第208話 それぞれの訓練

 アキラは自宅でアルファに訓練を付けてもらい、数日置きに荒野でエリオ達の模擬戦に付き合う日々を送っていた。次の遺跡探索はイイダ商業区画遺跡での成果の換金が済んでからにする。そう決めていたのだが、それがいまだに終わっていないのだ。

 旧世界製の自動人形は様々な点で非常に貴重だ。解析して自社の技術を高めるにしろ、修理して富豪向けに販売するにしろ、欲しがる企業は多い。本来なら瞬く間に高額で売却される品で、普通なら換金に然程さほど手間など掛からない。だが今回は問題が発生していた。その自動人形がアキラを含めた合同チームで取得した遺物だったからだ。

 トガミ達だけで取得していたのならば、ドランカムが付き合いのある企業に卸せば済むだけだ。売値等で交渉が多少めようとも、徒党と企業の利害調整で済む。トガミ達が自分達の取り分に不満を訴えても、徒党内での優遇処置などで調整できる。それでドランカムの取り分も確保できる。

 しかしアキラに対してはそうはいかない。アキラは飽くまでチームの成果分配手続のためにドランカムに遺物の売却を委託しているだけだからだ。ドランカムの都合で取り分を減らされたとなれば大問題だ。木っ端のハンターなら都市とも伝のあるドランカムの圧力で押し潰せる。だがハンターランク40を超えるハンターと金の絡む問題を起こせば、最悪の場合、そのハンターと無駄に殺し合う羽目になる。その被害は甚大だ。

 ドランカムは普通ならこの手の問題を解決するために、一度ドランカムが遺物を買い取る形式にして、遺物の権利を相手から消滅させる手段を取る。だが今回はそこでも問題が出た。アキラとドランカムの間で下手に再交渉すると、ドランカム側の利益が著しく下がる可能性があるのだ。

 アキラは現時点で遺跡探索の利益を等分配にしている。だがトガミ達の活動報告から試算すれば、アキラの活躍なら半分ぐらい要求されていても不思議はない。そして再交渉を試みればアキラの気が変わる可能性もある。最悪、ヴィオラ辺りが交渉の代行にしゃしゃり出てきて、利益の大部分を持っていかれる羽目になる可能性すらある。アキラとヴィオラに一定の関わりがあることは、ドランカムもミズハの調査などで既につかんでいるのだ。

 ドランカムは高ランクハンターからも取引のある企業からも不興を買わずに事を治めるために四苦八苦していた。

 加えて企業は企業で、裏で別途調整を進めていた。クロサワ達が破壊した自動人形達の部品もき集められて企業の手に渡っている。比較的完品に近い同製品があれば、それらの部品の解析も早く進む。更に現場にいたという5体目の自動人形との関係も示唆されている。可能ならそれらをまとめて手に入れたい企業の思惑もあって、裏で交渉が進められていた。

 それらのごちゃごちゃとした問題が組み合わさり、自動人形の換金は進んでいなかった。

 アキラはそれらの事情の一部をトガミからの連絡で知り、高く売れるなら気長に待つとだけ答えておいた。経費の分はシオリの伝で既に支払われているので、別段急ぐ理由もなかったからだ。なお、小物の遺物の換金は済んでいるが、それらは全て経費の支払いに充てられていた。

 それらの事情もあって、アキラは遺跡探索を控えて、家で外でと訓練の日々を送っていた。


 トガミがレイナ達と一緒に車で荒野に出ようとしていた。レイナが助手席でぼやいている。

「全く、いつになったらハンター稼業に戻れるのかしらね?」

 トガミが苦笑する。

「そうぼやくなよ。訓練が嫌なら休んでいれば良いだろう?」

「別に訓練が嫌って訳じゃないわ。まだまだ実力不足だと思っているしね。ただ、汎用討伐すら駄目ってのはちょっと厳しすぎるでしょう? トガミだってそう思わないの?」

「まあ、確かにな」

「でしょう? い加減にしてほしいわ」

 トガミ達はドランカムからハンター稼業を一時的に禁止させられていた。これは旧世界製自動人形の売却交渉中にその暫定所有者が死亡した所為せいで、権利関係が更にややこしくなるのを防止するための処置だ。しばらくは不満に思いながらも仕方ないと思って従っていた。だが売却交渉が更に長引く気配を感じ取り、上と交渉した結果、危険度が著しく低い仕事を回されたのだ。

「開発中の強化服の性能試験に付き合う仕事。ハンター稼業を禁じられているから名目上は訓練だけど、一応金も出る。考えようによっては素晴らしい待遇とも言えるんだ。もうしばらく我慢しておこうぜ。そういえば、シオリさんは?」

 後部座席にはカナエしか座っていない。

あねさんは私用で出てるっす。お嬢。あねさんはお嬢が都市から出ないと思って出かけてるっす。だから私が大目に見るのも限度があるっすよ。危険の無い仕事でも荒野に出ていることに違いはないっすからね。モンスターを見付けたからちょっと狩ろうなんて絶対無しっすよ。私があねさんにっ手切られるっすからね」

「分かってるわ。分かってるから、ちょっとした息抜きだと思って見逃してよ」

 レイナが軽くめ息を吐く。

「最近シオリ、また行儀作法とかにうるさくなったのよね。その手の訓練も増えてきたし。今更そんなものを身に着け直しても仕方ないっていうのに。行儀作法も大切だとは思うけど、一体何を考えて……」

 レイナの思考が続く前に、カナエが笑いながらちゃかすように口を挟む。

「トガミ少年との付き合いの所為せいかどうかはしらないっすけど、最近のお嬢は言動が随分とがさつになってきているっすからね。その分だけ強めに矯正でもしようとしてるんじゃないっすか?」

「うっ、それは」

「俺の所為せいにされても困るんだがな」

 心当たりがあるレイナが軽く焦り、トガミも苦笑を浮かべた。カナエの言葉で、レイナが僅かに覚えた疑問は笑い話として流されていった。レイナもトガミもそれが意図的なものとは気付けなかった。


 エリオ達が荒野で総合支援強化服の試験に付き合っている。今日はアキラがいないので2チームに分かれて模擬戦を続けていた。

 模擬戦は少数対多数という偏った形式で行われていた。少数側は総合支援強化服の過負荷設定を受け入れた者達だ。エリオに感化されて他にも数名の希望者が出ていた。多数側は以前の着用者に優しい設定のままだ。かなりの人数差にもかかわらず戦況は拮抗しており、負荷を許容した場合の戦力向上を分かりやすく示していた。

 そこにトガミ達が合流する。タバタによる軽い紹介と説明を済ませた後、模擬戦はエリオ達対トガミ達の形式で行われることになった。カナエは格闘戦が基本なので参加せずに観戦に回っている。

 トガミ達の模擬戦の準備が終わるまでの休憩時間に、少年達が雑談している。

「あれさ、前に見たメイド服の人だよな。片方しかいないけど」

「多分な。うーん。あっちの偽物っぽい人より本物っぽい人の方が良かったな」

「そうか? 俺はあっちの人の方が好みだけど」

「……お前、趣味悪いな」

「何だと?」

 とりとめのない雑談を挟んだ後、模擬戦が始まる。エリオ達とトガミ達が配置に付いて開始の合図を待っている。

 エリオが緊張しながら集中していると、ヘルメットから支援システムの声が響く。

「高い緊張状態を感知しました。効率的な行動のために冷静さを保ってください」

「……分かってるよ」

「空気成分調整機能を介して、ヤツバヤシだ! 俺が成分調整した特製の戦闘薬が使えるぞ! 相手の2人はちょっと前にアキラと一緒に遺跡に行って荒稼ぎしてきたハンターだそうだ! つまりアキラが2人いると考えても良いってことだ! 蹴散らされて終わるのが嫌なら、飽くまでも任意で治験の範疇はんちゅうだが、俺の戦闘薬を使っておけ! 多少のリスクぐらい覚悟しないと強くは成れないぞ? 強化服でもシステムの支援でも戦闘薬でも使って、一度上の世界をのぞいておくのも強くなる早道だぞ? 飽くまでも任意だが、お勧めだ! 使用しますか?」

 システム音声に割り込んでヤツバヤシの楽しげな声が響いた。エリオはヤツバヤシの声にも説明内容にも驚きながら、その内容を反芻はんすうする。そして強さへの渇望に引きられた。

「……使用する!」

「了解しました。注入を開始します」

 ヘルメット内に入った薬品の色で、エリオの視界が僅かに緑色に染まる。呼吸のたびに緊張が消えていき、意識がえ渡る。前の模擬戦の負荷で少し残っていた傷みも引いていく。力が指先足先まで満ちていく感覚の中、緩やかに減っていく模擬戦開始までのカウントを見て、時間がゆっくりと流れていくような錯覚すら覚える。

 これならいける。エリオは軽い歓喜すら覚えて少し笑いながら、模擬戦開始の合図と同時に駆けだした。


 2対多数。相手は全体指揮の支援付き。その普通なら絶望的な戦力差を、トガミとレイナは己の装備と実力で覆していた。素早く移動し続けて場をき乱し、合図など無くとも的確に連携を取り、局所的に2対1の状況を作り出して敵を倒していく。そしてその状況を覆そうと一気に動いて陣形を崩した相手のすきを逆にき、攻勢を掛けて優位を保持し続けている。

 楽な状況など一瞬たりとも存在しない。僅かな気の緩みで瞬く間に戦況を覆される苦戦が続いている。だがトガミもレイナも軽い満足感すら覚えながら笑って戦っていた。

 レイナがまた1人撃破しながら思う。

手強てごわい! 中身はハンターでもない素人だって聞いたけど、これが総合支援強化服ってやつの性能なの? ここまで変わるのならアキラも装備と訓練で装備を優先させる訳ね。私も下手な意地を張っていたわ。でも……)

 レイナが意気揚々と力強く笑う。

(私も装備だけだって言われるわけにはいかないの! シオリ達と一緒に積み上げた訓練を否定させないためにも、負けるわけにはいかないわ!)

 トガミがまた1人撃破しながら思う。

(強い。これが新型の総合支援強化服の性能か。確かカツヤ達がこれの現行版だったか先行安定版だったかを使用して、結構な成果を上げてるんだったな。幹部連中が若手全員にこれを配ろうと考えているらしいけど、その気持ちも分かる。だが……)

 トガミが軽く苦笑する。

(それに幾ら掛かる? シカラベ達が若手を嫌いになる訳だ。俺は恩恵を受けてきた側だから代償にも納得できるが、シカラベ達は代償だけ支払っているんだからな。俺もそろそろ支払う側だ。その支払い以上に稼ぐためにも、装備だけの連中に負ける訳にはいかないな!)

 トガミもレイナもかつての自身を乗り越えるために全力を尽くした。その結果、どちらも欠けることなくエリオ達を全滅させて、まずは幸先さいさき良く勝利を手に入れた。


 エリオ達の負けで終わったものの、ヤツバヤシは結果に満足していた。得意げにタバタに話しかける。

「どうだ。この価格でこの性能。大したものだろう。費用対効果はそこらの戦闘薬とは比べものにならないぞ?」

「だからと言って、俺に販促をされても困る。確かに俺達の強化服には、戦闘中にその手の薬を使用可能な機能は付いている。だが基本は回復薬とかだ。加速剤まで混ざった戦闘薬じゃない。それに使用する薬も本社側で協力関係にある製薬会社と調整しているはずだ。飽くまでも、試験中の一時的な使用だ」

 ヤツバヤシが不満げな顔を見せる。

「この成果を見てもか?」

「俺に使用する薬剤を決定する権限はないよ。まあ、データは一応本社に送っておいてやる。そっちでの検討結果に期待してくれ」

 ヤツバヤシの表情がますます不満げなものに変わる。

「どうせ性能なんか二の次で、デカい製薬会社の利害調整とかで決まるんだろう? 全く、どいつもこいつも迷信まがいの拒否感を示しやがって。そんなだから安くて良い新薬が広まらないんだよ」

「安全性が何より大事。その確認と証明も同様だ。大きな製薬会社はそこにも多額の資金を投じている。そういうことだろう」

「ふん。どうだかな」

 タバタが少し不貞腐ふてくされているようなヤツバヤシを見て軽く頭を抱える。

(……変なやつを入れる羽目になったな。あの時の俺の馬鹿さが恨めしい。有能なやつなんだろうが、妙に胡散うさん臭いというか、怪しげというか、特有の気配があるんだよな)

 ヴィオラはタバタと交渉してヤツバヤシを試験にじ込んだ。名目はエリオ達の治療担当だ。タバタ達は自身の不手際をヴィオラにつかまれた所為せいでヤツバヤシの加入を断れなかった。

 タバタが何となく思い付いたことをヤツバヤシに尋ねる。

「なあ、もしかしてだけどさ、再構築リビルド技研の関係者ってことはないよな?」

「何でそう思う?」

「何となくだ」

 ヤツバヤシがどこか自嘲気味に笑う。

「ふん。もしそうなら今頃大企業の研究所で予算を気にせずに研究にいそしんでるよ」

 更に少し熱を込めて続ける。

「俺の才能をそこまで高く評価してくれるのなら、是非とも資金援助をお願いしたいね。大量生産の設備を整えて、ある程度の治験試験さえ済ませれば、絶対売れるって。いや、ライセンス生産でも良い。そっちの会社から付き合いのある製薬会社に通してさ……」

「だから俺に言われても困る。諦めろ」

「全く、どいつもこいつも……」

 タバタがヤツバヤシを軽くあしらうと、ヤツバヤシは再び不貞腐ふてくされた。

 再構築リビルド技研が解散した時、その研究者達の一部が自分の研究を統企連の制御下に置かれるのを嫌がり脱走。追跡の手を逃れながら今もどこかでひそかに研究を続けている。東部の研究者達の間では、そのようなありふれたうわさが流れていた。

 タバタもそのうわさを知っていたのだが、もしそうならば統企連との関わりが深い大企業と進んでつながりを持とうとはしないだろうと思い、その思い付きを否定して頭から消した。


 エリオが厳しい表情を浮かべている。あの後も模擬戦を数度続けたが、トガミ達に負け続けている。勝機の芽は出ていない。

 装備が違う。才能が違う。積み上げた訓練と実戦の量が違う。負ける理由は幾らでも思い付く。その全てが正しいと分かっている。しかし、だから仕方が無い、とは思えなかった。そう思ってしまえば、道が閉ざされてしまう。覚悟を決めて歩もうとしている強者への道を、自分の意思で閉ざしてしまう。そのどこかいびつな考えがエリオを支えていた。

 もっと強く。エリオは再び始まった模擬戦の最中、その内心を無意識につぶやいていた。

「もっと……」

 不完全な内容に支援システムが意図を補完して答える。

「戦闘薬の追加注入は身体に強い負荷が掛かります。それでも使用しますか?」

「……もっとだ」

「了解しました。注入を開始します」

「……もっと強く」

「戦闘薬の更なる追加注入は身体に更に強い負荷が掛かり危険です。それでも使用しますか?」

「……もっと強く!」

「了解しました。注入を開始します」

 エリオは無意識に繰り返し、システムは機械的に繰り返す。大量に投与された戦闘薬がエリオに更なる力を与えていく。その一時的に超人になったような幻想のままに、エリオは駆けた。


 レイナは急に動きを不自然に早めた相手に対応しきれなかった。しまった、と思った時には手遅れで、回避が遅れて相打ちにするのが精一杯だった。撃破判定を受けたので、悔しそうな表情を浮かべたまま地面に伏せる。

 トガミはレイナが落とされた後も奮闘していたのだが、片方を落としたことに意気を上げた残りの者達が刺し違える前提で飛び込んでくると、良いところまでいったのだが撃破されてしまった。

 模擬戦終了の合図が出る。撃破判定を受けて倒れていた者達が次々に立ち上がる。少年達は自分達の勝利を知って喜んでいた。

 先にカナエのもとに戻ったレイナが、続いて戻ってきたトガミに少し済まなそうな表情を向ける。

「ごめん。しくじったわ」

「まあ、仕方ない。確かに手強てごわい。俺もやられたしな」

 カナエが少し真面目な顔を浮かべている。

「お嬢を倒した少年。危ないっすね」

「危ない? まあ次からもっと警戒して当たらないと駄目だと思うけど」

「そうじゃないっす」

 カナエがレイナを倒した相手を、今も倒れたままのエリオを指差す。他の者が既に立ち上がっているのに、エリオだけ倒れたままで動こうとする気配もない。少年達もエリオの様子に気付き、呼びかけても全く反応を見せないエリオの様子に慌て始め、急いで治療担当のヤツバヤシを呼びに行った。

「あの少年。多分何らかの戦闘薬を多用したっすね。その副作用で昏倒こんとうしてるっすよ。私もあねさんも似たようなものは持ってるっすからね。何となく分かるっす」

「ああ。そういうこと。道理で急に強くなったと思ったわ。よく分かったわね。彼、大丈夫かしら」

「さあ? もう手遅れかもしれないっすね。昏倒こんとうじゃなくてもう死んでいて動かないだけかもしれないっすから」

 さらっと答えたカナエの発言に、レイナ達は思わず顔をゆがめた。到着したヤツバヤシがエリオの容態を確認した後、トレーラーまで連れて行くように指示を出していた。

「うーん。あの様子なら多分大丈夫っすね。悪くて数日昏倒こんとうコースってとこっすか」

 レイナ達が安堵あんどの息を吐く。模擬戦で死なせてしまったとあっては、レイナ達も流石さすがに心苦しい。

「そう。良かったわ。シオリもカナエも似たようなものを持っているのよね? 大丈夫なの?」

「私達は適量を誤らない訓練をしているっすから、使用量を誤って昏倒こんとうするようなことにはならないっすよ。ちなみにお嬢に持たせないのは、単純に使わせないためっす。勝手に使って死んだら大変っすからね。お嬢がそれを使う時は、私とあねさんの両方が死んだ後っすから、お嬢が使っても事態が改善する可能性はほぼないっす。だから持たせないっす」

 シオリもカナエも副作用での昏倒こんとうや死亡を覚悟した上で意図的に多用することはある。オリビアと名乗った旧世界製の自動人形と戦った時にも致死量手前の量を使用していた。オリビアが引いたことで更なる負荷は避けられたことと、その後に副作用を出来る限り抑える努力をしたおかげで何とかなったが、平気そうに見えて実は結構危なかったのだ。

 レイナはそこまでは分からなかったが、地下街での戦闘でシオリに無理をさせた時のことを思い出し、複雑な表情を浮かべていた。

 話を聞いていたトガミが何となく尋ねる。

「そうすると、俺は持っていた方が良いのか?」

「止めはしないっすけど、用法用量を守るのが大前提っす。戦闘中に熱くなるタイプは危ないっすね。ついかっとなって多用する人が多いっすから。あの少年もそんな感じで使ったんじゃないっすかね」

 トガミも自身の性格を見つめ直して難しい顔を浮かべた。

 結局、エリオがその日の模擬戦に復帰することはなかった。エリオが目覚めたのは5日後の自室、ひどく心配していたアリシアの前だった。

 エリオはアリシアに泣きながら怒られて大いに反省した。


 レイナ達がエリオ達と模擬戦をしていた頃、アキラはクガマビル1階のレストランでシオリと会っていた。メイド服ではなくビジネススーツを着ているシオリの姿を何となく意外に思いながら話を進める。

「それで、態々わざわざ呼び出して話って何だ?」

「その前に、上階の店ではなくここでよろしいのですか? 料金のことならご心配なく。アキラ様をお呼びしたのはこちらですから、こちらで負担いたします」

「いや、ちょっとしたこっちの事情で、次にあの店に行く機会は決めているんだ。だからこっちでいい」

 シオリがほんの僅かに表情を固くする。

「……そうですか。では話を進めさせていただきます。御注文の方はお気兼ねなくどうぞ」

 シオリの話は旧世界製自動人形の換金が遅れている状況の説明だった。以前にトガミから聞いた話より少し詳細な内容だが大筋は変わっていない。アキラはその話を料理の注文を済ませながら聞いていた。

「……そのような状況で、換金にはしばらく時間が掛かりそうです。アキラ様がお望みなら、事態が速やかに進むよう私の方から働きかけますが……」

「いや、別にそこまでしてもらわなくても。そこまで金に困っている訳でもないし、高額な遺物ほどその辺の交渉とかがややこしくなるのは分かってる。経費を先に支払ってもらっただけでもかなり助かった。だからそこまで頼む気はないよ」

「……そうですか。分かりました」

 アキラがまた少し表情を固くしたようなシオリの様子を少し不思議に思う。

「話って、それだけ?」

「いえ、もう一つ御座います。料理が来ましたので、続きは少し食事を進めてからに致しましょう」

 シオリは落ち着きを保つ努力をしながら優しく微笑ほほえんだ。

 上階の店とは大きな差があるとはいえ、この店の料理もそれなりに高い。アキラは家の食事より大分上質な料理の味を楽しんでいた。ある程度食事が進み、胃に収まった料理がアキラの機嫌を向上させたのを見計らって、シオリが僅かに緊張した様子で話を持ち出す。

「先日お譲りいただいた白いカードですが、私どもの伝でいろいろ試した結果、意外なほど大きな利益を生み出す可能性が出てきました。利益と言いましても、具体的な金銭のようなものではないのですが」

「へー。そうなんだ。すごいな」

「そこでアキラ様にもそのお裾分けとでも言いますか、利益の一部を別の形で還元しようと思います。と言っても、金銭的な利益ではありませんので、直接現金をお渡しする訳にもいきません。そこで何か私にしてほしいことや頼みたいことなど、何か要望などが御座いましたら言ってください。出来る限り御要望にお応えします」

 アキラが食事の手を止めて意外そうな表情を浮かべる。そして次に表情を怪訝けげんなものに変える。

「……いや、俺としてはあの件はもう終わったものだと思ってたんだけど」

「確かに一度済んだ話として終わらせても良いのですが、それはそれでこちらとしても心苦しいほどの利益を生む可能性が出てきたとお思いください。守秘義務の関係でその具体的な説明をアキラ様に全く話せないことも含めてです」

 流石さすがにアキラもいぶかしむ。しかし疑問の方向性はシオリの心配とは逆方向だった。だがシオリもそこまでは分からず、少し顔を険しくしているアキラの態度に緊張を高めた。

「いろいろお考えのようですが、取りあえず好きに言ってみてください。私に出来ることであれば出来る限り対応いたします。……お嬢様との交際を希望されても困りますが」

「いや、それは別に」

 アキラが何となくそう答えると、シオリが視線を僅かに不満げに鋭くした。アキラはそこに理不尽なものを覚えながらも思案を続ける。

 アキラとしては、自分に何らかの厄介事を運んでくる可能性のあるあのカードとは、完全に縁を切っておきたいのだ。この交渉もその縁と考えれば、もう終わったことだからどうでもいいと拒絶した方が良いとすら思っている。しかし意地になって断るのも逆に不自然だと思い直し、自分なりに考えた上で取りあえず要望を告げる。

「それなら、シオリの装備が欲しいっていうのは、駄目か?」

 シオリが自分にとっては少々意外な内容に軽い驚きを見せる。

「……アキラ様。私の使用済みのメイド服やインナーの強化服に御興味が? お望みなら差し上げますが……」

 アキラが慌てて否定する。

「違う! 確かにそれも装備だろうが、刀とかの方だ。前の遺跡探索でもいろいろ斬ってたし、セランタルビルではデカい機械系モンスターを両断してただろう? そういう装備を手に入れる伝が欲しいってことだ。多分普通の店じゃ手に入らない品だろうからな」

「ああ。そちらですか」

「何でそっちじゃないと思ったんだよ……」

 軽く頭を抱えるアキラを見て、シオリが少し楽しげに微笑ほほえむ。

「分かりました。あの刀で良ければ差し上げます。後でお持ちしましょう」

 手に入れる伝が欲しいと頼んだのに実物をもらえると答えられて、アキラが軽く戸惑う。

「良いのか? よく知らないけど高いんじゃないか?」

「社の備品ですので具体的な金額は答えられないのですが、確かに非常に高額な品ではあります。ですが、それでも備品であり職務上の消耗品です。予備も御座いますのでご心配なく。私共の調整で済む話です」

「うーん。そう言われても、それだけであんまり高い物をもらってもな」

「……もらいすぎとお思いでしたら、一つ追加でお頼みします。あのカードについて他言無用でお願いします。強制は出来ませんが、企業の絡む守秘義務に触れることですので、口外されると不測の事態が発生する可能性があるのです。相手が私であってもです。お願いできますか?」

 あのカードと縁を切りたい自分にとっても都合の良い頼みだ。企業絡みの守秘義務、口止め料ならば、高額な品を譲ってもらう口実にもちょうど良い。アキラはすぐにそう判断してうなずいた。

「分かった。黙っておく」

「ありがとう御座います」

 都合良く事が運んだ。アキラとシオリは同じことを考えて軽く笑った。

 その後、アキラはシオリと談笑を交えて食事を済ませるとビルの外で一度別れた。そして戻ってきたシオリから一振りの刀と整備道具などが入ったトランクを受け取った。別れの挨拶を済ませて互いに軽く頭を下げ、アキラは自宅へ、シオリはアキラを見送ってから防壁の内側へと帰っていく。

 そこでシオリがアキラの背を見ながら思う。

(取りえず、好印象だった。間違った選択ではなかったと信じたいわ)

 白いカードについて、終わったことだと完全に白を切るか、一度蒸し返してでも利益を与えて好感を稼ぐか。シオリは悩んだ末に後者を選んだ。

 これでアキラに事が露見しても、先に与えた情報が制限となって正確な利益を見誤り、真の利益を知って逆上してレイナに被害を与える危険性は大幅に下がっただろう。企業絡みの守秘義務ならば、万一の事態にアキラを思いとどまらせる理由にもなるはずだ。シオリはそう判断して少し安心した。

 カナエから連絡が来る。

あねさん。そっちはどうなったっすか?」

おおむね問題なしよ。そっちは?」

「今から帰るところっす。あ、お嬢が勝手に模擬戦に参加していたことは、何か口裏を合わせるっすか?」

「私は知らなかったことにしておくわ。お嬢様が口を滑らせたら私が追及するから、カナエは黙っていなさい」

「了解っす」

 シオリは初めからレイナ達の行動を知っていた。そもそもアキラとの交渉で問題が発生した場合に備えて、念のためにレイナを遠ざけていただけだった。

「そうそう。お嬢は意外に結構強くなっていたっす。あれならハンターとしてもやっていけると思うっすよ?」

「お嬢様がその道を選んだのだとしても、別の選択肢を閉ざさないのが私の役割よ」

「相変わらず過保護っすねー」

「ふん。好きに言ってなさい」

 カナエとの通信が切れる。シオリはいろいろ思い悩みながら帰っていった。


 自宅に戻ったアキラがシオリからもらった刀をゆっくり抜いて、刀身を興味深そうに見ている。かなり上機嫌だ。

「良い物をもらったな。俺にはちょっと長い気もするけど」

 放っておくといつまでも眺めていそうなアキラをアルファが止めに入る。

『アキラ。鑑賞はそれぐらいにして、さや仕舞しまって整備装置とつないで。私が情報端末経由で制御装置とかを調整するから』

「分かった」

 本来なら抜くのも仕舞しまうのも一苦労の長さだが、機械的なさやは横部分が開閉する仕組みになっており、そこから入れれば簡単に抜き差しできる構造になっている。戦闘用のさやと整備用のさやが付属しており、刀身の修復は整備用のさやで行う。刀身の修復に必要な資材カートリッジは、アキラの強化服でも使用しているものを流用できる仕様だった。

 つかと戦闘用のさやにはエネルギーパックの装着部が備わっている。更に強化服側に連携装置を取り付ければ、強化服側のエネルギーを使用することも可能だ。刀部分のエネルギー残量を常に空にしておけば、落とした刀を敵に拾われても比較的無害に出来るのだ。

 刀身にまとわせるエネルギーの操作も、つかの部分での物理的な操作方法に加えて、強化服を介した読み取り式での操作などにも対応している。体感時間圧縮時の素早い操作にも問題なく対応できる。

 刀身にはアンチ力場装甲フォースフィールドアーマー機能も備わっており、至近距離での攻防なら銃より優れている点も多い。大量のエネルギーと刀身の崩壊を引き換えにすれば、シオリがセランタルビルで見せたように、間合い外の巨大な敵を両断することも可能だ。

 旧世界製のブレードにも匹敵する高性能な刀で、入手経路も限られている高級品。アキラの想像より高い一品だった。

 予想外に手に入った新装備に少し浮かれ気味のアキラに、アルファが笑って提案する。

折角せっかく手に入れたのだから、この刀の訓練もしましょうか。アキラ。今から試してみる?』

「そうだな。頼んだ」

 アキラが刀に手を伸ばそうとする。それをアルファが強化服の操作で止める。アキラが不思議そうにアルファを見ると、アルファは空中を指差していた。その先には2本の刀が宙に浮かんでいた。

 意図を察したアキラが片方の刀をつかむ。アルファによる視界の拡張と強化服の操作により、そこに実在しているようにしっかりとつかめた。アルファももう片方の刀をつかむ。

「やっぱりこの訓練は便利だな。確かに本物を振り回したら車庫を両断しかねないからな」

『刀の性能は同じよ。前みたいにそっちだけブレードが伸びるのは変だとか言わないこと。分かったわね?』

「ああ」

 アキラとアルファが少し距離を取って対峙たいじする。

『始めるわよ』

 次の瞬間、アルファが握った刀で宙を勢い良くぎ払った。明確に通常の間合いの外で振り払われた刀身から斬撃の波動が飛び、一瞬でアキラの首を斬り落とした。首が床を転がって血をき散らす。首無しの胴体が崩れ落ちていく。アキラは全く反応できなかった。

 それらはアルファの訓練によるイメージだ。床に転がった自分の首を、無事な本物の首で見たアキラが思わず顔をゆがめる。

「だからさ、それ、有りか?」

『有りよ。刀の性能は同じって言ったでしょう? 文句は言わせないわよ? 床を自分の生首で埋め尽くしたくないのなら、しっかり防ぐなり避けるなりしなさい。次、始めるわよ』

 アキラが体感時間の操作を始めながら防御重視の構えを取る。アキラの首が再び落とされるまで、今度はもう少し時間が延びた。

 この日からアキラの訓練にこの刀を使用しての攻防が加わった。その結果、車庫内に散らばる死体の死因に斬殺が大分増えた。

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