第94話 億超えのハンター達

 パルガがアキラに指示を出したと思ったら、対処を指示したモンスターは既にアキラに倒されていた。これには流石さすがにパルガも少し驚いた。慌てて索敵反応を確認し、アキラの返答が間違いではないことを確認した。そして驚きながらアキラへ返事をして通信を切った。

 パルガが興味深そうな表情でシカラベに尋ねる。

「シカラベ。あんなやつをどこで見つけてきたんだ? 違うな。どうやってあいつの実力を確認したんだ?」

「クズスハラ街遺跡の地下街で少し一緒に行動したことがあった。切っ掛けはその時だ」

「ああ、あれか。確か地下街にヤラタサソリのデカい巣が見つかって、大規模な掃討作戦が実行されたやつか。あれでカツヤ派は随分ハンターランクと報酬を稼いだって話だったな。アキラも掃討作戦に参加していたのか」

 シカラベが首を横に振る。

「いや、違う。そもそもアキラは3日ぐらいで地下街警備の依頼を途中離脱したからな。掃討作戦には参加していない。切っ掛けになったのは、俺が地下街の探索班の1人として別のハンター達と一緒に行動した時だ」

「そこでそいつはすごい活躍でもしたのか?」

「いや、俺と別のハンター達の足手まといにはならなかった。その程度だな」

 パルガが怪訝けげんな表情を浮かべる。

「じゃあ、何でアキラを誘ったんだ? 今の話だけだと、アキラを賞金首討伐にわざわざ誘うほどのやつだと判断する根拠はないぞ? ハンター稼業の履歴に興味深い内容のものでもあったのか?」

 ヤマノベがパルガの話を否定する。

「いや、そんなものはなかった。シカラベがわざわざ誘ったほどのやつだし、昨日の動きも見たからな。俺はあの後ハンターオフィスのサイトでアキラのハンターページをちょっとのぞいてみたんだ。別に面白いことは載っていなかった。若手のハンターでハンターランクは21。モンスターの討伐をちょっと頑張って、早めにランクを上げました。そんな感じだったぞ」

 パルガが不思議そうにシカラベを見ながら話す。

「じゃあ何でなんだ? あれか? シカラベの勘か? お前はハンター稼業には勘が良くないと駄目だって言っているしな」

 シカラベが軽く笑って答える。

流石さすがに俺の勘にお前らまで付き合わせねえよ。確かに切っ掛けは勘のようなものだけどな。別の情報を考慮した上での勧誘だ」

 シカラベはそう話すと自分の情報端末を取り出して、少し操作してから2人に渡した。2人は渡された情報端末に表示されているものを確認する。

 ヤマノベが少し怪訝けげんそうに話す。

「ハンターオフィスのページのコピー? だからこれは見たって」

「わざわざローカルコピーにしているところから察しろよ。情報屋から買った内部の人間でなければ閲覧できない制限情報だ。ヤマノベが見た内容との差異を探してみろ」

 ヤマノベはシカラベの情報端末を操作して、自分が見た内容との差異を探してみた。

「……依頼の履歴に差異があるな。クズスハラ街遺跡の地下街での依頼内容の説明文がやけに短い……ん!?」

 ヤマノベの表情が怪訝けげんなもの変わる。ヤマノベが短い説明部を読み上げる。

「クガマヤマ都市営業部社外秘関連依頼。……依頼の詳細は……閲覧できないな。ああ、権限無しの職員からコピーしたのか。閲覧可能なのは依頼場所等の概要だけか」

 シカラベが口を挟む。

「大まかな報酬額も閲覧可能だ。見てみろ」

 ヤマノベとパルガが依頼の報酬額を確認する。その金額を目にした2人の表情が驚きに満ちる。

 ヤマノベが報酬額を再確認しながら話す。

「1億6000万オーラム!? あいつ、億超えのハンターだったのか!」

 億超えとは、1回の依頼の報酬額が企業通貨で1億を超えるハンターのことであり、ハンターの実力を示す指針の1つだ。当然ながら有象無象のハンターがたどり着ける領域ではない。

 慣例的なものだが少なくとも1度、報酬額が企業通貨で1億以上の依頼を達成したハンターならば、億超えのハンターを自称しても問題はない。

 ただし他者から億超えのハンターとして扱ってもらいたければ、何らかの方法でそれを証明しなければならない。秘匿情報に記載されている場合は他者から億超えのハンターとして扱われるのは難しい。その情報を閲覧可能な者を除いての話だが。

 パルガが感心しながら話す。

「……6000万オーラムは治療費等で相殺って書いてあるな。それでも1億オーラムの報酬だ。億超えのハンターに違いはないか……。道理で強いわけだ」

 パルガがいぶかしみながら続ける。

「気になるのは、この依頼情報を隠しているのがアキラではないことだな。この隠し方、単純に閲覧できないのではなく、表向きの情報が改竄かいざんされているわけだ。クガマヤマ都市がハンターオフィスに依頼して、本人の了承を取って書き換えたのか。何があった?」

 シカラベが軽く笑いながらパルガの疑問に答える。

「アキラが途中離脱した日に地下街で騒ぎがあった。遺物襲撃犯とクガマヤマ都市防衛隊の戦闘だ。地下街で収集された都市に所有権がある遺物を狙った犯行で、地下街にいた大勢のハンターが巻き添えになった。知らないか?」

「知ってる。防衛隊が遺物襲撃犯をあっさり鎮圧したらしいな。ニュースサイトに小さく載っていたな」

「恐らくそれが社外秘関連依頼の詳細だ。俺の勘と推測だけどな。アキラは何らかの形でそれに関わったんだろう。そこでクガマヤマ都市が1億6000万オーラム支払うだけの仕事をした。ある程度は口止め料込みでの金額だろうし、単純な比較はできないが、あえて単純に報酬額だけで比較するなら、アキラは俺達と同格ってわけだ。納得したか?」

 ヤマノベが不敵に笑って答える。

「納得した。万が一、アキラへの報酬を踏み倒したらシカラベは大変だな?」

 シカラベが不敵に笑って返す。

「なに、賞金首を1体でも倒せば十分黒字だ。アキラへの報酬のためにも、アキラにも頑張ってもらおうじゃないか」

 シカラベ達はそう言って笑い合った。命賭けの皮算用は、ありふれたハンターの日常だ。程度の差はあれ荒野に出ている以上、命を賭けているのだ。ハイリスクハイリターンなのは当たり前なのだ。


 アキラはアルファと雑談しながら、つまり表向きは黙ったまま運転を続けている。少なくとも、アキラとトガミの間に会話はない。

 トガミの表情は基本的には不機嫌なままだ。しかしその表情からは少し前の内心怒りが決壊寸前などという様子は消えており、代わりに疑念や得体の知れない相手への警戒と不安が表れていた。そのトガミは先ほどから何度もアキラの様子をうかがっていた。

 アルファがアキラに尋ねる。

『さっきから何度もアキラの方をちらちら見ているけれど、放っておいて良いの?』

『一々相手をするのは面倒だ。こっちを見ているからって理由だけであいつを車外に放り出すわけにはいかないだろう。放っておこう』

 アキラもトガミの視線に気付いているが、気にしないことにした。少なくともトガミの方から話しかけてこない限りはトガミの相手をする気はない。返事が必要な内容ではなかった場合も同じだ。

『アキラが気にしないのなら私は構わないけれど、気にならないの?』

『正直に言うとちょっと気になる。でも下手に構って面倒なことになるよりはましだ』

『初めからちゃんと断るべきだったわね。失敗したわ』

『仕方ないだろう。雇い主からの指示だったし、あの条件を飲むとは思わなかったんだ』

 アルファが少し残念そうに微笑ほほえみながら話す。

『仕方ないわね。シカラベの車に放り投げる機会を待ちましょうか』

『そんな機会はない方が良いんだけどな』

 アキラは面倒そうにそう答えた。

 トガミはアキラに対する考察を続けていた。

 アキラはシカラベ達の指示よりも早くモンスターの存在を察知して、揺れている車の上から遠距離にいるモンスターを狙い、一発で命中させてその一発だけで倒しきった。トガミが自分に同じことができるかどうかを判断する。答えはすぐに出た。無理だ。

 揺れる車体からの狙撃自体がそもそも困難なのだ。揺れがなかったとしても、遠距離にいるモンスターに命中させることも困難なのだ。命中したとしても一撃で倒すには、弱点部位を正確に狙うか、反動の大きい強力な銃弾を使用する必要がある。それはどちらも狙撃の難易度を跳ね上げる。大型のモンスターを一撃で倒す場合は、その両方の条件を満たす必要があるだろう。

 トガミは賞金首討伐への参加を促されるほどの高い実力の持ち主だ。だがその実力に自惚うぬぼれを過分に加えたとしても、先ほどのアキラの行動を再現する自信はなかった。

 しかもそれを実行したのは格下であるはずのハンターランク21のアキラだ。そのためトガミの動揺は大きかった。

 伝聞ならばうそや冗談と決めつけて鼻で笑うことができた。しかしトガミはアキラの行動を自分の目でしっかりと見てしまった。

 偶然と片付けることもできる。1万分の1の確率の事象が、偶然にも1回目に発生した。それだけかもしれない。しかしトガミにはそう思い込むことができなかった。そう思い込むには、アキラの行動は余りにも自然で無感動だった。

 容易たやすくできることを容易たやすくやっただけ。目の前を飛ぶ虫が目障りで、不機嫌そうに手で払っただけ。トガミはアキラからその程度の印象しか感じられなかった。自分には不可能な離れ業を実現させたにもかかわらずに、アキラは自然に無感動に運転席に戻っていた。

 思案を続けるトガミの頭の中で、アキラという存在に対する評価が、生意気な格下ハンターと得体の知れない何かの間を彷徨さまよい続けている。そして心情的にはアキラの実力を認めたくなかった気持ちが、その根拠を求めて我慢できずに尋ねてしまう。

「……おい、あんなまぐれ当たりで調子に乗るんじゃねえぞ。俺はあれがお前の実力だなんて認めねえからな」

 偶然当たっただけなのか、しっかりと狙って当てたのか、トガミはそれを聞きたかっただけだ。しかし口から出た言葉は願望をかなり反映したものに変わっていた。

 アキラがトガミをチラッと見て、何でもないことのように答える。

「そうだな」

 それだけ言って視線を前方に戻した。普通に解釈すればトガミの言葉を肯定する言葉だ。アルファのサポートがなければ不可能なことであり、そんな実力はないと言われれば、アキラはそれを肯定する。いつか自分の実力だけで同じことをできるようになるために、日々の訓練を続けているのだ。

 アキラの返事を聞いたトガミが硬い笑顔を浮かべる。

「……ははっ。やっぱりただの偶然か。脅かしやがって。そうだ。ランク21程度のやつにあんなことができるわけがねえんだ」

 トガミが自分に言い聞かせるように笑った。もっともトガミ自身がそれを余り信じられなかったために、その笑みは硬く引きつったものになっていた。


 クガマヤマ都市の下位区画の外れにドランカムの拠点がある。その近くで主に若手ハンターで構成されたドランカムの賞金首討伐チームが出発の準備をしていた。若いハンターが荒野仕様の車両や装甲車、装甲兵員輸送車に物資を運搬している。

 エレナとサラは自前の車に乗って周囲の光景を見ながら出発を待っていた。エレナとサラはこの若手ハンター達の賞金首討伐チームの補助要員だ。彼らの指揮下で戦うのが仕事である。2人は準備を前日のうちに済ませており、ドランカムで使用している通信機の類いを受け取った後は待機が続いていた。

 サラが賞金首討伐チームのハンター達を見ながらつぶやく。

「人数は多いけど、本当に若手ばっかりね。アキラみたいなとしのハンターもいるし、年齢で差別するつもりはないけれど、ここまで若手だらけだとちょっと不安だわ。賞金首討伐の意味を分かっているのかしら。ちょっと強いモンスターの討伐とはわけが違うのよ?」

 ハンター歴が長いほど年齢不詳のハンターは多くなる。それでも年齢不詳の彼らの見た目は、基本的に成人以降のものだ。ハンターの装備品は基本的に大人を対象にした規格のものなので、子供の体格では扱いづらい装備も多く、よほどのこだわりがない限り、えて子供の体格を維持しようとするハンターはいない。

 そのような理由から、見た目が子供のハンターは見た目通り子供であることがほとんどだ。子供なので当然ハンター歴も短くなり、実力の方もそれ相応となる。まれに例外もいるが。

 サラは待機中に準備中の若手ハンター達の様子を見ていた。サラには彼らが賞金首討伐に参加できるほどのハンターとは余り思えなかった。

 エレナがサラの不安を和らげるように話す。

「人数と装備は賞金首討伐として十分及第点よ。使用する車両等を考慮しても、討伐成功を前提にした予算が組まれているわ。賞金首討伐に成功しても、黒字かどうかは微妙なほどにね。予備戦力に私達を雇っているし、他にも似たようなハンターが数名いるし、全員若手のハンターってわけでもないし、戦力的には問題ないわ」

 サラが少し眉をしかめる。

「……それ、解釈によっては私達が子守りをしなければならないって聞こえるんだけど」

「解釈するまでもなくその通りよ。賞金首討伐の成否とは別に、部隊の生還率で私達への報酬が増減するわ。特に討伐部隊の隊長が殺された場合、大幅に減額されるからね。護衛依頼ではないから無理にまもる必要はないけれど、報酬を大幅に減額されたくなければ、隊長を殺されないようにまもるなり、私達で早めに賞金首を倒すなりしろってことでしょうね。あ、これは守秘義務の範疇はんちゅうだから、誰にもしゃべっちゃ駄目よ?」

「分かったわ。……ドランカムが若手を優遇しているとは聞いていたけれど、ここまでとはね。子守付きで賞金首討伐に向かわせるなんて、ドランカムは何を考えているのかしら」

 サラが少しげんなりした表情で言った。

 エレナが冗談めかして話す。

「彼らの実力に関しては、私達の偏見かもしれないわ。全員アキラ並みに強いかもよ?」

「それはそれで怖いわ」

「それもそうね」

 エレナとサラはそう言って笑い合った。

 エレナ達が自分達に近付いてくる若手ハンター達に気付いた。エレナが先頭のハンターに笑いかける。

「カツヤ隊長。そろそろ出発かしら?」

 彼らはエレナ達が所属している賞金首討伐部隊の隊長であるカツヤと、カツヤの仲間、及びその取り巻き達だ。カツヤが率いる部隊でも上位のメンバーである。彼らは各々様々な感情の視線をエレナ達に向けている。

 カツヤはエレナに隊長と呼ばれて少々照れた表情を浮かべている。

「はい。もう少しで出発します。えっと、今日はよろしくお願いします」

 カツヤはエレナ達に軽く会釈する。エレナも微笑ほほえんで返事を返す。

「こちらこそよろしく。頑張りましょう」

「私もエレナも報酬分はしっかり働くつもりだから、遠慮なくき使って」

 サラも笑って答えた。

「俺もなるべく2人の手を煩わせないように頑張ります」

 カツヤは笑ってそう答えた後、一度表情を引き締める。

「エレナさん達には一応俺の指揮下に入る形で同行してもらいます。俺の指揮下では不服かもしれませんが、勝手に動かれると周りが混乱するので、よほどのことがない限り俺の指示に従ってください」

 カツヤにも賞金首討伐部隊の隊長に選ばれた自負がある。賞金首討伐を成功させるために死力を尽くすつもりだ。そのためにも、エレナ達が友人だからという理由で勝手な行動を許す気はなかった。それを伝えるためにも、カツヤは真剣な表情でエレナ達を見ていた。

 エレナが微笑ほほえんで答える。

「大丈夫よ。ちゃんと指示には従うわ」

 エレナにもサラにも気分を害した様子は見受けられない。カツヤが安心したように表情を緩ませる。

 しかしカツヤとエレナ達のり取りで気分を害した者が別にいた。カツヤの隣にいたリリナという少女のハンターだ。

 リリナが不快感を隠さずに大きな声を出す。

「カツヤ! 私達の隊長なんだから、知り合いだからって下手に出ないで、黙って俺の指示に従え、ぐらいのことは言いなさいよ!」

 カツヤは驚きの余り硬直してリリナを見る。エレナとサラも少し驚いた表情でリリナを見る。残りの者は、少し驚いている者と、同感の意を示している者が半々だった。

 ユミナがいればリリナを止めて仲裁に入るのだろう。しかしユミナは別の準備の作業中でこの場にはいなかった。

 カツヤは驚き戸惑ったままだ。止める者がいないので、リリナがエレナ達を軽くにらみ付けるような目で見ながら続けて話す。

貴方あなた達も依頼を受けて私達の指揮下に入っている以上、雇い主や部隊の隊長に対する態度ってのがあるんじゃない!? カツヤと知り合いだからってれ合うような態度を取られると、部隊の士気に影響するのよ!? 雇われている自覚が足りないんじゃないの!?」

 エレナ達はきょとんとしていたが、ぐに軽い苦笑を浮かべた。

 馬鹿にされていると感じたリリナが更に表情を険しくさせる。我に返ったカツヤが慌ててリリナを止める。

「リリナ! ちょっと黙ってくれ!」

 リリナがカツヤを責めるように話す。

「何よ! 第一カツヤは何で外部人員の受け入れを許可したのよ! 私達だけじゃ力不足だって言うの!? 私達はそんなに足手まといなの!?」

「そ、そういう訳じゃないって……」

 リリナの権幕けんまくにカツヤがたじろぐ。リリナは再びエレナ達の方を見て、吐き捨てるように宣言する。

「賞金首の1体や2体、あんた達なんかいなくても私達だけで倒せるんだからね! 精々私達の邪魔をしないように気を付けてちょうだい!」

 リリナはそれだけ言うと、勢いよくきびすを返して早足で帰っていった。

 カツヤは少しおろおろしながらエレナ達と去っていくリリナの間に視線を彷徨さまよわせる。

「す、すみません! これで失礼します!」

 カツヤはエレナ達にそう言い残して、急いでリリナを追いかけた。エレナ達は軽く手を振ってカツヤ達を見送った。

 すぐに他の若手ハンター達も戻っていく。エレナとサラの2人だけに戻ったところで、サラが苦笑いを浮かべながら話す。

「前途多難だわ」

 エレナが軽く笑って話す。

「取りあえず、報酬分は働きましょう。本当に私達が不要なら楽ができて良いことだわ」

「楽ができると思う?」

「あら、言ったでしょ? 報酬分は働きましょうって」

 エレナとサラはそう言って笑い合った。決して楽などできず、むしろ遠慮なく報酬を受け取れるだけの仕事をすることになるだろう。エレナもサラも、同じ結論を出していた。


 アキラ達は順調に荒野を進んでいる。

 トガミはある程度落ち着きを取り戻していた。車の助手席から時折怪訝けげんな表情でアキラを見ること以外に実害は出ていない。

 通信機からシカラベの声がする。シカラベの口調は真剣なものだ。

「そろそろ討伐目標の賞金首との想定遭遇区域に入る。討伐目標の賞金首はタンクランチュラだ。賞金は8億オーラム。気合いを入れろよ」

 賞金首との本格的な戦闘を控えて、アキラとトガミの表情が変わる。2人は真剣な表情でシカラベの指示を聞く。

「戦闘開始後に2番と3番が先行する。全員で2番と3番を援護しろ。タンクランチュラの攻撃を引きつけて、2番と3番が攻撃目標とならないようにおとり牽制けんせいに徹しろ。通信機のディスプレイで各自の位置を確認して効果的に包囲しろ。ロケットランチャーは俺の指示が出るまで使うな。2番と3番の仕事が終わり次第全面攻撃に移る。以上だ。何か質問があるやつはいるか?」

 トガミはシカラベのかなり大雑把おおざっぱな作戦を聞いて、少し顔をしかめて尋ねる。

「8番だ。作戦内容が大雑把おおざっぱすぎる。それぞれの移動ルートや配置位置、攻撃するタイミングの指示などはないのか?」

「撤退の判断以外は、各自臨機応変に判断しろ」

「臨機応変にって、好き勝手にやれってことか?」

「効果的な部隊運用ができるほど、統率された集団だとは初めから思っていない。各自最善手を取れ。必要に応じてこちらからも指示を出す」

 トガミが不満を隠さずに話す。

「……幾ら何でもいい加減だろう。部隊の指揮はそっちの仕事じゃないのか?」

 トガミの意見は間違ってはいない。シカラベの指示は適当な部分が多く、互いを補い合って効果的に攻撃する集団戦闘の利点を捨てている部分がある。より綿密で的確な攻撃計画を用意して、各自が連携して行動すれば、より効果的な攻撃が可能だろう。

 シカラベもそれは理解している。細かな作戦の立案をしないのは、そうしても無駄か、逆効果だと考えているからだ。シカラベが信用しているのは同僚のヤマノベとパルガだけだ。他の要員が自分の指示に正確に従うとは考えていない。賞金首との戦闘でおびえ、ひるみ、すくみ、場合によっては勝手に逃げる可能性すら十分あると考えている。

 シカラベは彼らに最低限の仕事しか求めていない。彼らが自分の指示に正確に従って行動するとは欠片かけらも思っていない。彼らに出来できもしない指示を出して、反感を買って勝手に逃げ出す可能性を高めるよりは、漠然とした指示だけを与えておいた方が良い。シカラベはそう判断していた。

 勿論もちろん、シカラベに神がかり的な指揮能力があり、昨日今日会ったばかりの借金持ちのハンターや諸事情のあるハンターの能力と人格を把握した上で、彼らに実行可能な指示を的確に出すことが可能であれば、話は別だ。シカラベは自分にそのような能力はないことを理解していた。

 シカラベが少し強めの口調で話す。

「お前は細かな指示がないと何もできないのか? それなら俺達の邪魔だけはするな。後は好きにしてろ。他に質問のあるやつは?」

 トガミの他に質問のある者はいなかった。そしてトガミは怒りに震えており、それどころではなかった。

「質問がなければ以上だ。各自報酬分ぐらいは働け」

 シカラベからの通信が切れる。トガミは通信機をにらみ続けていた。


 一行はそのまま賞金首を目指して進んでいく。

 シカラベは車の制御装置の表示装置に表示されている周辺の光景と、索敵反応を凝視している。賞金首は大型だ。十分近付けば発見は容易たやすいはずなのだ。シカラベが通信機で指示を出す。

「各自散開を始めろ。固まっていると良い的だ」

 シカラベはヤマノベとパルガの方を向く。2番と3番はヤマノベとパルガだ。

 ヤマノベとパルガは装甲兵員輸送車の中で荒野仕様のバイクにまたがっている。車体後方の扉を開けて、そのまま外に出るためだ。ヤマノベは対物狙撃銃を持ち、パルガは無反動砲を持っている。バイクの後方には自動装填装置付きの弾薬庫が備わっており、乗員の装備と連結されていた。

 シカラベが2人に尋ねる。

「そっちの準備は終わったか?」

「最終チェックは済んだ。いつでも行ける」

「こっちもだ」

 ヤマノベとパルガは余裕の笑みで答えた。程よい緊張から生まれる軽い高揚がうかがえた。

 シカラベが尋ねる。

「他の連中がどこまで真面目におとりをやるか分からん。俺がこの車でお前らのおとりになるから、今のうちに外に出ておくか?」

 パルガが首を横に振る。

「いや、最低でも対象の位置を把握してからだ。流石さすがに不意を突かれてバイクで直撃を食らうと不味まずいからな。この車の装甲はしっかり固めてあるんだろう?」

「ああ。集中攻撃を受けてもしばらくは持つだろう。この車の耐久力がやばくなったら撤退だ。お前らも無理はするなよ」

「分かってる。生きて帰ってこそハンターだ。欲張って死ぬ気はねえよ」

 シカラベ達は不敵に笑い合った。常に危険と報酬を天秤てんびんに掛けて正確な判断をし続ける。欲が報酬の重さを増やし、相対的に危険を軽視させた時、ハンターは荒野に飲み込まれて死んでいくのだ。今のところシカラベ達は生きている。そしてこれからも死ぬ気はなかった。

 シカラベが表示装置に視線を戻す。その表情が一気に真剣さを増す。賞金首を見つけたのだ。

 シカラベが通信機で大声でアキラ達に指示を出す。

「タンクランチュラを発見した! 戦闘開始だ!」

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