第109話 嘘偽りの無い言葉

 キャロルは既に食事を終えて食後の紅茶を飲んでいる。アキラはまだ食事の途中だ。かなり大量に注文した料理を味わって食べているからだ。

 キャロルは既にアキラに約束した旧世界の遺物の補填である4000万オーラムを振り込んでいる。アキラはそれを軽く確認した後で礼を言って食事に戻っていた。

 キャロルは4000万オーラムという額に動揺を見せないアキラを見て、その手の額に慣れる程度には稼いでいるのだろうと判断する。

 基本的にハンター稼業の稼ぎと実力は比例するものだ。あの無人兵器を一人で撃破した実力者ならば、その程度の額に動揺を見せないのは不思議ではない。しかし旧世界の遺物を盾代わりにして台無しにした時のアキラの嘆きから判断すると少しずれているようにも思える。

 あの無人兵器をどうやって一人で撃破したかも不明だ。キャロルは考察を進めるほどに分からなくなってくる少年を不思議に思いながら興味を深めていた。

 アルファがアキラに告げる。

『アキラ。ハンターオフィスから通知が来ているわ』

『通知?』

 アキラは情報端末を取り出して通知の内容を確認する。それは緊急依頼の応援要請だった。依頼元はドランカムで、依頼の内容はセランタルビルにいるハンターの救出活動の援護だ。

 食堂が少し騒がしくなっている。アキラがキャロルを見ると、キャロルも情報端末を操作していた。キャロルだけではなく、食堂にいる多くのハンターが同じように情報端末を確認している。通知はこの周辺にいるハンター全員に送られていた。

 周辺のハンター達の会話が聞こえてくる。

「大食いビルへの突入支援? ハンターもモンスターも区別なく食い殺す悪食ビルに突っ込めってか。俺は御免だな」

「そうか? 俺は受けても良いと思うけどな」

 仲間の返答を聞いたハンターが鼻で笑うように話す。

「おいおい、何を言ってるんだ。セランタルビルだ。ミハゾノ街遺跡の7怪談の一つだぞ? ドランカムも自前の戦力じゃ足りないって判断したから応援要請を出してるんだろう。しかもこの契約条件を見ろよ。倒したモンスターの所有権がドランカム側になっている。しかも弾薬費は自前。基本報酬も渋い。受ける理由がどこにあるんだ? どうせドランカムも提携している保険会社との契約で嫌々部隊を派遣するんだろうさ。ハンターの誰かが契約していた保険会社経由で緊急依頼を出したんだろう。民間警備会社やハンターの徒党と契約して、絶対に緊急依頼を受理させる保険があったはずだ。普通に緊急依頼を出しても受けるやつがいる保証はないからな。こんな危険な上に赤字前提の依頼を受けるやつがどこにいるんだ?」

 否定的な仲間に男が軽く首を横に振ってから笑って答える。

「まあ確かに、金額的には厳しい依頼だ。だがものは考えようだ。ドランカムの支援有りでランク上げができると考えればそこまで悪くはない話だ。ハンターランクを上げておいて損はないからな。それに緊急依頼関連の仕事の履歴を増やすって意味もある。統企連のハンター倫理の向上活動の一環として、ハンターオフィス経由で受けた緊急依頼関連の仕事は、ハンターランクが上がりやすいと言われている。それに体面を気にする企業がハンターを募集する場合、緊急依頼関連の履歴が多いと有利になるんだ。それに、俺は違うが、ドランカムに加わりたいハンターなら、これを縁にしてって考えるやつもいるだろう」

 仲間の言い分を聞いた男がうなる。

「ドランカムか。成長して規模もでかくなって、最近は賞金首討伐にも成功して都市からの覚えもよくなっているらしいからな。結構加入希望のハンターが多いんだったか。だが最近は新規加入を若手のハンターに絞っていて、普通のやつははじかれるやつも多いって話だ。ああ、それではじかれたやつが自分の実力の証明も兼ねて依頼を受けるわけか」

「ドランカムはクガマヤマ都市やハンターオフィスとも連携を深めているそうだ。その庇護ひごが欲しいやつなら良い機会だろう。ドランカムにも体面はある。戦力はちゃんと用意しているはずだ。ランク上げや依頼履歴のはく付け用と考えれば、うまみのある依頼なのさ」

「ふーん。で、お前は受ける気なのか?」

「お前の言っている通り、怪談になる程度には危険な場所でもある。……話の分かる相棒がいればなあ」

 仲間の言葉に男が苦笑して答える。

「……分かったよ。弾薬費はお前持ちだからな」

「話の分かる相棒で助かるぜ」

 彼らは食後の休憩を切り上げて食堂から出て行った。アキラに聞こえる距離で話していたのだ。高い食事代を支払えるだけの実力者なのだろう。

 彼らの話を聞いていたアキラが少し興味深い表情で話す。

『依頼を受けるにも、いろいろな考え方があるんだな』

 アルファが一応確認を取る。

『アキラもそういう知識を着けないといけないわね。それで、どうするの? 受けるの?』

 アキラはアルファの予想通りの答えを返す。

『受けない。今日のハンター稼業はもう終わりだ。十分稼いだし、何より疲れた』

 アキラは情報端末を操作して依頼を拒否した。

 キャロルがアキラに尋ねる。

「アキラの方にも通知が来たみたいね。私は断ったけど、アキラは?」

「断った」

 キャロルが同感だと言わんばかりの微笑ほほえみで答える。

「そうよね。私もしばらくはあそこに近付く気にはなれないわ」

 アキラが情報端末を横に置いて食事の続きに戻ろうとすると別の通知が入る。シオリからの通話要求だった。

「アキラだ。悪いけど食事中なんだ。急ぎの用事以外なら、後にしてもらってもかまわないか?」

「申し訳御座いません。急ぎの用件です。手短に済ませますので、少々お時間を頂きたく」

「何だ?」

「アキラ様にお嬢様の護衛を依頼いたします。護衛の期間は、可能でしたら今すぐ、そしてお嬢様の安全が確保できるまでになります。最長でも本日中に終了いたします。報酬等の交渉の時間も惜しむ状況ですので、その手の交渉は後回しにさせていただきたく思います。私のお嬢様への忠誠に誓って、相応の報酬の支払いをお約束します」

「それって、セランタルビルの緊急依頼の話か?」

「御存じでしたか。はい。お嬢様がその緊急依頼に参加いたします。アキラ様にはその間のお嬢様の護衛をお願いしたく……」

 アキラがシオリの話を遮って結論を答える。

「悪いが断る」

 シオリが僅かな沈黙を置いてから尋ねる。

「……理由を伺っても? 報酬の前交渉無しに依頼を引き受けるのが原因でしたら、前金をこの場で指定していただければすぐに振り込みます。アキラ様の御都合で即時対応が困難でしたら、後で合流する形式でも構いません。譲歩可能な条件でしたら譲歩いたします」

「駄目だ。断る。その依頼は受けない。交渉の余地はないと思ってくれ」

 アキラが通話越しに伝わってくるシオリの困惑を感じながら続ける。

「ああ、そっちの諸々もろもろに不満があるわけじゃないんだ。断る理由は単純だ。俺はセランタルビルに近付きたくない。俺も命が惜しい。悪いな」

 シオリが強くいぶかしみながら尋ねる。

「……セランタルビルは、アキラ様がそこまで言うほど危険な場所なのですか?」

「少なくとも十分高額な報酬を期待できる依頼を、俺が躊躇ためらわずに蹴る程度にはな。勿論もちろん、俺が臆病なだけかもしれない。ただ、詳しくは話せないが、俺が臆病になる程度のことはあったとだけ言っておく。そういう訳だ。だからその依頼は受けない。そっちにも事情があるんだろうが、行くなら十分注意した方が良いと思うぞ。旧世界の遺跡なんだ。何が起きても不思議はない。ビルの中で急に情報端末が使えなくなったり、情報収集機器の性能が落ちたりするかもしれない。いつの間にか機械系モンスターに囲まれているかもしれない。ビルの設備を敵が使用するかもしれない。じゃあな」

 アキラはそれだけ言って通話を切ると、情報端末を横に置いて食事を再開した。

 キャロルはアキラの通話の内容が少々気になった。しかし下手に首を挟むと要らぬ不評を買いそうだったので、表面上は全く気にしていないように微笑ほほえんでいた。


 シオリがアキラとの通話の切れた情報端末を険しい表情で見ている。カナエがシオリに近付いてきて声を掛ける。

「準備は終わったっすよ。あねさんの方はどうなったっすか? アキラ少年をお嬢の護衛に誘ったんすよね?」

「断られたわ」

「それは残念っす。あねさんと五分に渡り合ったアキラ少年の実力を、間近で確認したかったんすけど。それで、その表情の理由はなんすか? 護衛を断られただけにしては、深刻な顔っすよ?」

「断られた理由が問題よ。報酬の交渉以前の問題で蹴られたわ。セランタルビルには、命が惜しいから近付きたくないそうよ」

 シオリの深刻な表情とは正反対に、カナエは不敵に笑う。

「アキラ少年がどんな判断からそう言ったのかは知らないっすけど、あねさんと同クラスの実力者がそこまで言う場所っすか。面白くなってきたっすね」

 シオリが厳しい視線をカナエに向ける。

「……一応、お嬢様に取りめを進言してくるわ。カナエは出発まで準備を再確認、いえ、準備をやり直して。帰還者無しの未調査の遺跡を探索する。それぐらいの基準でできる限り準備をやり直して」

 カナエが笑って答える。

「了解っす。でもお嬢の説得は無理じゃないっすか? この緊急依頼はほぼ強制。この作戦に不参加だと、お嬢は最悪ドランカムを追い出されるっすよ。ただでさえお嬢はあの時カツヤ少年を見捨てたってことにされて、カツヤ派の連中から敵視されているっすからね。その所為で残念ながら賞金首討伐にも参加できなかったっす。まあそれは、お嬢とあねさんには都合がよかったっすけど」

 レイナはドランカムの若手ハンターの派閥の中で、カツヤ派でも反カツヤ派でもない少々肩身の狭い生活を送っている。レイナがシオリとカナエだけを連れてミハゾノ街遺跡に来たのもその所為だ。カツヤ派からは反カツヤ派に、反カツヤ派からはカツヤ派に扱われて、ドランカム内での集団行動が難しくなっているのだ。

「ドランカムに所属していることが、お嬢がハンターを続ける条件っすから、その説得、下手をするとお嬢にハンター辞めろって言っているようなものっすよ?」

 どこか他人ひと事のようなカナエに、シオリが厳しい表情で答える。

「……分かっているわ。それでも進言はするわ。少なくとも、それだけ危険な場所に行くという認識は高まるはずよ」

「分かったっす。じゃあ準備をやり直してくるっす。大赤字上等の準備に変えてくるっすよ。経費なんか気にせずに戦えるなんて、いやー楽しみっすね」

 カナエは楽しそうに笑ってそう答えた。

 レイナはアキラがあれほどの態度で断った場所に向かおうとしている。それを楽しみと語ったカナエの態度にシオリが大きく反応した。シオリにもいろいろ積もるものはあったのだ。

 シオリが腰の刀に手を伸ばす。カナエは距離を取ってシオリと対峙たいじする。シオリは感情を消し、暗い覇気を放っている。内心の激情を周囲ににじみ出しながら、シオリが暗く低い声で告げる。

「私の我慢にも、限度があるわ」

 カナエが笑みを絶やさずに答える。

「そこで抜かないのがあねさんの限界っすよね。あ、褒めてるっすよ? 冷静なのは良いことっす。だからお嬢の付き人を任されているし、お嬢からの信頼も厚い」

 カナエはシオリを見て笑っている。ここでシオリが激情に身を任せて刀を抜いてカナエを殺してしまうと、レイナをまもるための戦力が激減してしまう。だからシオリがここで刀を抜くことはない。カナエが笑っているのはそれを知っているから、ではないことをシオリは理解している。

 カナエはどちらでも構わないから笑っているのだ。この場でシオリと戦っても、この後の作戦でモンスター達と戦っても、カナエはどちらでも構わないのだ。この場で自分からは仕掛けない。それがカナエの自身の雇い主に対する義理と礼儀であり、自身の職への姿勢だった。シオリから仕掛けてくるのならば、カナエは喜んで応戦するだろう。

 シオリが刀から手を離して指示を出す。

「……早く行きなさい」

「了解っす」

 カナエは笑って作戦の準備に戻っていった。

 シオリは何度も深呼吸をして、レイナへの忠誠を確認して、冷静さを何とか取り戻した。そして主にいつもの微笑ほほえみを向けられることを確認してから、進言のためにレイナのもとへ向かった。


 アキラはキャロルと一緒にクガマヤマ都市まで戻ってきた。キャロルの頼みで下位区画の中の繁華街の近くまで送り届けた。

 車から降りたキャロルがアキラを誘う。

折角せっかくだし二人で飲まない?」

 アキラが首を横に振って答える。

「悪いが遠慮する。アルコールの類いは体に入れないようにしているんだ。意識も反応も判断力も鈍るからな」

 酔った状態でスラム街に立ち入って、身ぐるみ剥がされて死んでいった者は珍しくない。アキラはそういう光景を目にしてきた経験もあり、余り酒に興味がなかった。そしてアキラの意識の状態がアルファの強化服の操作に強く影響すると知ってからは、ますますアルコールの類いに手を出す気がなくなっていた。

 東部では酒飲みのハンターのために急激に急速に酔いを覚ます薬なども市販されている。しかしその薬を飲んでまで酒を飲もうとはアキラは思わなかった。

 酒と女。男が身を崩す要因でもあり、キャロルが得意としている付け入るすきは、両方とも塞がれているようだ。苦笑しながら話す。

「……酒にも女にも手を出さず、か。随分健康的に生きているのね」

 アキラが何となく不敵に笑って答える。

「体が資本のハンター稼業。健康なのは良いことだ」

 キャロルが誘うように笑って話す。

「人生の楽しみを自分から捨てるのもどうかと思うけどね。気が向いたら連絡してちょうだい。本業でも副業でも大歓迎よ。待ってるわ。じゃあね」

 キャロルはそれだけ言い残して繁華街の中に消えていった。

 アキラが自分を不敵に笑いながら見ているアルファに気付いて怪訝けげんそうに尋ねる。

『……なんだよ』

 アルファが意味深に微笑ほほえんで答える。

『何でもないわ』

『……だから、なんなんだよ』

『知りたい? 本当に?』

 アキラは僅かに躊躇ちゅうちょしたものの、今度はむしろ聞いてほしいような雰囲気を覚えたのでしっかりと尋ねる。

『ああ。知りたい』

 アルファがうれしそうに微笑ほほえんで答える。

『ハニートラップの防止に関してはもう問題なさそうだって確認できたことを喜んでいるのよ。あれだけ美人で人目を引く肉体の持ち主から露骨に誘われても無反応。問題なしね。逆に問題かもしれないけど』

『……ああ、そう』

 アキラがそれだけ言って運転を再開する。家の方向ではなかった。

『帰らないの?』

『回復薬とか弾薬を補充してからにする。結構使ったからな』

 アキラはまずはカツラギのトレーラーに向かった。通り道の都合で一度荒野に出て進む。

 その途中でもアルファは意味深に微笑ほほえんでいた。気になったアキラが再び尋ねる。

『なんだよ。まだ何かあるのか?』

『知りたい?』

『ああ。知りたい』

 また下らないことだろう。そう思っていたアキラに、アルファは自慢げにうれしそうに笑って話す。

『今日はアキラが私をどれだけ信頼してくれているのかを、その身をもって示してくれたわ』

 アキラの運転が大きく乱れる。

すごうれしかったわ。ビルの外壁を駆け下りるなんて、私をすごい信頼していないとできるはずがないものね』

 アキラは何とか運転を立て直そうとする。

『私を信じるっていうアキラの言葉を疑っていたわけではないけど、やっぱり実際に行動してもらえると信頼の実感も一入ひとしおだわ。たとえ本人が本気で口にしたうそ偽りのない言葉でも、いざ実行しようとした時に気が変わる人間は幾らでもいるもの』

 アキラは一度車を止めて車体の安定を試みる。

『お互い信頼し合える関係は良いものだわ。私もより一層アキラのサポートができるしね。これからも力を合わせて頑張っていきましょう。アキラ、これからもよろしくね』

 アキラは一度止めた車を再びゆっくりと動かす。そして機嫌良く笑っているアルファに前を向いたままで返事をする。

『……ああ、そうだな』

『やっぱり、キャロルがいない時に話して正解だったわね』

 ニヤニヤしているアルファの横で、アキラが誤魔化ごまかすように話す。

『……ああ、そうだな!』

 楽しそうに微笑ほほえむアルファの横で、アキラは内心の照れを表に出さないようにする無駄な努力を続けていた。それはカツラギのトレーラーに到着するまでずっと続いていた。


 アキラはカツラギから回復薬の補充を済ませた。次はシズカの店で弾薬の補充だ。その移動の途中でアキラがカツラギに言われたことを思い返す。

殲滅せんめつ力か……」

 アキラは十分な効果がある高価な回復薬をかなりの頻度で購入している。それだけ負傷しているということだ。顧客に死なれては困るカツラギは、商売を兼ねてアキラに追加のより高威力の装備の購入を勧めた。

 やられる前にやれ。モンスターとの戦闘はこれが基本。アキラにはそのための殲滅せんめつ力が足りていない。カツラギはアキラにそう熱心に話していた。

 CWH対物突撃銃とDVTSミニガン。それがアキラの主要な火力だ。これで無人兵器すら破壊したアキラだったが、セランタルビルの外でも中でも苦戦を強いられたことは事実だ。

 シズカさんに相談してみよう。アキラはそう考えながらシズカの店に向かった。助言をしたカツラギの売上げに貢献する気はないようだ。これも信用の差なのだろう。

 アキラがシズカの店に着いた時、シズカはちょうど店を閉めようとしていた。既に日は落ちている。深夜営業をしない店ならば普通の時刻だ。

 アキラが店の前に車をめてシズカに尋ねる。

「シズカさん。今日はもう閉店ですか?」

「アキラ。そうなんだけど、良いわ。入って」

「良いんですか?」

 シズカが愛想良く笑って話す。

「良いのよ。アキラを常連候補から常連に格上げする機会は私も増やしておきたいしね」

「ありがとう御座います」

 アキラは店の駐車場に車をめてシズカの店に入る。アキラを店に入れた後、シズカは店の入り口の看板を閉店にして店の中に入った。外の暗さの所為で、シズカはアキラの車が自分が売った車種から変わっていたことに気付かなかった。

 シズカはアキラから弾薬類の注文を聞くと、その内容について一応確認を取る。

「アキラ。通常弾の補充がないけど大丈夫なの? 装弾数増加系の拡張弾だけだとかなり高くなるわよ?」

「大丈夫です。今後は多少割高になっても使用する銃の装弾数を増やしておきたいと思いまして」

 強力なモンスターと戦うハンター達にとって、行動中の弾切れは死活問題だ。都市から離れた場所にある遺跡を攻略するために大量の弾薬を運ぶのにも限度がある。その問題を解決するために東部では様々な種類の拡張弾が販売されている。

 弾倉の中では髪のように細いが発射時には通常の大きさに変化する弾丸などもその一つである。旧世界の技術を解析して作成されたそれらの弾丸を弾倉に詰めることで、見た目の大きさからは考えられないほどの装弾数を実現させるのだ。旧世界の技術により、小型化による銃弾の威力の低下もごく僅かで済む。ミニガンなど大量の銃弾を消費する銃器でよく使用される弾丸だ。

 そのような拡張弾は当然ながら通常弾より高い。通常弾の2倍3倍の値段は当たり前、性能によっては10倍以上の価格差があるのだ。弾薬の補充に問題がない環境でそれらの弾丸が使用されることは少ない。通常弾を使用する方が安上がりだからだ。

 シズカがアキラをじっと見る。少なくとも多少割高になっても装弾数増加系の拡張弾を通常弾の代わりに購入したいと思わせる何か、アキラにそう判断させた何かがあったことは確実だ。

 シズカが少し威圧するように笑ってアキラに尋ねる。

「それで、今回はどんな無茶むちゃをしてきたの?」

 アキラが少したじろぎながら答える。

無茶むちゃっていうか、大量のモンスターと遭遇したので一目散に逃げてきたんです。弾薬費なんか気にせずに撃ちまくって逃げてきました。車に乗っていれば弾薬の補充も容易ですけど、建物の中でそういうことがあったので、まあ、念のためです」

 アキラは何とかそう答えた。うそは言っていない。

 シズカは持ち前の勘で、アキラが自分を心配させないために言葉を選んでいることに気付いた。しかしうそを言っていないことにも気付いた。つまりアキラは勝てそうにない相手から、あるいは手に負えない場所から、無理に戦おうとせずにちゃんと逃げてきたのだ。

 シズカは表情を緩めて優しく微笑ほほえむ。

「そう。それなら良いわ。遺物を背負って死ぬより、遺物を捨てて逃げてきなさい。生きて帰ってくれば、再起の目は残っているものよ。無事で良かったわ」

 アキラは内心で息を吐いた。ビルの屋上からビルの側面を駆け下りたなどという無茶むちゃに関しては話さずに済んだからだ。シズカの鋭い勘でも流石さすがにそこまでは予想できなかった。

 アキラは今のうちに話を変えることにする。

「シズカさん。俺には殲滅せんめつ力が足りないと思いますか?」

 シズカが怪訝けげんそうに聞き返す。

殲滅せんめつ力? どういうこと?」

「いえ、俺の知り合いが、俺には火力が足りないって言うんですよ。モンスターとの戦闘は、やられる前にやれ、それが基本なんだそうです。苦戦するのは殲滅せんめつ力が足りてないんだって言うんですよ。俺としては、強化服を着用しないと装備もできない銃が2ちょうもあれば少し過剰なぐらいだと思うんですけど、足りませんかね?」

 シズカはアキラの説明を聞いて少し考え込む。

「……そうね、考え方次第だと思うわ。確かに、モンスターの群れと遭遇したりしたら、火力は幾らあっても足りないわ。昨日まで安全だった場所が、急に強力なモンスターの生息地に変わることもある。でも常にそんな事態を想定して準備をするわけにもいかない。採算を取るのも難しくなるしね。……私の都合で言って良いなら、足りないって言って、アキラに追加の装備を買わせちゃうけどね」

 シズカは冗談っぽく笑って言った。

 アキラは真面目に思案する。そしてその結論を答える。

「分かりました。買います」

 シズカは少し驚いた後、少し困ったような表情で話す。

「……えっと、その、無理をしなくても良いのよ?」

「構いません。俺が無理をしないで済むために買うわけですから。俺にも予算の都合はありますけど、命の危険の無理をするより、予算の無理をしておきます。シズカさんのお勧めを、一つお願いします」

 アキラにそう言われて頼まれると、シズカも売らないわけにはいかない。アキラからの信頼に応えるために微笑ほほえみながら答える。

「分かったわ。そうね、今のアキラの装備だと……、ちょっと待っててね」

 シズカがそう言い残して店の奥へ向かう。そしてアキラのために選んだ装備を持って戻ってきた。

「A4WM自動擲弾銃。擲弾を広範囲にばらまけるから、多少狙いがれても敵を倒せるわ。固い敵にも十分な威力がある。曲射もできるし、使用する擲弾を選べば、擲弾を壁に跳ね返したりして通路を曲がった先も攻撃できる。今のアキラの装備に加えるなら、これが良いわ。欠点は、弾薬費が結構かさむことね。何しろ擲弾を飛ばすわけだからね」

「分かりました。それで、価格の方は……」

「それなんだけど、またちょっと待っててね」

 シズカはそう言って再び店の奥へ行き、今度は擲弾用の弾倉をいろいろ持って戻ってきた。

「当たり前だけど、弾がないと使えないわ。使用する擲弾にもいろいろ種類があるのよ。A4WM自動擲弾銃と擲弾のセットで売るから、擲弾の威力と弾数と値段を聞いて決めてちょうだい」

 アキラはシズカから商品の説明と値段を聞いていく。迷った結果、擲弾弾倉の大きさと威力を考慮して、一番高額な組み合わせを選んで購入した。

 アキラは購入した装備と弾薬を車に詰め込んだ。店の見送りに出たシズカに挨拶をする。

「今日はありがとう御座いました。閉店後に結構お邪魔してしまって、すみませんでした」

「良いのよ。ちゃんと売上げは伸びたしね。気を付けて帰りなさい」

 シズカが軽く手を振る。アキラは軽く頭を下げてから車を動かして帰っていった。

 アキラを見送ったシズカがつぶやく。

「……だから、違うのよ。結果的にはちゃんと商品を買ってもらったのだから、何も問題はないのよ」

 シズカが自問自答する。アキラの懐具合を気遣って商機を逃すような言動をしたかもしれないが、結果的には問題なかったのだと。シズカは商人で、アキラはお客様なのだ。

 商人としてのシズカがつぶやく言い訳を、別のシズカがあきれながら聞き流していた。シズカは気を取り直して店に戻り、閉店の作業に取りかかった。普段の時より、少し時間が掛かっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る