第83話 集めた遺物の売却方法

 シェリルが自室で情報端末越しにアキラと話している。

「……分かりました。では明日、お待ちしています。……はい。アキラもゆっくり休んでください」

 アキラとの通話が切れる。アキラとの会話中も微笑ほほえみを絶やさずに話していたシェリルの表情が疲労を色濃く残したものに変わる。シェリルは大きく息を吐いた。

(今日はもうアキラは来ないのか。残念ね)

 アキラの話は、今日はもうアキラは拠点に来ないという連絡だった。そろそろ日も暮れる時間であることは確かだ。むしろシェリルはそれを口実にまたアキラに泊まっていってほしかったのだが、その願いはかなわなかった。

 今日は本当にいろいろなことがあり、シェリルは肉体的にも精神的にもかなり疲れていた。そろそろ入浴時刻も近付いていたので、ゆっくり入浴して休むことにした。

 シェリルが入浴の準備を済ませて部屋を出ると部下達の騒がしい声が聞こえてくる。荒野での話をエリオ達にせがんでいるのだ。死人が出ただけでも十分騒ぎになる上に、その理由がシェリルを人質にとってアキラを殺そうとしたためとあっては、騒ぎになるのは当然だろう。

 エリオがシェリルの姿を見つける。他の子供達からしつこく話を強請ねだられていたエリオが、これ幸いとその場から離れようとする。

「おっと、ボスの入浴時刻だから見張りをしないと。悪いな」

「エリオも疲れているでしょうし、休んでいて構わないわよ」

 疲れているのは荒野に出た全員同じだろう。シェリルはそう思って善意でそう言ったのだが、エリオは慌てて首を横に振る。

「いやいやいや、大丈夫だ。それぐらいできるって」

「そう? なら好きにして」

 シェリルは少し不思議そうな表情を浮かべたが、余り気にせずに浴室に向かった。

 今日は荒野に出かけたので、シェリルはいつもより念入りに体を洗った。体の汚れを隅々まで落としてから、ゆっくり湯にかる。

 今日一日の疲労と湯の心地よさから、シェリルはぼんやりとした意識で今日の出来事を思い出していた。

 普段のシェリルなら一日の出来事を順序立てて思い出し、自身の行動を再評価して今後の糧とするのだろう。しかし疲労などにより普段よりぼんやりとしていたシェリルは、特に印象深い出来事を繰り返し思い出していた。人質に取られたシェリルをアキラが助け出す場面である。

 シェリルは微笑ほほえみながらその場面を繰り返し思い出す。そのたびにシェリルの頭の中に浮かんでいるその場面の光景が少しずつ変化していく。シェリルとアキラの言動が徐々に美化されていき、全体に都合の良い脚色が加わっていく。

 シェリルの浮かべている笑みが微笑ほほえみとは表現しにくいものに変わった頃、多分に脚色された光景は捏造ねつぞうの域に達していた。

 シェリルの体から徐々に力が抜けていき頭が徐々に湯に近付いていく。ついに顔が湯に沈み、シェリルが我に返って慌てて身を起こした。

「……危なかったわ」

 このままだと同じことを繰り返しかねない。シェリルは十分注意しながら入浴を続けた。

 シェリルが入浴を終えるまでの間に、同じことが後2回繰り返された。


 エリオがアリシアと一緒に脱衣所の前に立って見張りをしている。シェリルをのぞいて徒党から追い出される不幸な人間を増やさないためにも重要なことだ。

 アリシアがエリオの様子を確認する。疲労が色濃く残っているように見えるエリオを気遣い、心配そうに話す。

「シェリルもああ言っているし、休んでいて良いのよ? 大変だったんでしょう?」

「ああ。だからここで休ませてくれ。他の場所だと話を強請ねだられ続けるんだよ。話し続けるのだって疲れるんだぞ。同じ話をもう5回はしてるんだ。質問攻めに遭いながらな」

 エリオは心底げんなりして答えた。他のメンバーと一緒に荒野に出た時、エリオは曲がり形にも武力要員として銃を持っていた。その所為で同行メンバーの話の中で大活躍をしていたアキラとの対比に使われることも多かった。その時のエリオは何をしていたのかと。

「……そりゃ俺も銃を持ってたさ。だからってハンターと同じように活躍しろって言われても無理だって。話を聞いてるやつらは、俺が何もできなかったって言うたびに怪訝けげんな目で見やがる。俺ならああするこうするって文句を言うやつまでいる。じゃあ次はお前が行けよって言うと黙りやがる。勝手なこと言いやがって」

 エリオが不満げに愚痴をこぼすと、アリシアの表情が不安と心配の入り交じったものに変わる。

「……次、あるの?」

「……分からん。シェリルに聞いてくれ」

 正直、エリオは二度と行きたくない。しかしシェリルに行けと命令されれば、嫌でも行かなくてはならない。今回の件を除けば居心地の良い徒党なのだ。シェリルに逆らって追い出されるわけにはいかない。

 エリオの表情がアリシア以上に不安と心配と疲れが混ざったものに変わる。それを見たアリシアがエリオを元気づけるように言う。

「次があったらなるべく前回のメンバーを外すようにシェリルに頼んでみるわ」

「すまん。頼む」

「一応聞くけど、シェリルを怒らせるようなこと、していないわよね?」

 エリオが目を泳がせる。アリシアが少し慌ててエリオを問い詰める。

「ちょっと、何したの!?」

「いや、大丈夫だ。あの件は今回のメンバーに加わったことで清算されたはず。多分、きっと、恐らく」

「ちょっと、本当に何をしたのよ!?」

 アリシアに問い詰められたエリオが焦る。シェリルの全裸を見てしまったなど恋人のアリシアには言いにくい内容だ。エリオはひたすら誤魔化ごまかし続けた。


 アキラが家の風呂に入っている。アキラは風呂から出たらベッドに直行して眠るつもりだ。

 家に戻るまで自覚していなかったが、アキラの疲労は相当のものだった。強化服を脱いだ途端、アキラは崩れ落ちそうなほどの疲労を感じて、慌てて気力を振り絞って床に崩れ落ちるのを防いだ。アキラは装備の最低限の整備を済ませて、風呂と睡眠の二択から入浴を選択した。

 アキラはゆっくり湯船にかり、心地好い湯の快楽に身を委ねている。そのまま眠ってしまわないように注意しながら、疲労が体から溶け出ていく感覚を味わっていた。

『アキラ、ちょっと良い?』

「……何だ?」

 アキラが少しぼんやりとしながらアルファの方を見る。アルファはいつものようにアキラと一緒に風呂に入っている。厳密にはそう錯覚できる映像をアキラの視界に映し出している。アルファは映像情報のみの人工物である利点を生かし、アキラの好みに合わせて体型等を調整している極めて魅力的な裸体をアキラにさらしている。普通ならば何らかの反応があってしかるべきだろう。

 しかし状況と関係と慣れと疲れの所為で、その魅力的な姿のアルファを見るアキラの反応は鈍い。人間は慣れる生き物なのだ。

 いつも以上に女性の裸体に対する感想の乏しい目で自分を見るアキラを見て、アルファは裏でいろいろ考えながらも当初の話題をアキラに振る。

『今日はいろいろあったけれど、収穫も多い一日だったわ。それで次はいつにするか先に決めておきたいわ』

 アキラが少し怪訝けげんな表情を浮かべる。

「次? また行くのか? シェリル達を連れて?」

『そうよ』

「あんなことがあったのに、シェリルがまたこんな話を受けるとは思えないけどな。第一、弾薬費とかどうするんだよ。今日一日で結構使ったし、それをシェリルに払わせるのは無理があるぞ?」

 アルファが得意げに微笑ほほえむ。

『弾薬費なら大丈夫よ。行き先を隠す必要がないから、一緒に汎用討伐依頼を受けておいたわ。あれだけモンスターを倒しておけば、当面の弾薬費にはなるでしょう』

「そうだったのか。あれだけ撃ったからな。弾薬費を気にせずに済むのは助かった」

 弾薬費はアキラの自費だ。アキラはモンスターの群れとの交戦など想定していなかった。その予想外の出費をできる限り抑えられたことは良いことだ。しかしまた同じことをシェリルに頼む理由には足りていない。

「……でも、やっぱりシェリルが断るんじゃないか?」

 アキラがそう話すと、アルファが少し真剣な顔で答える。

『悪いけど、私はシェリルの都合より、アキラの成長を、戦闘技術の向上などの方を優先させてもらうわ。私の目的のためにもね。私のサポート無しでアキラが問題なく護衛を終えるという意味では、今日の訓練は失敗に終わったとも言えるわ。アキラにはもっと強くなってもらう。その機会をアキラの方から減らすのは困るわ。それに前にも説明したとおり、シェリルにも利益のある話よ?』

 アキラが悩み出す。自分の実力が足りていないことを十分に理解しているからだ。

 アルファが少し表情を緩める。

『アキラがどうしても嫌だと言うのなら、私も無理強いはしないわ。無理強いしてアキラと不仲になるのは嫌だしね』

 アキラがぼんやりと思案する。いろいろあったが、結果的にはシェリル達に大きな利益を生み出していた。ならば続けるかどうかを決めるのはシェリルに任せるべきだろう。

「シェリルに提案はしてみるよ。向こうが乗り気なら続けよう」

『分かったわ。じゃあこの話はお仕舞しまいにして、次はアキラの話ね』

「俺の話? 今日の戦闘での細かい不手際の話なら明日にしてくれ。今指摘されても多分忘れるからな」

 アキラは入浴を堪能中だ。今日一日の疲れと入浴の心地よさで意識も少しぼやけている。今日一日の反省会に参加できる状態ではない。

『そういう話ではないわ。ほら、あいつとアキラの何が違うのかって話で、アキラは運だって答えたでしょう? 私はそうは思わないわ。アキラの努力は私が誰よりもよく知っている。何しろアキラと出会ってからずっと一緒だしね。それに私と出会う前もアキラはずっと努力をしていて、そのおかげでアキラは旧世界の遺跡に行くことができて、それで私と出会えたんでしょう? 私はそのアキラがあんなやつと一緒だとは思っていないし、アキラにもそう思ってほしくないわ』

 アルファは少し自慢げに微笑ほほえみながらアキラにそう話した。アルファの笑みには、アキラを選んだ自分は正しかったという意思が込められていた。

 アキラはアルファの話を聞いて少しほうけたようにしていたが、その後に表情を戻して話し始める。

「……別に俺もあいつと全く同じだとは思ってない。アルファと会う前も、アルファと会った後も、俺は努力はしてきたと思う。でもその努力はあいつもしていたかもしれない。あるいは俺以上に努力をしていたかもしれない。その努力が実ったかどうかは別にしてな」

 アキラは過去を思い出すように僅かにうつむく。アキラの視線は揺れる水面に向けられている。

「……俺も努力はしてきた。それでも……」

『それでも?』

「俺はアルファと出会えるほどの努力をしたとは思えない。だから、俺は運が良かった。運だけとは言わないけど、運の割合が大きすぎる。そしてあいつは、運が悪かったんだろうな。あいつが言っていたことも、あながち間違いじゃない」

 アキラの表情に自嘲の色はない。セブラへの同情もない。ただ達観に近い感情が浮かんでいた。

『私と出会えたことを、アキラがそこまで評価していてくれたとは光栄ね。すごうれしいわ』

 アルファがニヤニヤと笑いながら、アキラに少し顔を近づけて話した。アキラは自身の発言を思い返し、少し照れたようにアルファから視線をずらした。

 入浴を済ませたアキラは、すぐにベッドに横になってそのまま眠りに就いた。アルファは眠るアキラを見ながら思案する。

 アルファはアキラの努力を認め、称賛し、より良い仲になれるように計算して話した。把握しているアキラの人格などを考慮して仲を深められるように話した。しかし、アルファの計算よりアキラの反応は鈍いものだった。

 アルファが思案する。あの言い方では、内容では駄目だった。修正が必要だ。

 アルファはアキラを観察し続けている。今までも、これからも。


 シェリルの拠点を訪れたアキラはそのままシェリルに自室に案内された。

 アキラが銃を下ろしてソファーに座ると、シェリルが当然のようにアキラの上にまたがって抱き付いてくる。

 シェリルが僅かに表情を不満げに変える。アキラが強化服を着たままでは抱き心地が悪いようだ。アキラの両肩に手を置いて両腕を伸ばし、顔をアキラの正面にして文句を言う。

「やっぱり硬いです。脱ぎませんか?」

「嫌だ」

 アキラが断ると、シェリルがごね始める。

「良いじゃないですか。減るものでもありません」

「俺の身体能力が大幅に減る。着直すのも面倒だしな」

「残念です」

 シェリルが残念そうな表情で両腕をアキラの背後に回してしっかりと抱き付く。そろそろシェリルの言動に慣れ始めているアキラが軽くめ息を吐いた。

「それでシェリル、何から話す?」

「はい。ではまず持ち帰った遺物ですが、どうしましょうか」

「どうしましょうかって、俺に言われてもな。好きにしてくれ」

「そう言われましても、分配の比率や内容はアキラに決めていただかないと……」

 アキラが首をかしげる。

「分配?」

「はい。私達からは人しか出していませんが、部下達も一応荒野に出たことを考慮して、彼らがある程度納得できる内容にしていただけると助かります。勿論もちろん、私が可能な限り説得いたします」

 ボスであるシェリルの指示で荒野に出向き、モンスターの襲撃におびえながら遺物を収集して、実際にモンスターの群れに襲われて震え上がり、微々たる遺物しか分けてもらえなかった。それでは流石さすがに彼らも納得しないだろう。セブラが裏切った件を指摘すれば渋々納得はするかもしれない。しかし不満は避けられない。シェリルはそう判断していた。

 アキラはシェリルの勘違いに気付き、認識のずれを正すために説明する。

「分配も何も、あれは全部シェリル達のだ。だから好きにしてくれって言ったんだ。シェリル達のだからな」

 アキラの説明を聞いたシェリルの体が固まる。

「ぜ、全部ですか?」

「全部だ」

「デイル達からもらった遺物は、別ですよね?」

 どこか慌てているシェリルに、アキラは少し不思議そうにしながらも平然と答える。

「全部だって言ってるだろう。それも含めてだ」

 シェリルは硬直したまま、アキラの説明を頭の中で何度も精査する。聞き間違いや都合の良い解釈がないか、何度も確認する。そしてシェリルは聞き間違いも不自然な解釈もないことを確認した。

 アキラが抱き付いたまま動かなくなったシェリルに声をかける。

「シェリル?」

 シェリルがアキラに抱き付くのを止めて隣に座る。その表情は少し曇っている。そして少し暗めの声で尋ねる。

「……その、私にはよく分かりませんが、弾薬費とか、いろいろ費用が掛かったのでは?」

「ああ、弾薬費なら別口で回収した。問題ない」

「そ、そうですか。では報酬の上乗せなどは? モンスターの群れに襲われるなど、想定外の事態も多かったですし……」

「報酬? ああ。依頼の報酬か。それはむしろ減らしてくれ。部外者を同行させてシェリル達を危険にさらす。シェリルを人質に取られる。事情はどうあれ同行者に死人を出す。護衛の依頼としては失敗だろう。成功報酬だからな。報酬は無しでいい」

「……そう、ですか」

 アキラの返事を聞いたシェリルの口調が更に暗くなった。シェリルが深く項垂うなだれる。返せそうにない借りの重みにシェリルは押しつぶされそうだった。

 アキラにはシェリルが項垂うなだれる理由が分からない。半強制的にアキラの訓練に付き合わせた挙げ句、モンスターの群れに襲われたり、同行したハンターに襲われたり、シェリルが人質に取られたりと、シェリル達をいろいろ危険な目に遭わせたのだ。

 その自覚があるアキラはその後ろめたさの解消のためにいろいろとシェリルに渡そうとしている。アキラとシェリルの互いの認識は大いにずれていた。

 戸惑うアキラと項垂うなだれるシェリル。二人の間に沈黙が流れる。

 ドアがノックされる。アキラがシェリルとドアに視線を行ったり来たりさせる。シェリルは項垂うなだれたままでノックに反応しない。アキラは戸惑いつつもシェリルの代わりに答える。

「開いてるぞ」

 ドアを開けてアリシアが入ってくる。

「シェリル。カツラギさんが尋ねてきたんだけど……?」

 アリシアがアキラとシェリルの様子に気付いて首をかしげた。


 シェリルの拠点の応接間に、アキラ、シェリル、カツラギの3人がいる。アリシアは3人分の飲物をテーブルに置いて早々に退室した。

 カツラギが少し怪訝けげんな表情でアキラとシェリルの様子をうかがっている。そして出されたコーヒーを飲みながら話す。

「……まあ、そういう訳で、ここに旧世界の遺物が運び込まれたことを知ってな。様子を見に来たわけだ」

 アキラが答える。

「要はその旧世界の遺物の買取りに来たわけか。でもあれ、ヒガラカ住宅街遺跡の遺物だぞ? カツラギが買い取る代物じゃないと思うぞ?」

「ヒガラカ住宅街遺跡? 何でアキラがあんな場所の遺物を取りに行くんだ? ヒガラカ住宅街遺跡にはもう真面まともな遺物は残ってないだろう。もっと高値の遺物がある遺跡に行ってくれ」

「取りに行ったのはシェリル達だ。遺物もシェリル達のだ」

 意外なことを聞いたカツラギが少し疑いの色を強くして尋ねる。

「シェリルの? アキラがシェリル達を雇って遺物収集に行ったんじゃないのか?」

「逆だ。シェリルが俺を雇って遺物収集に行ったんだ」

 カツラギはアキラの実力を想定し、同程度のハンターを護衛に雇った場合の費用を概算する。シェリル達に支払える金額とは思えなかった。疑いを深め、探りを入れるように尋ねる。

「シェリル達にアキラを雇えるほどの金はないだろう?」

 アキラがいろいろと誤魔化ごまかすように答える。

「……それは、あれだ。友人割引ってやつだ」

「友人割引なら、俺からの依頼の時も割り引いてくれるよな?」

「俺への報酬も支払えないほどに経営に行き詰まっているなら、カツラギとの付き合い方を考えないといけないな」

 アキラとカツラギが笑い合う。表面上は友好的だが、お互いの真意を探り合う目をしている。

 カツラギがシェリルとアキラに商人の笑みで尋ねる。

「ここまで足を運んだんだ。一応その遺物を見せてくれ。素人目だと価値の分からない遺物もあるしな。構わないよな?」

 カツラギは自身の予想と期待に反して遺物の保管場所にあっさり案内された。拠点の倉庫代わりの部屋の中にシェリル達が運び込んだ遺物が乱雑に積まれている。部屋の遺物を見て回るが、どれもヒガラカ住宅街遺跡にありそうな価値の低い物ばかりだ。

(本当にヒガラカ住宅街遺跡の遺物だな。アキラが自分の家に置けない訳ありの遺物をシェリルが保有している遺物という建前でここに隠しているかも……なんて期待していたんだが、無駄骨か)

 デイル達からもらった遺物はアキラへ渡す予定だったためシェリルの自室に置いてある。もしカツラギがあの遺物を見れば、シェリルから何とかして買い取ろうといろいろ画策しただろう。

 カツラギが意気消沈してめ息を吐く。

「……それで、シェリルはこの遺物をどうする気なんだ?」

「売ろうと考えています」

 ある程度落ち着きを取り戻したシェリルが平静を装って答えた。シェリルがアキラと不仲になったなどと、カツラギに邪推されるわけにはいかない。

 カツラギが念を押すように話す。

「一応言っておくが、俺は買い取らないからな?」

「ご心配なく。露店などを出して自分達で売るつもりです。洗って汚れを取って、修理できる物は修理して、見栄えを良くして売ろうと考えています。後は付き合いのある別の徒党に売りに行くとかですね」

 シェリルはヒガラカ住宅街遺跡へ遺物収集に向かうと決まってから、ずっと遺物の換金方法を思案していた。その結論である。上手うまく行く保証はないが、試してみる価値はある。シェリルはそう判断していた。

 カツラギはここに有る遺物から既に興味をなくしており、気のない返事をする。

「そうか。まあ頑張りな」

 そのカツラギの隣で、アキラが興味深そうな顔で考え込んでいた。

 その後カツラギはすぐに帰っていった。カツラギはカツラギで忙しいのだ。

 カツラギがいなくなると、平静を取り繕っていたシェリルの表情が少し暗いものに戻る。シェリルはある程度落ち着きを取り戻してはいたが、別段状況に変化はないのだ。

 シェリルがアキラの様子をうかがう。その時初めてシェリルはアキラが少し考え込んでいることに気付いた。

 アキラの視線は部屋の遺物にそそがれている。シェリルもその遺物を見てみるが、別段変わったものがあるようには見えなかった。

 シェリルが少し不思議そうに尋ねる。

「あの遺物がどうかしましたか? 気になるのでしたら持ち帰っていただいて構いません」

「いや、そうじゃない。シェリルはここの遺物をいろいろして売るつもりなんだよな?」

「はい」

「頼みたいことがあるんだが……」

「分かりました!」

 シェリルはアキラの頼み事の内容も聞かずに力強く返事をした。シェリルの食いつき具合にアキラが少したじろぐ。

「じゃあ、ちょっと待っていてくれ」

 アキラはそう言い残してシェリルの拠点から出ていった。

 しばらくしてアキラがリュックサックを背負って戻ってくる。アキラはリュックサックの中身を取り出して床に置く。それは以前にカツラギに買取りを断られた遺物だった。

 アキラがシェリルにもう一度尋ねる。

「この遺物を一緒に売ってほしい。頼めるか?」

 それを聞いたシェリルの表情が少し曇る。

 アキラは面倒なことを頼んでいる自覚が有り、シェリルの表情が曇ったのはその所為だと考えた。シェリルはもっと大変なことを頼まれると考えており、この頼み事はアキラへの借りを返すにはとても足りていないと判断して顔を曇らせた。2人の認識は大いにずれていた。

 シェリルがアキラに尋ねる。

「私の部屋で詳しい内容を伺っても構いませんか? 売値とか販売方法とか……、アキラの遺物である以上、適当な値段で売るわけにもいきませんし……」

「そうだな。分かった」

 アキラとシェリルはシェリルの自室に戻った。

 アキラは向かいに座るシェリルに、頼み事の詳しい内容や要望などを説明する。

 可能な限り高値で売ってほしい。売却期限はない。最悪、売れなくてもかまわない。売却先の売却時の様子、販売価格の設定期間、売却までに掛かった期間など、関連する情報も欲しい。等々、アキラは言うだけなら容易たやすいことを次々羅列していく。

 シェリルはアキラの説明を聞いて、アキラの要望の意図を理解した。

 要は、アキラは旧世界の遺物の相場を把握したいのだ。その情報源の一つとしてシェリル達を利用しようとしているのだ。カツラギが買い取らなかった遺物は本当に安値の遺物なのか。単にカツラギに高値の販売ルートがないだけで、そのルートさえあれば、あるいは特定分野の目利きが見れば、高値で売れる可能性は有るのかもしれない。シェリルの露店にアキラの遺物を並べて、もし誰かが高値で買えば、その可能性があるということだ。

 アキラがシェリルに渡した遺物も、アキラの家に置いておけば粗大ゴミと変わらないのだ。たとえ安価で売られても、誰にも売れなくても、アキラの損害はないに等しい。

勿論もちろん、できる限りで構わない。シェリル達も忙しいだろうしな。それとシェリル達の取り分は売値の半分だ。……俺から言うことはこんなところか。何か質問は?」

「大丈夫です。分かりました。どこまでできるか分かりませんが、できる限りやってみます」

 シェリルは力強く笑ってアキラに返事をした。その表情には微塵みじんの陰りもない。

 シェリルの様子を見てアキラも安心する。アキラの頼み事には上限も下限もない。頼み事の具体的な内容に下限がないこと、気軽に片手間に適当にやれば良いことが分かり、シェリルも安心して引き受けたのだろう。そうアキラは判断していた。

 しかしシェリルは上限がないことを重視していた。先日の護衛依頼とは違い、明確にアキラに利益のある頼まれごとだ。積もりに積もったアキラへの借りを返す良い機会でもある。ここで十分な利益をアキラに返せば、自分達が役に立つ存在であることを示せば、アキラも簡単に自分達を切り捨てたりはしないだろう。シェリルはそう判断した。

 何でも良いからアキラの役に立ちたい。役に立たなければならない。積もった借りとアキラへの依存から、危険域の手前にまで進んでいたシェリルの気持ち。アキラの頼み事はその解消手段として非常に都合が良かったのだ。

 シェリルが内心の歓喜を表に出すと間違いなくアキラに不審がられるだろう。そのことを理解できるだけの平静さと状況把握能力を取り戻したシェリルは穏やかに微笑ほほえんでいる。アキラも項垂うなだれていたシェリルの様子が元に戻ったので軽く笑っている。

 アキラとシェリル。いろいろと認識にずれがある2人は、取りあえず微笑ほほえんでいた。

 今のシェリルなら次のヒガラカ住宅街遺跡での遺物収集について提案しても大丈夫だろう。そう考えたアキラがその事をシェリルに話そうとした時、先手を打つようにシェリルが話し始める。

「アキラはこの後に何か予定はありますか?」

「いや、ないぞ」

「ではよろしければ買い物に付き合っていただけないでしょうか?」

 シェリルは和やかに微笑ほほえみながらアキラにそう提案した。

 急ぎの予定もないし、別に良いか。アキラがそう思った時、アキラの情報端末にメッセージ通知が届く。内容を確認するとエレナ達からだった。次の遺跡探索の予定などが記載されていた。

「悪い。予定ができた。また今度にしてくれ」

「そうですか。残念です。でもまた今度ということは、後で付き合っていただけると思って良いんですよね」

「ああ」

「ありがとう御座います。楽しみにして待っています」

 シェリルは期待に胸を躍らせて笑った。自分の予定を先送りにした何かに僅かに苛立いらだちを覚えたが、それは頑張って隠しきった。

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