第106話 悪食ビル

 アキラが25階でキャロルと話していた頃、セランタルビルの周辺では異変が始まっていた。正確には既に異変は始まっており、ビルの外にいるハンター達がそのことに気付き始めたのだ。

 ハンター達がアキラに破壊された無人兵器を運びだそうとしている。彼らはハンターが殺到しているビルの内部に入って旧世界の遺物の争奪戦をするより、下手をすれば殺し合いになるほどの奪い合いに加わるより、機能を停止している無人兵器を金に換えることを選んだのだ。

 これらの無人兵器を誰が倒したかは知らないが、放置しているのならば捨てているのと同じだ。恐らくビル内の遺物が目当てで、倒した無人兵器への興味は薄いのだろう。彼らはそう判断していた。

 彼らは運搬用の機材が到着するまで周囲の警戒を続けている。情報収集機器の反応を確認して近寄ってくる小型の機械系モンスター達を破壊している。この無人兵器を持ち帰るのは自分達だ。他の機械モンスターに回収されるわけにはいかない。

 彼らはしばらくは余裕だった。しかし徐々にその表情に怪訝けげんなものが混ざっていく。近寄ってくる機械系モンスターの量がかなり多いのだ。しかもその量がどんどん増えているのだ。

 彼らの一人が仲間に話す。

「おい、何か変じゃねえか? 何でこんなに寄ってきてるんだ?」

「セランタルビルの防衛をしている強力な機械系モンスターは、破壊されてもしばらくすると再配置されるって話だ。回収して、修理して、再配備するのかもな。これだけデカい機体を運ぶんだ。小型の機械に運ばせるなら、それだけ量がいるんじゃないか?」

「ああ、そういうことか」

「連中が態々わざわざ回収するぐらい貴重な部品を使っているのかもしれない。きっと高値で売れるぞ」

 手に入るであろう大金の額を思い浮かべて仲間の男が顔を緩ませた。

 少し心配していた男も仲間の発言で表情を緩めた。近寄ってくる機械は楽に撃破できる個体ばかりだ。気にしすぎていたかもしれない。男がそう思い直そうとした時、離れた場所から爆発音が響いた。更にかなり激しい銃声も聞こえてくる。他のハンター達の交戦音だ。

 それらの音は段々とセランタルビル側に近付いてきている。そしてこちらに向かってくる多くのハンター達の姿が見え始める。

 心配していた男が表情を引きつらせて仲間に話す。

「い、幾ら何でも多すぎるんじゃないか?」

 セランタルビル側に向かうハンター達の背後には、一帯を埋め尽くしそうなほど大量の機械系モンスター達が迫ってきていた。必死に応戦しているハンター達が機械の津波に飲み込まれていく。半狂乱となったハンターが手榴弾や擲弾銃を自分も巻き込まれる距離で使用する。その爆発が機械の波を一時だけ吹き飛ばして敵の包囲に穴を開けたが、その穴もすぐに後続の波にまれてき消えた。

 ビルの周辺にいるハンターが叫ぶように仲間に話す。

「に、逃げるぞ!」

 男が周囲を見渡して叫ぶように答える。

「に、逃げるってどこにだ!?」

 機械系モンスターの群れはビルの周囲の全方向から現れていた。その包囲に隙間など見当たらない。ビルの外にいるハンター達が唯一の逃げ場に向かって走り出していく。周囲を包囲されても立て籠もって戦えそうな唯一の場所、セランタルビルの中へ。

 外にいたハンター達の生き残りが全てセランタルビルに集まったことにより、彼らは一時的にモンスター達を押し返した。ビルの出入り口を自然と防衛地点として、火力を集中させて、ビルの中に入ろうとするモンスター達を撃破し続けていく。

 しかし周囲一帯の機械系モンスターをき集めたような数の前にハンター達が再び押され始める。敵性機械は他の個体が撃破されても恐怖など感じることはなく進軍を続けていく。後続の群れが破壊された他の個体の破片や部品を押しのけ、かき分け、踏み潰して、前進し、攻撃し、包囲を狭めていく。

 ハンターが周りの者達に叫ぶ。

「おい! 誰でも良いから上の連中に連絡を取れ! 遺物の収集をやっている場合じゃねえだろうが!」

「やってる! つながらねえんだよ! 色無しの霧の影響か!?」

「はぁ!? 何でこんな時に!?」

「知るか! つながらねえものはつながらねえんだよ!」

 遺物収集をしているビルの上階にいるハンター達の応援がなければ、1階のハンター達に勝ち目はない。しかし通信が取れないため応援を呼ぶことができない。

「……仕方がない。直接呼んでくる」

 1人のハンターがそう言ってその場を離れた。

「お、俺も行く」

「俺もだ!」

 更に数名のハンターがその場を離脱していく。

 1人目は本当に応援を呼びに行くためにその場を離脱した。しかし後に続いた者達は必ずしもそうではなかった。この場にとどまると危険だと判断して、逃げだそうとしていたのだ。もっと大勢のハンターがいるはずの上階へ。

 そしてそれに気付いた他のハンターの一部が、逃げ出した者達を激怒して呼び止めるのではなく、同じ口実で後に続いてしまった。全員ではない。しかし戦線を崩壊させるのには十分な人数だった。

 何とか押しとどめていた機械系モンスターがビル内に侵入してハンター達に襲いかかる。銃撃で、体当たりで、小型の砲弾で、ハンター達が機械系モンスターに殺されていく。恐怖に耐えきれなくなった者から我先に逃げ出し始める。戦意を失っていない者もこの状況では1階にとどまることができず、彼らに続いて上階へ後退していく。

 ビルの1階がモンスターに占拠されるまでに掛かった時間はごく僅かだった。


 アキラがビルの30階を探索している。情報収集機器の精度が落ちているため、奇襲を警戒しながら慎重に探索を続けている。アルファに移動ルートの指摘を受けて安全を確保しながら上り階段を探していた。

『アキラ。情報収集機器の精度の話だけれど、原因は色無しの霧ではないようね』

 アキラが喜びの表情を浮かべかけて、少し怪訝けげんそうに続ける。

『それは良かった……のか? 精度が戻ったわけじゃないんだよな』

『ええ。精度は今も低下中よ。恐らくこのビルの機能の所為ね』

『このビル? このビルの構造とかは無関係だって言ってなかったか?』

『それは部屋の間取りや通路の配置などが原因ではないって意味よ。旧世界に限っての話ではないけれど、政府や企業の要人が秘密裏に会談をする場合、部屋の中の状況を外部に知られないために、あらゆる情報伝達から隔離された部屋を使用することがあるの。それに近い状況になっているわ。情報端末を介した近距離通信も困難よ。恐らくこのビルには強力な通信遮断の機能が備わっていたのね』

『それが急に機能し始めたってことか。何で急に?』

『そこまでは分からないわ』

 アキラが立ち止まって思案する。そして真剣な表情で尋ねる。

『引き返した方が良いか? 当初の目的を取りやめることになるけれど、一応旧世界の遺物はそれなりに手に入ったんだ』

 アルファが少し思案した後に、微笑ほほえんで答える。

『アキラがそう思うのなら引き返しましょう。アキラの不運が派手に炸裂さくれつする前に、早め早めに対処しましょうか』

『了解だ』

 アキラが苦笑しながら答えた。そしてきびすを返して戻ろうとした時、アルファがアキラを手で制する。

『どうしたんだ?』

『誰か来るわ。走っている。かなり急いでいるみたいね。このままだとこっちに来るわ』

 アキラが一応その方向に銃を向ける。敵の奇襲ではないだろうが、念のためだ。

 その誰かはキャロルだった。少し離れた通路から出てきたキャロルは、アキラを見つけるとそのまま走りながら叫ぶ。

「アキラ! 助けて! 後ろのやつを何とかして!」

 キャロルの背後を見ると、小型の機械系モンスターが破損した機体でキャロルを追いかけていた。アキラは少し不思議に思いながらも一応助けることにする。

「弾切れか? 射線から退け!」

 キャロルがすぐに走りながら射線から離れる。アキラは敵をA2D突撃銃でしっかり狙って引き金を引く。発射された強装弾が既に壊れかけていた機械系モンスターを粉砕して部品を通路にばらまいた。

 あの程度の相手ならアキラに助けを求める必要もなくキャロルが自力で倒せば済むだろう。逃げる必要もないはずだ。そう思ったアキラが怪訝けげんそうにつぶやく。

「あれぐらい自分で何とか……」

 アキラのつぶやきがそこで止まった。キャロルが飛び出てきた通路から大量の機械系モンスターが現れたのだ。

 アキラはすぐに武器をDVTSミニガンに切り替えて、敵の群れに銃弾の嵐を浴びせかける。比較的小型でもろい機械系モンスター達が粉砕されるが、装甲の厚い個体が銃撃の圧力に負けずに突進してくる。

 その個体をCWH対物突撃銃に切り替えて攻撃しようとした時、アキラのそばまで来ていたキャロルがその個体を先に銃撃した。発射された銃弾が機体の装甲を貫き、更に衝撃で後方へ吹き飛ばし、一撃で敵を大破させた。大型の拳銃という程度の大きさの銃だが、下手をするとCWH対物突撃銃並みの威力はあるようだ。ただし連発はできないのだろう。群れと戦うには不向きな武器だ。

「逃げるわよ!」

 キャロルはそれだけ言い残してアキラを置いて走り出した。

 アキラがキャロルの後を追う。その隣でアルファが苦笑している。

『既に手遅れだったようね。アキラの不運の方が早かったようだわ』

『そうだな!』

 アキラは嫌そうな表情でキャロルの後を追った。


 初めてセランタルビルに来たアキラと異なり、キャロルは何度もここに来ている。そのために迷わずに先に進むことができている。

 既に状況はキャロルがよく知っているセランタルビルとは随分違っているが、ビルの内部構造までは変化していないだろうと信じて、前方の索敵をおろそかにして進んでいく。機械系モンスター達の群れは階下から迫ってきている。ビルの内部構造が変化していない限りは、先回りされるルートはないはずなのだ。

 アキラが走りながらキャロルに尋ねる。

「キャロル。状況を教えてくれ。下で何があったんだ?」

「下は機械系モンスターであふれかえっているわ。大量のモンスターが他のハンターと交戦しながらビルを登ってきているの。下は大混戦よ。とてもじゃないけど、降りていける状況じゃないわ」

「俺がビルの外の無人兵器を破壊したから、外の機械系モンスターが侵入してきたのか?」

「分からないわ。まあハンター達はそうだと思うけど。……アキラは無人兵器のすきいて、必要最小限の敵だけ倒してビルの中に入ってきた。私はそう思っていたのだけど、そう話すってことは外の無人兵器を殲滅せんめつして入ってきたのね。しかも一人で。ますます気に入ったわ。どうやって倒したの?」

 興味深そうに尋ねてくるキャロルに、アキラが表情を固くして答える。

「教えられない。切り札や奥の手の類いの手段だからな」

 正直に話したとしても、事実を疑われるか正気を疑われるかのどちらかだ。アキラは適当に誤魔化ごまかした。うそは言っていない。

 キャロルも詳細を教えてもらえるとは思っていなかったのだろう。軽く笑って話す。

「そう。こんな状況でなければ、時間を掛けて口説き落として聞き出したいところだけど、今はそれどころじゃないわね。それと、誰かが外の無人兵器を破壊したからといって、市街区画を徘徊はいかいしている機械系モンスター達がビルの中に入ってくることはないわ」

 そこまで話したキャロルの表情が曇る。

「……ないはず、だったわ。ミハゾノ街遺跡の機械系モンスターには縄張り、警備の受け持ちの区画のようなものがあって、その領域外に出ることはないの。だからミハゾノ街遺跡で厄介なモンスターと遭遇した時は、近くの建物の中に逃げ込めば助かることが多いのよ。そのおかげで比較的安全にハンター稼業ができるのよ。ミハゾノ街遺跡で活動するハンターが、ハンターオフィスの出張所ができるほどに多い理由でもあるわ」

 アキラが不思議そうに尋ねる。

「じゃあ、何でこんなことになっているんだ?」

 キャロルが表情をゆがめて少し叫ぶように答える。

「そんなの知らないわ! 今まではそうだった! ビルの中にモンスターはいなかったし、外にいるモンスターがビルの中に入り込むこともなかった! モンスターに追われていたハンターがこのビルに逃げ込んできた時も、そのハンターを追ってきたモンスターがビルの中に入り込むことはなかったの! 理由があるなら私が知りたいわ!」

 アキラ達には知る由もないがその理由は単純なものだ。ビルの管理人格であるセランタルがビル内に入る許可を出したのだ。同時に侵入者であるハンター達を殲滅せんめつするための応援を求めたのだ。そのため市街区画にいた機械系モンスター達が応援要請に応じて殺到しているのだ。

 アキラが走りながらしみじみと話す。

「やっぱり旧世界の遺跡は怖いな。いつ何が起きるか分からない」

 動じる様子のないアキラを見て、キャロルも落ち着きを取り戻して苦笑しながら話す。

「……そうね。私も事前の情報を過信しすぎていたわ」

 アキラが気を切り替えて尋ねる。

「ところで、下に降りられないのは分かった。今はどこを目指しているんだ? ビルを登っても逃げ場はないだろう? どこかに立て籠もるつもりなのか? それとも適当に逃げているだけか?」

「違うわ。言ったでしょう? 裏口があるって。それを使って脱出するのよ」

 予想外の言葉を聞いたアキラが怪訝けげんそうに聞き返す。

「……ビルから脱出可能な裏口が、ビルの上階にあるのか?」

「別に信じろとは言わないわ。好きにして。……まあ、この状況で付いてくるなとまでは言わないわ。言っても無駄でしょうし。はぁ……」

 キャロルは諦め気味の表情でめ息を吐いた。

 このままアキラが付いてくれば、当然だが500万オーラムで売りつけようとした情報である裏口の場所まで案内することになる。しかしこの状況で、金を支払わないのなら付いてくるな、などと言う気にはなれない。機械系モンスター達の群れに追われているこの状況で、アキラとまで敵対したら流石さすがに手に余る。

 キャロルが大金の情報を否応いやおう無しにただで教えることになってしまった自分の不運を嘆いていると、アキラが予想外のことを言い始める。

「付いてくるなと言うのならここで別れるけど、そうした方が良いか?」

 予想外のことを言われたキャロルが思わず立ち止まった。そのためアキラがキャロルを追い越してしまう。アキラは慌てて止まり、振り返って怪訝けげんそうに話す。

「止まるなよ。急いでいるんだろう。それともここが裏口なのか?」

 キャロルは驚きと疑いの混じった表情でアキラを見ている。その表情のまま、強い疑いの口調で尋ねる。

「……本気で言ってるの?」

「ああ。俺もこの状況でこれ以上敵を増やしたくはない。キャロルは結構強そうだしな」

 キャロルがアキラをじっと見る。口調や表情から真偽を見抜こうとしている。そして彼女の経験と勘が答えを出した。アキラは本気で言っている、と。

 キャロルは唖然あぜんとして、このような状況だというのにその場に立ち尽くしてしまった。

 アキラの思考も基本的にはキャロルと同じだ。この状況でキャロルとまで敵対する余裕がないだけだ。しかしそこで、仕方がないから妥協して助け合おう、ではなく、仕方がないから敵を増やす覚悟で殺し合うという選択を相手が選ぶ可能性を考慮して距離を取ろう、という偏ってねじ曲がった選択をしただけだ。

「……何だか知らないけど、突っ立ってるなら俺は先に行くからな」

 アキラはそれだけ言い残して、本当にキャロルを置いて先に進み始めた。これ以上この場にとどまれば階下から迫ってきている機械系モンスターの群れに飲み込まれる。まずは先に進まなければならない。

 キャロルが走り去っていくアキラの姿を見て我に返る。そして不敵に笑いながら急いで走ってアキラを追い越すと、アキラへ機嫌良く愛想良く微笑ほほえんで先導する。

「こっちよ」

 アキラが一応宣言する。

「金は払わないぞ?」

 妥協を見せないアキラの宣言を聞いても、キャロルの笑みは変わらなかった。

「分かってるわ。だから取引をしない? 無事に脱出するまで私を護衛して。それで裏口の情報料と相殺するわ。どう?」

「それで500万オーラム分の相殺か。随分気前が良いな」

「あの世に金は持っていけないからね。少々高値になるのは仕方ないわ。だからアキラの分の弾薬費込みの依頼ってことで頼むわね」

 敵対せずにビルから脱出できるのならば好都合だ。条件に不服はない。アキラがそう判断して答える。

「了解だ」

 キャロルが不敵に微笑ほほえむ。

「取引成立ね。期待してるわ。ちゃんとまもってよね」

 遺跡探索に急遽きゅうきょ割り込むことになったが、それでも依頼は依頼だ。アキラはしっかりと答える。

「依頼として受けた以上、俺もハンターとしてしっかりやるよ」

「頼もしいわ」

 機嫌良く笑うキャロルの先導で、アキラ達は状況の変わったセランタルビルの中を進んでいった。

 既に何度もセランタルビルを探索しているキャロルのおかげでアキラ達は複雑な構造のビルの中を迷わずに進んでいる。敵は後方から現れるので、その撃退はアキラの仕事となる。

 暴徒鎮圧の用途ではなく、明らかに殺傷目的で製造されている機械系モンスターが、多脚の先に付いている車輪を勢いよく回し、散らばっている瓦礫がれきなどを踏み越えて追ってくる。散らばった室内での移動と考えるとかなりの速度だ。

 アキラは追いつかれる前に敵の胴体部分を銃撃して、一撃で破壊して通路を塞ぐ障害物に変えて先を急ぐ。機銃持ちの個体は最優先で撃破する。アルファの索敵のおかげで敵を察知するために振り返る必要はない。攻撃時だけほとんど速度を落とさずに振り返り、一撃で敵の戦闘能力を奪い、すぐにキャロルの後を追う。

 キャロルがアキラの実力を確認して笑う。

流石さすがに1人でセランタルビルの警備のモンスターを殲滅せんめつするだけのことはあるわね。このとしで大したものだわ。見かけ通りのとしならだけど)

 年齢不詳のハンターは多い。ハンターは体が資本の稼業だ。身体能力の維持と向上のために、抗老化処理を実施しているハンターは珍しくない。回復薬の過剰摂取などが原因で身体細胞が変異し、見た目の加齢が進むこともあれば、逆に若返ることもある。適切な治療を受ければ回復するが、それを意図的に治さない者もいる。

 全身義体者並みに実年齢と外見の年齢が一致していない者もいる。義体者ならば外見など幾らでも装える。サイボーグなどは外見からとしを判別することはほぼ不可能だ。それらの理由で外見の年齢が当てにならないハンターは珍しくないのだ。

 キャロルがアキラと一緒に機械系モンスターを鉄屑てつくずに変えながら尋ねる。

「ねえ、アキラって何歳なの?」

「知らない」

 キャロルはアキラの返事を答えたくないためのものだと判断して話を合わせる。

「そう。言いたくないなら無理に聞き出すつもりはないわ。私も自分のとしは秘密にしているし、誰かに聞かれたら結構出鱈目でたらめとしを言うこともあるしね」

 しかしアキラが普通に答える。

「いや、本当に知らないんだ。自分の誕生日も知らないし、今日が何年何月何日か知らずに過ごしていた期間が長かったからな。俺の誕生日やとしを誰かから教えてもらったこともない。だから自分のとしは知らないんだ」

「……そう」

 キャロルはそれだけ言って、それ以上尋ねるのを止めた。正確な自分のとしが分からない。スラム街出身のハンターには珍しくないことだ。そしてそのことを気にする者もいるのだ。

 キャロルにはアキラがうそを言っているようには思えなかった。普通に答えていたように聞こえたが強がりかもしれない。この状況で反感を覚悟してまで聞き出すことではないだろう。そう考えて、代わりに別のことを尋ねる。

「それならハンター歴は何年ぐらいなの? ハンター歴の数え方はアキラに任せるわ」

 ハンター証を身分証代わりにするためにハンター登録だけして、長期間具体的なハンター稼業をしないでいた者がいろいろな理由でハンター稼業を始めることもある。諸事情でハンター登録をせずに遺物の収集やモンスターの討伐を長期間行った後で、正式にハンター登録を行う者もいる。ハンターランク10未満の時期をハンター歴に含めない者もいる。

 それらの事情から、自称するハンター歴とハンター登録後の期間が一致しない者は多い。ハンター歴の数え方をいろいろ気にするハンターもいる。キャロルはそれらの理由から数え方をアキラに任せた上で尋ねてみた。

 アキラが少し言いよどんでから答える。

「……あんまり長くない。結構短い、とだけ言っておく」

「そうなの? それなら若手のハンターってことね。若手のハンターでその実力なら大したものだわ」

「運が良かっただけだ」

 正確にはアルファのサポートにるものだ。幸運にもアルファと出会ったおかげなので、必ずしも間違いではないだろう。アキラはそう思った。

 キャロルはアキラの返答を謙遜だと判断して少しおだてるように話す。

「あら、運も実力のうちよ? 特にいつ死んでも不思議はないハンター稼業ではね」

 アキラが苦笑して答える。

「そうか。それなら今の俺達の実力は大分下がってるな」

「生きて帰れば問題ないわ。アキラもそのつもりでしょう?」

「当然だ」

 運が尽きてより致命的な状況になる前にアキラ達は先を急いだ。

 アキラ達はキャロルの案内のおかげで階段への最短距離を走っている。しかし上階への階段が封鎖されている箇所が多く、そのたびにその階の別の階段を目指してフロアを横断する必要があった。

 アキラが面倒そうにつぶやく。

「どうしてこんなに封鎖されている箇所ばかりなんだ? 誰かの嫌がらせか?」

 キャロルが笑って答える。

「誰かの嫌がらせだとしたら、それはセランタルの嫌がらせってことになるわね。彼女、このビルの管理人格の説明だと、今は休館中らしいからね。本当は全部閉まっていたんだと思うわ。恐らく今開いているのは、ビルに侵入したハンターが無理矢理やり開けた箇所なのよ」

「ああ、なるほど」

 旧世界製の扉をじ開けるのは非常に大変だ。物理的に開けるにしろ、電子的に開けるにしろ、非常に労力がかかる。後続のハンター達に遺物を持ち運ばせないために、自分達だけが開けられるように扉に細工をするハンターもいるだろう。それを壊すハンターも。

 アキラ達が通っている箇所は、それらの攻防の結果の所為で扉が物理的にも電子的にも破壊されて開きっぱなしになった部分なのだ。流石さすがにそこまで破壊された扉の修理までするハンターはいないらしい。

「ということは、もしかして上の階ほど開いている箇所が少ないのか?」

 アキラの予想をキャロルが肯定する。

「残念だけどその通りよ。私達が目指しているのは45階だけど、40階以上は1階登るごとに別の階段に移動するから覚悟しておいてね」

「誰が開けたのか知らないけど、他のハンターを上の階に登らせにくくするために、わざとそんなふうに開けたのか? 面倒だな。何を考えているんだ」

「地図屋がこのビルの内部構造を高値で売るために、わざと迷いやすくなる開け方をしたのかもね」

「あり得るな」

 地図屋が遺跡の地図を売る場合、その遺跡が危険で迷いやすいものであるほど高値になる。アキラはキャロルの説明を聞いて納得しつつめ息を吐いた。

 アキラ達は後方から追ってくる機械系モンスターを撃退しながら先に進む。キャロルの適切な案内のおかげで最短距離を通っていることもあり、別ルートを通った機械系モンスター達に先回りされたこともない。それはアキラとキャロルに敵は後方にしかいないという認識を少しずつ植え付けていた。

 僅かだがアキラ達の前方への警戒がおろそかになっていた。大量の機械系モンスターに追われているという状況のため、前方への警戒のために悠長にとどまっている余裕はないのだ。それを油断と呼ぶのは酷かもしれない。

 しかしアキラ達が進行方向への警戒を下げていたことに違いはない。起こりうる結果としてそれは起きた。

 アキラ達が40階へ続く階段を登っている。先導しているキャロルが階段を駆け上り、そのすぐ後ろにアキラがいる。キャロルは41階への階段を封鎖している扉を見ると、急いで40階のフロアの中へ入った。

 フロアの中に入った瞬間、キャロルの動きが固まる。キャロルの背後からフロアの中を見たアキラも同様だった。そこには数体の機械系モンスターがアキラ達を待ち構えていた。

 横長の胴体から先端にタイヤの付いた多脚と多関節の腕を生やして背中に重火器を背負った機械系モンスターだ。それらが数体でフロアの出入り口を警戒していた。

 驚愕きょうがくがキャロルの動きを止める。下の階から40階に進む道はキャロル達が通った階段しかないはずだった。キャロルの予想ではここにモンスターがいるはずがないのだ。

 驚いていたのはアキラも同じだ。その驚きがアキラの意思を僅かだが止めていた。

 キャロルがゆっくりと進む世界の中で、銃口を自分に向ける機械系モンスターを見ている。かわせない。キャロルは死の恐怖を感じる暇もなく、なぜか冷静にそれだけを理解していた。

 次の瞬間、キャロルの視界にアキラが飛び込んでくる。敵の銃口に背を向けて射線を塞いでキャロルをかばうようにして立つ。ほぼ同時に敵の銃口が一斉に火を噴いた。

 アキラの背中側に無数の銃弾が撃ち込まれる。着弾の衝撃にアキラは強化服の身体能力を全力にして何とか耐えた。そして敵に背を向けたまま、背中側に銃撃を受け続けながら、関節可動域を少し無視して強引に腕を後ろに曲げることで、後方にいる敵に銃を向けてすぐさま引き金を引いた。

 無理な体勢からの銃撃だ。普通は当たりはしない。だがアルファが照準を合わせることでその普通を覆した。発射された強装弾は全弾命中した。敵の機銃が次々に破壊されていく。

 キャロルも即座に反撃に移る。アキラを盾にしながらCWH対物突撃銃並みに強力な銃で敵を銃撃していく。胴体部分を吹き飛ばされた機体が次々に撃破されていく。

 攻防は10秒にも満たない時間で終了した。銃撃音がんだ時、全ての機械系モンスターが倒されていた。アキラがかばったおかげでキャロルは無傷だ。そして背中を銃撃されたアキラが血を吐いて倒れた。

 敵の破壊を確認したキャロルが急いでアキラの容態を確認する。

「アキラ! 大丈夫!?」

 敵の銃撃はアキラの強化服を貫通はしなかった。しかし着弾の衝撃を殺しきることはできず、内部に損傷を与えていた。アキラの吐いた血が床に滴っていく。

 アキラは身を起こしながら口内に残っていた血を横の床に吐き出した。リュックサックを降ろし、回復薬を取り出して、口に含んですぐに飲み込む。価格に見合った効能を持つ回復薬の効果は既に体験済みだ。

 アキラが顔を苦悶くもんゆがませてつぶやく。

「お、俺の……」

 アキラが顔を悲痛にゆがませてつぶやく。

「俺の、遺物……が」

 周囲にはアキラがここまで背負ってきた大量の遺物が、アキラの盾となって銃撃を浴びて破壊され粉砕された旧世界の遺物の残骸が散らばっていた。

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