第169話 ツバキ

 クズスハラ街遺跡の近くまで来たアキラはアルファの指示で進路を変更した。遺跡には入らずに外周部を沿うようにバイクを走らせる。

『アルファ。何でそのまま遺跡に入らないんだ?』

『このまま遺跡の中に入ると仮設基地の近くを通るからよ。遺跡奥部攻略用の後方連絡線として整備中の道を通るわけにもいかないしね』

『いや、だからそっちを通った方が楽だろう? 整備されているんだから』

 アルファが分かっていないという表情で首を横に振る。

『そこを通ったら絶対に目立つでしょう? 大した実力もない子供がまた高価な遺物を持ち帰ってきた。そんなうわさを自分からき散らすことになるわ』

 アキラが僅かに不満そうな様子を見せる。

『あの頃の俺とは違うはずだ。何だかんだで5億オーラム近い装備も整えたのに、まだそんな扱いなのか?』

『今のアキラがあの頃とは比較にならないほどの装備と実力を身に着けたのは認めるけれど、目的地の難易度から相対的に判断すれば、実力不足の子供って範疇はんちゅうからはまだまだ抜け出せないわ。アキラがあの巨大な防衛兵器の警備領域を自力で全く問題なく突破できるって言うのなら、私も判断を改めても良いわよ?』

 アルファがそう言って少し挑発気味に微笑ほほえむと、アキラは顔を軽くしかめた。

『……無理』

 僅かに気落ちしているアキラに、アルファがアキラを諭しているようにも、励ましているようにも見える笑顔を向けた。アキラは苦笑を返してバイクを加速させた。そのまましばらく進み、仮設基地から大分離れた場所から遺跡の中に入った。

 半壊したビルが建ち並ぶ遺跡の中は基本的に全て悪路だ。大きな瓦礫がれきや倒壊したビルが道を塞いでいることは珍しくない。比較的真面まともな道にも細かな瓦礫がれきなどが散乱しており、車両等での通行は荒野仕様の車種でなければ難しい。

 アキラはその悪路を、残高の大半をぎ込んで購入したバイクの性能と、アルファの高度な運転技術のおかげで、かなりの速度で進んでいた。タイヤが瓦礫がれきの破片を何度もはじき飛ばしていたが、車体はほとんど揺れていない。

 アキラはアルファの指示通りに進んでいたが、進行方向が瓦礫がれきの山で塞がれているのを見て、それを迂回うかいするためにハンドルを切ろうとする。だがアルファがバイクと強化服の両方を操作してそれを止めた。

『アルファ? 前は塞がってるぞ?』

『大丈夫よ』

『大丈夫って……!?』

 アルファがバイクの運転を引き継いで、瓦礫がれきの山に向けて一気に加速させる。アキラは加速の慣性で少し崩れた体勢を慌てて立て直した。

『一々迂回うかいするのも面倒よ。折角せっかく高性能な荒野仕様のバイクを買ったのだから早速活用しましょう』

『ちょっと待て!? あれに突っ込むのは無理があるって!』

 道を塞いでいる瓦礫がれきの山は8メートルほどの高さで、山の傾斜はほぼ垂直だ。アキラが慌てている間にもバイクは更に加速していた。このままこの勢いのまま真っぐ進めば、アキラは壁に激突してバイクごとへしゃげて潰れてしまう。だがアルファはアキラの訴えを無視してバイクを更に加速させた。

 危険を感じたアキラは反射的に体感時間の操作を行っていた。視界の両端を滑るように流れていた景色の流れが緩やかになり、急に流れる方向まで変わっていく。アルファがバイクの進行方向を変え、同時に地面に転がっていた小さな瓦礫がれきを飛び上がる台に利用して、右側の高層ビルに向けて跳躍したのだ。アキラは驚きの表情でバイクごと宙に飛んだ。

 アルファがバイクの体勢を空中で少々強引に立て直す。バイクがその勢いをほとんど殺さずにビルの側面に着地した。バイクの高性能な衝撃吸収機能が衝撃を絶妙に和らげたおかげで、タイヤはビルの壁に吸い付くように貼り付いた。

 アルファが運転するバイクが、驚くアキラを乗せたままビルの側面を駆け上がっていく。そして道を塞いでいた瓦礫がれきより高い位置まで進むと、進行方向を変えてビルの側面を水平に進み、そのまま瓦礫がれきの向こう側まで移動する。そして今度は地面に向けて駆け下りていく。

 アキラが近付いてくる地面に顔を引きつらせていると、車体がビルの側面で跳ねて再び宙に飛んだ。そして空中で体勢を立て直して両輪でしっかりと着地した。衝撃吸収機能が今回も十全に機能したおかげで、アキラは着地の衝撃をほとんど感じなかった。

 バイクはそのまま遺跡の奥部を目指して進んでいく。少し唖然あぜんとしていたアキラが我に返ってアルファを見ると、アルファは得意げに笑っていた。

『車ではなくバイクを買っておいて良かったでしょう? 車であれをやるのはちょっと難しいわ』

『……。そうだな』

 アキラが苦笑する。頭に浮かんでいた文句はアルファの笑顔を見たら消えてしまっていた。それは確かに迂回うかいの手間を省けたからであり、多少の無茶むちゃは今更だからだ。そして何よりも、少し楽しかったと思ってしまったからだった。

『帰りはアキラが自分でやってみる?』

『遠慮しておく。俺がやったら壁や地面に激突しそうだ』

『それもそうね。でも自力でできるようになれば便利よ? 訓練に加えておきましょうか?』

『その技術がアルファから頼まれている遺跡攻略に本当に必要ならな。……もしかして、あんな曲芸ができないと辿たどり着けない場所にあるのか?』

『今は内緒よ』

『そ、そうか』

 アキラは肯定も否定もしないアルファの微笑ほほえみを見て少しだけ顔を引きつらせた。だがアルファが訓練に加えると言った以上、自力でできるようになる可能性は十分あるのだろうとも思い、それができるようになった自分の姿を思い浮かべて、少し期待したのも事実だった。

 アキラはその後もアルファの案内と運転で遺跡の奥へ進んでいく。瓦礫がれきなどが道を塞いでいる所為で、車両では進めず徒歩でも通行困難な場所を、バイクの性能を生かして器用に強引に突破していく。普通なら迂回うかいして進む箇所を少々無理矢理やり気味に通過したおかげで、然程さほど時間を掛けずに遺跡の奥部に辿たどり着いた。

 アキラは遺跡の奥部の境で一度バイクをめた。そして周囲の様子を見て真剣な表情を浮かべる。

『アルファ。ここって……』

『クズスハラ街遺跡の奥部よ。でも最奥部ではないわ。だから外周部ではないってぐらいに考えて』

 アキラの視界には、初めて遺跡に入った時に向かうのを諦めた場所の光景が広がっている。地面はしっかりと舗装されていてひび割れなどどこにもない。崩れかけたビルなど全く見当たらない。半壊したビルが建ち並び至る所に瓦礫がれきが散らばる外周部とは雲泥の差の光景が広がっていた。

 アキラが僅かに気後れする。辺りは高濃度の色無しの霧が発生しているかのように静かだ。しかし視界にゆがみはない。色無しの霧ならその影響でぼやけるはずの光景がくっきりと見えている。

 アキラは立派な都市から人気ひとけだけを意図的に消したような違和感を覚えていた。遺跡の外周部のような光景、文明の残骸が散らばる廃墟はいきょの方がまだ自然に感じられた。

『アルファ。このまま進んで大丈夫なのか? これってあれだろ? ここは旧世界の都市の修復機能が今も稼動しているんだろう?』

『そうよ。だからこんなに綺麗きれいな状態で残っているのよ』

『つまり、当時の警備装置とかもちゃんと整備された状態で稼動しているってことだろう? 入った途端に殺されるってことはないよな?』

『その辺は私の案内で注意して進めば大丈夫よ。だから、あの時みたいに勝手に進んだりしないでね?』

 アルファがアキラに少し意味深な微笑ほほえみを向ける。アキラはアルファの指示を無視して進んだ所為で巨大な機械系モンスターに襲われた時のことを思い出して苦笑した。

『了解だ。行こう』

 アキラはバイクを再び前進させ、異質にも思える街並みの中に入っていった。

 旧世界の街並みを残す高度な都市区画。普通なら誰かが入った途端に警備機械が殺到しても不思議はない場所だ。しかしそれは起こらない。アキラのそばにいる存在がそれを押しとどめている間は。アルファにそれが可能である間は。

 アルファがまた何かをしているのだろう。アキラは無意識にそう思っていたので、過度な警戒はしていなかった。

 確かにアルファは何かをしていた。しかしアキラが無意識に思っていた内容とは大分異なっていた。


 アキラは周囲の光景を興味深そうに見ながら進んでいた。その区画だけ時間を旧世界時代に巻き戻したかのような街並みだが、人影だけは現在の廃墟はいきょと同じく皆無で、不気味なほどに静まりかえっていた。

 道は広く、路面に障害物もなく、他の車両なども見当たらない。だがアキラはアルファの指示でバイクの速度を上げずに安全運転で進んでいた。その速度は遺跡の外周部を進んでいる時よりも遅かった。

『アルファ。何でこんなにゆっくり進むんだ?』

『この道の制限速度を超えないように速度を十分落として進んでいるからよ』

『制限速度? 旧世界の遺跡にそんなのがあるのか?』

『あるの。ちゃんと守らないと駄目よ』

 子供をたしなめるように話すアルファに、アキラが納得できない様子を見せる。

『……俺しかいないのに、それを守って進まないと駄目なのか?』

『規則というものはそういうものよ』

『そういうものなのか? うーん』

 アルファがうなるアキラを見て苦笑する。

『どうしても納得できないのなら、違反すると警備機械が取締りに寄ってくるからとでも思いなさい。それを力尽くで排除すると、治安維持用のもっと強力な機械系モンスターと交戦する羽目になるわ。それを何とかすると、ミハゾノ街遺跡でクガマヤマ都市の部隊が人型兵器で応戦していたような、更に強力な兵器群を相手にしなければならなくなるわ。それは嫌でしょう?』

『嫌だ』

 アキラは嫌そうな表情でしっかりとうなずいた。それで内心のもやもやを振り払おうとしたのだが、別の疑問が湧いてくる。

『ちょっと思ったんだけどさ。あの防衛兵器みたいな機械系モンスターなら迷彩機能とかも持っているんだろう? 実は見えないだけでそこら辺にうじゃうじゃしている、なんてことはないよな? 旧世界の迷彩って、肉眼では全然見えないし、情報収集機器とかでも見つけにくいんだろう? 大丈夫だよな?』

 アルファが少し不安になったアキラを安心させるように微笑ほほえむ。

『大丈夫よ。安心して』

『そうか。いないのか』

 アキラが軽く笑って安堵あんどの息を吐いた。あんな機械系モンスターが見えないだけで近くにいるかもしれないと思うと、それだけで結構怖いからだ。だがアルファが笑って続ける。

『アキラが私の指示に従っている限り、全く問題ないわ』

 アキラが表情を少し固くする。

『……いないんだよな?』

 アルファは楽しげに意味ありげに微笑ほほえんでいる。

『問題ないわ』

『いるのか!?』

『大丈夫だって』

 揶揄からかっているだけだ。アキラはそう思いながらも安全運転を強く心掛けた。

 周辺は真昼の繁華街から人だけを突然完全に除去したような静けさ、不気味さ、奇妙さを漂わせている。だがハンターの視点で見れば遺物が山ほどありそうな建物がそこら中に存在している光景であり、宝の山の景色とも言える。アキラは商店らしい建物の前を通り過ぎるたびに、店の中に存在していると思える大量の遺物を想像して軽く目で追っていた。

 その内にどこかの建物に入るのだろう。アキラはそう思っていたのだが、アルファがそれらしい様子を一向に見せずにひたすら移動を指示し続けていたので、流石さすがに少し怪訝けげんそうな様子を見せ始めた。

『アルファ。さっきから同じ場所を何度も通ってるけど、高値の遺物が大量にありそうな場所でも探しているのか?』

『大まかに説明するならそうなるわ』

『そうか。まあ、その辺は任せるけど、取りあえずその辺の店に入ってみるってのは駄目なのか? どの店に入っても高そうな遺物がそれなりに有りそうな気がするんだけど……』

『それは駄目よ』

『何でだ?』

 アルファが当然のことのように答える。

『だってアキラは無一文でしょう? 入っても何も買えないわ』

『……いや、え? 買う? 買うって……』

 予想外の言葉を聞いたアキラが困惑する。旧世界の店舗に入り、そこらの遺物をリュックサックに詰めて、警備の機械系モンスター達を倒しながら店から脱出して、バイクに乗って全速力で離脱する。アキラの頭の中にあるその一連の流れに、金を出して遺物を買うという行動はどこにもなかったからだ。

『言いたいことは分かるわ。でもそれはちょっと無謀よ。この場の遺物をハンターの流儀で手に入れるとしたら、大規模な部隊を率いて街の防衛機械と一帯を半壊させながら交戦して、警備の戦力を一時的に無力化しながら遺物を運び出すしかないわ。この場を遺跡の外周部のような光景に変えるほどの戦力が必要になるわね。道路の規定速度を守って安全運転で進んでいる理由をもう忘れたの?』

 アキラが僅かに顔をゆがめる。

『確かにそうだけどさ。それが駄目なら俺達はここに何をしに来たんだってことになるぞ? 命賭けでここまで観光に来たわけじゃないんだ。警備の甘い場所を見つけて押し入るしかないんじゃないか? さっきからうろうろしていたのは、それを探していたんじゃないのか?』

『その考えで間違ってはいないわ。でも押し入るとしても交戦する可能性が低い方が良いでしょう? 良いから私に任せなさい。アキラもその辺は私に任せるって言ったでしょう?』

 アルファの微笑ほほえみには普段とは少し違う強めの念押しが含まれていた。それに気付いたアキラは余計なことを言うのを止めることにした。

『……了解だ。でも、何だかよく分からないけど、成果なしで帰るわけにはいかないんだ。期待するからな』

『良いわよ。任せなさい。アキラは私が指示するまで行儀良くしていてね。機械系モンスターを見付けたからって勝手に撃ったりしないでね』

『やっぱりその辺にいるのか!?』

『行儀良くしていれば大丈夫よ』

 期待と不安の入り交じった表情を浮かべたアキラに、アルファはいつも通りの微笑ほほえみを返した。

 その後もしばらく周囲を移動し続けていると、アキラが視界の先に妙なものを見付けて不思議そうな表情を浮かべた。少し先に巨大な高層ビルが見えるのだが、そのビルの側面に垂直に延びる道路が見えたのだ。

 旧世界には変なものがある。そう思っているとバイクがそちらに向けて加速し始めた。アキラが嫌な予感に慌て始める。

『……アルファ、待て、またか? またなのか? あれはちょっと無理があるんじゃないか!?』

『大丈夫よ。ちょっと前にビルの側面を徒歩で駆け下りたでしょう? 今度はバイクで駆け上がるだけよ』

 バイクが更に加速する。その勢いのまま道路の曲面部分、地面とビルの壁の接続箇所を通り過ぎ、そのままビルの側面を垂直に駆け上がった。

 アキラが足下の方向を、ビルの側面の路面を見ながら顔を引きつらせる。既にかなりの高さまで上がっている。加速時の勢いも少しずつ落ち始めている。そのまま落ちたら真っ逆さまだ。

『旧世界の道路って垂直に進める機能でも付いてるのか!?』

『ここの道路にそんな機能はないわ。基本的にはただの壁と同じよ』

『ただの壁!? そんな場所を登ってるのか!?』

 アキラが慌てている間にもバイクの勢いは落ちていく。このままだと勢いが完全に消えてそのまま落下してしまう。そう思ってバイクを握る手に力を込めた。しかしバイクはある程度まで速度を落としたものの、それ以上は速度を落とさずにそのままビルを登っていく。

 アルファが困惑しているアキラを見て楽しげに笑う。

『壁にそんな機能はないけれど、バイクの方には落下防止の機能があるのよ。正確には、このバイクには不確かな地面の上で高速移動中でも機動性や操作性を失わないようにするために接地を維持する機能が備わっていて、それを応用しているの。タイヤが接地面をしっかりとつかんでいるからそう簡単には落ちたりしないわ。前にビルを駆け下りた時より、よっぽど安全に進んでいるのよ?』

 アキラは軽い安堵あんどの息を吐いてから、少し不満げな顔をアルファに向けた。

『……だからさ、そういうことは前もって言ってくれ』

『予想外の事態が発生しても平静と冷静さを保つ訓練だと思いなさい』

 アルファはそこまでは笑って答えた。そして表情を少し真面目なものに変えて、前方を指差す。

『これは先に言っておくわね。撃っては駄目よ。敵意を見せないで』

 アキラがアルファの態度を見て表情を引き締める。そして前方を、ビルの高層部の方を見ると、その景色の一部がゆがんだ。警戒を強めるアキラの前で、そのゆがみが大型の機械系モンスターに変化した。光学迷彩を解除したのだ。

 大型警備機は多脚の先にあるタイヤで路面を滑りながらアキラの横まで来ると、そのままアキラのバイクと併走し始めた。カメラが機体の側面を回ってアキラの前に固定される。更に同型の機体が数台続いて現れ、同じようにアキラの近くで併走しながらカメラをアキラに向けた。

 アルファは前の機体に軽く手を振っている。機体のカメラがアルファの姿を捉えると、アルファが空中を指差した。そこに紋章のような図形が浮かぶ。全ての機体のカメラが一斉に動いてその紋様を注視する。

 数秒後、大型警備機達がアキラ達から興味を失ったようにカメラを移動させる。そしてビルの上層側に戻る機体と地面側に進む機体に分かれて離れていく。その途中で光学迷彩を再び有効にしてアキラの視界から完全に消えていった。

 アキラが緊張を解いて軽く息を吐く。そしてアルファに不満げな視線を向ける。

『……やっぱりいたじゃないか』

 アルファは楽しげに笑っている。

『いないとは一言も言っていないわ。それに事前に伝えた通り、行儀良くしていれば大丈夫だったでしょう?』

 アキラは大げさにめ息を吐いてから視線を前に戻した。

 そのままバイクで巨大な高層ビルの側面を垂直に進む。側面の路面はビルの高層部にある巨大な搬入口に続いていた。

 ビルの内外をつなぐ曲面部分をバイクで通過したアキラは、常識的な体勢に戻ったことに僅かに安堵あんどした。だが予想外のものを見てすぐに驚きの顔を見せた。

 そこには黒を基調にした旧世界風のドレスを着た女性が立っていた。女性はアキラの到着を待っていたかのように驚きもせずにアキラを見ている。整った美貌の上に事務的な無愛想を浮かべており、少なくとも歓迎の意は全く感じられない。

 バイクをめたアキラに、女性が少々事務的な礼儀を見せる。

「ツバキハラビルへようこそ。私は当ビルの管理人格を務めるツバキと申します」

 アキラはツバキを驚きと困惑の混ざった目で見ていた。

『アルファ。あれってまた立体映像ってやつか?』

『いいえ。実体よ。自動人形か遠隔操作義体なのかは分からないけれどね』

「基本的には自動人形の機体を外部インターフェースに使用していますが、人格をこちらにも同期させていますよ。ローカル側でも視認するためにね。ネットワーク上の映像情報でも知覚していますが、そちらの情報は貴方あなたによる改竄かいざんが見受けられましたので、まあ、念のためです」

 ツバキは明らかにアルファに視線を向けていた。アキラが驚いてアルファとツバキに視線を彷徨さまよわせる。

「アルファが見えているし、話も聞こえているのか!?」

『アキラから私への念話は聞こえないわ。私からアキラへの念話は、受信制限が甘かったようで聞かれたようね。私の姿はネットワーク側で見ているのよ。ローカル側ではアキラしか見えていないわ。それにしても、直々に出迎えてくれるとはね。暇なの?』

 アルファがどことなく僅かにとげのある態度を見せていたが、ツバキは特に反応を示さず澄まし顔のままだ。

「より多忙にしないための予防処置ですよ。御案内します。どうぞこちらへ」

 ツバキがアキラに背を向けて奥へ進んでいく。アキラはまだ少し平静を欠いたまま立ち止まっていた。

『アキラ。行きましょう』

『えっ? ああ』

 アキラはアルファに促されて気を取り直すと、巨大な高層ビルを貫くトンネルのような場所をバイクに乗ったままゆっくり進んでいった。

 頭上に空はなく、トンネルの出入口は日が差し込むには遠すぎるが、内部は真昼のように明るい。タイヤ付きの多脚が付いた輸送機械や警備機械が壁や天井に貼り付いている。何らかの物資を積み込むために停止している個体もいれば、かなりの速度で通り過ぎていく機体もいる。アキラがビルの側面を登っている時に遭遇した機体もここでは光学迷彩を解除していた。

 先導するツバキのすぐそばを巨大な機械が通り過ぎていく。当然その後ろにいるアキラのそばも通り過ぎていき、アキラが冷や汗を浮かべる。巨大な質量を持つ物体が全く減速せずに自分の近くを通過していくのだ。怖いものは怖い。

 しばらく進むとツバキが立ち止まり、振り返って右の壁側を指差す。その方向には高さ3メートルほどの頑丈そうな扉があった。扉が静かに左右に開いていく。かなり厚い金属製の扉が開いた中には、何らかの倉庫のように見える部屋の光景が広がっていた。

「あちらです。用事が済み次第速やかにお引取りを」

 アキラは通行する輸送機械等にかれないように注意して左右を見渡すと、バイクごとその部屋の中に入っていった。

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