第229話 間引き依頼

 アキラがエレナ達と一緒にクガマヤマ都市の東の荒野を車で進んでいる。車は車体の屋根を含めた上部分を完全に解放できる荒野仕様の大型車で、今は開いた状態だ。運転はエレナで、アキラは後部座席にサラと一緒に座っていた。

「エレナさん。運んでもらってるのは俺ですから、運転ぐらい代わりますよ?」

 少し申し訳なさそうにしているアキラに、エレナが笑って答える。

「良いのよ。私達は移動担当だからね。その仕事はしっかりやらせてちょうだい。火力担当のアキラは英気を養っていて」

 サラが楽しげな口調で口を挟む。

「エレナ。私も火力担当なんだけど?」

「じゃあ、サラもアキラに負けないぐらいの成果をちゃんと出してよね?」

「おっと、そう言われると大変そう」

「頑張ってね」

 機嫌良く笑い合っているエレナ達を見て、アキラも下手に気にするのはめて割り切ることにした。

 アキラがヒカルから引き受けた依頼は大流通関連の中期契約だった。その契約の下に割り当てられた各種の作業を実施するのが仕事だ。そして今回は大流通の移動経路となる地域のモンスターの間引きに来ていた。

 都市間輸送を請け負う巨大輸送車両には当然強力な護衛も付いている。だが巨大な物体が荒野を走るとそこら中からモンスターを引き寄せるので襲撃の規模も大きくなる。移動中に大規模な群れを撃退していると、当然それだけ時間も掛かる。安全と時間短縮のために、移動経路のモンスターを先に間引いておくのだ。

 アキラは調達した新装備でその仕事に挑んでいるのだが、自力での移動は少々難しい状態だった。新装備調達時に車やバイクを購入しなかったからだ。

 シズカの店に営業に訪れたのは、機領の営業であるヨドガワだけではなかった。東部で広く事業展開を行っている老舗企業であるTOSONトーソンからも営業が来ていた。TOSONトーソンはSSB複合銃の販売元でもあった。そして悪く表現すれば三流ハンターぐらいしか客がいないはずのシズカの店から、何度も桁違いに高い高額商品の注文が来ていることを不思議に思い、担当地域の営業に調査に向かわせたのだ。

 ヨドガワも機領の営業としてTOSONトーソンの営業には負けられない。強化服との連携を売りにする銃も数多くある。TOSONトーソン側から提携企業の強化服と一緒に一式そろえれば大幅に割り引けると言われてしまえば、機領側としても対抗しなければならない。熾烈しれつな営業合戦が繰り広げられた。

 その結果、折角せっかく大幅に割り引いてくれるのだからと、アキラの予算は機領とTOSONトーソンの商品に全てぎ込まれることになった。だが機領もTOSONトーソンも車やバイクなどは自社で扱っていなかった。勿論もちろん取り扱おうと思えば付き合いのある企業から取り寄せることは出来る。だが流石さすがにそちらまで同様に割り引くのは難しい。銃や強化服の割引率から考えると、コストパフォーマンス的にも車やバイクのために予算を残すのは悪手だった。

 アキラも自前の移動手段が無いのはどうかと思った。だがエレナ達から必要なら自分達が車を出して付き合うと言われたことや、新しいのを買うまではレンタル業者から借りれば良いと考えて、装備を優先することにした。

 なお、レンタルも結局は難しくなった。アキラが車もバイクも次々に廃車に追い込むハンターだという情報が業者の間で出回っていた所為せいで、レンタル料が非常に高額になったからだ。その余りに割高な料金に、アキラもこれなら買った方が安いと判断し、その金がまるまではエレナ達の言葉に甘えることにした。

 ヒカルはアキラ個人に依頼を出している。そしてその手段に制限を付けず、事前の説明も一切不要にして、全て事後報告で良いとした。

 依頼主の中には重要な依頼を確実に成功してもらうために、ハンターに随時詳細な報告を求めて助力の意味でいろいろと口出しする者もいる。それを細かなサポートと感じるかどうかはそのハンター次第だ。報告不要の全権委任を、依頼元の責任放棄と捉えて不信と不満を覚える者もいる。その付き合い方も交渉人の技量だ。

 ヒカルは悩んだ末にアキラに好きにさせることにした。依頼が失敗に終わればヒカルも上から責任を問われるのだ。詳細を知って口を挟みたい気持ちもあったが、キバヤシと付き合いのあるハンターが細かな助言を求めるとは思えず、アキラの好感を稼ぐためにぐっと我慢した。

 そしてアキラはその好きにして良いという言葉をそのまま捉えて、余り気にせずに結構好き勝手にやっていた。気にしていることは、ハンター間の依頼元としてエレナ達を下に付けていることぐらいだ。

「俺が言うのも何ですけど、依頼の形式上、エレナさんもサラさんも俺の下に付く形になってますけど、その、不満とかは無いんですか?」

 エレナが笑って答える。

「無いわ。それに形式上じゃなくて、実際にアキラが上よ。だからもっとこうビシバシ指示を出しても良いのよ?」

「い、いや、そう言われても、むしろまだまだいろいろ教えてもらいたいぐらいで……」

 サラも笑って答える。

「そこは適宜状況を対処案も含めて報告するように指示を出しておけば良いのよ。アキラは私達を雇っているがわなんだから、ちゃんと仕事をさせなさい」

 そして僅かな寂しさを隠すように力強く笑って、少し自分達にも言い聞かせるように続ける。

「……。アキラにはいろいろ追い越されちゃったけど、私達にもまだまだ力になれるところはあると思うから、出来れば頼ってちょうだい」

「……。はい。ありがとう御座います」

 変に気にしすぎていたかと思い、アキラは気を切り替えるように笑って礼を言った。エレナ達もうれしそうに機嫌良く笑って返した。

 そこでエレナが目的地までの距離に気付く。

「アキラ。早速だけど、そろそろだから向こうに軽く言っておいた方が良いと思うわよ?」

「おっと」

 アキラが頭部装備の通信機能を操作して通信をつなぐ。

「俺だ。そろそろ到着する。いつでも始められるように準備してくれ」

「了解です」

 通信機越しに返ってきたのはエリオの声だった。


 アキラ達の近くを大型トレーラーが走っている。戦闘にも対応している荒野仕様の車種で、貨物部には人型兵器の輸送車両のような大掛かりな開閉機能が備わっている。そしてその中には総合支援強化服を着用したエリオ達が乗っていた。

 エリオ達の様子は様々だ。意気揚々と笑っている者。緊張気味の者。重苦しい雰囲気を漂わせている者。平然としている者。それぞれが今回の仕事への姿勢を態度に出していた。

「大丈夫かな。この辺、もう結構東側だろう? その辺りって、都市周辺の荒野とは訳が違うんだろう?」

 ……不安そうな仲間の様子に、別の者が余裕を見せて笑う。

「大丈夫だって。アキラさんだっているし、ボスだって俺らがクソの役にも立たないって思ってるのなら、俺達を派遣したりはしないさ。アキラさんの邪魔になるだけだからな。ボスがそんな真似まねをするとは思えねえよ」

「そ、そうだよな!」

 不安そうだった少年が自分を納得させるように何度もうなずく。余裕の態度を見せていた少年も、内心では同じように自分に言い聞かせていた。トレーラーに機領の技術者は乗っていない。そういうことだと思ってしまえば不安にもなる。安心できる根拠を増やしておきたかった。

 エリオ達は追加戦力としてアキラに同行している。ヴィオラと機領がそれぞれの独自の情報網でアキラの依頼の情報をつかみ、シェリルに参加を提案したのだ。シェリルはアキラの役に立っておきたい。機領は総合支援システムの実績が欲しい。ヴィオラは関連する交渉で利益を得て、ついでにいろいろと楽しみたい。それらの思惑により、エリオ達はアキラから追加戦力としての依頼を受注した形で今回の仕事に加わっていた。

「大丈夫だって。アキラさんはランク50、連れの2人もランク40超えのハンターって話だ。メインで戦うのは向こう。俺達は主力じゃないって。余裕があれば攻めて戦果を稼げば良いし、難しそうなら早めに退いて援護に徹すれば良い。戦力としてはその程度の扱いさ」

「そうだよな。うん」

 余裕を持つと雑談の方向性も変わってくる。安心安全の根拠探しから、少し身近な話題に移る。

「それにしても、アキラさんの連れはどっちも美人だったな。サラって人は胸もすごかったし、エレナって人もスタイル良かったし、……ボスと付き合ってるんだから、胸にこだわりはない方だと思ってたけど、違うのかな?」

「逆だろ? こだわりが無いからこそだろう。大中小からり取り見取りってことだ。良いよなー」

 その軽い冗談のような言葉に、周囲の仲間も笑って同意を示す。軽い相槌あいづちから本気の羨望まで、反応の度合いも様々だ。

「ちょっと思ったんだけどさ。ボス、今回の依頼でアキラさんがあんな美人を連れているの、知ってるのかな?」

「……多分、知らないんじゃないか? まあ知らなかったとしても、俺らが態々わざわざ教えることでもねえよ。ボスの機嫌が悪くなるだけだ」

「だな」

 周囲の仲間も苦笑交じりに笑って同意を示した。今度はその度合いに差異は無かった。

 雑談が続く中、エリオが軽く手をたたいて皆の注意を引き付ける。

「アキラさんから連絡があった。そろそろだ。全員準備を始めてくれ。強化服を起動したら、真っ先に総合支援システムとの連携状態を確認してくれ。ちゃんと確認しろよ。それが俺達の生命線なんだからな」

 既に徒党の戦闘要員の指揮役の地位を確立しているエリオの指示で皆が準備を進めていく。訓練の成果もあって手際良く進み、問題なく終わった。その動きにもうスラム街の子供の名残は無い。

 だが注意散漫によるものではなく、緊張を適度に和らげて冷静さを保つための雑談内容には、その名残はまだまだ残っていた。その軽口がエリオに向けられる。

「しかしなんだな。アキラさんはボスや、この前のメイドの人達や、ヴィオラさんにキャロルさん、今回のハンターの人達と、女に不自由はしてないようだし、俺らの中で成り上がってるお前も彼女持ちで似たようなもんだよな。やっぱり女を沢山作ると、良いところを見せようとか奮起して強くなるのか? それとも強くなったから女が沢山寄ってきたのか? その辺どうなんだ?」

「言っておくが、俺はアリシア一筋だ」

「似たようなもんだろ? 知ってるぞ? 最近他の女からも結構言い寄られてるんだろう?」

 そう言って軽く笑った仲間に、エリオは嫌そうな顔を返した。

めてくれ。一緒にしないでくれ。俺はちゃんと断ってる。……その話の所為せいか、最近アリシアの目がちょっと怖い時があるんだ。なだめるの、大変なんだぞ?」

「残念ながら、そこまでモテる者の苦悩は俺らには分からねえな。なあ?」

 笑って同意を求めるその言葉に、皆も同じように笑って同意を示した。その中にはエリオと同じ彼女持ちも含まれていたが、同意を示しておく程度の余裕は持っていた。

 エリオには開き直って境遇を自慢できるほどの余裕は無く、その所為せいで少し不貞腐ふてくされた返事を口にする。

「ふん。そんなに女に困ってるのなら、キャロルさんに相手を頼んだらどうだ?」

 場が静まる。エリオも口に出した後で自身の失言に表情を固くする。

「……今のは取り消す。その、なんだ、本当にめとけよ?」

 キャロルは美人でスタイルも良く、服装も異性の興味をそそるものが多い。基本的に人当たりも良く、ちょっとした機会でする話も楽しく面白く、軽い相談にも乗ってくれてかなり的確に応えてくれる。その上で副業にも、それが命懸けで得た血と命と人生のにじんだ金であればそれで良いと、相場に見合わない少額であっても初回は受けてくれる。

 それで魔が差した者が出た。徒党での生活でキャロルと仲良くなった所為せいで、コルベの忠告を軽んじたのだ。

 初回は安値であっても次から料金は倍々と指数的に増えていく。それでも経験してしまった至福の時が忘れられずに続けてしまう。エリオ達は既に独自に遺跡に繰り出すようになっており、そこで多少無理をして頑張って稼げば、初回が安値だったこともあって、続けての数回は何とかなった。だが倍々に膨れ上がる料金に、すぐにそれも追い付かなくなる。しかし、金が無いから仕方が無いと我慢できる程度のことなら、コルベも態々わざわざ忠告などしない。

 遺跡で無茶むちゃをし過ぎて死んだ者も出た。徒党の金に手を付けてヴィオラに売られた者も出た。キャロルはそれらの話を聞いても、普段と変わらずに妖艶に笑っていた。

 シェリルも徒党の少年達がキャロルにのめり込んで次々に破滅されては困る。一応キャロルと取引して、自分からは営業を掛けないことと、彼女持ちの相手はしないことまでは約束させた。しかしそこまでが限界だった。それ以上の制限を強いるのなら、代わりにアキラに相手をしてもらう。そう言われてしまっては、シェリルも引き下がるしかなかった。

 それらの経緯を経て、キャロルはシェリルの徒党の中で、その末路を含めたハニートラップの代名詞のような扱いになっていた。

「……分かってるって。俺達だってコルベさんの忠告を無視したやつの末路は知ってる。なあ?」

 少年は全てを軽い冗談にしてこの雰囲気を押し流すように少し口調を明るくさせた。笑って同意を求めるその言葉に、皆も笑って同意を示した。だがその中には、何かをごまかすように笑顔を固くしていた者もそれなりに混ざっていた。

 エリオが総合支援システムからの通知に気付き、場の空気を切り替えるように大きく声を出す。

「もうすぐ目的地だ! 始めるぞ! 配置に付け!」

 トレーラーの側面が大きく開いていく。少年達も意識を戦闘に意図的に切り替えると、総合支援システムの指示に従って配置に付き、擲弾てきだん発射器を荒野に向けて構えた。


 トレーラーの近くには別の車が2台走っていた。その1台に乗っているコルベ達も今回の依頼の参加者だ。ただし雇い主はアキラではなくシェリルであり、孫請けのような形式で参加している。

 コルベの誘いで参加しているボッシュが少し楽しげに笑う。

「しかし、あの時に会ったガキの1人がランク50になって、そのつてで大流通関連の依頼に関われるとはな。コルベ。お前があのガキ連中と関わってたのは、これが狙いだったのか?」

「いや、偶然だ」

「そうか。あの悪女となんだかんだとつるんでるお前のことだから、そういう狙いでもあったのかと思ったんだがな。それにしても、お前はよくあの連中とつるめるよな。ヴィオラもキャロルも方向性に違いがあるだけで、ハンターを破滅させるのが生き甲斐がいみたいな女だろう? ヤバいとか思わねえのか?」

「そこは危険物の取り扱いと一緒だ。どっちもちゃんと扱えば利益は出す女だよ。まあ、俺はハンター稼業休業中の補填ぐらいの利益で抑えたからって話でもあるんだがな。俺に出来たからって、真似まねするのはめておけ。しくじると、大変だぞ?」

 コルベはそう言いながら、最近しくじった者の現状を思い浮かべて苦笑した。

 ボッシュと同じくコルベの誘いで参加しているペッパが挑発気味に笑う。

むしろ大変なのはブランク明けのお前じゃねえのか? 真面目にハンター稼業を再開したことは褒めてやるが、鈍った腕じゃこの辺のモンスターは厳しいんじゃねえの?」

 コルベも挑発気味に笑って返す。

「なんだ。今更帰りたくなったのか? 俺が弱気になって帰るって言い出したら、お前も一緒に帰るしかないからな。言い訳には十分だ。安心しろよ。俺がいない間にぬるい仕事に慣れきって腕が落ちていたとしても、前のように俺が何とかしてやるからよ」

「はっ! ほざいてろ!」

 楽しげに機嫌良く挑発し合うコルベとペッパを見て、ボッシュも以前の光景を思い出し楽しげに笑っていた。

 コルベも表面上ほど余裕ではなかった。依頼の難度自体は明確に自分の実力を超えていると理解している。ランク50のハンターと肩を並べて戦うような真似まねは出来ない。補助戦力としての扱いでなければ、流石さすがに参加を見合わせていた。

 それでも今回の戦いを契機にハンター稼業を本格的に再開する意志を持っていた。今までエリオ達の付き添いを口実に、内心で歯を食いしばりながら何度も荒野に出た。過去に自分を食い殺そうとしたモンスターに似た敵を何度も撃破して、少しずつ平静と自信を取り戻してきた。そしてこの戦いで過去を完全に振り切り、乗り越え、前に進むと決めていた。

 自分の実力では手に余る格上のモンスターと交戦し、その上で冷静さを失わずに撃破する。そうすれば過去に自分を襲った雑魚などにおびえる必要は完全に無くなる。その思いで今日に臨んでいた。

 今日のために貯蓄を全て吐き出して装備を調えたので貯金は底を突いている。これで無様な戦果で終えてしまえば、以降の生活も非常に厳しいものになる。だがコルベに後悔はなかった。かつて別れた仲間との雑談で過度な緊張や意気込みを和らげ、最高の結果を求めて闘志をたぎらせていた。


 もう一台の車にはレビンとハザワが乗っていた。より東側の荒野へ、より強力なモンスターの徘徊はいかい地域へ向かっているのにもかかわらず、コルベ達の車には楽しげな意気揚々とした雰囲気が漂っていたが、レビン達の車には重苦しい雰囲気が漂っていた。

 その雰囲気の発生源はレビンだ。今も現状を嘆く重苦しいめ息を吐いていた。ハザワがその様子にい加減嫌気が差してきて苦言を呈する。

「レビン。いろいろ聞いた俺も悪かったが、そろそろ気を切り替えろ。そんな調子じゃ真面まともに戦えねえぞ」

「……分かってる」

 レビンは僅かないら立ちを覚えたものの、その意見の正しさは分かっているので、軽く頭を抱えつつも意識を前向きなものに変えようとした。少なくともその努力はした。

「経緯はどうであれ、そう簡単には手に入らない高性能な装備を手に入れたことに違いはねえんだ。今はその装備に見合うモンスターをたっぷり潰して成果を稼ぐことに集中しろよ。そんな調子で又と無い稼ぎ時を逃したらどうするんだ」

「……分かってる!」

 気を切り替えようとした途端に現状を嘆く理由を刺激され、レビンは顔をしかめて吐き捨てるように答えた。

 長らくカツラギの借金に縛られながらハンター稼業を続けていたレビンだったが、今はその縛りから逃れていた。だが借金を返済し終えた訳ではなかった。

 遺跡に潜り、苦戦と苦難の末に遺物を手にして帰還する。大量に消費した弾薬類の代金を遺物の売却金で支払い、足りない実力を補うために、より高額な装備を勧められる。その繰り返しの所為せいで借金は減るどころか増えていた。

 それでもレビンのハンターとしての格は上がっていた。借金の所為せいで金と時間を酒や女や賭け事にぎ込むことも出来ないので、ハンター稼業に割り当てる時間も増えていた。装備は充実していき、遺跡から何度も生還して高価な遺物を持ち帰った実績も増えていく。ハンターランクも順調に上がっていく。

 そして上がったハンターランクに見合った装備をカツラギから勧められる。借金完済まで後少しなんだ。ここで死んだら今までの苦労が台無しになる。今のお前の実力なら多少借金が増えてもすぐに返せる。折角せっかくそんな高ランクのハンターにまで成り上がったのに、今更装備代を惜しんで死んでどうする。レビンの自尊心を巧みに突き、借金を増やしてでも装備を充実させる利益を説き、借金返済に明け暮れる状況を維持させられる。

 借金返済のために弾薬費を惜しんで戦えば、モンスターを倒しきるまでに掛かる時間も増えていく。負傷する機会も増えて、高額な回復薬に頼る機会も増え、結果的に経費がかさんだことも多い。予備の弾薬を増やして安全に金をぎ込めば、その分だけ借金返済も遠ざかる。安全な遺跡では稼げない。そもそもカツラギからの縛りの所為せいで、探索する遺跡を自由に選ぶ権利もない。

 自分は間違いなく成り上がっている。それは確かに実感している。だがそれ以上に借金が増えていく。何とかしなければ。その解決策を求めて悩みに悩んでいたレビンは、安酒を飲んで緩んだ頭で、短慮に、あるいは暴挙に出た。その解決策を求めて偶然近くにいたヴィオラに相談したのだ。

 ヴィオラは喜んでその解決を手助けした。複数の金融業者に分散していた借金はたちまち一本化された。更に真っ当な企業からの融資という形式で借り換えとなった。金利はただ同然になり、融資した企業はレビンのスポンサーのような立場になり、カツラギからの縛りも全て無くなり、スポンサー企業のつてで強力な装備まで手に入った。

 そして、レビンの借金はついに3億オーラムを突破した。ヴィオラへの報酬と、新装備の代金が加わった結果だ。スポンサー企業は機領で、新装備は開発中の商品だ。今回はその実戦テストに協力する形でアキラの依頼に参加している。

(……機領からの借金ならカツラギの時のような変な縛りは無い。負債額が一定額を超えれば、貸したがわもちゃんと返済してもらうために債務者に便宜を図る。機領も新装備の宣伝のために手を尽くす。実戦テストで派手な成果を残せば俺の経歴にはくも付く。ハンターランクも上がる。それらの利益を考えれば3億を超える借金にも目をつむれる。むしろ、機領が俺にそこまで投資したことが実績になる。……それは、分かって、いるんだが……)

 レビンも一度は納得した。ヴィオラの話術ならば話の印象を巧みに操作して思考を誘導することなど造作もなかった。だがそれでもしばらくすると漠然とした不安を感じ始めていた。そして今日、レビンの装備に驚いたハザワからその入手経路を尋ねられ、ヴィオラから説明された利害の害の部分を改めて突き付けられた。

 機領は真っ当な企業であり、カツラギのようなあくどい個人業者やそのつての金融業者に比べれば、確かに健全な貸主だ。レビンもそこに異存は無い。

 それでも3億オーラムは大金だ。そして大抵の企業は、その企業規模に応じた負債の取り立て手段を保持している。少なくともそのつてを持っている。カツラギ達の取り立てならば、最悪殺し合ってでも力尽くであらがうことは出来た。しかし機領に対しては不可能だ。

 今は新製品の実戦テストとして優遇されているが、商品のテストとしても宣伝としても役に立たないと判断されれば、その優遇も失われる。その結果、機領が投資の回収に動き出せば、それでレビンの人生は高確率で完全に詰む。後の人生は、以前にシェリルの拠点を襲った者達と同じ道を、死んだ方がましだと言って実際に死んだ者まで出た者達の、その後を歩むことになる。逃れる術は無い。

 レビンはその当たり前をハザワから突き付けられ、自身の現状を再認識して嘆いていた。今回の依頼で成果を上げて、機領に自身の価値を示さなければ危ない。その恐れに震えていた。

 ハザワが自分の安全のためにもレビンの精神の安定を試みる。

「お前の新装備、総合支援システムってやつなんだろう? 強化服の動作補助を含めた総合サポートシステム。あのガキ連中も使っているやつだ」

「ああ。その調整したバージョンらしい。向こうのは集団での運用を前提にしているが、こっちは個人での使用を前提にしているって話だ。必要なら同一システムの使用者を更に上で総合するとか、もっと東のハンターだと実働は基本ソロでも各種情報支援用のオペレーターを雇ってるやつもいるから、その代替需要を狙ってるとか、いろいろ言ってたな」

「ちょっと前まで素人だったあのガキ連中を、今回の戦力に換算できるほどに変えたんだ。元々ハンターで、最近は特に腕を延ばしたお前なら更にすごくなるんだろう。期待してるぜ」

「……ああ、そうだな。高い金を出したんだ。当然の性能を出してもらうさ」

 レビンもハザワの言葉に世辞が混ざっているのは分かっている。だがそれでも不安を和らげる内容ではあったので、えてそれに乗って意気を高める。

「それにしても、慎重なハザワがこれに参加するのはちょっと意外だった。いや、俺が不安になりすぎていただけで、その程度の難易度ってことか?」

「まあ、その辺は好きなように解釈しろよ」

 レビンはそのハザワの余裕とも取れる態度を見て、状況を少し楽観視した。

 だがハザワも意気込みはあるが表面上ほどの余裕はなかった。今回の依頼主であるアキラとの出会いを思い出して、複雑な感慨深い気持ちを抱く。

(同じ巡回トラックの荷台に乗っていたっていうのに、あっという間に随分とデカい差が開いたもんだ。才能の差か、潜った死線の数の差か。……それだけじゃないんだろうけどな)

 自分なりにそれなりに積み上げてきたものを、あっさりと追い抜いていく者へ向ける感情。感嘆と嫉妬と羨望の入り交じった胸中。命賭けに勝ち続ければ得られる栄光への具体的な道筋。自分には無理だという割り切りと諦観。それでも、あるいは、という期待。

 慎重を言い訳に臆病となり、大分落ちぶれていた過去。ハザワは自分でもそこから大分い上がったと思っている。それでも、過度に慎重になるのは抑えているが、ハンターとして更なる高みを目指しての行動を積極的に行っているかと自問すれば、否だった。

 しかしここ最近、クガマヤマ都市の周囲では大きな騒ぎが続きすぎた。多くのハンターがその騒ぎに飲み込まれて命を落としていた。多少慎重に行動した程度では、自分も次は飲み込まれて死ぬかもしれない。しかし更に慎重になれば都市の外に出るのも難しくなる。どうするかと悩んでいた時に、コルベから今回の話を持ち掛けられた。

(……俺はあいつと出会って立ち直った。これも何かの縁なんだろう。それなら、進もう)

 あのうだつが上がらない日々には戻らない。ハザワはそう決めて、もう少し前へ踏み込もうとしていた。

 エリオ達の動きに気付いたハザワが気を引き締めるように力強く笑う。

「レビン! 始まるぞ!」

「分かってる! こうなったら、やってやらぁ!」

 レビンも半分自棄やけ気味に大袈裟おおげさに笑って意気を高めると、今日のために用意した大型の銃を構える。稼げなければ明日は無い。その思いをにじませた顔には追い詰められた者の気迫が籠もっていた。

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