第281話 厄介事の余波

 アキラ達に商品を売り終わったカツラギ達はシェリルの拠点から帰ろうとしていた。カツラギが去り際にトレーラーの運転席からアキラに声を掛ける。

「お前を探して荒野を彷徨うろつく羽目にならなくて良かったぜ。まあ、頑張りな。……アキラ。死ぬなよ」

「……そっちもな。この辺、厳密には荒野らしいから、危ないぞ?」

「全くだ」

 軽く笑うアキラにカツラギは苦笑を返すと、トレーラーを発車させて去っていった。

 アキラが駐車場のシャッターを閉めて一息吐く。

(装備も更新できたし、弾薬の補充も済んだ。後は待つしかないか)

 襲撃されたら迎撃する。坂下重工から装備が届いたら状況次第で防壁内に乗り込む。そのいずれにしても自分が動けば早まるものではない以上、今は待つしかない。そう考えて無駄に焦らないように気を落ち着かせる。

 アルファはそのアキラの様子を見て不思議そうにしていた。

『アキラ。弾薬の補充を済ませて新装備まで調達できたのに、どうして難しい顔をしているの?』

『だって……、160億だぞ? 前金って言っても借金みたいなものだし、返せって言われても無理だしな』

 アキラも借りは出来るだけ返そうと思っている。勿論もちろん借りにも優先順位はあり、本人が借りだと認識している前提ではある。それでもアキラの中で160億オーラムの借りはかなり大きな借りだった。

『その辺りは、いずれシロウの依頼を完遂することで何とかしましょう』

『まあそうなんだけど、それが出来るようになるのも、いつになるか分からないからな。そういう借りを抱えてると思うと、俺も思うところはあるんだよ』

 現在の状況で背に腹は代えられない。そう考えてシロウから前金を引き出して高額の装備を購入したのだが、買った後に改めて考えると、少し早まったかと思う部分も出てきていた。

 アルファが笑ってアキラを気遣う。

『そこはアキラに後先を考える余裕が生まれたってことにしておきましょう。死んでしまえばその懸念も無意味になるわ。そうでしょう?』

『……、そうだな』

 それでアキラも気を楽にした。160億オーラムの借りを返せないかもしれない懸念を後で何とかするために、まずは生き残る。そう前向きに考えることにした。

『アキラ。それはそうと、ドランカムとレイナ達からそれぞれ直接会って話がしたいってメッセージが届いてるわ』

 アルファからそれぞれの話の概要を聞いたアキラは少し意外そうな顔をした後、直接話したいのであればここまで来るように返信を頼んだ。するとそのどちらからも、今から行く、とすぐに返事が来た。


 スラム街をドランカムの車両が進んでいる。乗員はドランカムの交渉人としてアキラに事態の説明をしなければならないアラベと、一応その護衛であるシカラベの二人だ。

 降って湧いた特大の厄介事に、アラベは助手席で深いめ息を吐いていた。

「500億オーラムの賞金首と交渉か……。全く、たかが一都市のハンター徒党がやることじゃないだろう」

 シカラベが苦笑を浮かべる。

「だがやらないといけないんだろ? カツヤの件でアキラとめないために、ハンターオフィスを介してまで和平を成立させたんだ。それをこっちから台無しにしたら、下手をすると徒党ごと消し飛ばされるぞ?」

「それはハンターオフィスにか? それともアキラにか?」

「どっちでも大して違いはないんじゃないか?」

 それを聞いたアラベは再び大きなめ息を吐いた。それは大して違いは無いという言葉を認めているのと同じだった。内心のにじんだ口調で愚痴を吐く。

「カツヤの件がこんなところまで尾を引いてくるとはな。あいつは生きてた頃も徒党を騒がせていたが、死んでからもこんな騒ぎを作るなんて、本当に面倒なやつだ」

「まあ仕方無いだろう。それにドランカムはカツヤのお陰でデカくなった部分も大きいんだ。そのツケを支払う時が来たって考えておこうぜ」

 シカラベがカツヤを認めているかのような発言をしたことに、アラベが意外そうな顔を浮かべる。

「お前がそういうことを言うとはな。あいつのこと、嫌ってただろう?」

「前にも言っただろう? 俺は私情で評価をゆがめるような無能じゃないんだ」

「どうだか」

 カツヤのことを話しながらどこか調子良く笑うシカラベを見て、友人は十分に吹っ切れたようだと、アラベも軽く笑って返した。

「しかしまあ、何だ、お前の忠告通り、アキラをドランカムに誘うのを止めておいて大正解だった。リオンズテイル社に喧嘩けんかを売るなんてイカレてるにも程がある。もし加入させていたら、ドランカムまでリオンズテイル社と敵対する羽目になってたな。危なかった」

「だろう? 俺の勘は大正解だった」

「で、今回は、お前の勘はどう言ってるんだ?」

「そうだな。まあ、何とかなるんじゃないか?」

「そうか。それならその勘に期待しておくよ」

 アラベがそう言って半分本気で期待して笑うと、シカラベも苦笑気味ではあるが機嫌良く笑って返す。ある意味でドランカムの命運を背負って、シカラベ達はアキラの下を目指してスラム街を進んでいった。


 レイナ達がリオンズテイル東部四区支店から借りた車両でスラム街を進んでいる。車両にはリオンズテイル社のロゴマークがしっかり付いており、レイナはそれが少し気になっていた。

「ねえシオリ。この車でアキラに会いに行って本当に大丈夫なの?」

「アキラ様に事前に連絡を取りましたし、この車の識別コードも送付しております。アキラ様がこちらを敵視していない限り、この車が理由で攻撃されることはないはずです。また、荒野を徒歩で進むのもお勧めできません。迷彩機能等を使用して隠れて進むのも逆に疑われる恐れがあります」

「荒野、か」

「はい。便宜上という意味ではなく、正しく荒野であるとお考え下さい」

 現在スラム街には500億オーラムの賞金首が潜んでおり、下位区画との境界線には都市の防衛隊が配備されている。つまり大規模な戦闘がいつ発生しても何の不思議も無い危険地帯であり、荒野の秩序の支配領域だ。

 カナエが楽しげに笑う。

「まああねさん。もうその辺の細かいことは良いんじゃないっすか」

「細かいって……、お嬢様の安全のためよ?」

「何言ってるんすか。私達と一緒にクロエ嬢を殺しにいくのを認めた時点で、その辺の配慮はもう余計なお世話っすよ」

 シオリは不満げに顔をゆがめたが、反論は出来なかった。

 クロエのがわに付いた三区支店を見切って四区支店にくら替えしたことで、レイナの保護を四区支店に頼むことも出来た。しかしそれで四区にレイナを人質にされては意味が無い。またレイナ本人の強い意向もあって、シオリは悩んだ末にレイナをそばに置いてまもることに決めていた。

 そこにトガミが口を挟む。

「シオリさん。アキラの方は、レイナがアキラとは敵対しないって約束して、向こうもそれを信じたんだろう? それで良いんじゃないか?」

「まあ、確かにそうですが……」

「三区の方は、こっちが四区と手を組んでクロエ達を襲った時点で完全に敵に回したんだ。支店間の取引でレイナを向こうに引き渡されるのを防ぐためにも、シオリさん達と一緒にいさせた方が良いんじゃないか? っていうか、そう考えて一緒に行動してるんですよね?」

「まあ、そちらもそうなのですが……」

 シオリは何となく言い負かされているように感じて少々不満を覚えていた。そこでレイナに口を挟まれる。

「私の意志でシオリ達をそんな危険な荒野に付き合わせて悪いとは思ってるわ。でも、悪いけど私を助けると思って付き合ってちょうだい」

「とんでもございません。この命ある限り、おそばにお仕えさせていただきます」

 シオリは主に気遣われ頼られた喜びで思わずそう答えた。その後で、それがこの状況で一緒にいることを認める言葉であることに気付き、更にレイナから自分がその言葉を口に出すように促されたことにも気付いた。

「お嬢様……。随分としたたかになりましたね」

「そう? 成長したって思っておくわ」

 レイナは調子良く、そして主としての威厳を僅かに漂わせながら、楽しげに笑った。

 そのままスラム街を進み、シェリルの拠点の前に着いたところでシカラベ達と鉢合わせる。お互いにアキラに会いに来たと察して、一緒に中に入った。


 アキラはシカラベ達とレイナ達が一緒に来たことに少し驚いたが、まずはシカラベ達から話を聞くことにした。

 500億オーラムの賞金首を前にして、アラベが緊張した様子で用件を進める。

「事前の連絡時に概要はお伝えしましたが、改めてお伝えします。まず、大前提として、ドランカムにアキラ様と敵対する意志は全く御座いません。この大前提を御理解の上、誤解の無いよう、お聞き下さい」

 ドランカムの用件はカツヤ派の残党と呼ばれる者達の行動予測と、その弁明と、対処方法についてだった。

 かつてはドランカムで一大勢力だったカツヤ派だが、カツヤの死亡により派閥としてのカツヤ派は消滅した。しかし個人的にカツヤを強く慕っていた者は多く、そのカツヤを殺したアキラを今も強く恨んでいる者も多い。その中には和解書への署名すら難色を示し、最後まで拒んだ者もいた。

 結局ドランカムはそのような者達を脱党させず、軽い監視にとどめていた。脱党したその足でアキラを襲いにいくような真似まねをされても困るからだ。アキラとドランカムの和平はハンターオフィスを介して成立させている。脱党者だから関係無い、は通用しない。またカツヤ派は若手が多く、古参と若手の軋轢あつれきを再開させないためにも過度な冷遇はしなかった。時間がカツヤの死を風化させるのを待ち、ゆっくりと取り込む予定だった。

 その判断は半分は正しく、半分は裏目に出た。先日、監視していた者達が一斉に姿をくらましたのだ。脱退させずに監視していたお陰でその動きをつかむことは出来た。だが和解直後に脱党させていたのならばともかく、現在でも徒党に所属している所為で、無関係だと言い逃れるのはどう足掻あがいても出来ない。このタイミングから考えてアキラを襲いに行く恐れが高く、徒党として対処しなければならなくなった。

「このような状況でして、その者達が本当にアキラさんを襲撃したとしても、ドランカムの意志では御座いません。その者達は徒党内の問題としてドランカムで対処致します。その際、状況的にドランカムがアキラ様の護衛をしていると判断される方もいるかもしれませんが、あくまでも徒党内の問題であり、失礼ながら、ドランカムがアキラ様のがわに付いた訳では御座いません。我々は、中立です。どうか、御理解をお願い致します」

 アラベはそう言って深々と頭を下げた。

 理解の追い付いていないアキラが、そんなことをいちいち言いに来なくても勝手にやっていれば良いと思っていると、アルファから補足される。

 ドランカムの仕業だと誤解されてアキラと敵対するのをそれだけ恐れていること。しかしアキラに協力していると見做みなされてリオンズテイル社からにらまれるのも同じように恐れていること。だからこそ、無理矢理やりにでも中立を保つためにそれを態々わざわざ宣言しに来たこと。それらを説明されて、アキラも少し遅れて納得した。

「そうか。分かった。そっちの都合でも俺の敵に回らないのは助かるし、余計な敵の対処をしてくれるのも助かる。好きにしてくれ」

「ありがとう御座います」

 アラベが頭を上げて安堵あんどの息を吐く。その様子を見てシカラベが軽く苦笑していた。

 次はレイナ達の順番となり、レイナが代表して話し始める。

「えーっと、何から話せば良いんだろう。取りえず、私達の状況から教えておくわね」

 現在自分達はリオンズテイル東部四区支店からクロエの殺害を請け負っており、クロエと完全に敵対していること。既に実際に襲撃をしており、クロエは殺せなかったがラティスは殺したこと。更にその都合でアキラを狙ったハンター達の一部も殺したこと。下手をすると支店間抗争に発展する恐れもあること。レイナはそれらを簡単に説明した。

 アキラも流石さすがに驚く。事前の連絡では、クロエとリオンズテイル社について話がある、という程度の概要しか聞いていなかったからだ。

「それでね? クロエの件でまずアキラに確認しておかないといけないんだけど、アキラって、あいつは俺の獲物だから手を出すな、とか言う方だったっけ?」

「いや、こっちで殺すから手を出すなって訳じゃないなら何でも良いぞ。それこそ事故死でも病死でもあいつが死ぬなら何でも良い」

「まあ、そう言うと思ってたわ」

 レイナは表面上はそう軽く流しながらも、内心で安堵あんどしていた。

 ただのハンターがリオンズテイル社を敵に回すなど、その利害を考えれば普通はどう考えても割に合わない。それをやった以上、アキラは物事を感情的に決める傾向が高いことになる。それがアキラなりに利害を考えてのことだとしても、それはその基準が常人と著しく異なっている証拠だ。

 アキラがクロエを自分の手で殺すことに固執し、その達成を不可能とする全てを敵視する恐れはそれなりに高いかもしれない。その懸念が杞憂きゆうだった確認も済んだことに、レイナは一息吐いていた。

「あと一応聞いておくわね。私達もアキラもクロエを狙っている訳だけど、その間、手を組む気は無い? そうすれば四区支店の支援も受けられるし、悪くはない話だと思うんだけど」

「悪いけど、それは断る。俺は俺の好き勝手に動きたいんだ。下手に協力するとその辺が面倒になるからな」

「でしょうね。ここで手を組もうなんて言う人なら、フリップ支店長から話を持ち掛けられた時に受けてるわ」

 無理だろうと思っていた提案を一度断らせてから、レイナが次の本題に入る。

「それなら私達がアキラの近くをうろちょろするぐらいは認めてもらえない? クロエがアキラを狙う以上、私達もアキラの近くにいた方が都合が良いのよ。出来ればこの拠点も使わせてほしいんだけど」

 そこにシカラベが口を挟む。

「そういう話ならこっちも同様に認めてほしい。お前の護衛ではないとしても、お前を襲う恐れのある連中を確実に撃退するには近くに人員を配置した方が良いからな。しばらくここにいるんだろう?」

「俺の邪魔をしないのなら好きにしていいけど、拠点の話はシェリルとしてくれ。俺もここにお邪魔している立場だからな。出ていけって言われたら出ていかないといけないんだ」

 そう答えたアキラの態度は自然なもので、冗談を言っているような雰囲気はどこにもなかった。シカラベ達とレイナ達が意外そうな顔を浮かべて思わずシェリルを見る。

「言いません」

 シェリルは珍しくアキラに対して不満そうな態度でそう言い切った。そのシェリルの雰囲気にアキラが少し不思議そうな様子を見せる。その遣り取りを見て、キャロルが苦笑を浮かべていた。

 そしてシカラベ達とレイナ達は驚きを強くした。アキラ達の様子を見る限り、シェリルから出ていけと言われれば、アキラは本当に出ていく。そういう雰囲気を感じ取ったのだ。

 シカラベがアラベに、レイナがシオリに視線を送る。それを受けてアラベとシオリがシェリルとの交渉に入る。徒党のボスとはいえ所詮はスラム街の少女、という軽い扱いではなく、500億オーラムの賞金首の行動に制限を強いる力を持つ侮れない少女に対し、二人とも真面目に交渉を挑んでいた。


 シェリルとの交渉により、拠点の一室がレイナ達に割り当てられる。ツバキの管理区画から流れた遺物を目当てにやって来る客向けの部屋であり、スラム街とは思えない上質の部屋だ。その内装を見てトガミは小さな感嘆の声を出していた。

「スラム街の中にこんな場所があったのか。倉庫みたいな部屋に通されると思ってたのに大したもんだ」

 レイナ達をここまで案内したエリオが、それを聞いて苦笑する。

「まあ、明日にはビルごと瓦礫がれきの山になってるかもしれないけどな」

 同じ建物にアキラがいるのだ。500億オーラムの賞金首を狙うハンター達との交戦がいつ始まっても不思議は無い。補強と増築を重ねてちょっとした要塞並みに頑丈になった拠点だが、エリオはアキラとそれなりに長く付き合っていることもあり、拠点が戦闘に巻き込まれた場合、建物が原形を残すかどうかは怪しいと思っていた。

「風呂付きの部屋だけど、別の階のデカい浴室も使って構わない。でもそっちは予約制だ。備え付けの端末から予約を入れてくれ。あと一応言っておくけど、予約を入れてもアキラさんやボスが使う時にはそっちが優先される。悪いけど、そういう決まりなんだ」

 トガミにとっては上質な部屋でも、レイナにとっては大した部屋でもない。普通に室内を見渡しながら話に加わる。

「へー、そうなんだ。まあ、ここのボスとアキラだし、お邪魔してる立場だし、仕方が無いわね」

「ああ、仕方が無いんだ。ボスとアキラさんだからな。片方だけでもゴリ押しできるってのに、両方そろってれば逆らえねえよ」

「まあ、そうよね……、ん?」

 軽く話を流そうとしたレイナが、引っ掛かるものを感じて言葉を止める。そして怪訝けげんな顔を浮かべた。

「両方そろっていればって、もしかして、アキラとシェリル、一緒に入ってるの?」

「ああ。そういう仲だからな」

「へー。何か意外ね。何となくアキラはその手のことに興味が無さそうに思ってたんだけど。予約制なのもその都合で浴室が男女で分かれてないから?」

「……そんなところだ。じゃあ、俺はこれで」

 実際にシェリルが積極的なだけで、アキラはシェリルと一緒に入浴しても大して反応を示していない。それをシェリルの態度から何となく察しているエリオは、素知らぬ振りをしてごまかしていた。そして余計なことを言わないように、そそくさと部屋から出ていった。

 レイナ、シオリ、カナエの女性陣とは異なり、トガミはどことなく羨ましそうな様子を見せていた。レイナがそれに気付き、笑って声を掛ける。

「トガミ。入りたい?」

 一緒に、という意図を乗せて、しかしその言葉自体はえて省き、レイナは意味深に笑っていた。

 トガミが固まる。そして慎重に視線をシオリ達の方にゆっくりと向ける。

「お嬢様と誠実にお付き合いなさるのでしたら、私が口を挟むことでは御座いません」

「質の悪い男に引っ掛かったと思わない限り、私は手を出さないっすよ?」

 誠実ではないと判断されたら、質の悪い男だと思われたらどうなるのか。斬り殺されるのか、殴り殺されるのか、どちらにしても今この場で確かめる度胸はトガミには無かった。

「ちょ、ちょっと出てくる。ドランカムでの俺達の扱いを聞いておかないと……」

 返答を保留したトガミは、笑ってごまかそうと硬い笑顔を浮かべながら部屋から出ていった。

「ヘタレっすねー」

「思慮深いとしておきましょう」

 カナエは楽しげに笑い、シオリは落ち着きを取り戻して息を吐く。レイナは予想通りの結果だったと笑いながらも、少しだけ残念そうだった。


 ドランカムはシェリルとの交渉で部隊行動用に大広間を借りていた。またそれとは別に休憩用の小部屋も借りていた。それを知っているトガミがアラベにその一室を使って良いか頼むと、取り付く島も無く断られる。

「駄目だ。お前はこっちには関わらせない。ドランカムは中立だと言っただろう? そっちには一切協力しない」

 既にレイナはドランカムに籍だけ置いている形であり、更にトガミはそのレイナ達から個人的に依頼を受けている形式にすることで、レイナ達の行動にドランカムは関与していないことになっている。強制的に脱党させないのは、それをするとそれをもってリオンズテイル東部三区支店のがわに付いたと見做みなされる恐れがあるからであり、無関係という立ち位置を崩さないために無干渉を貫くことで中立の立場を示していた。

「中立なんてのは下手をすると全員敵に回すのと同じなんだ。そうならないようにこっちも気を付けてるんだから、そっちもこっちには関わらないでくれ。別に部屋を借りたいならその交渉もそっちでやってくれ。分かったら離れてくれ」

「分かった。離れるよ」

 トガミは軽くめ息を吐いてその場を後にした。その後、シカラベがアラベに声を掛ける。

「レイナ達に協力してリオンズテイル東部四区支店から支援を得るのは駄目なのか? トガミはかなり高性能な装備を借りてるんだろ? 同等の装備があると助かるんだがな」

「駄目だ。その見返りに東部三区支店への敵対を確実に要求される。リオンズテイルの支店間抗争なんてデカい騒ぎに関わったらドランカムは消し飛ぶよ」

「だが行方をくらましたカツヤ派の連中があのクロエってやつに支援されていたら? 連中だって無駄死にするために動いた訳じゃないだろう。単に自棄やけになっての行動ならとっくに動いていたはずだ。何らかの、動くに足る理由はあったはずだ」

「その懸念はあるが、現時点ではただの懸念だ。そしてその懸念に対処するために四区支店に協力すれば、三区支店との敵対が確実になる。それを考えれば軽々に協力は出来ねえよ」

 姿をくらましたカツヤ派の者達が動いた理由が本当にクロエの手引きだったとしても、1億オーラム程度の資金援助をしたぐらいで済ませた可能性はある。それならばドランカムの部隊で十分対処できるので、リオンズテイル社の装備は不要だ。その辺りの判断も難しいとアラベは付け加えた。

 シカラベもそれで引き下がる。

「まあ、その辺の利害を判断するのは幹部連中の仕事か……。分かったよ。リオンズテイルの装備ってのにちょっと興味があったんだけどな」

「少なくとも俺がこの場で一人で決められることじゃねえよ。最低でも持ち帰って幹部で協議だな」

 アラベがそう言ってから、冗談のように軽く笑う。

「まあ、仮にリオンズテイルから装備を借りることになったとする。その場合、提供された装備がメイド服でも着てもらうからな?」

「……いや、その場合は、トガミが着てるような執事服っぽいやつになるんじゃねえの?」

「向こうがそれを提供してくれると決まった訳じゃない。それに協力する場合は、ドランカムの中立を揺るがしてでも借りたいぐらいに高性能な装備を提供してくれるってことだ。それがどんなデザインであれ、借りたら、着てもらうぞ?」

「……いや、俺は自前の強化服があるし……」

「駄目だ。お前も実働部隊の代表みたいな扱いなんだ。お前から率先して着てもらう。クロサワにも着せよう。あいつ、そういうのに興味があるんだろう? 丁度良い」

「あいつもメイド服を自分で着る趣味はなかったはずだがな……」

 余計なことを言ったかもしれない。シカラベはそう思いながら、苦笑いを浮かべた。


 アキラは拠点の屋上から周囲を眺めていた。そこには閑散としたスラム街の光景が広がっているが、アルファのサポートを受けて周囲を探ると人も少しは確認できた。

 まずはエリオ達だ。総合支援強化服を着用し、その支援を受けて拠点の周囲を哨戒しょうかいしている。装備と訓練のお陰でその部隊行動力は高く、その武力は既に並のハンターでは太刀打ちできない程に強力だ。それでも500億オーラムの賞金首を狙うような高ランクハンター達を相手にしては勝ち目など無い。アキラからも戦力として期待はされていなかった。

 今は周囲に設置式の情報収集機器を設置して警戒範囲を広げている。シェリル達の縄張り以外の場所にも設置していた。そのような真似まねをすれば本来は他の徒党とかなりめることになるのだが、今は他の徒党が縄張りを放棄するように逃げ出しているので問題は無かった。

 そして遠方から情報収集機器で拠点周辺の様子をうかがっているスラム街の者達の姿も確認できる。屋上にいるアキラを見付けて嫌そうな顔を浮かべて、アキラと目が合って慌てて逃げ出した者もいた。

 また少ないが、アキラを狙撃銃の有効射程ギリギリの位置から狙った者もいた。500億オーラムにはそれだけの魅力があった。だがアキラは背後から狙われたのにもかかわらず最小の動きでそれをかわし、更に反撃で撃ち殺した。強力な弾丸を相手の胴体に命中させ、着弾の衝撃で頭まで吹き飛ばす。アキラとの距離の所為で相手の危険性を誤認し、大金の誘惑に負けた者が当然の末路を迎えた。

 アルファが笑って褒めたたえる。

『お見事。アキラも自力でここまで出来るようになったわね。大したものだわ』

『そうか? そうか……』

 しかしアキラは少し難しい顔を浮かべていた。アルファも不思議そうな顔を浮かべる。

『今の銃撃、アキラは何か納得いかないの?』

『そういう訳じゃないんだけど、この装備、シズカさんの店で買ったやつじゃないだろ? 大丈夫かなーって、ちょっと思っただけだ』

『私が調べた限りでは、装備に不具合は無かったわよ?』

『いや、そういう意味じゃなくて、今まで俺はシズカさんの店で買った装備で戦ってきただろう? 今回は違うから、大丈夫かなーってさ』

 アキラがシズカの店で装備を買う理由には、シズカを慕っているからという部分もあるが、げん担ぎという意味も大きい。シズカから買った装備で今まで何とか生き延びてきたからだ。

 だが今回はカツラギから買った装備だ。アキラは自分でも考えすぎだと思っているが、微妙な不安、落ち着きの無さを感じていた。態々わざわざ開けた屋上に上がって、自分を狙ってきた者を新しい銃の試し撃ちの的にして性能を確かめて問題無いと確認した後でも、不安は完全には消えなかった。

 アルファがアキラを安心させるように微笑ほほえむ。

『大丈夫よ。問題無いわ。バイクはツェゲルト都市で買った物だけど、ちゃんと活躍してくれたでしょう? それに坂下重工から届く装備だってシズカの店で買った品ではないのよ? そこを気にしていたら戦えないわ』

『……、それもそうだな』

 アキラはそう言って、自らを納得させるように深くうなずいた。

 そこに部屋の手配を何とかしてもらおうと思ってアキラを探していたトガミがやって来る。そしてアキラに何をしているのか聞き、新装備の使い勝手の確認中だと教えられて、少し引いていた。

 アキラも試し撃ちの的に自身を狙う人間を使っていたとまではいちいち説明していない。だがトガミもそれぐらいは察することが出来た。道理で賞金が懸かる訳だと、変に納得していた。

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