第140話 妥当な報酬

 アキラがクガマヤマ都市の下位区画でキャロルを待っている。

 ミハゾノ街遺跡でのハンター稼業の報酬がアキラの口座に振り込まれた直後にキャロルから連絡が来た。用件は報酬の分配についてだ。

 アキラの口座に振り込まれた金はアキラチームの報酬だ。キャロルの報酬はキャロルを雇ったアキラが支払わなければならない。額が額なのだ。報酬の不払いを原因にキャロルと殺し合いになるのを避けるためにも、アキラはキャロルとしっかり交渉して適切な報酬を支払わなければならない。

 アキラは情報端末の通話でそのまま報酬の話を進めようとしたのだが、キャロルがアキラと直接会って話すのを希望したので、待ち合わせる場所と時間を決めて会うことになったのだ。

 アキラは下位区画の防壁に近い場所の商店街でキャロルを待っていた。商店街は下位区画でも比較的裕福で荒事とは無縁な者達が利用する場所だ。警備の人間も武装こそしているが、周囲の人間を必要以上に警戒させないように、安心感を与えるように配慮した格好をしている。警備の人間以外は荒事とは縁遠い格好だ。

 そのためアキラは少し目立っていた。アキラはしっかり強化服を着用し、AAH突撃銃とA2D突撃銃を装備していた。このまま荒野に出かけても問題のないハンターの格好である。A4WM自動擲弾銃やDVTSミニガンまで装備していたら、恐らく警備の人間に追い出されていただろう。

 アルファが楽しげに微笑ほほえみながら話す。

『目立っているわね』

『俺の所為じゃない。待ち合わせ場所をここにしたキャロルの所為だ』

 アキラはそれなりに目立っているが、それは場の雰囲気にそぐわない格好の人間に対する奇異の視線を少々多めに集めているという程度だ。武装したハンターを恐れている雰囲気はない。それはこの場の治安を維持している存在が、その程度の武力など問題なく排除できる戦力を保持していることを意味している。この場でめ事を起こせばただでは済まないと皆知っているのだ。

 アルファがアキラの格好と周囲の人々の格好を見比べて話す。

『私は構わないけれど、もしアキラが目立ちたくないと思っているのなら、もう少し格好に気を使っても良いかもしれないわね。アキラもハンター稼業用ではない服を少しぐらい買ってもいいと思うわ』

『別に着飾ってどこかに行く予定もないし、欲しいとも思わないし、要らないだろう。確かに少し目立っているけど、気にしなければいいだけだ。そういう服って結構高いんだろう? 無理をして買う必要はないはずだ』

『確かにその通りよ。シオリとカナエもメイド服を着ていたわ。本人がそれで良いと思っているのなら、無理に合わせる必要はないかもしれないわね』

 アキラが少し嫌そうな表情で尋ねる。

『……今の俺って、あの時のシオリやカナエと同じ扱いなのか?』

『場にそぐわない格好をしているという意味では、その通りよ』

『……少しぐらいは購入を検討するか』

 少し悩み始めたアキラを見てアルファが微笑ほほえんでいた。

 キャロルは約束の時間の少し前に現れた。アキラの姿を見つけると軽く手を振って駆け寄ってきた。

 キャロルは上品さを感じさせる清楚せいそな服を着ていた。ミハゾノ街遺跡で着用していた強化服のデザインとは正反対の装いだ。共通点は肌の露出の少なさとゆったりとした服では隠しきれない魅惑の体型と、分かる者には分かる服の価格の高さだけだ。

 アキラが遺跡での格好とは正反対の装いのキャロルを見て少し意外そうにしている。無意識に想像していたキャロルの私服姿とはかけ離れていたからだ。

 そしてキャロルはアキラの格好を見ると少し意外そうな表情を浮かべてから、微笑ほほえみながらも僅かに不満げな様子を見せた。僅かにめ息を吐いてから尋ねる。

「女性との食事の待ち合わせで、その格好はちょっとどうかと思うわよ?」

 アキラは先ほどのことを棚に上げて平然と答える。

「ハンターがハンターとハンター稼業の話をするんだ。そこまで変な格好でもないだろう」

 キャロルがアキラの態度を注意深く観察する。照れ隠しのような態度は全く見受けられない。

「確かアキラは女性と待ち合わせた時の対応を鋭意勉強中だったかしら? 相当勉強が足りていないようね」

「そんなことを言ったっけ?」

「言ったわ。何げない会話でも相手は覚えているものよ。それじゃあ、行きましょうか」

 キャロルがアキラを待ち合わせの場所からそこそこ離れた場所のレストランに案内する。

 実はキャロルは待ち合わせた場所の近くにある別の雰囲気の良いレストランにアキラを誘うつもりだった。だがそこは強化服を着た人物にはそぐわない店だった。

 入店を拒否されることはないだろうが、場違いなことに違いはない。キャロルはそう判断し、予約を入れなくて良かったと思いながら、アキラに顔を見せないようにして軽く苦笑していた。

 一緒に店に入り、4人用のテーブルに向かい合って座り、写真付きのメニューを見て注文する料理を選ぶ。キャロルはかなり真剣に注文内容を選んでいるアキラを見て、その様子を微笑ほほえましく思いながらもいろいろと考えを巡らせていた。それはこの後の交渉のことであり、より正確にはそれを利用してアキラを籠絡する手段の検討だ。

 注文を済ませて雑談を続けて、テーブルの上に注文した料理の一品目が来た辺りで、キャロルが今回の本題をアキラに話し始める。

「料理も来たことだし、そろそろ本題に入りましょうか」

「報酬の分配だな?」

「そうよ。小難しい駆け引きは止めにして聞きましょう。アキラは私に幾ら払うの?」

 キャロルは不敵に微笑ほほえみながらアキラの返事を待っている。

 アキラは難しい表情を浮かべていたが、逆にキャロルに聞き返す。

「俺はキャロルに幾ら払えば良いんだ?」

 キャロルが楽しげに自信の有る笑顔で答える。

「あら、折角せっかくアキラのために小難しい駆け引きは止めにするつもりだったのに、アキラは駆け引きの方がお好み? 受けて立っても良いけど、私は手強てごわいわよ?」

 アキラが少し言いにくそうに話す。

「いや、駆け引きも何も、それ以前に俺には相場とか適正な報酬額ってのがよく分からないんだ。だからキャロルに聞いているんだ。キャロルはそういう交渉には慣れているんだろう?」

 アキラも交渉の場で自身の無知をさらすのが危険であることぐらいは分かっている。だがアキラにはその手の知識があると装うための知識すらない。つたない知識で装ったところでキャロルには確実に見抜かれるだろう。

 アキラはある意味で開き直った。知らないものは知らないのだ。知識不足による利益の減少は、その知識を得るまでの必要経費と割り切ることにした。

 キャロルはアキラの様子を確認して、少し考えてから探りを入れる。

「報酬交渉の経験者としてアキラのがわに立って判断すると、その対応は悪手だと言っておくわ。相場が分からない以上、そして私達2人の報酬の上限が決まっている以上、分かりやすいはったりであっても、相場を知らない欲張りな額であっても、自分の希望額をしっかり提示するべきね。既に2人分の報酬がアキラの口座に振り込まれているのだから、それを利用して強気で押すこともできるわ。何しろ交渉が決定的に決裂した場合、報酬を取り立てなければならないのは私の方なんだから。アキラから取り立てるのは私だって大変よ。だから私はその面倒を避けようとしていろいろ譲歩するかもしれないわ。当然、私が引き下がった分だけ、アキラの報酬が増えるわ」

 アキラはキャロルの説明を聞いて、それに納得した上で話を続ける。

「確かにそうだな。それで、キャロルの希望額は幾らなんだ?」

 キャロルは表面上は笑顔を崩していないが、内心かなり困惑していた。アキラの様子からは報酬のり合わせをする意思を感じられない。アキラが有利な立場であると教えても、それを利用しようとする様子もない。キャロルが希望額を提示すれば、アキラはその額をそのまま受け入れてしまいそうだ。

(正直な話、私も報酬の額には余り興味がないのよね。その報酬の交渉を通して、私の報酬額をアキラに納得させた上で私が大幅に譲歩して、アキラに恩を売る方が大切なんだけど……)

 キャロルは少し悩み、アキラの反応を見るために試しに言うだけ言ってみることにする。

「希望額ね。私も自分の実力を安売りする気はないし、報酬をり上げる交渉術には自信が有るわ。そのために交渉の開始の金額を高めに設定することもあるわ。極端な話、もし私が全額寄こせと言ったらアキラはどうするつもりなの? アキラは相場なんか知らないって言っているし、私がアキラの無知に付け込んで納得させた上で全額支払わせようとしたらどうするの? 成功させる自信は、結構あるわ」

 キャロルはそう言って不敵に微笑ほほえんだ。

 アキラが普通に答える。

「その場合は仕方がない。全額払おう」

 キャロルの笑みが崩れた。

 アキラは別に何か裏があって全面降伏のような交渉をしているわけではない。アキラの少々ゆがんだ価値観でキャロルの話を聞いた結果そうなっただけだ。

 アキラがキャロルを雇ってミハゾノ街遺跡に向かったのはエレナ達を助けるためだ。アキラの心情としては、初めから稼ぎは二の次なのだ。

 そしてアキラはキャロルを雇ったがわだ。雇ったがわである以上、無意識にキャロルに正当な報酬を支払いたいと考えていた。自分よりも格上のハンターを自分の意思で死地に連れ回したのだ。その対価は正当に支払われるべきだ。アキラはそう考えていた。

 スラム街では、相手に銃を突きつけて金も食料も何もかも置いていけという、極めて不当な交渉は珍しくない。アキラは奪われるのは大嫌いだ。だが奪うがわに回る気もない。アキラは自身が奪われるがわだった時に望んだ正当な取引を望み、奪う必要もなく既に持っていると言う状態を実感したかったのかもしれない。

 しかしアキラにはキャロルに支払うべき正当な報酬額が分からないのだ。

 正当な報酬額の感覚にはどうしても個人差が発生する。ハンターは命賭けで荒野に出ている。そして自分の命と他人の命は常に不等価だ。だからこそ、ハンター同士の報酬の交渉は大いにめるのだ。時には仕事を成功させた後で、一緒に仕事をしたハンター同士が殺し合うほどに。

 アキラもそれは理解している。だから適正な報酬を知っている可能性が最も高い人にそれを聞くことにした。つまり、キャロルだ。

 キャロルは自分の笑みが崩れたことを自覚すると、自分の顔に素早く笑みを戻した。微塵みじんも動揺していない様子を装いながらアキラの様子を観察する。冗談や交渉の駆け引きの様子はない。本気で言っている。そう判断した。

(参ったわね。まずは高額を提示して、交渉しながら私が譲歩する形で額を下げていって、アキラに恩を売る形にする。その恩をつながりにして仲を深めていく予定だったのだけど、下手な額を提示するとあっさり通った上にその支払い額を理由に縁が切れるわね。これはこれで難しい交渉だわ)

 キャロルは勘違いしているが、別にアキラも全額黙って支払うつもりなどない。キャロルに金額の根拠を、正当性をしっかり尋ねて納得したら支払う。そういう意味だ。

 付け加えれば、アキラはその請求額に納得しない努力を限界までするつもりだ。その上で納得してしまったのなら、その請求額の正当性に納得して認めてしまったのならば、仕方がないので支払うだろう。納得とはそういうものだ。

 更に付け加えれば、アルファが黙っているのでアキラは自分の言動を少し甘く見ていた。あれだけうるさく言っていたのだ。問題があれば止めるだろう。そう考えていた。

 なおアルファが黙っている理由は、この交渉でアキラが大損した場合、その結果を口実にして今後のアキラの行動を制限するためだ。アルファはいろいろな利害を考慮して、この場では意図的に黙っていた。

 キャロルは少し悩んで安全策を取ることにした。重要なのは最低でもアキラに悪印象を持たれないことだ。

(……少ししゃくだけど、ここは先人に倣いますか)

 キャロルは指針を決めると、アキラとの交渉を再開する。

「アキラはエレナ達とも何度か一緒に仕事をしているのよね? その時は報酬をどう分配していたの? 分配方法は誰が決めて、どういう基準で決定していたの?」

「ん? エレナさんが決めて、大体普通に分配した」

 キャロルはアキラにその普通と表現される分配方法の詳細を聞きたかったのだが、エレナがアキラに提示するであろう分配方法を想定してそれを元に話す。

「それなら私達も普通に半分ずつ公平に分けましょう。その報酬がミハゾノ街遺跡での戦闘に見合うものかどうかの話は止めましょう。事前にお互いの取り分についてしっかり同意した訳でもないしね。無駄にめずに不要な遺恨も残さずに済むわ。報酬の相場の妥当性に、両者の納得に勝るものなんてないわ。これからも良い付き合いをしたい相手と長く付き合うためにも、分かりやすい公平さを尊重しましょう。どう?」

「分かった」

 アキラが食事の手を止めて、情報端末を操作してキャロルの口座へ報酬を振り込む。

「振り込んだ。確認してくれ」

「分かったわ」

 キャロルも自分の情報端末を取り出して振り込みを確認した。

「確認したわ。これでアキラとの依頼はつつが無く終わりました。ありがとう御座いました。私はアキラの期待に応えられたかしら? 依頼主の評価を聞いておきたいわね」

 キャロルは少し悪戯いたずらっぽく何かを期待するように微笑ほほえみながらアキラに尋ねた。

 アキラはキャロルの態度を少し考えたが、取りあえず素直に答える。

「ああ。いろいろ助かったしキャロルを雇って良かったと思う。ありがとう御座いました」

 そう答えて軽く頭を下げたアキラに、キャロルが機嫌良く答える。

「どういたしまして。これからもよろしくね」

 取りあえず失敗ではない。どちらかと言えば成功だろう。キャロルはアキラの態度からまずはそう判断した。そして美味おいしそうな料理を美味おいしそうに口に運ぶアキラを見て、交渉の場をレストランにした自分の判断の正しさを再確認する。

(アキラも食事を終えるまでは帰ったりしないでしょう。交渉をその辺の喫茶店で済ませていたら、アキラは交渉が終わったらすぐに帰ってしまいそう)

 キャロルの予測は恐らく正しい。キャロルがよほどアキラの興味を引く話でもしない限り、アキラは用がなければさっさと帰ろうとしただろう。アキラはキャロルが今まで相手をしてきた者達と異なり、キャロルとの逢瀬おうせを楽しもうとする気持ちが薄いからだ。

 アキラとキャロルは雑談を続けながら食事を続けている。アキラは特に何の考えもなく話しているが、キャロルは楽しげな微笑ほほえみを浮かべる裏で、アキラの興味を引く話題を、アキラの好感を高める話題を探りながら話していた。

 キャロルは様々な話題を何げなく話しながら、話題に対するアキラの表情の微妙な変化を観察している。話題は共通の話題の方が話が弾むこともあり、ハンター稼業の話が大半だった。

 キャロルから遺物売却の耳寄りな話を聞いたアキラが興味深そうに答える。

「へー。そんなに高く売れることがあるんだ。すごいな」

「そうよ。数万オーラムで買った遺物が100万オーラム以上で売れたって話を聞きつけて、ハンターや個人業者が下位区画の表裏の遺物取扱店を探っているらしいわ」

「旧世界の遺物の玩具おもちゃか……。どんな遺物なんだろうな」

「私も遺物の詳細までは調べられなかったけど、遺物を買い取った先は黒銀屋らしいって話よ。黒銀屋が高値を付けた。そして遺物取扱店では安値で売られていた。その話から推察すると、玩具おもちゃといっても精密機械に分類されるものではなく、比較的状態の良い美術品に近い扱いで持ち込まれたものだと思うわ。旧世界のその類いの玩具おもちゃを求めるコレクターが探していた品だったのかも。そういう趣味の世界に大金を出す人間は多いわ」

 キャロルがアキラに話しているのは、キャロルの情報網に飛び込んできた遺物売却の話だ。最近あるハンターがクガマヤマ都市の下位区画で旧世界の遺物の転売に成功して大金をつかんだ。珍しくもない噂だが、アキラもハンターなら遺物売却の話に興味を持つだろう。キャロルはそう考えて事前に遺物売却の話題を集めていたのだ。

 よくあるちょっとしたうわさにすぎないが、アキラの興味を引くには十分だった。キャロルがその話に大きな興味を見せるアキラの姿を見て満足げに微笑ほほえむ。

 遺物の転売やそれらの商売に関する話を聞いたアキラが、少し疑問に思ったことをキャロルに尋ねる。

「そういう遺物の売買をする店って、そんなにもうかるのか?」

「そこは店主の腕次第ね。遺物をさばく伝と金さえあれば結構な稼ぎになるって話よ」

「……スラム街に店を出してもか? しかも立地が裏路地でもか?」

 キャロルが意外そうな表情をアキラに向ける。

「あら、もしかしてアキラもその手の商売に興味があるの? うーん。私の見解だと、アキラの実力なら下手にその手の店を開業するよりも、ハンター稼業を続けた方が稼げると思うわよ?」

 東部には起業の資本金のためにハンター稼業をしている者も多い。ハンター稼業は非常に危険ではあるが、手っ取り早く大金を得る手段としては悪くない。そして前歴が高ランクのハンターであると、事業の融資も結構集まりやすくなる。事業に失敗した場合、ハンター稼業を再開させて借金を取り立てるという手段が使えるからだ。

 キャロルのひどく個人的な事情として、ゆがんだ嗜好しこうとして、キャロルはアキラが商売人に転職するよりもハンターとして活動し続けることを望んでいる。誰かが自分を買う為に使う金は、普通の商売で稼いだ金ではなく、血と命のにじんだ金であることを望んでいる。アキラを止めた言葉もうそではないが、理由の大半はそちらの方だ。

 アキラも自分に商売の才能があるとは思っていない。軽く首を横に振って答える。

「いや、俺じゃなくて、俺の知り合いが最近スラム街にその手の店を開いたんだ。俺はその店の警備をしたりもしている。そいつは店の内装とかに結構金を掛けたらしいんだけど、スラム街にそんな店を作っても採算とか取れるのかなって、ちょっと疑問に思っていたんだ」

「ああ。そういうこと。アキラは前にスラム街に住んでいたって言っていたけれど、その時にその類いの店の話を聞いたりはしなかったの?」

「そういう店があるってことぐらいは知っていたけど、関われるような立場じゃなかったからな」

「そう。それなら私がいろいろ教えてあげましょう。私はそういうことにも結構詳しいのよ?」

 キャロルは得意げに微笑ほほえむと、楽しげにアキラに話し始めた。

 クガマヤマ都市には旧世界の遺物の売買をしている店が無数に存在している。店の規模も種類も様々だ。スラム街にもその手の店は多い。そしてスラム街のその手の店は、所謂いわゆる裏の店として営業しているものも多い。

 別にスラム街の店は違法な存在ではない。しかしハンターオフィスが余り快く思わない営業を、取り締まる費用などから判断して黙認しているような取引をしていることが多いのも事実だ。

 ハンターオフィスはハンターが旧世界の遺物を売却目的で購入するのを余り快く思っていない。ハンターが自力で旧世界の遺跡で取得した遺物ではなく、金で買った遺物をハンターオフィスの買い取り所に持ち込むと、下手をするとハンターランクの意義が揺らぐからだ。

 ハンターランクはハンターの実力を示すためのものだ。その実力とは基本的に、危険な旧世界の遺跡から貴重な旧世界の遺物を入手する実力だ。ハンターオフィスが高ランクのハンターを優遇するのは、そのための人材を育成するためでもある。

 ハンターオフィスが高ランクのハンターに与える特権とも呼べる優遇項目はかなりのものだ。東部の都市ではハンターが防壁内に入る許可を出す基準として、一定のハンターランク以上であることを定めている場合も多い。また高ランクのハンターにのみ公開する旧世界の遺跡の情報などもある。企業も高ランクのハンターに自社商品の宣伝を兼ねて新製品を安値で提供したりもしている。

 そのため、自分の実力より高いハンターランクを得るために他のハンターが入手した遺物を購入して、それを自分で手に入れた遺物と偽ってハンターオフィスの買い取り所に持ち込むハンターが絶えない。遺物の売却金で他の遺物を買い、それを再びハンターオフィスの買い取り所に持ち込む。その繰り返しでハンターランクを上げようと試みる者が絶えないのだ。

 またまれな例ではあるが、何らかの事情でハンターランクを上げたくないハンターが、遺跡で手に入れた遺物を意図的にハンターオフィスとは無関係な買取り業者に流すこともある。

 これは遺物売買業者を介したハンター間でのハンターランクの売買と言っても良い。所謂いわゆる真っ当な店では、その手の行為に間接的にとはいえ荷担してハンターオフィスからにらまれるのを防ぐために、ハンターへ遺物を販売するのを制限したり、身元を確認したりしている店も多い。

 ではその手のランク上げにいそしむハンターがどこで遺物を購入するのかと言えば、スラム街などに店舗を構える裏の店になるのだ。

 また、余り治安の良くない場所を仕切る組織は、組織の戦力としてハンター崩れなどを雇っていることがある。彼らのハンターランクが高いほどはくが付き組織の勢力も増すため、彼らへの報酬として金の代わりに旧世界の遺物を渡すこともよくある。雇われるがわも報酬を単純に金で受け取るより都合が良いと判断する者も多く、旧世界の遺物を条件に雇われることも多いのだ。組織が彼らに報酬として支払うための旧世界の遺物の入手先も、大抵はスラム街の遺物売買店だ。

 スラム街の遺物売買業者は、そのような公にはできない需要を受け入れることで、スラム街とは思えない大きな利益を得ているのだ。

 アキラはキャロルの話を非常に興味深く聞いていた。

 キャロルはアキラの興味を十分に引けたことに満足して楽しげに微笑ほほえんでいた。同時にその手の話に興味を持つ理由とその背景を推察する。

(アキラはスラム街の出身。恐らく旧世界の遺跡で運良く高値の遺物でも見つけて、装備を整えてハンターになった。そしてハンターとしてかなりの短期間で成長した。アキラの知識不足もそれで説明が付くわ。アキラがハンターになってから、ハンターの一般的な知識を身につけられるほどの期間がっていないのよ。そうすると、恐ろしいほどの才能の持ち主ね。シカラベが警戒するわけだわ。……アキラが私の話に強い興味を示す理由は、恐らく知識にえているから。多くの知識を得られなかったスラム街での生活の反動かしら。……異性への興味が低いのも、生きるのに必死で人格の熟成が遅れているから?)

 あたらずといえども遠からず。キャロルは多くの異性を籠絡した洞察力でアキラというある意味得体の知れない人物をある程度見抜いていた。

 キャロルが何げない様子を装いながら尋ねる。

「そういえば、アキラには何か悩みとかはないの?」

「悩み?」

「そう。私はいろいろと人生経験が豊富な方だから、何か悩みがあるのなら話してもらえれば相談に乗るわよ?」

 キャロルが楽しげに意味ありげに笑って続ける。

ちなみに私の最近の悩みは、色気より食い気なんて言うどこかの誰かが、私が誘ってもちっとも反応してくれないことなんだけど、アキラは何か良い方法を知らないかしら?」

 冗談めかして楽しげにそう話すキャロルを見て、アキラも少し楽しげに揶揄からかう様に笑いながら答える。

「見当も付かないな。そいつのそういう年頃が終わるのを待つしかないんじゃないか? あるいはそいつに見切りを付けて別のやつを狙うとかだな」

「何の解決にもならない助言をどうもありがとう。それで、アキラの悩みは? 大丈夫。アキラが何を言っても、私も何の役にも立たない助言ぐらいはしてあげるわ」

 キャロルは楽しげにじゃれ合いのような返事をしてアキラの話を促した。

 アキラが少し考えてから答える。

「……悩みか。そうだな。強いて言えば、俺に金と実力が足りていないことだな。……こういうのも悩みって言うのか?」

「あら、今回の仕事で結構な金が手に入ったと思うし、アキラの実力も大したものだと思っているけど、足りないの?」

「そうは言っても、弾薬費は掛かるし新しい装備も欲しいし美味うまい食事も欲しいし、金は幾らあっても足りない気がする。実力だって、俺がミハゾノ街遺跡で苦戦している時点でまだまだ足りていないってことだ。まあ、こればっかりはハンター稼業に精を出すしかないからな。お手軽な解決方法なんかないだろう。俺もそれぐらいは分かる」

 正確には、既にアルファのサポートというお手軽で効果的な解決方法に非常に頼っている状態だ。その自覚がある以上、後はアキラが頑張るしかない。

 キャロルが自信に満ちた笑顔で話す。

「それならアキラに護衛してもらった時にも誘ったけど、私と組めばいろいろ協力できるわ。私の戦闘能力も、交渉能力も、アキラに再考してもらえる程度には見せたと思っているのだけど、どうかしら? 私と組んでくれるのなら、アキラが知りたそうなことをいろいろみっちり教えてあげるわ。アキラが自力で経験を積むより手っ取り早く知識も技術も手に入れられるわよ?」

 アキラは前回と異なり少し悩んだが、同じ答えを返す。

「悪いけど、断る」

 キャロルが少し意外そうな表情を浮かべてから、とても残念そうに尋ねる。

「あら、アキラに私の実力を認めてもらうために結構頑張ったつもりだったけど、駄目だった?」

 アキラが少し言いにくそうに答える。

「いや、別にキャロルの実力を認めていないってことじゃないんだ。前にも言ったけど、俺はかなり好き勝手に行動する方だから、誰かとチームを組んで予定を立てて行動したりするのが性に合わないっていうか……」

「組んでほしいって頼んでいるのは私だから、私がアキラの予定に合わせるわよ? それでいろいろ合わないって判断したら別れればいいだけよ。それでも駄目?」

「いや、それでもちょっと、悪いな」

 キャロルの気を悪くさせたか。アキラはそう思ったが、その予想に反してキャロルは笑って答える。

「そう。それなら仕方ないわね。確かにハンター稼業のリズムが合わないハンターと組むと無駄なトラブルの元にもなるしね。しつこい女は嫌われるし、無理には誘わないわ。でもアキラも一時的に組むぐらいは構わないのよね? エレナ達とも一緒に遺跡に行ったりしているんでしょう。私もそういう誘いならしても良いかしら? 勿論もちろん、アキラからの誘いも大歓迎よ?」

 アキラは少し考えて答える。

「そうだな。まあ、何かの機会があればな」

 キャロルはうれしそうに微笑ほほえんで答える。

「それじゃあ、その時はよろしくね」

「ああ」

 アキラも笑って返事をした。

 アキラはその後もしばらくキャロルと談笑を続けていた。食事を済ませて、食後のコーヒーを何度かお代わりをして、当初の予定をかなり超えて長居をしていたことに気付いた辺りで、アキラはキャロルに別れの挨拶をして店を出て行った。

 キャロルはアキラが帰った後もしばらく店にとどまっていた。少し悔しそうに微笑ほほえみながらつぶやく。

「うーん。アキラの反応は悪くなかったようだけど、次に会う具体的な約束を取り付けるまではいかなかったか。最近は色香で誘うことにかまけ過ぎて、話術とかで誘う腕が落ちたのかしらね」

 キャロルは別に色香だけで相手を籠絡しているわけではない。それ以外にもいろいろな手段で総合的に相手の気を引いている。相手と親しくなる話し方もその1つだ。共通の話題を持ったり、悩みを話し合ったり、価値観を共有したりして、相手の望む話を聞き、相手の望む答えを話し、相手の掛け替えのない存在になることで、相手を強く深く籠絡する。性的な手段はその過程にすぎない。

 キャロルはその過程で相手をより良い状態に導いたりもする。相手により前向きな考え方を持たせ、もっと自信を持つように励まし元気づけ、人生をより積極的に肯定的に意気揚々と楽しく送れるように支えたりもする。それは相手が命懸けで稼いだ金を受け取ったことに対しての、キャロルが相手に渡す対価でもある。

 なお、その対価を受け取った相手が過度に前向きに過度に楽観的になって、自分の実力を超えるほどに危険な旧世界の遺跡に突撃しても、キャロルはそれで良いと考えている。命の使い方は人それぞれだ。キャロルはそれを止めようとはしない。逆効果になりそうな、止める素振りぐらいはするかもしれないが。

「アキラの様子だと適当に遺跡探索に誘っても断られそうだし、アキラの方から私を誘ってくる可能性は低そうね。どうしようかしら……」

 キャロルがアキラを籠絡する次の手を思案していると、情報端末に通話要求が届く。情報端末を手に取って相手を確認してから通話要求に応える。

「ヴィオラ。私は外出中だから、誰かに聞かれては不味まずい話なら後でかけ直して」

「大丈夫よ。ちょっとキャロルに聞きたいことがあるだけ。大したことじゃないわ」

 ヴィオラの随分機嫌の良さそうな声に、キャロルはその裏にあるろくでもないたくらみを感じていた。

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