第91話 賞金首討伐の誘い

 アキラが都市の近場の荒野を巡回している。クガマヤマ都市周辺の巡回依頼を引き受けたのだ。賞金首が荒野を彷徨うろついているとはいえ、いつまでも都市に閉じこもっているわけにはいかない。賞金首の出現地域を避けて巡回することにしたのだ。

 アキラが訓練を兼ねて移動中の車の上から遠目に見えるモンスターを銃撃している。アルファのサポートは無しだ。揺れる車体の上からの射撃は当然ながら高難度だ。命中率はかんばしくない。アルファの指摘を受けながら射撃を繰り返している。

『アルファ。賞金首の方は何か進展があったか? もう1体ぐらいは倒されたか?』

『いいえ。4体全部健在よ。賞金首の情報も大して変更はないわ。出現地域の情報が少し細かくなって、賞金額が幾らか上がったぐらいよ』

 アキラが面倒めんどうそうに話す。

『誰でもいいから早く倒してくれないかな。狭い遺跡の奥とかにいるんじゃなくて、広い荒野を彷徨うろついているんだろう? 戦車持ちのハンターとかならあっさり倒せるんじゃないか?』

『戦車持ちのハンターは大体もっと東側で活動しているから、拠点からクガマヤマ都市へ移動している間に、現地のハンターに賞金首を全部倒されて無駄足になるかもしれないわ。だからそういう戦車持ちのハンターがわざわざこっちまで倒しに来るかどうかは微妙よ。しばらく誰にも倒されなかったり、もっと賞金が上がったりすれば別でしょうけれどね』

 アキラが構えていた銃を下げる。狙っていたモンスターの方向に、別のハンターの姿を見かけたからだ。誤射で彼らに当ててしまったりすれば大問題だ。彼らの方向へ銃を向けているだけでも要らぬ誤解を招く恐れがある。

『……またか。何か多くないか?』

 アキラが他のハンターと遭遇する確率は随分高くなっていた。

『考えることは皆同じなのよ。アキラと同じように、賞金首と遭遇するのを避けて遠出を控えているのよ。都市に籠もっているのも暇だから、小遣い稼ぎも兼ねて近場の巡回依頼を受けているのでしょうね。都市側としても、賞金首が都市の近くまで来るような万一の場合に備えて、多めに雇っているのかもね』

『もう少し都市から離れるか。他のハンターとめるのも問題だ』

『そうしましょう』

 別のハンターが通り過ぎていったので、アキラは狙っていたモンスターに再び銃を向ける。手早く確実に倒すためにアルファのサポート有りでしっかり狙いを定める。モンスターは頭部を正確に撃ち抜かれてあっさり倒された。

 アキラがアルファのサポート有りの時と無しの時の差を体感して苦笑する。

『これを自力でできるようになるのは、一体いつになることやら』

『訓練有るのみよ。気長にやりましょう』

 アキラがアルファの励ましを受けながら車の運転に戻る。そして都市からもう少し離れた場所で射撃訓練を兼ねたモンスターの討伐を続けていった。

 日も落ち始めた。アキラは巡回依頼を切り上げて都市に戻ろうとする。帰り道でも多くのハンターとすれ違った。恐らく夜間の巡回依頼を受けたハンター達だ。

 夜間巡回の方が基本報酬も高く、そちらを好んで受けるハンターも多い。しかしこのハンターの人数から考えると、恐らく昼の巡回依頼にあぶれたハンター達が仕方なく夜間の巡回依頼を受けたのだろう。この混雑を考えると、かなりの数のハンターが遠出を控えているようだ。

『アキラ。通話要求が届いているわ』

『誰からだ?』

『ドランカムのシカラベからよ』

 アキラが少し怪訝けげんな顔をする。自分に連絡を取るような人物の中で、その名前に心当たりがなかったからだ。アルファがそれに気が付いて説明を付け加える。

『ほら、アキラがクズスハラ街遺跡の地下街でエレナ達と行動した時に、エレナ達と一緒にいたハンターよ。エレナ達と一緒に行く相手がどうのこうのって、ドランカムの別のハンターとめていたでしょう?』

 アルファの説明を聞いて、アキラもシカラベのことを思い出した。エレナ達と同格らしいハンターの男だ。エレナ達と一緒にクズスハラ街遺跡の仮設基地建設で前線の警備を任されていたハンターで、かなりの実力者だったはずだ。

『あいつか。何の用だ?』

 アキラが情報端末を取り出してシカラベと通話をつなぐ。

「アキラだ。何の用だ?」

「シカラベだ。ちょっと話があってな。今から時間を取れないか? 今どこにいるんだ?」

「都市の近くの荒野だ。今から家に帰るところだ。話って、何の話だ?」

「今話題のハンター稼業の話だ。エレナとサラにも話したし、別に変な話じゃない。聞いて損はない話だ。俺達がいる場所を送る。興味が湧いたら来てくれ。じゃあな」

 シカラベはそれだけ言って通話を切った。

 アキラは少し考えて、情報端末を操作してエレナに通話要求を送信する。少し待つと、エレナと通話がつながった。

「アキラです。今少しよろしいでしょうか?」

「大丈夫よ。何かあったの?」

「大したことではないんですが、エレナさん達にちょっと聞きたいことがありまして」

「話が長くなりそうなら、どこかで会って話す? 私達の家でも良いわ。今ならサラもいるしね」

「いえ、多分すぐ済む話ですから、大丈夫です」

 アキラはシカラベとの話をエレナに説明した。アキラの話を聞いたエレナが、大凡おおよその見当を付けて答える。

「んー、それは多分、賞金首討伐の人員募集の話よ。ドランカムは今回の賞金首討伐にかなり乗り気みたいなの。複数のハンターチームで賞金首を追って討伐するみたいよ。私達にもドランカムから似たような依頼が来たわ。ドランカムの賞金首討伐チームの一つに加わってくれってね。報酬も良かったし、受けることにしたわ」

「なるほど。そういう話ですか。でも俺なんかにそんな話を持ちかけますかね?」

「クズスハラ街遺跡の地下街で一緒に行動したでしょう? それで十分戦力になると判断したのだと思うわ。私もアキラの実力なら大丈夫だと思う。多分、サラもそう判断すると思う。ヨノズカ駅遺跡ではアキラにサラを助けてもらったし、ちょっと自惚うぬぼれたことを言えば、私達を助けられるほどの実力の持ち主に、俺なんか、なんて言ってほしくないわね」

「す、すみません」

 少し焦りながら答えたアキラに、エレナが苦笑気味に笑って話す。

「……アキラはちょっと自己評価が低すぎるのかもね。謙遜は良いことかもしれないけど、そのことに反感を覚える人もいるわ。気を付けなさい」

 アキラは自分を正しく評価していると考えている。自分の実力の大半はアルファのサポートのおかげだと判断しているからだ。それは正しいのかもしれないが、他者からのアキラの評価と、アキラ自身のアキラの評価に著しい差異を生み出していた。

 アキラの本当の実力はアルファのサポートに覆い隠されている。アキラが自分の実力を把握することを困難にしている。それはアキラが自分の実力を過小評価する原因にもなっていた。

 エレナが話を続ける。

「話を戻すけど、シカラベの件は、変な裏がある話ではないと思うわ。ドランカムが外部のハンターを雇ってまで賞金首討伐に乗り出すのはちょっと気になるけど。まあ、ドランカムのハンターチームが賞金首を討伐したってことを前面に出すつもりなんでしょうね。チームで賞金首を討伐すれば、ハンターオフィスから公表される賞金首の討伐者として記載されるのは、討伐チーム名とチームリーダーの名前程度になるから、外部の雇われハンターの名前なんか出てこないわ」

 そうするとエレナ達の名前も出ないことになる。賞金首討伐に成功したハンターという名声は、エレナ達にも十分な利益のはずだ。アキラが不思議そうに尋ねる。

「エレナさん達はそれで良いんですか?」

「構わないわ。別に名を売るためにハンターをしているわけでもないしね。それに、その手の不満を交渉材料にして、報酬額をちゃんと上げておいたわ」

 恐らく不敵に微笑ほほえんでいるであろうエレナを想像して、アキラも軽く笑った。

「取りあえず、シカラベの話を聞いてみようと思います。ありがとう御座いました」

「ドランカムの依頼を受けるなら、もし同じチームになったらよろしくね」

「はい。それでは」

 アキラはエレナとの通話を切った。

 アルファがアキラをじっと見ている。

『なんだよ』

『何でもないわ。シカラベの所に行くなら、一度家に戻ってからにしましょう。指定された場所は下位区画の酒場よ。駐車場が空いている保証はないわ』

『そうだな。……行くって連絡だけしておくか』

 アキラは情報端末を操作して、シカラベ宛てにメッセージを送信した。

 アルファが思案する。恐らくアキラはシカラベの依頼を受けるだろう。依頼を受ける理由の大半は、エレナ達が依頼を受けていたからだ。エレナ達が依頼を断っていた場合、アキラはシカラベの話を聞きにいこうとはしなかっただろう。

 アキラがそれを自覚しているかどうかは分からない。だがそれを確認することで自覚するかもしれない。アルファはアキラの自覚による自身の計画への影響を考慮し、確認を避けて黙っていた。


 エレナが椅子の上で伸びをしている。その椅子は座ったまま安眠できるほどに座り心地が良く、長時間座って作業をしていても疲れない高級品だ。奮発して購入したエレナのお気に入りの椅子だ。

 エレナは非常に楽な格好をしている。身に着けているものは頭部装着型の情報端末と下着ぐらいだ。ハンターとして危険な荒野で活動している反動なのか、安全な家の中ではどこまでも楽な、だらしないと言っても良い格好をしていた。

 サラが料理を運んでくる。サラも下着の上にシャツを羽織っただけの楽な格好だ。ハンター稼業の時は肌に密着する戦闘服を着ることが多いためか、家の中ではエレナもサラも程度の差はあれど非常に開放的な格好をしている。大きな違いは客が来た時の格好ぐらいだろう。

 一緒に食事を取りながらサラがエレナに尋ねる。

「話し声がしていたけど、明日の依頼の話に進展でもあったの?」

「違うわ。アキラから連絡があって、ちょっと話を聞かれたのよ。アキラもドランカムから賞金首討伐の補助依頼を頼まれたようね。依頼を受けるとは決まっていないようだったけど。シカラベから話があったそうよ」

「アキラもドランカムから名指しで依頼されるようになったのか。アキラの実力なら、そんなに不思議な話でもないけど。……あれ? でもドランカムの依頼なら、まずはドランカムの交渉担当から連絡が行くはずよ? 何でシカラベから直接アキラに話が行くの?」

 サラに指摘されて、エレナも疑問に思い始める。

「そういえばそうね。シカラベが私達に話を持ちかけた時も、私達がドランカムと契約済みだったことを知らなかったようだし……、内部連絡のミスかしら。他のハンター達に先を越されないように、かなり急いでいるのかもね」

 ちょっとした疑問。その程度の話だ。エレナもサラも深くは考えなかった。


 クガマヤマ都市の下位区画には多くの酒場がある。多くのハンター達が仕事帰りに立ち寄る酒場には、余り治安の良くない場所も多い。危険な荒野から帰ってきた武装した人間達が酒を飲んでいるのだ。行儀よく飲んでいる人間ばかりではない。最低限の理性は残して飲んでいるのだろうが、その程度には個人差があるのだ。

 そのような酒場の周囲には、そのようなハンター達を相手に商売をする娼館しょうかん娼婦しょうふも多い。そして彼女達の後ろ盾となる荒事担当の人間も多い。荒事に自信のない人間は立ち寄るべきではない場所だ。

 そのような場所で営業する酒場の中にシカラベ達がいた。

 シカラベが店の奥の席、比較的稼いでいるハンター達が座る席で同僚達と話している。テーブルに酒は置かれているが、シカラベは手を付けていない。

 飲んでいるのはシカラベの同僚達だ。その一人は体内にアルコールの分解装置を埋め込んでおり、泥酔していても10秒で素面しらふに戻ることができる。アルコール除去薬を手元に置いて酒を飲んでいる者もいる。この後の交渉や明日の仕事に影響が出ることはないだろう。

 シカラベが情報端末を操作してアキラからのメッセージを確認する。そして同僚達に話す。

「アキラはここに来るそうだ。交渉は俺がする。余計なことを言って邪魔をするなよ」

「分かってる。それで、そのアキラってやつは使えるのか?」

「少なくとも俺達の足を引っ張ることはない。お前らの方の当てはどうなってるんだ?」

 シカラベが同僚達に尋ねると、彼らがそれぞれの当て、追加要員の手配内容を説明する。

「俺の方は、まずは借金持ちが2人と、その監視が1人だ。腕はそこそこ。債権者側との話は付いている。借金持ちの方は死なせてもかまわないが、死体は回収してくれってさ。他にも数名に声を掛けたが、ここに来るかどうかは微妙だな」

「こっちはドランカムに加わるコネを欲しがっているやつが2人だ。そこそこの腕のやつと、俺らと同じぐらいの腕のやつだ。他の当ては他の仲介からの連絡待ちだ」

 説明を聞いたシカラベが確認を取る。

「俺達と同じぐらいの実力があるなら、別にこの件に絡まなくてもドランカムの窓口と普通に交渉すれば良いだろう。どんな裏があるんだ?」

「詳しいことは知らん。何でもそいつはどこかとめていて、後ろ盾が欲しいそうだ。正規の窓口だと不味まずいんだろうな。詳しくは直接会って聞くことになっている」

「……事情を聞くだけ聞いて、相応の活躍をしろとき付けるか」

 シカラベ達の目的は賞金首の討伐だ。シカラベ達はそのための人員を集めていた。アキラを呼んだのもそのためだ。

 ただし、ドランカムに誘われたエレナ達とは少々事情が異なっていた。


 アキラがシカラベに指定された酒場を目指して都市の下位区画を歩いている。スラム街とは別の意味で治安の悪い区域だ。

 酔ったハンターが通路に横たわって寝ている姿も見える。彼が襲われないのは、この区域の治安がある程度維持されているおかげだ。そしてそれ以上に、襲うがわが死ぬ確率がとても高いからだ。こんな場所で寝ていて襲われても文句は言えない。そして襲ったがわが反撃されて殺されても文句は言えないのだ。

 アキラは酒と女の客引きを無視しながら目的の酒場を目指して進んでいく。ハンター達が命を賭けて稼いできた金を吸い上げて作られた歓楽街は、自身の血を対価にして得た金を浪費するに足る環境を維持するために、特有の華やかさを振りまいている。それはハンターが明日を生きる原動力にもなり、明日を失う堕落の原因にもなるのだ。

 普段アキラが立ち寄ることのない場所だ。アキラは少々興味深そうに辺りを見ながら歩いていた。

 アルファはアキラの隣を擦れ違う相手とぶつからないように歩いている。別にアルファが誰かにぶつかったとしても、その誰かの体を通り抜けるだけだ。何の問題もないはずだが、アルファはしっかりと避けて歩いていた。

 アキラが不思議そうに尋ねる。

『アルファ。何で態々わざわざ人を避けているんだ? 別にぶつかっても問題ないだろう?』

『気分の問題よ』

『誰かとぶつかると、アルファの気分が悪くなるのか?』

『アキラの気分が悪くなるのよ。私がそこらの誰かと融合しているような姿を見て、アキラが顔をしかめないのなら問題ないけれどね』

 アルファが近くを歩いていたハンターに近付いて立ち位置を意図的に重ねた。ハンターとアルファの顔の部品が中途半端に奇怪に混ざった頭部を持つ、4本腕の得体の知れない人型の物体が出来上がった。

 アキラが顔をしかめる。確かに見ていて気分の良いものではない。

『悪かった。これからも避けてくれ』

『でしょう?』

 アルファはアキラのそばに戻って得意げに微笑ほほえんだ。

 周りのハンターの装備は様々だ。目立つ武装をしているハンターも多い。旧世界の遺跡から戻ってきて、そのままここに来たのだろう。遺物らしき物を持っているハンターもいる。

 アキラの装備は強化服、そしてAAH突撃銃とA2D突撃銃だ。CWH対物突撃銃とDVTSミニガンは車と一緒に置いてきた。予備の弾薬を詰めているリュックサックもだ。

 遺跡に行くような装備だと入店を断られるかもしれない。そう考えてそれらの装備を置いてきたのだが、持ってきても良かったかもしれない。

 アキラがシカラベに指定された酒場の前に到着した。目的の酒場は3階建ての結構大きな建物だ。

 アキラが酒場の中に入ると、酒場の主人がアキラを見て少し険しい口調で話す。

「ここはお前みたいなガキが来る場所じゃねえぞ。帰んな」

 アキラが普通に答える。

「それはこんなガキをここに呼びつけたやつに言ってくれ。シカラベってやつがいるはずなんだ。知らないか?」

「知らん。適当に探せ。……全く、こんなガキをこんな場所に呼びつけるなんて、どこの馬鹿だ」

 店主は文句を言いながらもアキラが店の中に入ることを認めたようだ。取りあえず入店拒否はされなかったので、アキラは店の中に入ってシカラベを探すことにした。

 広い店内にはそれなりの数のハンターがいる。そのハンター達を見て回ってシカラベを探すのはかなり面倒な作業だ。

『シカラベはどこにいるんだ? ……シカラベに連絡して聞くか』

 アキラが情報端末を取り出そうとする。しかしその前にアルファが話す。

『2階の奥にそれらしい人物がいたわ。行きましょう』

 アルファがどうやってシカラベを見つけたのか。アキラはそれが少し気になったものの、そろそろ慣れてきたこともあり、それを尋ねるのは止めた。アキラが情報収集機器を手に入れる前から、アルファには遮蔽物の向こう側にいる敵の位置を教えてもらったりしているのだ。今更な話ではある。

 アキラはアルファの授業で様々な知識を教えてもらっている。そして授業で常識的な知識を身に着けるほど、アルファが得体の知れない存在であることを改めて思い知るのだ。

 もっともアルファの正体などアキラには然程さほど重要なことではない。アキラにとって重要なのは、たとえ依頼の契約上の関係とはいえ、アルファがアキラの味方であることだ。

 だからアキラはその好奇心に蓋をする。より重要なことを、より大切なことを重石おもしにして、開ける必要のない蓋が開かないように。あの日から続いている幸運が消えてなくならないように。アルファとの日々が消えてしまわないように。

 アキラがアルファの案内で2階にいるシカラベの所へ向かう。アルファが言った通り、シカラベは2階の奥の席に座っていた。

 シカラベの方もアキラに気が付いた。シカラベが軽く手を振ってアキラを呼ぶ。

「来たな。ここだ」

 シカラベ達は大きめの円形のテーブルの席に座っていた。アキラはシカラベの向かいの席に座る。接客用の女性をそばはべらせるための大きめのソファーには、今はシカラベ達しか座っていない。

 シカラベがアキラに笑って話す。

「この2人は俺の同僚で、ヤマノベとパルガだ。ヤマノベ、パルガ。こいつがアキラだ」

 ヤマノベは興味深そうにアキラを見ている。パルガは懐疑的な目でアキラを見ている。

 アキラは気にせずにシカラベに視線を合わせて尋ねる。

「それで、話って何だ?」

「ああ、その前に何か頼むか? 酒場だがつまみ以外の料理も結構そろってるぞ」

「要らない。料理は食いながら聞く話かどうか確認してからだ。値段も分からないしな」

 少し警戒気味のアキラに、シカラベが不敵に笑って話す。

「そうか。それなら早速本題に入ろう。賞金首のことは知っているな? 俺達は賞金首の討伐を計画している。単に倒すだけなら俺達だけでも可能だろうが、迅速に、確実に、大量に倒すとなると流石さすがに戦力が足りない。不足分の戦力を補うために、追加の人員を雇うことにした。それでアキラに声を掛けたわけだ。報酬は弾む。雇われないか?」

 シカラベの話はここまではおおむねエレナの予想通りだ。アキラが落ち着いて答える。

「具体的な契約内容次第だな。でもその程度の話なら、通話の時に概要ぐらい説明しても良かったんじゃないか?」

 アキラがそう尋ねると、シカラベが真剣な表情で話を続ける。

「今から話す条件を聞かずに、中途半端に考えられると困るんだ。この依頼には、ハンターオフィスは介在させない。純粋にハンター同士の依頼だ。この条件を飲んでもらいたい」

 シカラベ達は真剣な表情でアキラの返事を待っている。しかしアキラにはその言葉の意味が分からない。非常に重要なことなのは分かるが、それだけだ。

 アキラも真剣な表情で聞き返す。

「……それを受けた場合、具体的にどういう不利益が生じるんだ? 可能な限り説明してくれ。一々説明しなくても分かるだろう。そういう暗黙の了解はめ事の元になる。聞かなかったから言わなかった。そういうのは無しにしてくれ。俺はドランカムの人間ではないし、基本的に1人で行動しているから、ハンター同士の取り決めの慣例とか、暗黙の事柄には疎いんだ」

「良いだろう。曖昧だと判断したことはその都度聞き返してくれ」

 シカラベがアキラに依頼の詳細などを説明していく。

 ハンターオフィスを介在させない依頼とは、公式なものとは見做みなされない依頼だということだ。例えば、シカラベに雇われて賞金首と戦ったという内容が、アキラのハンター稼業の履歴に残ることはない。

 そしてこの依頼を保証するものは何もない。ハンターオフィスを介在した契約ならば、依頼内容の不備や報酬の未払いなどが発生した場合、その記録が残る。それは契約したハンターに、契約を守らせようとする強制力となる。それが一切ない以上、契約を守らせるものは、契約を締結したハンター自身しかないのだ。未払いの報酬を力尽くで取り立てようとして、強盗扱いされて殺されることさえある。

 ハンターオフィスを介在しない依頼は詐欺だと思え。時にはそう言われるほど信用に雲泥の差があるのだ。

 それだけの不利益に釣り合うかどうかは分からないが、アキラに提示された報酬は高額だ。賞金首を討伐した賞金から経費を引いて残りを分割する。しかしシカラベ達を分割する数に含めない。最終的なチームの人数は調整中だが、仮にアキラを含めた4人で賞金首を倒した場合、シカラベ達の分を引いて分割するので、賞金から経費を引いた残り全てがアキラのものとなるのだ。

 支払い方法は、シカラベ達が一度賞金をハンターオフィスから受け取り、そこから経費を抜いてアキラの口座に振り込む形になる。仮に賞金首を討伐できなかったとしても、100万オーラムがシカラベからアキラに支払われる。ただしその場合は、必要経費は込みという形になる。

 アキラはシカラベの説明を反芻はんすうして疑問点を洗い出していく。

「確認したいことが幾つかある。一つ目。経費って、具体的にはどこまで有りなんだ?」

「細かく決める気はない。だから認めないものを説明する。まず、借金の返済は駄目だ。借金を返済しないと作戦に参加できないから、その分を経費と認めてくれってのは駄目だ。それは各自の報酬から支払ってもらう。そして装備代も駄目だ。5億オーラムの賞金首を倒すために、5億オーラムの新装備を買った。それを経費として認めると、事実上そいつが全額持っていくことになるからな。ただし、その場合でも新装備の弾薬費や、装備のレンタル代は経費として認める。……抜け道探しは面倒だ。俺達3人は賞金首の討伐に成功しても、その賞金から1オーラムも受け取らない。これは約束する」

「2つ目。チームの人数は何人だ?」

「アキラを含めて最低4人。最終的に何人になるかはこの後の交渉次第だが、恐らく15か、20か、それぐらいだ。なるべく集めるつもりだが、最大でも30人ぐらいだろう」

「3つ目。報酬が支払われる保証は?」

「ない」

 シカラベはそう簡潔に断言した。アキラの表情が険しくなる。アキラとシカラベが互いを威圧するように視線をぶつけ合う。

 しばらくの沈黙の後、シカラベが補足する。

「……強いて言えば、報酬を踏み倒されて怒り狂ったアキラと殺し合うより、素直に報酬を支払った方が良い。俺がそう思っていることだ。俺が支払いを楽に踏み倒せる程度の実力しかアキラは持っていない。だから踏み倒そう。もし俺がそう考えているのなら、そもそもこの話をアキラに持ちかけたりはしない。連れて行っても役に立たねえからな」

 アキラがシカラベを凝視しながら思案する。好意的に解釈すれば、シカラベはアキラの実力を認めていると言っている。ひねくれた解釈をすれば、シカラベはアキラの実力が見込み違いなら報酬を踏み倒すと言っている。それはアキラの実力次第で、どちらにでも変わるのだろう。

「……4つ目。ハンターオフィスを介在させない理由は? 別に普通に契約しても良いんじゃないか?」

 アキラがそれを尋ねると、シカラベの表情が少し険しくなる。

「俺がその質問に答えないと、アキラはこの話を断るのか?」

「断る。少なくとも変なめ事に知らないうちに巻き込まれるのは御免だ」

 シカラベがヤマノベとパルガの様子をうかがう。パルガが苦笑いを浮かべながら話す。

「良いんじゃねえの? どうせその内に知れ渡る話だ。まあ、言いたくない気持ちは分かる」

 ヤマノベもパルガに賛同する。

吹聴ふいちょうしないなら問題ないだろう。シカラベが勧める戦力だ。その程度の理由で断られるのは避けたい」

 シカラベはめ息を吐いた後、アキラを見て話す。

「言いふらすなよ? 一応、ドランカム内部の話だ。外部の人間に話すことじゃないんだ」

 アキラがしっかりうなずいて答える。

「分かった」

 うそは言っていない。シカラベはそう判断した。そして少し不機嫌そうな口調で話し始める。

「……要はまあ、ドランカム内部の勢力争いの一環、その都合だ」

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