第89話 ニアミス

 シェリルは試着室で次の服に着替えている。アキラは椅子に座って待っている。そこにどことなく顔色の悪いカシェアが戻ってきた。

 カシェアはシェリルを待つべきかと考えたが、支払うがわの了承さえ取れれば良いだろうと判断して、すぐにアキラに事情を話すことにした。時間経過で状況が好転しない以上、早い方が良い。説得に時間を掛ければかけるほど、仕立て直しの時間が延びるのだ。

 カシェアが意を決してアキラに話しかける。

「お客様、少々御相談したいことが御座います」

 カシェアから事情を聞き終えたアキラが、少し考えてから答える。

「分かりました。元々の100万オーラムとは別に、150万オーラム追加で払います」

 追加で150万オーラム払うことに対して、アキラから大きな反応は見られなかった。カシェアはそのことに驚きながらも、何とか表情に出さずに済ませた。しかし内心の動揺がそこで言質は取ったとして話を終わらせずに、承諾の確認を取らせる。

よろしいのですか?」

「ええ。俺は仕立ての専門家ではないし、専門家がそれだけ掛かると言うのなら、それだけ掛かるんでしょう。それに装備の整備のようなものですしね。下手に値切って整備不良にする気はないし、万全な状態を見てみたいとも思います。お任せします。お任せして、大丈夫なんですよね?」

勿論もちろんで御座います」

 カシェアは内心を隠しきって笑顔ではっきり言い切った。カシェアもセレンの腕を信頼している。そうでなければ、仕立て直しの中止を前提に話を進めていただろう。だがその信頼をもってしても、内心を表に出さずに答えるのはぎりぎりだった。

 アキラがカシェアの内心など全く気付かずに答える。

「では、お願いします」

かしこまりました。直ちに仕立て直しを始めるよう指示を出させていただきます」

 カシェアはすぐにセレンの所に戻ろうとして、その前に気になったことをアキラに尋ねる。

「……お客様の装備の整備のようなものとおっしゃいましたが、お客様のその服の値段など伺ってもよろしいでしょうか? いえ、用途は違えど服を扱う者として少々気になりまして」

 アキラはシェリルの服の仕立て直しを、装備の整備のようなものと言った。ではそのアキラの装備はどの程度の価格なのか。それでアキラの財力の程度をある程度把握することができるだろう。

 アキラがそのカシェアの意図には気付かずに普通に答える。

「これですか? 他の装備といろいろ合わせて買ったので、この強化服単体の値段を聞いても、目安にはならないと思いますよ?」

「服も他の服との組合せや、靴やアクセサリーに小物などいろいろ合わせて買うことも多々御座います。余り違いはないものかと。総額ではお幾らに?」

「それなら8000万オーラムです」

「……やはりハンターの装備は結構な値段になるのですね。では、仕立て直しを始めるように伝えて参ります」

 カシェアは微笑ほほえみを崩さずに軽くアキラに会釈をして、再びセレンの所へ戻っていく。教えられた金額を聞いた時に吹き出さなかったのは、カシェアの商人としての意地をもってしてもぎりぎりだった。

 セレンの作業場まで戻ってきたカシェアがすぐにセレンに指示を出す。

「セレン。相手の了解を取ってきたわ。追加で150万オーラム払うって。仕立て直しを始めて」

「分かった。どうやって言い包めたの?」

 セレンはカシェアが最終的に相手の了承を取ってくるとしても、その説得にかなりの時間が掛かると考えていた。しかしカシェアはすぐに戻ってきた上に、しっかり全額分の支払いの了承を取ってきた。自分の姉はそこまで手練てだれだっただろうかと、セレンはカシェアの手口が気になった。

 カシェアは妹が自分を詐欺師まがいの扱いにしていることを気にする余裕もなく問いに答える。

「私が事情を話したら、特に悩みもせずに普通に支払いの追加に応じたわ。それとなく相手の装備代を尋ねたら、8000万オーラムだって。確かにその代金に比べれば、150万オーラムなんて誤差よね」

「8000万オーラム。流石さすが稼ぐハンターは装備代も桁違い。店長、ちょっと口説いてきて」

「馬鹿言ってないで、さっさと始めなさい。仕立て直しのために150万オーラム出せる専門家って見込まれたんだから、しっかり仕事をしなさい」

「言われるまでもない。全力を出す」

 セレンは愛想の欠ける表情で、しかし職人としての自負と決意がこもった真剣な表情で仕事を始めた。


 しばらく時間が過ぎた。シェリルは様々な服を試着しているが、今のところ購入した服はない。シェリルにもいろいろ考えはあるのだろうが、一番の要因はシェリルが試着した服を見るアキラの反応が非常に薄いことだろう。

 アキラとシェリルの近くにいたカシェアも遅まきながらそれに気付いた。カシェアが一計を案じてアキラに話しかける。

「お客様。よろしければお客様もお連れ様の服を選んでみませんか?」

「俺が?」

「はい。如何いかがでしょう。お連れ様もお喜びになるかと」

 アキラが選んだ服ならばシェリルも購入意欲が湧くはずだ。カシェアはそう考えてアキラに提案してみた。

「そう言われてもな……」

 自分のファッションセンスに全く自信のないアキラは乗り気にはなれなかった。しかしその話を聞いたシェリルが食いついてくる。

「アキラに服を選んでいただけるんですか?」

 シェリルが期待に満ちた目でアキラを見ている。アキラはシェリルの目から非常に断りにくい迫力のようなものを感じた。しかしアキラには自分が選んでも良い結果になるとはとても思えなかった。

 困っているアキラを見てアルファが笑いながら助け船を出す。

『何なら私が選びましょうか? この店の商品がどの程度の代物かは、実際に見てみないと分からないけど』

『良いのか?』

『この店を選んだのは私だしね。その選択がアキラの不運を上回ったかどうか試してみましょう』

『そういえばそんなことを言ったな。じゃあ、頼んだ』

 アキラは服の選択をアルファに丸投げすることにした。期待に満ちた目で自分を見ているシェリルに話す。

「じゃあ選んでみるから、少し待っていてくれ」

「お願いします」

 シェリルはとてもうれしそうな笑顔でアキラに微笑ほほえむ。実際に選ぶのはアキラではないのだが、それを知らないシェリルは非常に喜んでいた。

 アキラが店内の商品をくま無く見て回る。傍目はためから見ると店内に陳列されている服をチラッと見ているだけに見えるが、実際にはアルファが十分しっかり確認しているので問題ない。ただカシェアは怪訝けげんそうな表情を浮かべていた。

 アキラはそのまま店内を一周した。その間アルファは一度もシェリルに着せる服を指定しなかった。アキラがそれを疑問に思ってアルファに尋ねる。

『一応全部見て回ったけど、良い服はなかったのか?』

『いいえ。しっかりコーディネートするために、一度店内の商品を全部把握しただけよ。私が選んだものを教えるから、アキラはそれを運んでちょうだい』

『分かった』

 アキラはアルファの指示に従って、店内から衣服一式を靴も含めて一通り選び終え、まとめてシェリルに手渡した。

 シェリルはすぐに試着室で試着中の服を脱ぎ、アキラが選んだ、正確にはアルファが選んだ服に着替える。

 着替え終えたシェリルが試着室から出てくる。そして照れながらアキラに尋ねる。

「ど、どうでしょうか?」

 シェリルは年相応の可愛かわいさ愛くるしさとは方向性の異なる雰囲気の、清楚せいそな雰囲気の中に少々背伸びした色気を見せる綺麗きれいな服を身にまとっている。その服がシェリルの端麗な容姿をより綺麗きれいに輝かせ、少し恥じらいながら頬を朱に染めるシェリルの表情が、相反するはずの可愛かわい可憐かれんさを見る者に与えていた。

 カシェアがお世辞抜きの本心で答える。

「とても良くお似合いで御座います」

 カシェアは心の中で軽くアキラに賞賛の言葉を贈る。アキラの選んだ商品がこの店では手頃な値段の商品であること以外は、カシェアには何の不満もない。もっともその後すぐにより高い服をシェリルに勧めづらくなったという不満が加わったが。

 アルファが少し得意げにアキラに尋ねる。

『どう? なかなかのものでしょう?』

『まあ、今までのよりは良いと思う』

『反応が薄いわね。何が気に入らないのよ』

『そう言われてもな。やっぱりアルファの言った通り、俺はアルファの格好にいろいろ慣れてしまってるんだろうな。正直、今のアルファの服装の方が好みだしな』

 アルファの服装はアキラへの好感を稼ぐために、アキラの好みにいろいろ合わせてあるので、当然の結果とも言える。その上で、アルファの服はどれも一流品なのだ。既製服のシェリルと比べるのは酷だろう。

 アルファが苦笑い気味の微笑ほほえみを浮かべて話す。

『取りあえず、店員お勧めの服より私が選んだ服の方がアキラから高評価を得られたのは間違いないか。良しとしましょう。アキラの不運との勝負は、私の勝ちね』

『何の勝負なんだよ』

 アキラは若干あきれたが、それを表情には出さなかった。

 シェリルがアキラの感想を待っている。一応アキラが選んだことになっているので、少し考えて答える。

「俺は結構似合っていると思うんだけど、シェリルの感想は?」

「とても気に入りました」

「そうか。それなら良かった」

「はい。良い服を選んでいただいて、ありがとう御座いました」

 シェリルはとてもうれしそうに微笑ほほえんでアキラに礼を言った。

 アキラとシェリルは店内の椅子に座って雑談をしながら時間を潰していた。

 アキラに選んでもらった衣服を身にまとったシェリルは非常に上機嫌だ。少々浮かれ気味のようにも見えるシェリルからは普段の大人びた雰囲気が少し薄れていて少し子供っぽくも見える。

 仕立て直しが終わるまでにはまだまだ時間がある。既に仕立て直しとアキラが選んだ商品の支払いは済ませているので、店の外に出て暇を潰すこともできる。ただシェリルは仕立て直しの仮縫いや調整のためにセレンから残るよう頼まれていた。服のより良い仕上がりのために、シェリルはセレンの頼みを承諾して店に残ることにした。アキラはそのシェリルに付き合って一緒に店に残っていた。

 アキラは待ち時間の間に次回のヒガラカ住宅街遺跡の遺物収集についてのこともシェリルと話を済ませた。

 アキラの予想に反して、シェリルは定期的な遺物収集をあっさり受け入れた。ただしシェリルと相談していろいろ条件は変更された。

 大きな条件の変更は次のようなものだ。収集した遺物は全てアキラの物とした上で、その遺物をシェリル達が売った利益の半分をシェリル達が受け取る。販売方法等はシェリル達に一任する。なお、前回の遺物も同様の扱いをすることになった。

 アキラは念のためシェリルに確認する。

「提案している俺が言うのも何だが、前回いろいろあったけど、良いのか?」

 シェリル達はモンスターの群れに襲われたり、同行していたハンターに襲われたりと、いろいろ散々な目に遭ったはずなのだ。それにもかかわらず、シェリルは表情を全く曇らせずにアキラの提案を受け入れたのだ。アキラはその点が少々気になっていた。

 シェリルが微笑ほほえみを絶やさずに答える。

「はい。私達も有り難い話ですし、それにその、また何かあったら、前の時と同じように助けていただけるんですよね?」

 そう言うシェリルの表情には、僅かに照れが含まれていた。シェリルの脳裏には、危険を顧みずに自分を格好良く助けているアキラの姿が浮かんでいた。その光景自体は事実とほぼ相違のないものなのだが、シェリルの主観がたっぷり含まれた注釈が加わっていた。

 アキラは前回のことを失態と捉えている。そのため表情を真剣なものに変えてしっかりと答える。

「ああ。依頼として引き受けた以上、前回以上にしっかりやるつもりだ」

 シェリルがとてもうれしそうに微笑ほほえむ。そこにはアキラが真剣に自分をまもってくれるという少々脚色気味の解釈に対しての喜びが含まれている。勿論もちろんシェリルはそれを自覚している。

「それなら全く問題ありません。私からお願いしたいぐらいです」

「そうか? それなら良いんだけど……」

 アキラはシェリルの様子にどこか釈然としないものを感じながらも、頼んでいるのは自分の方なので下手に追及はしなかった。

 その後もアキラはシェリルと雑談を続けていたが、ふと何かを忘れているような感覚を覚えてアルファに尋ねる。

『アルファ。俺は何かやることを忘れてたりしていないか?』

『忘れていること? 別にないと思うわ。シェリルとの遺物収集の話は済ませたし、特に次の予定も決まっていないわ。急いで準備をしなければいけないことも思いつかないけど』

『気のせいか? うーん。何かないか?』

『無理矢理やりにでも言うのなら、前にしておいた荒野に出かける準備の内容が賞金首がいない時にしたものだから、今荒野に出るのなら準備をし直した方が良いってことぐらいかしら。でも当面は外に出る予定もないでしょう?』

『……それはそれで気になるな』

 思い出そうとしたこととは確実に別件なのだが、アキラはそれが気になってしまった。何らかの事情ですぐに荒野に出る必要がでるかもしれない。何しろ運は悪い方なのだ。

『やっぱり気になる。念のため準備をし直そう』

『心配性ね。まあ、より良い準備をしておくことは良いことだわ』

 アキラがシェリルにしばらく席を外すことを話す。

「シェリル。ちょっと用事を思い出した。しばらく出てくるから、ここで待っていてくれ。何かあったら情報端末で連絡してくれ」

「手伝えそうなことなら、私もお手伝いしますよ?」

「いや、1人で大丈夫だ。弾薬の補充作業とかだから、強化服を着ている俺一人でやった方が早い」

「そうですか。分かりました。何かあれば連絡します」

 シェリルは少し残念そうな表情でアキラを見送った。


 シェリルが一人でアキラの帰りを待っている。一人になったことで少しだけ冷静さを取り戻して、今まで気持ちが高揚気味だったことに気付いた。

 シェリルは意図的に深く呼吸をして落ち着きと冷静さを取り戻そうする。そのシェリルの視界に、鏡に映った自分の姿が入る。シェリルは鏡の前で軽くポーズを付けて立つと、微笑ほほえみを浮かべた。

 シェリルが鏡に映る自分を見るのは、交渉ごとを優位に進めるために磨きをかけた自身の容姿の確認作業だ。鏡に映る自分を見ることで、自身の状態を客観的に把握するためでもある。

 シェリルもそのつもりで鏡の前に立ったのだが、それはいつの間にかアキラに選んでもらった服を着ている自分の姿を見て楽しむ行為に変わっていた。鏡の中でニヤニヤしている自分の表情を見て我に返り、シェリルは慌てて表情を戻した。

 落ち着きを取り戻したシェリルが椅子に座って今後のことを思案する。主な内容は手に入れた遺物の売却方法だ。アキラのためにも可能な限り高値で売らなければならない。シェリルは真剣に思案を続けていた。

 カシェアの店に新しい客が入ってくる。カシェアがすぐに接客に向かう。

 新しい客は3人だ。軽装備のハンターの少年が1人。私服の少女が2人。カシェアは彼らの格好を見て、お客様だと認識した。少なくとも穏便にお引き取り願う人物ではない。カシェアが新しいお客様に愛想良く微笑ほほえむ。

「御来店ありがとう御座います。本日はどのような御用向きでしょうか?」

 カシェアに話しかけられて、店の雰囲気に飲まれて緊張気味だった少女がビクッとする。もう一人の少女が代わりに答える。

「えっと、服をいろいろ見たいんですけど、良いですか?」

勿論もちろんです。控えておりますので、お客様のお眼鏡にかなった商品が御座いましたら、お気軽にお声をお掛けください」

 少女達が店の中に入っていく。疲れ気味の少年がその後に続いた。少年がぼやく。

「なあ、そろそろ休憩にしないか? 第一、さっきから見てばっかりで全然買ってないだろう。俺が荷物持ちとしている意味があるのか?」

 少年のぼやきを聞いて、少女が少し機嫌を損ねた。少女も新しい服を買うつもりなのは間違いないが、予算に限りがあるので吟味が必要なのだ。そして少女にとってその服は、少年に見せるための服でもあるのだ。まだ1着も服を買っていないのは、少女が選んだ服を少年に見せた時の反応が鈍い所為でもある。

「良いから黙って早く来なさい。あの件の借りで今日一日付き合う約束でしょう?」

 それを正直に少年に告げるのは少女も恥ずかしいので、少女は照れ隠しを兼ねて少年への口調を強くした。

 少年は少女のそんな気持ちには全く気付かずに、少女の後を追う。

「分かってるって。でもユミナ、俺はも角、そろそろアイリも疲れてきたんじゃないか?」

「疲れてない」

 アイリはあっさりそう答えた。ユミナが笑って言う。

「カツヤ、聞いたでしょ? へばってないで、とっとと来なさい」

「分かったよ。……荒野に行くわけじゃないし、もっと軽い装備にするんだった」

 普段着に近いユミナ達を守るためにもある程度の装備は必要だろうと、カツヤはそこそこ重量のある装備を身に着けていた。もっと軽い装備にするべきだったと後悔したが手遅れだ。

 店に来た客は、カツヤ達だった。

 カツヤはしばらくユミナ達の服選びに付き合っていたが、疲労を理由にして何とかユミナ達を言い含めてその場から離れることに成功した。

 カツヤは文句を言うユミナ達に少し休んだら戻ってくると言い残して、しばらく休める場所を探す。そして店内に設置されているテーブルを見つけて、その椅子に座ろうとする。

 テーブルの別の椅子に先客がいたので、カツヤが一声かける。

「ああ、ここ良いか?」

「構いませんよ」

 先客はシェリルだった。シェリルはカツヤに微笑ほほえんで許可を出した。

 シェリルの返事を待たずに椅子に座ろうとしていたカツヤの動きが止まる。シェリルの方を見たカツヤは、そのままシェリルに見れていた。

 大人びた魅力的な容姿を引き立てる衣服を身にまとっているシェリルの姿を見て、カツヤは住む世界が違う人間の雰囲気を感じていた。都市の防壁内に住むお嬢様が興味本位で防壁の外に出てきたと説明されても、カツヤは微塵みじんも疑わないだろう。

 カツヤはドランカムの若手では既に名の知れた存在だ。そのためか、同じくドランカムに所属する同世代のハンターの少女達から非常に人気がある。その弊害としてカツヤの異性の容姿に対する評価は厳しめだ。

 それでもカツヤはシェリルに見れてしまった。高級店の衣服で身を飾るシェリルの見栄えの総合評価は、カツヤの周囲にいる異性とは別格だ。少なくともカツヤにとっては、見れるほどに魅力的で、衝撃的なほどに美しかった。

 シェリルが一向に動こうとしないカツヤに声をかける。

「……お掛けにならないのですか?」

「あ、ああ、座る」

 我に返ったカツヤは、慌てながらそう言って急いで椅子に座った。

 シェリルはカツヤから視線を外し、今後のことについての思案に戻る。しかしカツヤからの強い視線を感じ続けて、それ以上の思案を中断した。

 シェリルはカツヤから何か話題を振ってくれば、適当に相手をするつもりだった。しかしカツヤはシェリルを見続けるだけで、一向に話しかけようとはしてこない。

 仕方がないのでシェリルは自分からカツヤに話しかけることに決めた。カツヤの格好から相手がハンターだと判断して、アキラが戻ってくるまでの暇つぶしを兼ねて、この店に訪れることができる実力者の情報を得ることにした。

 シェリルがカツヤに微笑ほほえみかける。

「今日は御友人とお買い物ですか?」

「……えっ? あ、ああ。そ、そうなんだ」

 急にシェリルに話しかけられたカツヤが慌てて答えた。実はカツヤは、シェリルに話しかけるための話題を考えている途中だった。不意を突かれた形になったカツヤの頭から、考え中だった話題の内容が吹き飛んだ。

「この辺りにはよくお越しになるのですか?」

「お、お越しに? いや、よくっていうか、ユミナ達に付き合っていろんな店を彷徨うろついていたら、こんな場所まで来ちゃったんだ。この辺の店は結構高そうな店ばかりだから、俺はあんまりこの辺には来ないって言うか、ユミナ達、金あるのか? 今日はまだ何も買っていないし大丈夫か?」

 カツヤは動揺のために余計なことまで言い始めていた。そのカツヤをシェリルは微笑ほほえみを絶やさずに見詰めている。自身が見れるほどの美少女に見つめられ、カツヤは照れ隠しに軽く笑った。


 ユミナとアイリは店内の服を見て回っていた。

 ユミナが棚から良さそうな服を手に取り、デザイン等を確認して悪くないと思い、値札を確認して棚に戻す。そして商品の感想を端的に口に出す。

「……高っ」

 ここは下位区画の商品としては高級品を扱う店である。相応の品は、相応に高い。ユミナに購入できない価格ではないが、買うには度胸のいる金額だ。

 日頃ハンター稼業を頑張っている自分への御褒美にはちょうど良いかもしれない。ユミナはそう考えたが、実際に購入して、実際に着てみて、カツヤに見せて、似合わない等と言われれば、きっと自分はへこむだろうとも考えた。

 やはり買う前に試着してカツヤに見せる必要がある。ユミナはそう考えたが、そのカツヤは今ここにはいなかった。ユミナが愚痴をこぼす。

「カツヤはまだ戻ってきていないのか。遅いわね。まったく、何やってるのよ」

 先日、カツヤは迂闊うかつな失言でアキラと殺し合う手前まで事態を悪化させ、ユミナとアイリに大いに迷惑をかけた。カツヤはその償いとして、今日一日ユミナ達に付き合うことになっているのだ。

 一緒に服を選んでいたアイリがユミナに簡潔に言う。

「探してくる」

「お願いね」

 アイリがカツヤを探しにその場から離れる。程なくしてアイリが一人で戻ってきた。

 カツヤと一緒に戻ってくると考えていたユミナが首をかしげる。

「カツヤは?」

 アイリは表情が豊かな方ではない。しかし今回は明確に不満が伝わる表情でユミナに答える。

「ナンパしてた」

「……は?」

 アイリの不満がユミナに伝染した。

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