた化け物に襲い掛かり、一気にひと飲みにする。

 更に、血眼になって獲物に襲い掛かり、一心不乱になって血肉を貪る。

 すると、胸の大傷はみるみるうちに回復していき、更に身体が大きく成長していく。大翼は更に巨大に禍々しく成長し、手足も長く太くなる。脚を踏み鳴らすと、大地が揺れるだけでなく地割れが入り、小山が崩れる。

 それでもブラックドラゴンは捕食を止めず、周囲を逃げ惑う化け物たちを更に食い荒らしていった。



「で、何をしに来た? 強請りにでも来たのか?」バンガルド王は疲れた様な顔でため息交じりに口にした。彼は数日続くドラゴンの情報に神経をすり減らせ、この首都をドラゴンが攻めに来たと耳にした時には不整脈を連続させて生きた心地がしていなかった。

「とんでもない。俺はこの国を救いに来たんですよ」と、ラスティーは礼を取りながらも口にした。

「その言葉。そうやってこの国に恩を売る気だな?」

「その通りです。あのドラゴンにお困りでしょう? アレは我々に任せていただきたい。その為に……」と、懐から前もって用意していた契約書を取り出す。

「まてまてまて! その前に、話す事があるんじゃないのか?」バンガルド王はラスティーが話しそうな内容をあらかじめ予想してこの場に来ることを許可していた。が、予想外れの言葉が飛んできて面食らっていた。

「えぇ。俺もその話をする為にここへ来ました。が、それよりもあのドラゴンからこの国を救うのが先決だと思いまして……貴方も一刻も早くあのドラゴンをなんとかしたいでしょう?」と、ラスティーは一歩一歩、玉座へと近づく。

「う、うむ……」と、王は心をむず痒くさせる。

 この数日、この国の猛者をドラゴン退治や防衛に向かわせたが、その殆どが返り討ちに遭い、半数が殺されていた。

「そこで、これを見て下さ」と、契約書の他に要したリストを取り出し、王に手渡す。

「これは?」

「この国の防衛兵器を一新させる為のリストです。先ほど拝見しましたが、この城塞に取り付けられた兵器は旧世代のものですね」

「なんだと?! あれが古いだと?!」

「えぇ。現に1キロ先にいたドラゴンに大砲の弾が届いていませんでしたよ。俺の紹介でこの新型兵器が格安で手に入ります。なんなら、軍備の強化も……」

「なんだと?」と、興味の眼差しでそのリストに見入る。

「グレーボンとの諍いや西大陸との同盟……これらの前にやるべき事は明白。そして、我々にはドラゴンを退治できるだけの実力者が数多くいる。俺たちと契約してください」ラスティーは契約書を王へ差し出し、その内容を確認する様に促す。

「……どんなモノか呼んでやろう。話はそれからだ」と、王は身構えながら細々と書かれた契約書を読み進め始める。

 その内容はラスティーの討魔団にはバンガルド国内を好きに移動させ、施設を使用させる権利を与え、その代わりにドラゴンを退治し、その名誉をバンガルド国王軍に与えると言うモノであった。

「成る程。で、ドラゴン退治の後はどうするつもりだ?」と、王は慎重にラスティーを見据えた。彼は未だにグレーボンと手を組んで西大陸との同盟を結ぶつもりは無かった。

「どうやら、貴方の意志は固い様ですね。絶対にグレーボンとは組まないと……」

「無論だ」

「しかし、貴方は組むしかないんですよ。何故なら……」

「我々が魔王軍と組んだという証拠があり、それを材料に無理やり組ませるつもりか?」

「流石は聡明なバンガルド王。話が早い。しかし、正解は半分だけです」

「半分だけ? どういう意味だ?」

「貴方には、自分から魔王軍と手を組んだ事実をグレーボン……いや、西大陸の国々、更にはククリスにも告白して貰いたいのです」

「なんだとぉ?!! バカな!! そんな事をしてみろ!! 我が国は世界から孤立する!!」

「果たしてそうでしょうか? 魔王軍に手を組めと強要され、それを拒める国はどれ程あるでしょうか? あなた方は、手を組む契約をした。が、その力を利用せず他国を攻めなかった。その事実を告白すれば、この国が誠実である事が証明されるでしょう。そうなれば……あとはわかりますね?」と、ラスティーは不敵に微笑んだ。

「少なくともグレーボンやロックオーンよりも有利な条件で同盟に加われる……か?」片眉を上げながらラスティーの目を睨む。

「えぇ。俺からも力添えさせて頂きますよ。バンガルド王」

「そうやってグレーボンやロックオーンにも同じような事を吹くつもりか?」

「あの二カ国は魔王軍と手を組んだ事実はありませんから。それに、ドラゴンもいませんし」と、ラスティーは肩を揺らして笑った。

「いい様に言いおって。だが、乗らせて貰おう。お前の企みに……」バンガルド王はそう言いながら大臣にペンと蝋印を用意させた。

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