第85話 情報拡散の経緯

 アキラ達は3人一緒に遺物の収集を始める。予想外のモンスターの襲撃があったが、そのまますぐに帰るわけにもいかない。旧世界の遺跡から生きて帰ることも大事だが、遺物をしっかり持ち帰ることも大切だ。赤字を垂れ流すために命懸けで旧世界の遺跡に来たわけではないのだ。

 アキラ達は半壊した商店から瓦礫がれき退かし、モンスターの死体や残骸を退かし、ハンターの死体を退かして遺物を収集する。

 アキラが予備の空のリュックサックに遺物を詰めていく。多くの遺物は戦闘の余波で破壊されていたり、モンスターの血や油がたっぷり付着していていたりと、余り良い状態ではない。比較的状態の良い遺物を選んで詰めていく。

 小さめの遺物は結構無傷で残っていた。しっかり包装されている遺物は内部まで血や油が染みこんでおらず無事だ。アキラはそれらを優先して詰め込んでいた。

「……ん?」

 アキラの声に反応したサラが尋ねる。

「アキラ、どうかしたの?」

「いえ、女性物の下着を見つけたんですが……」

「本当!?」

 サラが喜びの声を上げた。以前アキラに説明したとおり、サラが保有している丈夫な女性用下着の残数は既に危険域に達しているからだ。できれば追加を手に入れておきたいのだ。

「……モンスターの血か何かが包装の中まで染みこんでいますね」

 アキラの説明の通り、その下着は包装が破れており、何らかの液体が染みこんでいてかなり変色していた。

「……そう。残念だわ」

 サラがかなり残念そうに答えた。

 アキラはたっぷり血の染みこんだ女性用の下着を近くの瓦礫がれきの上に置く。それをリュックサックに入れる気にはなれなかったからだ。そして再び遺物の収集に戻る。

 再びアキラが何かを見つける。

「……ん?」

「アキラ、どうかしたの?」

「いえ、また女性物の下着を見つけたんですが……」

「……ですが?」

 二度目だ。サラは落ち着いてアキラに尋ねた。

「……銃撃で、穴が開いていますね」

 飛び交う銃弾が偶然この下着を貫通したのだろう。アキラが見つけた下着には、目立つ穴が開いていた。

 アキラに非はない。それはサラにも分かっている。しかしサラは少し強めの笑顔で話す。

「ちょっとアキラ、さっきから何の嫌がらせ?」

「いや、そう言われても」

 アキラとしては、サラから尋ねられたので答えただけだ。別に嫌がらせをしているわけではない。

 少し不満げな表情を浮かべていたサラが、何かを思いついたように笑う。そして二度の肩すかしの不満を別の方向に向ける為に、アキラを誘惑するように微笑ほほえんで話す。

「それとも、そんな穴の開いた下着を、私に身に着けてほしかったの?」

「そ、そういうわけじゃ……」

 アキラが少し慌てて少し顔を赤くして答えた。サラはアキラの反応を見て満足して楽しげに笑った。

 エレナが少しあきれながらサラに話す。

「馬鹿なことを言ってないで、近くの瓦礫がれきでも退かしたら?」

「はいはい。分かってるわ」

 周辺に無事な遺物が残っている可能性は十分ある。サラはアキラの周辺を重点的に探すことにした。

 地下街にはそれなりの数の商店の跡が存在している。しかしアキラ達が見つけた無事な旧世界の遺物の量は、商店の数を考えると少量だった。先にここに来たハンターが収集したのかもしれない。戦闘の余波で破壊されたのかもしれない。元々経年劣化で状態が悪かったのかもしれない。いろいろ理由は考えられるが、ない物はないのだ。アキラ達にはどうしようもない。

 全ての瓦礫がれき退かして念入りに隅々までしっかり探せば、旧世界の遺物はまだまだ残っているだろう。壊れていない店の備品を持ち出すこともできる。しかし流石さすがにそこまでする余裕はアキラ達にはなかった。帰りにまたモンスターに襲われる恐れも十分にある。持ち運びやすい遺物を重点的に持ち帰るべきだろう。

 それでもアキラは予備のリュックサックを遺物で満杯にできた。多少状態の悪いものも混ざっているが、それでも持ち帰らないよりは良いだろうと考えて、余り選別せずに詰め込んでいた。戦闘で消費した弾薬分だけ、持ち運ぶことのできる遺物の重量にも余裕はできている。そのためかなり適当にいろいろ詰め込んでいた。

 サラが瓦礫がれきの上に置かれている遺物を指差して話す。

「ねえアキラ。アキラがあれを持ち帰らないなら、私が持って帰っても良い?」

 それはアキラが見つけた女性用の下着だ。得体の知れない液体まみれだったり、穴が開いていたりと、アキラが持ち帰ろうとは思わなかったものだ。

「それは構いませんが……、えっ? あれをサラさんが身に着けるんですか?」

 アキラが怪訝けげんな顔で尋ねた。流石さすがに状態が悪すぎると思ったからだ。

 サラが笑って答える。

「幾ら何でも、あれをそのままの状態で身に着けたりはしないわよ。専用の修繕業者に出すのよ。運が良ければ新品同等になるし、買うよりは安く済むわ」

「そういう業者もあるんですか。良いですよ。どうぞ」

「じゃあ遠慮なく」

 サラはそれらの下着を透明な袋に別に詰めてから、自分の荷物の中にねじ込んだ。

 アキラが少し気になって尋ねる。

「サラさん。その袋って何ですか?」

「これ? これは旧世界の遺物の保存袋よ。運んでいる最中に傷つきやすい遺物を入れておく袋なの。これは安物だけど、高いやつは銃弾すら防いで中身の精密部品を衝撃から保護したりもするわ。ちょっとでも遺物を高く売るための工夫の一つね」

 アキラが感心したように話す。

「そういうものもあるんですか。うーん。俺も買った方が良いかな?」

「そうね。こういう他の遺物を汚しそうな物を運ぶ時にも便利だし、あって損はないわよ。ああでも、元々包装されている物を詰め替えるのはお勧めしないわ。旧世界製の包装の方が高性能なことが多いからね」

「分かりました」

 アキラはハンター稼業に不足している知識を得た。このような知識の取得も、他者と一緒に行動する利点の一つだろう。

 アキラ達は地下街のこの周辺での遺物収集を終えた。予想外の戦闘はあったものの、遺物収集の収穫としては上々だ。

 エレナが今後の方針を2人に尋ねる。

「さて、これからどうする? 今すぐ戻っても良いけど、私としてはもう少し進んで地下街周辺の地形情報を手に入れておきたいわ。折角せっかくこの辺のモンスターを殲滅せんめつして、ある程度の安全を手に入れたわけだしね」

 アキラは地下街の奥を見て、アキラの元々の目的地がこの奥にあることを思い出した。地下を示した矢印の場所、リオンズテイル社の端末設置場所だ。

「そうですね。奥の方の遺物は無事かも知れませんし、それを確認するぐらいはしても良いかもしれません」

 アキラが未発見の遺跡を見つけて、その遺跡の情報が他のハンターに露見したことで、今更その場所を目指す意味は少なくなっている。それでも端末設置場所の状態を確認するぐらいはしても良いかもしれない。アキラはそう考えた。

「弾薬にもまだ余裕はあるし、行きますか」

 サラも同意したことで、アキラ達は地下街をもう少し進むことになった。

 アキラ達がいる地下街は、そう大きな作りではなかった。光源は不明だが地下街は十分な光に照らされているので、内部構造の把握は比較的容易だ。地上に続いていたのであろう階段もある。しかしエレナが簡単に調査すると、階段の先は土砂や瓦礫がれきで埋もれていることが分かる。階段がしっかり地上につながっていれば、地上から簡単に発見できるはずなので当然と言えば当然だ。

 戦闘の痕跡は地下街の他の場所にもしっかり残っていた。恐らく遺物の状態も似たり寄ったりだろう。

 エレナがこの区域の調査を終えた。更に先に続いている通路も存在しているが、その先に進むことは止めている。その先がどこまで続いているかは分からない。区切りが良い所で止めておくべきだろう。

 不意にエレナが足を止める。そして表情を少し真剣なものに変えた。

 それを不審に思ったサラが、周囲への警戒を上げてエレナに尋ねる。

「エレナ、何かあったの?」

「誰かいるわ」

 アキラも周囲を警戒する。人の気配は感じられない。アキラの情報収集機器にもそれらしい反応はない。

 エレナがアキラの勘違いに気付いて補足する。

「ああ、誰かが迷彩機能で隠れているわけではないわ。あっちの扉の向こうに、それらしい反応があるのよ。先行していたハンターの生き残りかしら」

 エレナが少し離れた場所にある壁の扉を指差す。扉は大きな力、恐らくはモンスターの攻撃でひしゃげており、そう簡単には開きそうにない。

 アキラとサラが扉の方を見ていると、ゆがんだ扉の隙間から声がする。

「おーい! 誰かいるのか! いるんだろう!? 返事をしてくれ!」

 扉の向こうにいる男が地下街にいるであろう人物に向かって必死に叫んでいた。

 アキラ達は一度顔を見合わせた後、叫んでいる男がいる扉まで移動した。

 扉の僅かな隙間からアキラ達の姿を発見した男が歓喜の声を上げる。

「やった! 助かった! お前達もハンターか? その辺りにいたモンスターはどうなったんだ?」

 エレナがアキラ達を代表して答える。

「この辺のモンスターなら私達が倒したわ。それで、貴方あなたはそんな所で何やってるの?」

「俺達はそいつらに襲われてここに逃げ込んだんだ! 頼む! 助けてくれ!」

「俺達? そっちには何人いるの?」

「ここにいる俺を含めて5人だ。残りは奥の部屋にいる。まずこの扉を開けてくれ。扉が頑丈なおかげで助かったが、ゆがんで開かなくなったんだ。何とかならないか?」

 エレナは少し沈黙を置いた後、アキラとサラの方を向く。

「どうする? 助ける?」

 エレナの言葉を聞いた男が慌てて叫ぶ。

「どうするって、そこを迷うなよ!? 同じハンターだろ!? 困った時は助け合おうぜ!?」

「悪いけど、似たような状況で似たようなことを言って、私達を襲おうとした馬鹿がいてね。そう簡単には信用できないのよ。それに外にはハンターの死体がたくさんあったわ。つまり、貴方あなた達は彼らを見捨ててそこに逃げ込んだんでしょう?」

「そ、それは仕方がなかったんだ。戦力差は絶望的で俺達に勝ち目はなかったし、偶々たまたまこの扉の近くにいた俺達しかここに逃げ込む余裕はなかった。俺はチームのリーダーとして仲間の命を優先する義務があった。偶然同じ遺跡にいただけの同業者のために、仲間の命を危険にさらすわけにはいかなかったんだ」

「なるほどね。確かにその言い分には、私も納得はできるわ」

「だ、だろう?」

「だから、私が同じことを貴方あなたに言っても、貴方あなたも納得してくれるわよね? 私にも仲間がいるのよ」

「か、勘弁してくれ!」

 男は扉の向こうから悲痛な声を出している。

 エレナが再びアキラとサラの方を向く。

「で、本当にどうする?」

 サラが答える。

「そうねえ。扉を開けるぐらいはしてもいいんじゃない? 後はまあ、自力で何とかしてもらいましょう。わざわざ遺跡の外や都市まで連れて行く義理はないわ」

「そうね。それぐらいはしますか。アキラもそれで良い?」

「良いですよ。それで、どうやって開けるんですか?」

 アキラがそう尋ねると、サラが不敵に笑って話す。

「蹴破りましょう」

 サラは扉の前に立つと、扉の向こうの男に向かって言う。

「危ないから扉から離れていなさい! 一緒に吹き飛ばされたくなかったらね!」

 サラはそう言うと、ナノマシン補助系身体強化拡張者の強力な身体能力を生かした蹴りを扉にたたき込む。蹴りの衝撃を想像させる轟音ごうおんとともに、扉のきしみが大きくなる。サラが続けて蹴りを扉に放つ。扉はより大きくきしむが、まだその場に残っている。

 サラが想像以上の扉の抵抗に、少しだけ表情を険しくさせてつぶやく。

「思ったより頑丈ね」

 アキラがサラの隣に立つ。サラがアキラの意図を察して軽く笑う。

 アキラとサラは顔を見合わせた後、同時に蹴りを放った。常人では装備すらできない重量を持つ重火器を容易たやすく扱う身体能力から繰り出される痛烈な蹴りが、扉の左右に同時にたたき込まれた。

 扉が轟音ごうおんとともに蹴破られる。重量のある扉が、かなり離れていた男の近くまで飛んでいった。

 唖然あぜんとしている男の表情を見て、サラとアキラが軽く笑っていた。エレナは若干苦笑気味の笑顔でアキラ達を見ていた。

 蹴破られた扉の向こうから男達が出てくる。彼らの表情は大きな疲労を感じさせるものだったが、安堵あんどの色も混ざっていた。扉の奥に逃げ込んでから生きた心地がしていなかったのだろう。

 サラが彼らに宣言する。

「後は自分達で何とかしなさい。私達はもう帰るけど、付いてこないでね」

 エレナが補足する。

「少なくとも、私達が安全だと判断する程度には十分離れてちょうだい。私達との距離が近いようだと、私達を襲おうとしていると見なすわ」

 男達のリーダーであるレビンが慌てて話す。

「待ってくれ! 俺達を置いていく気か!?」

「そうよ。そう言ったじゃない」

 エレナはあっさりそう言い切った。更に続けて話す。

「悪いけど、いろいろあって疑い深い性格なの。御免なさいね。……それとも、ここでやる気?」

 エレナとサラが笑みを消す。2人にはレビン達に対する敵意も殺意もない。しかし2人とも本気であることを理解させる雰囲気を漂わせていた。

 レビンが威圧されながらエレナ達を見る。レビンの目にもエレナとサラは美人に見える。その美貌が2人を疑い深い性格にさせるのに十分ないろいろな何かを誘発させてきたのかもしれない。レビンは何となくそう思った。

 レビンが助けを求めるようにアキラを見る。アキラが少し申し訳なさそうに話す。

「あー、悪いが、俺も少し前に旧世界の遺跡で偶然会ったハンターに同行を求められて、そのハンターに襲われたことがあってな。エレナさん達の気持ちはよく分かるんだ」

「どこのくそ野郎だそいつは!?」

 レビンは思わず叫んだ。この状況で、運が悪いにも程がある。

「確かギューバとかいう名前だったかな。何でもデカい借金があって、同行者の遺物を狙ったらしい」

「俺らには借金なんかないって! ないよな!?」

 レビンが叫ぶようにそう言って仲間達を見た。仲間の男達が一斉にうなずいた。

 アキラの話を聞いたエレナがアキラを気遣う。

「アキラ。大丈夫だったの?」

「はい。怪我けがもなく済みましたし、そいつもその場で殺したので、問題無しです」

「そう。良かったわ」

 エレナは微笑ほほえみながらそう答えた。

 レビンが頭を抱える。アキラ達全員がレビン達の同行を断っている。このままでは本当にこの場に置き去りにされてしまう。周辺にはまだモンスターがいるかもしれない。無事に遺跡の外に出ても、そこからクガマヤマ都市まで戻らなければならない。弾薬が尽きかけているレビン達だけでは生還は難しい。

 レビンが何とかエレナ達との交渉を試みる。

「……わかった。じゃあこうしよう。君たちに緊急依頼を出す。俺達を都市まで連れて行ってくれ。報酬は、そうだな、3人いるんだし300万オーラムだ。悪くない額だろう。どうだ?」

 レビンはアキラ達に緊急依頼を出すことにした。後で手続きが必要になるもののハンターに対する明確な依頼であり、ハンターオフィスを介する正式な依頼だ。そこらの口約束などとは違う重みがある。

 エレナもハンターだ。依頼であるならば検討の余地はある。少し思案して答える。

「まあ、悪くない額ね」

「だろう?」

 好感触を得たと感じたレビンが僅かに表情を緩ませた。しかしエレナが少し険しい表情で話す。

「でも、本当に支払えるかどうかは別よね」

 再びレビンが慌て出す。そして必死に訴える。

「払うって! 何だよ!? そっちの絡みでも何かあったのか!?」

「前に緊急依頼を受けた時に、弾薬費は依頼者持ちと明記したのにもかかわらず、弾薬費も報酬も出し渋ったやつがいたのよ。しっかり取り立てたけど、いろいろ面倒だったわ」

「何なんだよ!? どうなっているんだ!? そんなやつばっかりか!?」

 レビンは思わず叫んだ。この状況で運が悪いにも程がある。しかも2度目だ。

ちなみに、そいつはカツラギって名前よ」

「分かった! じゃあこうしよう! 旧世界の遺物だ! 俺達があの扉の向こうで見つけた遺物を報酬として渡す! 300万オーラムになるかどうかは分からないが、多分それぐらいにはなる。状態も結構良かったしな。これなら良いだろう?」

 これで駄目ならレビンにはもう他の手段がない。真剣な表情で懇願する。

 エレナが再びアキラとサラに尋ねる。

「どうする?」

 エレナの口調と表情から、先ほどよりは前向きに尋ねていることが分かる。しかし積極的に受けようとする意思も感じられない。どちらでも良い。その程度の判断のようだ。

 アキラがレビンに尋ねる。

「どんな遺物を見つけたんだ?」

「主に衣類だ。ハンターが戦闘服の代わりに使うようなものはなかったが、普通の服とか女性用の下着とか、いろいろだ。いや、普通の服かどうかは微妙だな。旧世界製の服って、すごい変なデザインのやつもあるからな。俺達とは何というか、多分文化が違うんだろうな」

「そうか。……えっと、払うものは払うようだし、俺は受けても良いと思いますよ?」

 アキラがそう言ってサラを見る。エレナも軽く笑ってサラを見る。サラが少し気恥ずかしそうに笑って答える。

「分かったわ。受けましょう」

 レビン達が非常に疲れた表情で安堵あんどの息を吐く。アキラ達はレビン達の緊急依頼を受けることになった。


 アキラ達がレビン達を連れて地上を目指して元来た道を戻っていく。

 エレナはレビンから彼らが地下街のあの場所に逃げ込むことになった経緯を聞いていた。その経緯からこの遺跡に関する情報を聞き出すためでもある。

 レビンもエレナの意図には気付いている。ハンターにとって遺跡に関する情報は売買可能な貴重品だ。普通ならそう易々やすやすと話すものではない。しかしエレナはレビン達には到底かなわないモンスター達を殲滅せんめつしたハンター達のリーダーだ。そのエレナの機嫌を損ねるのは得策ではない。

 エレナ達がレビン達を余り信じていないように、レビン達もエレナ達を無条件に信頼しているわけではない。状況がある程度悪くなれば、エレナ達はレビン達をあっさり見捨てるだろう。レビンはそう判断している。

 エレナ達がどの程度の状況でレビン達を見捨てるか。その判断の基準をレビン達にとって好条件にするためにも、レビンは自分達の経緯をエレナ達に話すことにした。

 ただし、レビンは時間稼ぎを兼ねて、自分達が遺跡に入った時点からではなく、都市を出る前の出来事から話し始めた。

 そんなどうでも良いことは省いて話せ。そう言われるかしれないと、レビンはエレナ達の顔色をうかがっていた。しかしエレナ達が普通に話を聞いているので、レビンはそのまま自分達がこの遺跡の存在を知った経緯から話し始めた。


 クガマヤマ都市の下位区画にレビン達の行きつけの酒場がある。レビン達はその酒場でいつものように安酒を飲みながら今後の予定を仲間達と相談していた。

 相談といっても具体的な内容があるわけではない。アルコールの入った脳でたわいもない雑談混じりに漠然とした方向性を決める程度のものだ。次に向かう遺跡の話が、いつの間にかそれなりの頻度で行く娼館しょうかん贔屓ひいきにしている娼婦しょうふの話題にれている時点で、建設的な話になっていないのは明白だ。

 そのレビン達にある男が発見されて間もない遺跡の情報を買わないかと持ちかけてきた。

 この手の話はよくある。詐欺や詐欺まがいの話はそれこそあふれている。つまりそれだけだまされるハンターも多いのだ。一発当てれば大もうけ。未調査の遺跡の情報に目を曇らせるハンターは多い。

 しかし全てが詐欺というわけでもない。だまされても仕方がない程度には、本当の話もある程度混じっているのだ。

 あるハンターが運良く新しい遺跡を見つけたは良いが、遺跡のモンスターが強すぎて手に負えず、仕方がないので遺跡の情報を売ってもうけようとすることもある。企業やハンター徒党が秘密裏に確保している遺跡の情報を、内部の人間がこっそり売り払うこともある。競合企業に損害を出させるために、別の企業が確保している遺跡の情報を意図的に拡散する者もいる。

 レビン達は少々迷ったものの、その情報を買うことにした。その理由は幾つかある。遺跡の位置情報と内部情報が別売りだったこと。そして手付けの額が安かったことだ。男に前金を払い、レビン達が遺跡の存在を確認した後で遺跡の位置情報の残金を払う。そしてその後に遺跡の内部情報を別に買う。そういう取引だった。

 遺跡の内部情報はかなりの大金を要求されたが、位置情報はそこまで高額ではなかった。何よりレビン達は遺跡の位置情報が正しいことを確認した後に代金を払えば良いのだ。それならば仮に詐欺の類いであっても、レビン達の被害は高値の酒を少し多めに飲んだ程度で済む。

 そして本当に未調査の遺跡が存在していれば大もうけできるかもしれない。レビン達が誘いに乗るのには十分だった。

 男はレビン達以外にも多くのハンターに取引を持ちかけていた。最終的にそれなりの数のハンターが男と取引を済ませた。ハンター達は遺跡に向かう準備を済ませ、教えられた場所に向かった。

 目的地への移動中、酔いの覚めてきたレビン達はやっぱり詐欺だったのではないかと疑い始めていた。しかし教えられた場所に到着すると、本当に知られていない遺跡が存在していた。レビン達は喜んで男の口座に残金を振り込んだ。そして情報端末で男と連絡を取り、遺跡の内部情報の取引を試みた。

 しかし男は他のハンターと遺跡の位置情報の取引中だとして、遺跡の内部情報の取引を進めようとしない。レビン達が遺跡の外で男の取引が終わるのを待っていると、続々と追加のハンター達が遺跡に集まってくる。恐らく本当に遺跡が存在していたので情報が拡散し始めたのだ。

 追加のハンター達もしばらくの間はレビン達と同じように遺跡の外で待機していた。しかしその間にもこの遺跡を探索しようとするハンターが増え続けていく。

 ついに1人のハンターがしびれを切らし、男との遺跡の内部情報の取引を待たずに遺跡の中に入っていった。後はもう流れだ。ハンター達が次々に遺跡に突入していく。

 この遺跡の内部がどの程度の規模なのかは分からないが、クズスハラ街遺跡のような大規模な遺跡とは思えない。つまり、ここに眠っている遺物の量にも限りがある。ぐずぐずしていては先行したハンターに大量の遺物を確保され、自分達の分は残らないかもしれない。皆そう思っていた。

 レビン達もその勢いに押されて、そのまま遺跡に突入した。


 レビンがそこまで話したところで、エレナが口を挟む。

「階段を降りた後に通路があるわね? その時の通路はどんな様子だった?」

「どんな様子って言われてもな。普通の通路だったぞ?」

「通路は明るかった? 戦闘の痕跡はあった? モンスターの死骸とか転がっていなかった?」

「ああ、通路は十分明るかった。戦闘の痕跡は……、急いで走っていたからよく覚えてないな。モンスターは……、数体通路に転がっていたな。それを避けて走ったから覚えている。先に遺跡に入ったハンターが倒したんだろう。だから戦闘は、多分あったんじゃないか?」

 レビン達がこの遺跡に来た時、既にエレナ達が前回ここに来た時と遺跡の状況は変わっていたようだ。

「そう。分かったわ。続けて」

 エレナはそう言って話の続きを促した。レビンが少し思案した後に話を続ける。

「……後は、遺跡の中を移動してあの地下街にたどり着いた。先にそこにいたハンター達に混じって遺物の収集をしていたら、俺達が来た通路から大量のモンスターが現れたんだ。必死に応戦はしたものの、数も強さもこの辺にいるモンスターとは思えないぐらい強いやつが多くて、俺達に勝ち目はなかった。俺達は扉に逃げ込んで扉を閉めた。その後は、君たちに助けられるまで籠城していた。時間がてばモンスターがいなくなることを願ってな。以上だ」

「さっき通った広間に、地下街の方に通じる通路とは別の通路があったでしょう? あの通路の奥は通った?」

 レビンはしらばっくれようとして、エレナの目を見て諦めた。

「……まあ、一応。特に店とかはなかったから、すぐに引き返して地下街の方へ行ったけどな」

「あっちはどんな構造だったの? 地形情報の収集とかはしていないの? 未調査の遺跡に向かうなら、そういう準備をしていてもおかしくないわよね?」

「そ、それは……」

「あるのね。渡して」

 レビンが非常に嫌そうな表情を浮かべる。

「勘弁してくれ。君たちに渡したあの扉の奥の遺物が一番高値になりそうだったんだ。それを渡すんだ。その穴埋めにこの遺跡の地形情報とかを売って補填するつもりなんだ。そうしないと俺達の今後のハンター稼業に影響が出るんだよ。それをただで渡せってか?」

「それならまずは私に売りなさい。50万オーラム出すわ」

「……本当に払ってくれるんだろうな?」

貴方あなた達が私達に渡す遺物に、ちゃんと300万オーラムの価値があればね。なければその穴埋めにさせてもらうわ」

「……くそっ! 分かったよ!」

 レビンは仕方なく汎用規格の記憶媒体をエレナに手渡した。渡さなければレビン達がエレナ達に渡した緊急依頼の報酬である遺物の価値が疑われるのだ。

 エレナが受け取った記録媒体を自分の情報端末に差し込んで解析する。レビン達が収集したこの遺跡の地形情報を解析することで、エレナは自分達が通っていないあの通路の先の構造を把握した。

 エレナの表情が急に険しくなる。

「サラ。アキラ。少し急いでここを出るわよ」

 エレナがそう指示を出して移動速度を速める。前にここの通路でモンスターと遭遇しなかったことを考慮してもかなりの速さだ。アキラとサラは怪訝けげんに思いながらも、エレナに合わせて移動速度を速める。レビン達も疲れを押して付いていく。

 駆け足手前の早さで歩きながらサラがエレナに尋ねる。

「エレナ。何があったの?」

「ちょっと嫌な予感がするから、早めにここから出ておきたいのよ。彼から受け取った地形情報を解析したのだけど、あの先にあったのは駅のホームだったわ。地下鉄ってやつね。アキラは鉄道って知ってる?」

 アキラはアルファに教えてもらった知識から、何とか該当する項目を思い出す。

「……確か、線路の上を走る列車を使う移動手段……でしたっけ?」

「まあ、そんなものよ。モンスターの所為で東部では余り見かけないし、あっても大都市の中に整備されるものね。中央部、中央部統治国家連合の統治領域では普通に広範囲に整備されているらしいわ。国同士をつなぐほど大規模な鉄道網が存在しているとか言われているけど、本当かしらね。まあそれは置いておいて、その鉄道が地下トンネルを走っているのを地下鉄って言うのよ」

「そうですか。それでその地下鉄が何か問題なんですか?」

「さっき戦ったモンスターに、クズスハラ街遺跡の奥にいたやつが混ざっていたって説明したでしょう? そしてこの遺跡は機能がまだ生きている。その地下鉄の機能も生きているかもしれないわ」

 サラがエレナの言いたいことに気付いて顔色を悪くする。サラがエレナに確認するように言う。

「……つまり、クズスハラ街遺跡の奥のモンスターが、列車でここまで運ばれているかもしれないってこと? 勘弁してよ。あの辺のモンスターって、場合によっては戦車とかで迎撃しないといけないのよ? 第一、前に来た時はモンスターは全然いなかったじゃない」

「あの時は、この遺跡は真っ暗だった。つまりこの遺跡の機能は停止していた。私達の後に来た誰かが、偶然何らかの方法でこの遺跡の機能を回復させた。その所為で列車がこの駅に止まるようになったとしたら?」

 サラがエレナに同意を求めるように話す。

「ま、まあ、仮にそうだとしても、そういう強力なモンスターはデカいやつばかりだし、通路に引っかかってここまで来られないわ。本当にクズスハラ街遺跡の奥のモンスターが運ばれてきたとしても、弱い小物のやつばかりでしょう? そんな小物なら遭遇しても倒せば済む話よね」

 確かに地下街で遭遇したモンスターは、エレナ達なら十分撃退できるモンスターばかりだった。サラの話を聞いて、エレナも少し表情を緩める。

「……確かにそうね。気にしすぎたかしら」

 エレナは少し笑って、結果的に不安をあおったことをアキラに謝ろうとして、アキラの方を見た。

 アキラは表情をより険しくさせていた。そのアキラがエレナに尋ねる。

「……ちょっと聞いても良いでしょうか?」

「何かしら?」

「暴食ワニってモンスターがいますよね。そういう何でもかんでも食べて巨大化するモンスターは、クズスハラ街遺跡の奥でも多いんですか?」

「そういうものばかりではないけど、珍しくはないわね」

「例えばですよ? その手のモンスターがまだ小さい時に地下鉄でここに運ばれてきて、ほんの数日ですごい巨大に成長するってことはあり得ますか?」

 アキラが通路の床の跡を見る。通路の床には巨大な何かが通り過ぎた跡がある。

「戦闘の跡はあったけど、倒されたモンスターの死体とか残骸とかが全く残っていない。それはそいつに全部食われたから……、なんてことは考えすぎでしょうか? 遺跡の奥から続いている床の跡ですけど、出入口に近付くにつれて段々大きくなっていませんか?」

 エレナとサラが通路の床を見る。確かに通路の奥の跡より幅が大きくなっている気がする。エレナが話す。

「……確かに、その可能性はあるわね。やっぱり急いでここを出ましょう。そいつが遺跡に戻ってきて、内部にいるモンスター達と挟み撃ちにされるなんてのは御免よ」

 サラがエレナに意見に同意する。

「同感。急ぎましょう」

 アキラ達が更に移動速度を上げる。ほとんど駆け足で遺跡の外を目指す。レビン達も慌ててアキラ達の後を追った。

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