第279話 復讐対象

 タクトは突然の襲撃に驚きながらも、慌てふためくことなく敵味方を切り分けた。ラティス達もシオリ達もリオンズテイル社の人間だが、襲撃してきた者達を敵と見做みなしてラティス達を援護しようとする。自分達に賞金以外の報酬を提案してきたのは飽くまでもラティス達であり、そのラティス達を殺されるとその報酬が消える恐れがある。死なせる訳にはいかなかった。

 だがそこに更に新手の襲撃者達が現れる。それはレイナとトガミだった。メイド服と執事服に似せた強化服を身にまとい、高速フィルター効果での近距離戦闘用に調整した銃で接近しながらタクトを狙う。

(新手……! 子供……!? どうなってやがる!)

 タクトが反射的に敵の射線から逃れようとしながら反撃を試みる。それに対し、トガミはレイナの盾となるように被弾覚悟で距離を詰め、レイナはトガミをおとりに横へ飛んでタクトへ銃を向けた。

 高速フィルター効果により弾丸の速度が下がっても、常人では飛び交う弾を目で追うような真似まねは出来ない。それを自力で、または加速剤の効果で、互いに濃密な体感時間の中、銃弾を見て回避できるほどの者達が至近距離で撃ち合った。

 単純な実力差であれば2対1でもタクトがレイナ達を十分に上回っていた。しかし状況がその差を覆す。

 アキラとの戦闘を戦車での砲撃や人型兵器を用いての交戦で済ませる予定だったこともあり、タクトは十分な対人装備を身に着けていなかった。リオンズテイル社から借りた簡易移動拠点のような車両内にいたことも、車外に出る時のような装備は今は不要だと思わせてしまっていた。

 その不十分な装備しか身に着けていなかったタクトとは異なり、レイナ達はリオンズテイル社の強力な武装で身を固めていた。しかもそれは使用時に地区支店長の許可が必要なほど高性能な物だった。

 その結果、タクトは被弾し動きを乱した。強化服による防御のおかげで致命傷には程遠い。だがその動きの乱れが勝敗にとって致命的であることを即座に理解できるほどには、タクトは実力者だった。

 高速フィルター効果により銃の有効射程は本来のものと比べて著しく短くなっていたが、それを補って余りある位置までレイナ達が距離を詰め、改めて銃口を向けてくる。それを認識したタクトに、自身の歴戦の勘が、かわせない、防げない、と冷静に事実を告げていた。

(俺が……! こんなところで……! ゲルグスさんのかたきを取る前に……!)

 かたきを取る邪魔をした者達を、せめて道連れにする。そう考えたタクトは意識から完全に生還を捨てて、被弾しながらも銃口をレイナ達に向けようとした。だが悔恨に余計な思考を割いてしまったタクトには、その時間は既に残っていなかった。

 レイナとトガミが息を合わせて、絶対に回避できず反撃も許さない配置とタイミングでタクトを銃撃する。全身に大量の銃弾を浴びたタクトはそれでも即死しなかったが、そのまま何も出来ずに息絶えた。


 カナエに蹴り飛ばされたパメラはその直後に入ってきたレイナ達を見て、シオリとカナエの目的が自分達とタクトの分断だったことに気付いた。だが既に手遅れであり、そのままタクトを殺される。

 この時点で指揮系統が崩壊したハンター達は、アキラの追撃を組織立って行うことが不可能になった。特に行動指針の決定権を持つ者を失ったことが大きかった。

 それはラティス達がこの場にとどまる理由も無くなったことを意味していた。長年の付き合いで目も合わせずに撤退の意志を共有する。だがシオリ達の猛攻の所為で離脱は難しい状況だ。

 加えて、パメラは別の部屋に置いてきたメイド型の遠隔操作端末を先程から呼び寄せようとしていたのだが、それも阻止され続けている。端末から送られてくる映像には、その機体を襲う者達の姿、メイド服と執事服を着た部隊の姿が映っていた。それでパメラは車両を襲撃した者達の正体を理解した。

 ラティスもレイナとトガミの格好から襲撃者達の正体に気付いた。思わず顔を険しくすると、交戦中のシオリへ侮蔑に近い視線を向ける。

「お前達、四区にくら替えしたのか! しかも三区のセキュリティーコードを流したな?」

 車両を襲撃したのはリオンズテイル東部四区支店の部隊だった。そしてその部隊が三区支店管理の車両に侵入できたのは、シオリが三区の機密であるそのコードを流したからだった。

 シオリが平然と攻撃を続行する。

「はい。気付くのが少々遅いのでは?」

 ラティスにとってそれは、幾ら何でもそこまでするかという倫理に欠けた行為だった。湧き上がった怒りに呼応して自然に視線も厳しくなる。

「貴様、社への忠誠はどうした! 所詮は4等級の出来損ないか?」

「東部三区支店はお嬢様を害しようとしたクロエ様への全面的な支援を決めました。であれば、私達にはこれ以上三区に義理立てする理由は御座いません」

詭弁きべんだ! 他支店であろうが機密情報を漏らした時点で社内規定違反! 社への裏切りだろうが!」

 交戦しながら怒鳴り、答える。その間に無数の斬撃が飛び交い周囲を刻んでいく。

「貴様は主への忠義を理由に主を裏切り者にした! 主従共々裏切り者の末路を迎えるが良い!」

 ラティスはシオリの忠義と忠誠の強さに、それらを向ける方向が自分とは異なっていようと敬意を持っていた。それを自身で汚したシオリへ、抱いていた敬意の分だけ強く侮蔑の意を向け、声を荒らげていた。

 だがシオリはそれを聞いても平然としていた。

「御心配無く。三区支店に背を向けたのは事実ですが、社を裏切ってはおりません」

「何だと?」

「四区支店が私達に手を貸しているのがその証拠。他支店とはいえ、社の裏切り者に手を貸すなどありえません。四区支店の支店長であるフリップ様も、私達の行動がアリス代表の御意向に反していないと納得しておられます」

 ラティスが驚いて思わず距離を取る。戦闘中であることに変わりは無いが、斬り合いを止めて相手のすきを探るように対峙たいじすることを選んでしまうぐらいには、意識を戦闘以外に割いていた。

「……どこまで気付いている?」

 シオリも合わせて相手のすきを探りながら対峙たいじする。

「お答えする義理は御座いませんね。先程貴方あなたは私に社への忠義について不満を述べておられましたが、今は、クロエ様を殺すことを含めて、三区支店に多大な被害を出すことで社への忠義を示す、とだけお答えしておきましょう」

 その返事はラティスにとって暗に全部気付いていると言っているのと同じだった。それによりラティスがシオリに向ける視線から侮蔑が消えたが、その分だけ顔を険しくした。

 シオリと互角に渡り合っているラティスとは異なり、パメラはカナエに完全に押されていた。勝機は無く、あと1分死なずに保てば大成果と呼べるほどに状況が悪い。そしてパメラが死ねば2対1となり、ラティスの勝機も消える。シオリもそれを分かっているので勝負を急いでおらず、無駄口にも付き合っていた。

 その状況で、ラティスが決断する。レイナ達が東部四区支店の支援を得たこと。恐らくアリスの意向にも気付いていること。それらをクロエに伝えなければならないが、現状で勝ち目は無く、このままではパメラも自分も殺される。それならばと、自身の生存を切り捨てた。

 そして自身の体に仕込んでいた戦闘薬を全て使用した。致死量を超える投薬が10秒後の確実な死と引き替えにラティスの戦闘能力を向上させる。

 相手の気配の変化からそれに気付いたシオリが軽く下がって防御態勢を取る。更にカナエもパメラをラティスの方へ蹴飛ばすと、シオリの横に飛んで援護に回った。

 カナエがパメラをえてラティスの方に飛ばして合流させたのは、既にパメラが死に体だからだ。もうただの足手まといでしかない仲間をかばってラティスの動きが乱れればそれで良い。その程度の判断だった。そして今はパメラにとどめを刺すより、シオリの援護に回った方が良い。二人掛りでラティスを抑えればそれで自分達の勝ちだ。そう考えていた。

 ラティスの命懸けの行動を無意味にするために、シオリとカナエは万全を期して迎撃の態勢を取った。

 結果としてラティスは死に、シオリ達はかすり傷一つ負わなかった。だがその結果はシオリ達の予想とは外れたものになった。ラティスはパメラが自身の下へ飛んでくるのと同時に、シオリ達に背を向けて車両の壁を切り裂き、その壁をパメラごと蹴飛ばしてパメラを車外に逃がしたのだ。

 死に際の集中力が時の流れを緩やかにする中、車外へ吹き飛ばされたパメラが驚愕きょうがくの顔をラティスに向ける。そしてラティスはパメラの無事を祈るように僅かに笑顔を返すと、頭部を背後からシオリに刺された。頭蓋骨を貫通した刃から漏れだすエネルギーで脳を内部から焼き切られ、治療を不可能にさせられて絶命した。

 刃を引いたシオリが警戒を緩めずに距離を取る。相手を縦に両断する余裕は無く、大胆にすきさらした相手への警戒もあって突き殺したこともあり、ラティスの頭部は十分に原形をとどめており、首から下にも損壊は無い。反撃してくる恐れは残っていた。

 しかしラティスの体はそのまま体勢を崩して荒野に落ちていった。

 それを見てシオリが怪訝けげんな顔を浮かべる。カナエもどこかいぶかしんだ様子を見せていた。

あねさん。これ、してやられたと思うっすか?」

「そうかもしれないわ。あの二人が全滅を防ぐためにどちらかを逃がすのであれば、私ならラティスを生還させるのだけど、彼の判断は違ったようね」

「あー、そうすると、パメラをあっちへ蹴飛ばしたのは失敗だったすね。ごめんなさいっす」

 カナエは彼女にしては珍しく真面目に悔やんだ様子を見せていた。それを見てシオリが軽く首を横に振る。

「気にしないで。その辺は結果論よ。片方は殺せたのだし、良しとしましょう」

 そこにレイナがトガミと一緒に戻ってくる。タクトを殺した後はシオリ達の邪魔にならないように部屋の外まで離れていたのだ。

「シオリ。終わったの? 大丈夫?」

「大丈夫です。問題御座いません。お気遣いありがとう御座います」

 安心して笑うレイナの横で、トガミは安堵あんどの息を吐いていた。シオリが軽く頭を下げる。

「トガミ様も御協力ありがとう御座いました。お嬢様をまもって頂き、感謝致します」

「いや、俺もデカい仕事に誘ってもらって感謝してる。これではくが付くってもんだ。高い装備まで貸してもらって助かってるしな」

 レイナはトガミのその軽い返事を聞いて少し難しい顔を浮かべた。

「誘った私が言うのも何だけど、そんな理由で引き受けて良かったの? 最低でもリオンズテイル社の支店間抗争だし、最悪の場合、リオンズテイル社を敵に回すかもしれないのよ?」

 自身の身を案じての言葉を、トガミが軽く笑って流す。

「良いじゃねえか。最近付き合い悪かったんだし、付き合わせろよ」

「あのねえ……、それで死んだらどうするのよ」

「何言ってんだ。ハンター稼業は初めから命賭けだろ? 大して違いはねえよ。それに……」

「それに?」

「嫌だとか、迷惑だとか思ってるのなら、ちゃんと断ってる。その辺全部覚悟の上で受けたんだ。何度も聞き返すな」

 トガミは笑いながら、それでもレイナの目をしっかり見てそう答えた。

 ある意味で、自分のために死ぬ覚悟は出来ていると言っているのに等しい返事を聞いて、レイナは気恥ずかしそうな態度を見せた。

「……そう。まあ、礼は言っとくわ」

 その二人の雰囲気に口を挟むべきかどうか、かなり本気で迷っているシオリの横で、カナエがニヤニヤと笑う。

「お嬢。この状況でイチャつくとは余裕っすね。トガミ少年も、仕事中っすよ?」

「イ、イチャついてなんかいないわ!」

「すみません。仕事に戻ります」

 否定と肯定の返事が場の空気を緩ませる中、シオリがレイナ達に改めて状況の説明をしていると、東部四区支店の部隊から車両の制圧を済ませたという連絡が入った。更に四区の支店長であるフリップからレイナへ連絡が入る。

「私だ。そちらの状況は?」

「全員無事よ。でもクロエはいなかったわ」

「そうか。クロエ嬢の側近の二人がいるのであれば本人もいると思ったのだが、予想が外れたな。すると、ヒガラカの施設か、まだ防壁内にいるかのどちらかになるか。君はどう考える?」

「分からないわ。でも、防壁内なら、私達にクロエを殺すのは無理よ」

「その場合は、アキラ君に頑張ってもらうとしよう」

 それを聞いて、レイナが軽く息を吐く。

「アキラのことだから死んではいないと思うけど、本気で都市を襲うつもりなのかしらね」

「私の勘では、本気だな。それまで彼が生きているかどうかは別だがね。まあ、君達は臨機応変に動いてくれ。そしてアリス代表の御意向に沿うように、一緒に頑張ろうじゃないか」

「ええ。そうしましょう」

 名実共にシオリ達の主として、レイナはフリップと話をしていた。その姿にシオリはどこか感慨深い様子を見せており、カナエはいつものように笑っており、トガミは住む世界の違う者の雰囲気を感じ取って複雑な思いを抱いていた。


 車外に放り出されたパメラは驚愕きょうがくと悲痛な焦燥を顔に出しながらも車両から距離を取り、今は荒野に身を潜めていた。

 そこにラティスが現れる。正確にはその死体だ。パメラ達の部下や同僚達は死亡等で行動不能に陥った場合に、緊急の処置としてパメラが遠隔操作できるようになっており、ここまで操作されてきたのだ。

 その身体操作権限の移行は、本人が生存している場合でも気絶や意識不明など誰かが代わりに動かさなければ危険な状況では許可が下りる。つまりパメラの認識では、それが見間違いや勘違いを根拠とする極度の希望的観測であっても、ラティスはまだ生きている可能性があった。

 しかし本人の死体とじかに会ったことで、その可能性は完全についえた。パメラが嗚咽おえつこぼしながら自分で操作しているラティスを抱き締める。そして塗るタイプの回復薬をラティスの傷口に塗った。高性能な回復薬が外傷を消していく。だがそれだけだ。見掛けだけであり、死は覆らない。

 その後パメラは荒れ狂う感情を押し付けるようにしばらくの間ラティスを抱き締めていた。そして落ち着きを取り戻した時、荒れ狂っていた感情は憎悪という指向性をもっまとめられていた。

「殺してやる……」

 それはパメラの中でシオリ達への憎悪が、クロエへの、リオンズテイル社への忠義を上回った証拠だった。


 キャンピングカーでクガマヤマ都市を目指して進むアキラ達に、都市防衛隊の人型兵器部隊の隊長であるグートルが部隊を率いて近付いてきた。もっとも敵ではない。事前にイナベから連絡を受けていたこともあって、アキラもグートルからの通信に慌てずに出る。

「グートルだ。お前達をスラム街まで送りに来た。そのまま後に付いてきてくれ」

「了解した。でも都市からモンスター認定を受けたやつの護衛なんてやって大丈夫なのか?」

「どうなんだろうな。まあ、俺は上からの指示に従うだけだ。また襲撃されたら対処はこっちに任せてくれ。……お前、ハンター達に都市との交渉中に襲われたんだろう? そこまで都市をめられると、俺も都市の人間として腹が立つ。その分も含めて適切に対処する」

 しっかり武装した人型兵器の部隊を見て、アキラは味方なら頼もしいと思い、返答の内容から急に敵に回ることもないだろうと安堵あんどしていた。

 一方グートルも以前にアキラと戦わずに済んでいたことに安堵あんどしていた。500億オーラムの賞金首を狩りに来たハンター達による戦車と人型兵器の大部隊に、アキラがバイクで応戦して撃退したことを既に知っていたからだ。あの時に戦っていたらどうなっていたかと、軽い戦慄すら覚えていた。

「……改めて注意しておくが、お前のモンスター認定は解除されていない。スラム街に入った後はその辺りに気を付けて行動してくれ。マップを送る」

 アキラが情報端末に送られてきた都市の下位区画のマップを見る。

「その赤い部分は厳密に都市内だ。お前がそこに侵入すると、こちらも排除に動かざるを得ない。だから絶対に入るな。オレンジの部分に入ったら、威嚇射撃ぐらいはする。間違って中に入ってしまったら、すぐに外に出てくれ」

「分かった。気を付ける」

「本当に頼むぞ? これは例外的な対処なんだ。普通は都市に近付いただけで即交戦なんだからな」

「そうなのか。イナベの権限でも無理か?」

「無理だな。こんな例外処置をしたら防壁内の者達から苦情も出るだろうに、都市の上層部がなぜこんな指示を出したのか不思議なぐらいだ」

「そうか……」

 ヤナギサワとの遭遇は非常に危険だったが、その価値はあったのかもしれない。アキラは何となくそう思った。

 そのまま都市を目指していたアキラが、ふと思ってシロウに声を掛ける。

「そういえば、シロウはこのまま一緒に都市に戻って良いのか?」

 そう問われたシロウは面倒そうにめ息を吐いた。

「……良いか悪いかって話なら悪いんだが、今更降りられねえよ」

 アキラ達のキャンピングカーは500億オーラムの賞金首が乗っていることもあって厳重に監視されている。グートル達からは当然として、遠方からもしっかりと見張られている。ここで無理に降りようとするとバレる恐れが高い。ネットを介した監視なら何とかするが、直接見られると流石さすがに目立つ。装備の迷彩機能はそれなりに高性能だが絶対の保証は無い。シロウはそう説明した。

「車内にはアキラとキャロルしかいない。その前提を疑われることは今は何もしたくない。俺を降ろすために車をめる、ドアを開ける、それだけでも何のためだと疑われかねない。悪いけど、そっちも気を付けてくれ」

「分かった。……ん? そうすると、あの時にシロウに情報収集妨害煙幕ジャミングスモークを使わせたのも不味まずかったか?」

不味まずいな。でもまあ、それを直接見た機体は撃破したし、ハンター達もデータ連係を切っていたから、露見はしていないと思っとくよ。露見していたのならアキラから俺の居場所を聞くような真似まねはしない。俺を車両ごと確保してたはずだ」

 シロウは半分自分に言い聞かせるようにそう答えた。ハーマーズがスガドメから自分をしばらく泳がせておくように指示されていたことなど、シロウは知らなかった。

「当面のことはスラム街に入って監視の目が車両からアキラ個人に移ってから考えるよ。そのままスラム街に潜伏するか、抜け出して隠れ家に移動するかは状況次第だな」

「そうか。まあ、好きにしてくれ」

 その後、アキラ達が一度横転した車内の片付けを続けていると、グートルから連絡が入る。

「見送りはここまでだ。俺達はこのまま配置に付く。お前が都市へ侵入しないようにな。念を押すが、赤い部分には絶対入るな。分かったな?」

「……クロエが都市の外にいれば、俺もそんな真似まねはしない」

 アキラのその返事に、グートルから軽いめ息が返ってくる。

「……、そうか。そうならないことを期待しておこう」

 グートルとの通信は、苦笑を感じさせるその言葉を最後に切れた。そして人型兵器の部隊がアキラ達から離れていった。

 そこでアルファが意味深な笑顔をアキラに向ける。アキラは苦笑をみ殺した。

『俺もそうならないことを期待してるし、そうならないための努力はするよ』

『お願いね?』

 アルファはいつものように笑って返した。

 クガマヤマ都市のスラム街に入ったところで、アキラ達は一度キャンピングカーをめた。そしてアキラが車を降りて、自分を出迎えた者の前に行く。

「お帰りなさい。待っていました」

 そこではシェリルがアキラを待っていた。


 人の気配が全くしないスラム街の中を、アキラがシェリルと並んで歩いていく。シェリルの護衛をしていたエリオ達は、キャンピングカーと一緒に二人の後ろをゆっくりと進んでいた。

 濃い色無しの霧でも発生しているのではないかと思うほどに喧噪けんそうの欠けたスラム街の様子に、アキラが軽い驚きを見せている。

「静かだな。こんなスラム街は初めてだ」

「アキラが戻ってくるって聞いて、みんな逃げましたからね。残ってるのは私達ぐらいです」

 その情報を流したのはシェリルだ。それにより徒党の拠点の周辺はシェリル達を除けば無人となっていた。アキラが出没する恐れのある場所に近い範囲、つまり500億オーラムの賞金首の討伐戦に巻き込まれる恐れのある場所から皆逃げ出したのだ。

「シェリル達は残ってるのか? みんな逃げたのに?」

「はい。と言っても1割ほどですけど。予想外に残って驚いてます」

 残ったのは他に行く場所が無い者や、自力での独立は無理な者、他の徒党に移るのは嫌な者、そして今更路地裏暮らしには耐えられない者などだ。シェリルの徒党はそれだけ大きく裕福な組織になっていた。

 また徒党の幹部など、徒党の結成当初から所属していた古参達は比較的残っていた。それはアキラがまだそこらのハンターでしかなかった頃から、シジマの拠点にそこの構成員の死体を持って乗り込んだり、エゾントファミリーの拠点に一人で乗り込んだりと、無茶苦茶むちゃくちゃなことを何度もしながらも、あっさり生還してきたことを知っていたからだった。

 アキラがあの頃とは比較にならない程に強くなったことで、騒ぎの大きさも桁違いに大きくなったが、無茶苦茶むちゃくちゃなことをしていることに違いは無い。ならば今回も、あっさり何とかするのではないか。エリオのような古参達は無意識にそう期待していた。

 目聡めざとい者。後が無い者。期待し、アキラに賭けた者。それらの少数と、アキラを全ての支えにしている少女だけが、スラム街ぐらい消し飛ばしかねない戦闘が発生する恐れがあると知った上で、アキラを迎えるために残っていた。

 アキラが後ろのエリオ達をチラッと見てから視線をシェリルに戻す。

「イナベから話は通ってるって聞いたけど、どこまで聞いたんだ?」

「リオンズテイル社とめて500億オーラムの賞金首になった上に、都市からモンスター認定を受けたことは聞きました。既にハンターの部隊に襲われて、今後も襲われる確率が高いことも知ってます」

「それだけ分かってれば十分だ。言っておくけど、今回はシェリル達の面倒を見る余裕は無いぞ? 逃げた方が良いんじゃないか? 俺はとっくに逃げて無人になってるだろうシェリルの拠点を借りるぐらいのつもりだったんだけど」

「大丈夫です。自分達のことは自分達で何とかします。出来なかったらその時はその時です」

「でもさあ……」

 勝手に押し掛けて事態に巻き込んでいるのは自分の方だと理解している分だけ、アキラは難色を示していた。イナベから話が通っていたとしても、嫌がっているようなら適当な廃ビルを占拠でもしようと思っていたぐらいだった。

 だがシェリルは笑ってアキラを受け入れる。

「私達はアキラに山ほど借りがあります。こういうことを言うのも何ですが、それを返す機会がやっと来たんです。戦闘面では役に立てませんし、一緒に戦うなんて無理ですが、それ以外の協力、寝床の世話ぐらいはさせてください」

 理由は何であれ、シェリル達は覚悟を決めて残っている。それならばこれ以上は余計なお世話だと、アキラは軽く笑って忠告を止めた。

「……、そうか。じゃあ、世話になる」

「はい」

 これが最後であっても悔いの無いように、シェリルは元気な笑顔をアキラに向けた。沈む夕日を浴びながらのその笑顔は、美しく輝いていた。


 シェリルの拠点に着いたアキラ達はキャンピングカーをビル内の駐車場にめた。すぐに簡易防壁並みに頑丈なシャッターが閉じられる。ツバキの管理区域から持ち込まれた遺物をまもために設置されただけはあり、戦車砲にすら耐える頑丈さで内部の安全を確保する代物だ。

 シェリルはそれをアキラに説明して、上でゆっくり休むことを勧めた。だがアキラは後で行くと告げてまずは車内に戻った。そしてアキラ、キャロル、シロウの3人で当面の予定を今一度確認する。

 アキラは新装備が届くまでここに籠城する予定であり、キャロルもそれに付き合うことになっている。問題はシロウだ。

「それで、シロウはどうするんだ? シェリル達に見付かるのも多分不味まずいんだろう? そうするとキャンピングカーで暮らすかこっそり出て行くかになるんだろうけど……」

しばらくはキャンピングカーの中で暮らすよ。こっそり出て行くにしても、周囲が安全か確認しないと不味まずいからな。その都合で、可能ならこのビルの警備システムの権限が欲しい。俺が勝手に侵入しても良いんだが、正規の方法でアクセス出来るならそっちの方が良い。バレにくくなるからな」

「分かった。シェリルに頼んでおく。じゃあ、俺は上に行ってるから、何かあったら呼んでくれ」

 アキラはそう言い残してキャロルと一緒に車外に出ると、シェリルが先に行かずに待っていた。

「シェリル。早速で悪いんだけど……」

「お風呂ならいつでも大丈夫です。入りますか?」

 キャンピングカーにも風呂は付いていたが、狭かった。しばらく荒野暮らしだったこともあり、広い浴槽にゆっくりかって休みたいという欲がアキラの中に湧き起こり、頼み掛けていたこと、ビルの警備システムの権限についての話が後回しにされる。

「入る」

「はい。では、行きましょう。こっちです」

 自分も一緒に入るなど、いちいち口に出さずにシェリルがアキラを案内する。それにキャロルも続いた。

「……ん? 待て、キャロルも入る気か?」

「良いじゃない。体ぐらい洗ってあげるわよ?」

「……、まあ、好きにすれば良いけどさ」

 まあ良いかと、軽い考えのアキラ。その様子を見て得意げに笑うキャロル。そしてその二人を見て少し驚いているシェリルの三人は、そのまま一緒に拠点の風呂に入ってゆっくりと疲れを取ることになった。

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