第81話 誤った情報の結果

 アキラ達が車でクガマヤマ都市を目指して荒野を疾走している。

 運転しているのはギューバだ。助手席にアキラが座り、後部座席にデイルとコルベが座っている。戦闘要員の行動を邪魔しないように、シェリルは部下と一緒に荷台に座っていた。

 運転手を申し出たのはギューバだ。やかたでの戦闘で自分だけその場にいなかったことのびだと言って申し出たのだ。アキラはどうでも良かったのだが、デイルとコルベが不満をぶつけるようにギューバの発言を後押ししたので、それに押し切られる形になった。

 車体の揺れは穏やかとは言えないものだ。周囲には少々瓦礫がれきが散らばっている。地面にもその欠片かけらが散らばっていて、時折車体が大きく揺れる。

 この場所を通る選択したのは車を運転しているギューバだ。アキラがギューバに尋ねる。

「なあ、何でこんな場所を通るんだ?」

泥濘ぬかるみにはまって動けなくなるよりは良いだろう? このルートならその点は問題ない。少々揺れるのは我慢しろよ」

「……まあ、そうだけどさ」

 ギューバの説明自体は納得できるものだが、アキラはどこか釈然としなかった。

 アキラがアルファに尋ねる。

『なあアルファ。さっきのモンスターの群れの話なんだけど……』

『そうね。考える時間ができたのだから、少し考えてみましょうか』

『あれ、やっぱりちょっとおかしいよな? 幾ら俺の運が悪いからって、偶然集まってくる量じゃなかったぞ?』

『偶然ではないとしたら、例えば意図的にあの量のモンスターを集めようとする場合は、荒野を走り回って集めて回るか、敵寄せ機を一度に大量に使用しないと駄目ね』

『敵寄せ機?』

『そういう道具があるのよ。特定の場所にモンスターをおびき寄せるための道具よ』

 アキラがデイル達に尋ねる。

「なあ、敵寄せ機って持っていたりするか?」

 心当たりのあるデイルが答える。

「持っているというか、持っていたぞ。何でそんなことを聞く……、ああ、あのモンスターの群れか」

「持っていたのか?」

「全部あの車の中に置きっぱなしだ。手元にはない。あってもあの状況で使うわけないだろう?」

「……だよな」

「……待てよ? 都市に戻ろうとする車がモンスターに襲われて、その衝撃で偶然敵寄せ機が起動して、しかも移動中にそこらに落としながら荒野に向かって、敵寄せ機の効果範囲が線を描いて、周辺のモンスターをあの場におびき寄せていたら、あれだけのモンスターが集まっても不思議はないか……。いや、ない。ないないない。どれだけ運が悪ければそんな不運が重なるんだよ。そんなに運の悪いやつがここにいるのか?」

 デイルはそう言って笑い飛ばした。

 アキラは荒野の方へ顔を向けて黙っていた。心当たりがあるからだ。つまり、アキラだ。

 平静を装うアキラの表情を見て、アルファが笑いを堪えている。アキラが少し不機嫌そうに話す。

『……なんだよ』

『怒らないでよ。仮にそうだとしても、何とかなったでしょう? つまり、今のアキラにとっては大したことではなかったのよ。成長したわね?』

『そういうことにしておく』

 アキラは黙って座っている。ギューバも黙って運転している。デイルが急に黙りだした二人を見て少し不思議そうにしていたが、大して気にしなかった。

 アキラのCWH対物突撃銃とDVTSミニガンは、行きと同じように車に設置されている。今のアキラの装備はAAH突撃銃とA2D突撃銃だ。

 ギューバがアキラの装備をチラッと見ると、何でもないことのようにアキラに話す。

「なあ、その銃を荷台のやつに渡せないか?」

「何でだ?」

「またモンスターの群れに襲われた時に銃を使えるやつが多い方が良いだろう?」

「自分のを渡せよ」

「渡したぞ? 俺の予備の装備はあのセブラってやつに貸した。アキラには後ろのデカい銃があるから、そのAAH突撃銃とかはなくても大丈夫だろ?」

 アキラが荷台にいるセブラを確認する。確かにセブラは銃や投擲とうてき物で武装していた。しかしそれを戦力が増えて心強いとは欠片かけらも思わなかった。

 アキラがギューバに答える。

「嫌だ」

「何でだ?」

「俺の武器だからだ。それにまたモンスターの群れに襲われたとしても、俺が持っていた方が役に立つ」

「……そうか。まあ、無理強いはしないさ」

 ギューバは何でもないようにそう答えた。

 一行はヒガラカ住宅街遺跡を出てから一度もモンスターに遭遇していない。アキラはこのまま何事もなくクガマヤマ都市まで到着することを願っていた。しかしその願いはあっさり打ち砕かれる。

『アキラ。モンスターよ』

『……そう上手うまくはいかないか』

 アキラがアルファの指差す方向を見ると、一体のモンスターがアキラ達の方へ向かってきていた。モンスターとの距離は肉眼で十分認識できるほど近い。

『近いな』

『雨の、色無しの霧の影響が残っているから、発見が遅れるのは仕方ないわ』

 荒野の一点を凝視しているアキラの姿を見て、デイル達もモンスターの存在に気付いた。

 ギューバが車をめる。アキラがギューバをとがめる。

「おい、何で車をめるんだ?」

「この揺れなら撃っても当たらないだろ? 降りてしっかり狙って撃った方が良い」

 ギューバがそう答えて車から降りる。デイルとコルベは一度顔を見合わせた後で、ギューバに続いて車を降りた。

 アキラは念のため車に残っていた。そのアキラをギューバが観察するようにじっと見ていた。

 ギューバが視線をアキラから荷台の方に移す。アキラが荷台を見ると、荷台からセブラが降りてギューバ達に加わろうとしていた。アキラが口を挟む。

「おい、そいつも戦わせる気か?」

 ギューバが笑って答える。

「そのために銃を貸したんだろうが。気になるなら降りてフォローぐらいしてやれ」

 アキラが少し考える。

『アルファ。他にモンスターの気配は?』

『ないわ。発見したらすぐに教えるわ』

 アキラが車から降りる。セブラを援護するためにではない。セブラが余計なことをして状況を悪化させるのを防止するためだ。そして速やかにモンスターを倒して早くここから出発するためだ。

 ハンターが4人もいるのだ。一匹のモンスターを倒すために、車に設置しているCWH対物突撃銃とDVTSミニガンまで持って行く必要はないだろう。アキラはそう判断してそれらを車に置いていった。

 コルベが銃を構えてモンスターに狙いを定めている。セブラは黙って立っている。デイルはセブラを足手まといにしか思っておらず、コルベの邪魔をしないように注意を向けていた。

 アキラはモンスターの方を見ており、コルベが手こずりそうならばすぐに攻撃に加わるつもりでいた。

 敵を倒して車に戻るだけ。全員がそう同じように考えていた。敵とは何か、という決定的な認識の違いを除いて。

 ギューバはアキラ達に注意を払っていた。機会をうかがうように観察していた。

 ギューバが突然その場から飛び退く。ギューバの行動にアキラ達が敵の攻撃を警戒した次の瞬間、強い閃光せんこうと爆音がアキラ達を飲み込んだ。アキラ達はその衝撃で地に伏した。

 アキラが朦朧もうろうとした意識の中で、自分が地面に倒れていることすら気が付かずに、地に伏している。何とか気絶だけは免れたようだ。

 様々な要因から辛うじて気絶を免れていたが、閃光せんこうと爆音がアキラの意識を混濁させていた。それがアキラの次の行動を阻害させていた。近くにモンスターがいるのだ。すぐに立ち上がって状況を把握しなければならない。それを理解し実行することさえできないでいた。

『……な、何が……アルファ?』

『アキラ! 立ちなさい! 今すぐによ!』

 アルファが強く叫んでいる。それは状況がアキラにとって致命的であることを意味する。ならばアキラは立たなければならない。立たなければならない理由など後回しにして、今すぐに立ち上がらなければならない。アルファの指示に速やかに従うことが、状況を改善させる最善の手段であることをアキラは理解している。

 うつぶせで倒れていたアキラが、ゆっくりと、混濁している意識の中で可能な限り急いで立ち上がろうとする。しかし少し朦朧もうろうとしている意識の中では機敏に動くのは難しい。ふらつきながらも立ち上がろうとして、身を起こし、膝を立て、顔を上げた。

 アキラの前には、ふらつきながらも立ち上がり、アキラへ銃口を向けているギューバの姿があった。

 引き金を引こうとするギューバの指の動きが遅い。殺意を込めてアキラを見るギューバの、視線の僅かな動きまで認識できる。時間感覚の矛盾、濃密な体感時間の圧縮を、アキラは明確に感じ取っていた。

『避けて!』

 アルファの指示を待つまでもなく、アキラはその場から飛び退いた。

 ギューバが引き金を引く。無数の弾丸が、アキラが直前までいた空間を通り抜けて背後の瓦礫がれきに激突する。銃声と、銃弾が瓦礫がれき穿うがつ音が辺りに響く。

 アキラは飛び退きながら落とした銃を無意識に探していた。それはアルファの強化服の操作と上手うまく一致していた。そのおかげで地面の銃を素早く拾うことに成功する。すぐに体勢を立て直しつつ、ギューバへ銃口を向けて引き金を引く。だがふらついた体勢で撃った為、弾丸は見当違いな方向へ飛んでいった。

 それでもギューバはアキラが反撃してきたことに驚き、急いでその場から飛び退くと、近くの瓦礫がれきの影に隠れた。

 アキラが表情を険しくする。まだ意識はしっかり戻っていない。ひずむ意識の中でアルファに助けを求める。

『……アルファ、悪い、上手うまく狙えない。アルファの方で照準を合わせられないか?』

『もうやっているわ。今のアキラの状態で、可能な限り精度を上げようとはしているのよ』

『……それで外したのか? さっきの衝撃で、強化服に、不具合でも出たのか?』

『違うわ。今の私はアキラの強化服を操作するために、その操作手段としてアキラを介しているの。アキラの意識が朦朧もうろうとしている場合や、意識を失っている場合は、その操作精度が著しく落ちるのよ。外したのはその所為よ』

『……分かった。回復するまで……、回復? 回復薬はどこだっけ? 車の中? リュックサックの中? どこかに落とした? あれ、どこだ?』

 朦朧もうろうとしたアキラの意識が別の方向に向き始める。アルファがそれを正す。

『アキラ。落ち着きなさい。指示は私が出すわ。まずは移動よ』

『……分かった』

 アキラはアルファの指示に従って、その場から移動した。

 ギューバは瓦礫がれきの影に隠れながら悪態を吐いていた。

「くそっ! あの状況、あの状態から攻撃をかわした上に反撃までしてきやがった! ちょっと良い装備を持ってるだけのガキだと!? 全然違うじゃねえか! あのくそガキ、適当なことを言いやがって!」

 セブラから話を聞いて、荷台の遺物を手に入れると決めてから、ギューバはアキラ達を殺す気だった。

 デイル達のレンタル車を銃撃して、自動帰還機能を起動させたのはギューバだ。雨がめばデイル達とアキラ達は別行動になる可能性が高い。不自然ではなく断りにくい理由でアキラ達と行動を共にするために、ギューバはデイル達の移動手段を奪ったのだ。万一、アキラ達が強情に同行を断った場合は、ギューバはデイル達を巻き込んでアキラ達と戦うつもりだった。

 アキラ達がモンスターの群れと交戦したのは、ギューバが設置した敵寄せ機の所為だ。ギューバはデイル達の車から敵寄せ機を運び出して、時限起動でひそかに設置していた。モンスターの群れがアキラ達を襲いやすい場所にひそかに設置して起動させて、自分は別の場所に避難していたのだ。

 アキラ達がモンスター達に殺された場合は後で遺物を回収する。アキラ達が勝利したとしても負傷者が出る可能性は高く、最低でも相当量の弾薬を消費する。少なくともギューバがアキラ達を襲う時に有利になる。結果として負傷者なしで終わったが、ギューバはデイルとコルベが予想以上に奮闘したのだろうと判断していた。

 ギューバはセブラを計画に巻き込み、セブラに分け前を与えることで協力を約束させた。そしてセブラを信用させるために予備の装備を渡した。ギューバはその装備の中に遠隔起動が可能なスタングレネードを紛れ込ませていた。勿論もちろんギューバはセブラにそのことを教えていない。

 ギューバが運転手を買って出たのは、アキラ達と戦いやすい状況を選ぶためだ。ギューバが荷台にいるシェリル達に銃を渡すように提案したのは、アキラの装備を減らすためであり、強力な武器であるCWH対物突撃銃とDVTSミニガンの残弾具合を確認するためだ。

 ギューバはできれば自分だけ離れた状態でスタングレネードを起動したかったのだが、雨上がりの影響で遠隔操作に支障が出ている可能性があり、十分に離れられなかった。しかし都合の良いことに、アキラもデイル達も足手まといのセブラを援護するために比較的セブラの近くにいた。ギューバは迷わず行動に出た。

 その結果がこれだ。ギューバはアキラを殺せず、瓦礫がれきの影に隠れている。

 ギューバが険しい表情でつぶやく。

「あのガキの話をに受けた所為か? いや、もうそんなことどうでも良い。殺すんだ。あいつを殺して、遺物を奪って、俺はやり直すんだ!」

 ギューバはアキラ達にスタングレネードの影響が残っている間に勝たなくてはならない。通常の状態での3対1では、ギューバに勝ち目はないのだ。

 ギューバは覚悟を決めて、瓦礫がれきの影から飛び出した。


 アキラは瓦礫がれきの影に身を潜めて体調の回復を待っていた。しかしそれはすぐに中断しなければならなくなる。アキラの敵はギューバだけではない。元々モンスターを倒すためにアキラ達は車から降りたのだ。

 モンスターはアキラ達にかなり近い距離まで近付いてきている。モンスターを荷台にいるシェリル達に近づけるわけにはいかない。アキラが身を乗り出してモンスターに向けて銃を構える。だが視界がゆがみ、体勢が崩れ、とても当たる気がしない。アキラは精密射撃をすぐに諦めて、モンスターへの威嚇を兼ねた乱射に切り替えた。

 アキラの銃からモンスターの周辺に無数の銃弾がばらまかれる。銃弾がモンスターに当たることはなかったが威嚇には十分だった。被弾を嫌がったモンスターがアキラ達から距離を取り、遮蔽物の影に隠れる。

 アキラが舌打ちする。それなりの数の銃弾は撃ったのだから、偶然でも良いので当たってほしいという希望はかなわなかった。アキラの運では、しっかり狙って撃った弾丸が運悪く外れることはあっても、適当に撃った弾丸が運良く当たることはないようだ。

 そしてモンスターは被弾を気にせずに襲いかかってくるほど強くはないが、そのまま逃げていくほど弱くもない。もしかしたら見かけ倒しのモンスターかもしれない。そのアキラの希望もやはりかなわなかった。

 強力なモンスターなら、そもそもギューバも行動に移さなかっただろう。強力なモンスターの場合は、仮にギューバがアキラ達を殺せても、その後にギューバ一人でそのモンスターを倒さなければならなくなる。その場合、ギューバが行動に移るなら全員でモンスターを倒した後になる。アキラ達には運の悪いことに、ギューバが行動を決断するぎりぎりの強さのモンスターが襲いかかってきたのだ。

『右に飛んで!』

 アルファがアキラに叫び、同時にアキラの強化服を操作する。アキラは強化服の動きに逆らわず、アルファの指示通りに右に飛ぶ。その一瞬後に銃弾がアキラの横をかすめていく。

 ギューバが続けてアキラを狙って乱射する。アキラは強化服の身体能力で不格好ながらも素早く転げるように銃弾を回避して遮蔽物に飛び込んだ。

 ギューバが表情を非常に険しくさせる。今の攻撃を回避されるとは思わなかったからだ。ギューバの経験では、会心の出来できの狙撃をしていたはずだった。

 ギューバの顔が僅かにアキラへの恐怖でゆがむ。ギューバはそれを敵意と憤怒ふんぬで上書きする。

「避けられた!? 背後からの狙撃だぞ!? 狙撃の射線とタイミングを読まれた? あり得ない! 仮に何らかの方法で、情報収集機器とかで俺の位置を把握して射線を予測されたとしても、狙撃のタイミングまで分かってたまるか! 偶然だ!」

 アキラが瓦礫がれきの影から銃を乱射する。一応ギューバがいる方向を狙ってはいるが、銃弾は見当違いな方向に飛ぶばかりで威嚇以上の効果は見込めない。

 アキラの無様な銃撃を見て、ギューバが自分に言い聞かせるように口に出す。

「あの攻撃を見ろ。俺の位置もろくつかんでいない。真面まともに銃を撃てる状態でもない。偶然だ。あのガキはスタングレネードの影響から回復していない!」

 ギューバは自らに強く言い聞かせた。しかししっかり被ったはずの強気の仮面は既に一部がひび割れていた。

「コルベ達より早く、あのガキだけが立ち上がったのも、ただの偶然だ。起き上がった直後に俺の攻撃をかわしたのも偶々たまたまだ」

 ギューバは偶然であると思いたかった。理由は分からないが必然的に避けられた。そう判断できないことが、ギューバのハンターとしての限界でもあった。

 アキラは身を潜めて体調の回復を待っていた。少しずつ回復しているが、十分戦えるほどまで回復するには今しばらく時間が掛かるだろう。

『アキラ。あれ』

 アルファがそう言って指を差す。アキラがその方向を見ると、デイルとコルベがよろよろと立ち上がろうとしていた。それを見たアキラがデイル達に向かって叫ぶ。

「ギューバが俺達を殺そうとしている! モンスターも近くにいる! 俺の敵じゃないならモンスターの方を倒してくれ! 俺はギューバを殺す!」

 デイル達は困惑の表情で辺りを見渡していた。聴覚が回復しておらずアキラの声が聞こえていないのか、単に状況の理解が追いついていないのか、それともとぼけているだけなのか、それはアキラには分からない。

 デイル達がアキラに気付く。アキラがモンスターの潜んでいる方向を指差す。それを見たコルベはすぐにその方向へ銃を構えた。デイルも慌てて同じ方向へ銃を構える。コルベが慎重にモンスターを探しに行く。デイルもその後に続いた。

『モンスターの方は彼らが何とかしてくれそうね』

 アキラが軽く息を吐く。

『……よし。あいつらとは戦わずに済みそうだな。これで少し楽になった。それで、あいつはどこにいる?』

『あっちよ』

 アキラがアルファの指差す方向を見る。拡張表示されたアキラの視界に、瓦礫がれきの向こう側に隠れているギューバの姿が赤く透過して表示されている。

『……今更だけど、これすごい便利だよな。どうやってるんだ?』

『あらゆる手段で得た情報を、高度に分析解析演算した結果よ。今は特にあいつの周辺の情報の収集解析を優先させて精度を高めているわ』

『情報収集機器で集めた情報か?』

『いろいろよ。勿論もちろん情報収集機器の情報も使用しているわ。他にもアキラの五感から取得した情報も大いに活用しているわ。人間の体は感覚器の塊と言っても過言ではないからね』

『俺がそんなにすごい情報を取得しているとは思えないんだけどな』

『情報を取得することと、それを解析して活用することは別よ。必要のない情報を気にしないことは大切なことでもあるしね。もしアキラが自分の五感で得た情報を全て厳密に解析しようとしたら、その余りの情報量の負荷で脳死は確実ね』

『アルファにはそれができる訳か』

『そういうことよ。ただごくまれに、無意識に行っている無駄な情報の選別と有用な情報の解析能力が非常に高くて、自分でも理由が分からない何かに気付く人がいるわ。勘が鋭いって言われる人ね。意図せずにそう言う能力を磨く機会があったのかもね』

『勘か。俺のよく当たる嫌な予感もその類いかな。それを磨く機会はたっぷりあったしな』

 アキラがいろいろな心当たりを思い出して自嘲した。

『よく外れる良い予感の方は、今後その予感が不要になるぐらいに、私が良い目にあわせてあげるから我慢しなさい』

『例えば?』

『そうね。まずは、今も私がこうやってアキラのサポートをしていること。これが一番ね。いろいろ良い目にあっているでしょう? 危険な遺跡から生還したり、高い遺物を手に入れたり、知識や戦闘技量を手に入れたりね』

『そうだな。助かってる』

『後は、この私の素晴らしい美貌と身体を、膨大な演算能力から生み出された芸術的なまでに魅力あふれる肉体を、アキラが独り占めしているのよ? 素晴らしいでしょう? 良かったわね?』

 アルファが肢体を見せつけるように軽くポーズを取る。アキラがそのアルファを少し見て、何とも言えない表情を浮かべる。

『えー、あー、そ、そうだな。うん』

 アキラは誤魔化ごまかすように、けむに巻くように、言い訳するようにそう答えた。それはアルファに向けた言葉でもあり、アキラ自身に向けた言葉でもあった。

『ちょっと、随分微妙な反応ね。私の体の何が気に入らないっていうのよ』

『いや、そんなことはないぞ? 気のせいだって』

 アキラは分かりやすとぼけた。それはアルファを揶揄からかう言葉でもあるが、自身を誤魔化ごまかす言葉でもあった。

 アルファが気を取り直したように楽しげに微笑ほほえんで話す。

『さて、無駄話ができるぐらいに回復したのなら、そろそろ反撃に移りましょうか?』

『ああ、大分回復した。行こう。反撃だ』

 アキラはスタングレネードの影響から回復した。強化服はアルファのサポートを完全に取り戻している。ここからはいつも通りだ。アキラは表情を鋭くさせて、意識を防衛から反撃へ切り替えた。

 アキラが遮蔽物にしていた瓦礫がれきから飛び出して一直線にギューバのもとに走る。もしギューバがアキラを狙っていれば危険きわまる行動だ。しかしアルファのサポートのおかげで隠れているギューバの位置も動向も把握しているアキラには全く問題ない。

 瓦礫がれきに隠れたままギューバの動きを監視して、ギューバが身を乗り出した瞬間に銃撃するという手もある。しかしデイル達がモンスターの撃破に手こずる可能性もある。不意を突かれてシェリル達への攻撃を許す可能性もある。アキラは速やかにギューバを撃破してシェリル達の護衛に戻るつもりだった。

 ギューバは近くにある半壊した壁の裏に隠れている。アキラがギューバを銃撃するためには、右、左、上のいずれかの方向から半壊した壁を回り込む必要がある。そう考えたアキラが走りながらアルファに尋ねる。

『アルファ。右、左、上の、どのルートで行けば良いんだ?』

『もっと安全なルートで行きましょう。真っぐよ』

『真っぐ? 壁越しに撃つのか? この銃じゃ無理だと思うぞ?』

 アキラが装備しているのはAAH突撃銃だ。弾倉の銃弾も通常弾だ。車に設置してあるCWH対物突撃銃でなければ、壁を貫通させてギューバを直接銃撃するのは難しい。

『問題ないわ』

 アルファは笑ってそう言い切った。

 ギューバが足音など気配や安値の情報収集機器の反応などからアキラの接近に気付く。表情をゆがめて身構えて銃口を左右に忙しく向ける。襲うがわから襲われるがわになった者の表情からは、既に強気の仮面が剥がれ落ちていた。

「どこからだ!? どこから来る!?」

 ギューバは中途半端な大きさで荒野に残っている壁に身を隠している。その壁から身を乗り出してアキラを攻撃することはできなかった。壁から身を乗り出した瞬間、銃弾を浴びて死ぬ気がしたのだ。

 アキラの気配がギューバの壁の反対側まで近付いてきた。強化服の身体能力ならば、ギューバが隠れている壁を飛び越えることは難しいことではない。

 アキラが壁を乗り越えて襲ってくる。そうと判断したギューバが銃口を壁の上に向けて銃を構える。

 ギューバが意識を壁の上に集中させる。壁の上から何が飛びだしてこようが、視界に入った瞬間に撃つつもりだった。

 次の瞬間、ギューバの目の前の壁が蹴破られた。

 アキラは壁の手前まで来ると、強化服の身体能力を十全に生かした強烈な蹴りを壁にたたき込んだ。アキラの蹴り足が壁にたたき込まれる瞬間、アルファの操作により強化服の足の部分が硬質化され、更に蹴りの威力が上昇する。その一撃は風雨で劣化していた壁を容易たやすく破壊して、壁に大穴を開け壁の破片を飛び散らした。

 壁の破片を浴びたギューバが大きく体勢を崩す。反射的に引き金を引き、銃弾を見当違いの場所に飛び散らせる。ギューバはそのまま地面に仰向あおむけに倒れた。

 突然の予想外の事態にギューバは混乱していた。その混乱は壁の穴の向こうから自分に銃を向けるアキラの姿を見た瞬間に消えせた。これから自分は殺される。その事実より重要なことは、ギューバには何もなかったからだ。

 アキラはぐに引き金を引く。無数の銃弾を浴びたギューバが絶命する。

(……こいつ、すごい強いじゃねえか。……あのガキ……適当なことを……言いやがっ……て)

 絶命するまでの僅かな時間、死の実感が引き起こした体感時間の矛盾の中で、ギューバはセブラへの呪詛じゅそを吐いてその生涯を終えた。

 アキラが血まみれのギューバの死体を少し冷めた目で見ている。

『死んだかな?』

『生身だし、死んでいるわね』

『良し。戻ろう』

 アルファの判断という確証も得た。ギューバへの興味をなくしたアキラは、そのまま走ってシェリル達がいる車へ向かった。

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