第43話 戦歴と実力

 アキラやカツヤ達が広間にとどまって警備を続けている中、ミマタ達は何度か周囲の探索に出て戻ってくるのを繰り返していた。

 レイナはミマタ達を止めるために中継器を介して本部に掛け合ってみた。だが本部は現場の裁量として真面まともに取り合わなかった。14番防衛地点は重要度も低く、本部が一々指示を出して監督するような場所ではないのだ。

 しばらくすると、カツヤ達もミマタ達の目的が単なる息抜きではないことに気付いた。

 不真面目に好き勝手に遺物収集に出かけている者がいる横で、自分達は黙って警備を続けている。レイナはその状況に不満を募らせ続けていた。

「カツヤ。私達も周囲を探索しない?」

「駄目だ」

 迷いのない検討の余地も見せないあっさりとした返事に、レイナが表情を不満げにゆがませた。自分達のチームリーダーであるカツヤの指示なので、チームの一員としてその指示に従う義務がある。それは分かっているのだが、本人の気性とまった不満がレイナを食い下がらせる。

「何でよ。何で私達だけ我慢しないといけないのよ」

「気持ちは分かるけど我慢してくれ。俺達は安全のためにできるだけ5人全員で行動するように決めたじゃないか。それに8人の中の5人、あいつらも加えれば7人が防衛地点から勝手にいなくなったら、本部も流石さすがに黙認しないだろう。ドランカムに苦情が出て、俺達も一緒に処罰を受ける。だから駄目だ」

 レイナはカツヤの正論に言い返せなくなったが、その正論ではまった不満を解消できず、黙って不満げな顔を浮かべていた。そのレイナに、カツヤが真剣さの中に親愛を浮かばせた表情を向けて、更に相手の目をじっと見詰めながら続ける。

「それに、俺はあんないい加減な連中と同じ真似まねをレイナにはさせたくない」

 レイナはカツヤに見詰められると僅かにたじろいで勢いを落とし、不服そうな表情を崩して少し恥ずかしそうな照れを見せた。

 レイナは以前カツヤの実力を認めずに食って掛かっていた。しかしカツヤ達が暴食ワニの撃破に自力で成功したと聞くと、その実力を確かめる名目でカツヤのチームに加わった。その時点ではまだカツヤの実力に懐疑的だったが、共にするようになるとぐにその実力を認めた。そしてカツヤに淡い好意を抱くようになった。

 今回も本来はカツヤ、ユミナ、アイリの3人のチームだったところを、レイナが無理を言ってシオリと一緒に後から加わったのだ。カツヤはそれを快く受け入れた。

 今度はシオリがレイナを優しくたしなめる。

「お嬢様。余りカツヤ様を困らせぬようにお願いいたします。私も賛成いたしかねます。私もカツヤ様もお嬢様の身を案じているのです。御理解を御願い致します」

「わ、分かったわ……」

 シオリに言われるとレイナも弱い。シオリはレイナの付き人だ。付き合いも長く、信頼も高い。そしてレイナが実家を出てハンター稼業を続ける条件として、護衛も兼ねてずっと付き添っている。レイナは更に勢いを落とし、それ以上食い下がるのを諦めた。

 シオリが話を続ける。

「先ほども進言いたしましたが、不用意に他者と接触する機会を増やさぬようお願いいたします。モンスター以外にも、警戒すべき対象は多々存在いたします。お嬢様のお付きの者が私のみである以上、遺憾ながら絶対の安全は保証できかねます。ドランカムに所属していないハンターとの会話もお控えください。お嬢様の気性では無用ないさかいの元になりかねません。また……」

 レイナは説教が長引く気配を感じると、口を挟んで何とか食い止めようとする。

「分かった。分かったわ。でもね、ちょっと過保護すぎない?」

「お嬢様。以前から繰り返し申し上げておりますが、ここは荒野です。防壁の内側とは根本的に異なる非常に危険な場所なのです。私の言動を過保護と思っている時点で、その認識が致命的に甘いことを、どうか御理解ください」

 東部に住む人間が荒野と呼ぶ場所には個人差がある。だが基本的には都市の外は全て荒野だ。荒れ地も野原も砂漠も海上も山脈も上空も遺跡も、全て一くくりに荒野と呼ばれて、同様の危険地帯として同一視されている。生涯を都市の防壁の内側で過ごす者達の中には、防壁の外側全てを、そこが都市の下位区画であっても、防壁外の地域として荒野と呼ぶ者もいる。

 程度の差はあれど、日々の生活で無意識に積み上げた当たり前の安全基準から掛け離れた場所。相手が人であれモンスターであれ、殺し合いの力量が物を言う危険地帯。そこが荒野だ。

 レイナも自身がその荒野にいると知ってはいる。だが認識が甘く、感覚が荒野に追い付いていない。

 シオリが護衛に付いていること。カツヤ達のような比較的良識的で常識的な者達との集団行動が基本になっていること。それらはレイナの安全を高めるのと同時に、危険を正しく認識する機会を遠ざけていた。

 シオリもそれは分かっている。だがそのためにレイナを危険にさらす訳にもいかない。仕方なく説教を長くして理解を促していた。

 レイナはシオリの説教に少しうんざりしながらも、癇癪かんしゃくを起こして反論するような真似まねはしない。自分の身を真剣に案じているのだとうれしく思ってすらいた。だが同時に、このままでは何事もなく終わってしまうとも思い、焦りを募らせていた。

 レイナはハンター稼業を必ずシオリと一緒にいる状態で続けていた。ただでさえ若手ハンターは侮られている上に、実力者の子守り付きだ。ドランカムでのレイナの評価は低い。それでもハンターランクは順調に上昇している。自身の実力を誰よりレイナ自身が認められないままに。

 カツヤ達は暴食ワニを討伐してその実力をある程度認めさせた。ドランカムではカツヤ達を子供だという理由で侮るハンターも減ってきている。暴食ワニほどではないがヤラタサソリもそれなりに強力なモンスターだ。その群れの討伐に加わって十分な成果を上げさえすれば、自分も自他共に認められるのではないか。レイナはそう考えていた。

 カツヤ達はドランカムから暴食ワニ討伐成功チームとして今回の作戦に派遣されていた。それを受けて本部は当初カツヤ達を討伐チームに配置する予定だった。だが現場の人間はカツヤ達の大半が子供だと知ると、配置を急遽きゅうきょ防衛チームに変更した。レイナはそれを残念に思い、自分達を軽んじる状況に怒りを覚えていた。

 防衛チームでも戦闘が発生する可能性は存在する。だからこそハンターを配備するのだ。きっと機会はある。レイナはそう考えて不満と焦りを抑えていた。しかし配属された14番防衛地点はとても安全だった。

(……もう随分時間がった。あいつらがこの場を離れるのはここにいても何も起こらないだろうと思っているから。本部だってそう考えているからあいつらにこの場にとどまれと指示を出さない。……このまま何の結果も出せないまま終わってしまうの?)

 レイナは何かが起こることを期待し始めていた。荒野では安全は何よりも大切だ。その基本すら忘れ、おろそかにするほどに焦っていた。

 その時、広間に設置している中継器から通信が入った。

「こちら本部。14番防衛地点、応答せよ」

 全員が中継器のそばに集まり、一番近くにいたミマタが答える。

「こちら14番防衛地点だ」

「何か異常はないか?」

「問題なし。平和なもんだ」

「……お前は、147番だな? さっきからちょくちょく持ち場を離れていたようだが、本当に何もなかったのか?」

「連れとトイレに行っただけだよ。一人で行くのは危ないし、尿意のタイミングに差があるのは仕方ないだろう。堅いこと言うなよ」

 ミマタ達が持ち場から頻繁に離れすぎたので、本部も流石さすがに苦情を出してきた。皆そう思っていた。ミマタも適当に誤魔化ごまかしながら切上げ時だと考えていた。だがその予想が覆される。

「そんなことはどうでも良い。移動中にヤラタサソリとの遭遇はなかったのか? あるいはそれらしい気配を感じたりはしなかったか?」

「いや、そんなことはなかった。何かあったのか?」

「15番防衛地点がヤラタサソリの群れに襲われた。撃退自体は負傷者もなく無事に済んだが、襲撃してきた方向が問題だ。既に制圧済みと判断した場所から襲ってきたようだ。単に探索チームの調査不足で経路の封鎖に漏れがあった可能性もあるが、ヤラタサソリが別の新しい通路を開通させた可能性がある。もろい壁を壊して穴を開けたり、瓦礫がれきの隙間を広げたりしてな」

「ここも襲われる可能性があるから警戒しろってことか?」

「違う。周辺を再調査してもらう。そちらから数名出して、地下街マップ構築時の状態から何か変化がないか周辺を確認してきてくれ。もし新たなルートが発見された場合は探索チームか討伐チームを送り込む」

 新たなルートが未調査の場所につながっていれば、その先には大量の遺物がだ手付かずの状態で残っている可能性がある。

 ミマタが仲間と顔を見合わせて笑った後、威勢良く返事をする。

「了解した。俺達で調査する。ぐに出発する」

「駄目だ。お前達は行くな。そこで黙って防衛地点を守ってろ。どうせ調査はそこそこに、遺物収集に行くつもりだろう」

「……そんなことないって」

「いいから、お前らは、そこから動くな」

 ミマタは本部の念押しに不満そうに舌打ちした。レイナがその様子を見て楽しそうに笑う。

「いい気味よ」

 ミマタがレイナ達を見ながら小馬鹿にするように本部に返答する。

「ふん。それなら誰に調査に行かせるんだ? 残っているのはガキと子守だけだぜ?」

 カツヤ、アイリ、レイナがミマタをにらみ付ける。ユミナも少し不服そうな表情を浮かべている。シオリは黙ってレイナのそばに立っている。アキラはどうでも良さそうにしていた。

 本部の職員が返答する。

「27番が行け。後は適当にそっちで選べ。27番を含めて多くても3名だ。27番だけでも構わん」

 ミマタ達もカツヤ達も自分達以外の番号を把握しているわけではない。27番が誰か分からないためお互いに顔を見合わせる。

「27番。了解した」

 声の主に皆の注目が集まる。27番は、アキラだった。

『アキラ。あと2人連れて行けるけれど、誰か連れて行く?』

『いや、1人で行く。余計なめ事は御免だ』

『それもそうね。それにしても、1人だと危ないから単独行動を減らす条件を折角せっかく盛り込んだのに、無駄になってばっかりね』

『全くだ。次があったら、もうちょっと条件を考えないとな』

 アキラがリュックサックをつかんで14番防衛地点から離れていく。他の者達はそのアキラを半ば唖然あぜんとしながら目で追っていた。驚きや困惑など、様々な視線がアキラに向けられていたが、アキラがそれらの視線を無視して広場の外に消えていった。

 我に返ったミマタが本部に怪訝けげんそうに聞き返す。

「何であのガキなんだ? 何かの間違いじゃないのか? 他のやつと勘違いしてないか?」

「27番で間違いはない」

 本部はミマタの疑問を明確に否定した。それを聞いて今度はカツヤが尋ねる。

「27番を選んだ理由は? 適当に選んだだけなら人員はこちらで選定したい」

 本部が適当に選んだ人員で作業を進める前例を作ると、今後の作業でめ事が発生しかねない。カツヤはそう考えて、チームのリーダとして本部に強く再考を促した。

 だが本部はそれも否定する。

「問題ない。27番の戦歴を考慮しての選択だ。残りの2名はそちらで好きに選べ」

 カツヤに衝撃が走った。まただ。その思いが表情に出ていた。本部側の職員は恐らく1階で自分達を軽んじて急遽きゅうきょ配置を変更したあの男だ。その男が、同じ若手ハンターであるはずのアキラの実力を認めたような発言をしている。アキラと初めて出会ったあの時と同じように。

 今度はシオリが問い掛ける。

「戦歴とは? カツヤ様達は3名で暴食ワニの討伐に成功しております。戦歴を考慮した上での選定ならば、人数的にもカツヤ様達3名の方がよろしいのでは?」

「カツヤ? ああ、そっちのドランカムチームのリーダーか。暴食ワニの討伐とヤラタサソリの討伐は別だ。戦闘状況も異なる。現在の状況に適した戦歴から、27番が適していると判断しただけだ。一々突っかかるな。上の判断に一々口を出すのがドランカムの方針か?」

 ドランカムは大規模徒党のつてを生かして、今回の作戦にカツヤ達を含めた多数の若手ハンターを送り込んでいた。実際はどうであれ実力に不安を覚えてしまう者達を多数じ込まれた所為で、この職員はドランカムに余り良い印象を持っていなかった。

 そのドランカム所属の者から本部側の判断を疑う質問が2度続いたこともあって、少し機嫌を悪くした職員は少し刺々とげとげしい返事を返していた。

 その職員の態度が、それを聞いた者達にアキラの実力を想像させた。だがミマタはそれに納得できずにいぶかしむ。

「あのガキにどんな戦歴があるって言うんだ?」

「ヤラタサソリの群れに襲撃、占拠されたビルから救援要請を出したハンター達の救出に成功している。更にビル内部及び脱出後にハンター達を追撃してきたヤラタサソリを、最低でも60体以上撃破している。これらは27番単独で行われている。地下街の環境は狭いビル内と類似点が多い。そこで既にヤラタサソリの群れとの交戦経験がある。十分な判断材料だ。それに比べれば、さっきそっちの誰かが言った、遠距離からデカいワニを撃ち殺しましたなんて戦歴は、比較対象にならないんだよ」

 その説明を聞いたその場の全員の感想を、ミマタが分かりやすく端的にこぼす。

「……じょ、冗談だろう?」

「ハンターオフィスの掲載情報だ。お前を揶揄からかための情報ではないことだけは確かだ。お前が納得する必要はない。お前はそこをしっかり守ってろ。以上だ」

 本部はそれだけ言って通信を切った。受けた衝撃は強く、ミマタ達もカツヤ達も驚きでしばらく顔を見合わせていた。

 レイナの頭から先ほどの衝撃が緩やかに抜けていく。だがその衝撃は、引いた後もレイナの思考にアキラへの興味という偏りを残した。

 レイナは何となくだがカツヤはアキラに対抗心のようなものを抱いていると感じていた。アキラの戦歴を聞いてからは、それを根拠に自分の予想は正しいと強く思い始めていた。

 自分がその実力を認めるカツヤ。そのカツヤが対抗心を燃やすアキラ。そのアキラに付いていけば何かが得られるのではないか。自身の実力を自分で誇れるようになる切っ掛けが、契機が、機会が、何かが。

 レイナはそう考えてしまった。荒野で一番大切な安全を軽んじるほどに。自分から危険を望むほどに。

「……枠はまだ2名分残っているわよね?」

 レイナの質問の意味を察したシオリが思わず声を上げる。

「お嬢様!?」

「あいつを追いかけるわ。用意して」

 レイナは選択した。安易な選択でも覚悟を決めた決断でも、選んだ結果は背負わなければならない。その自覚も薄いままに。


 ただでさえ迷路のような地下街は崩落等による経路の封鎖で更に迷いやすくなっている。アキラは貸出し端末を介して探索チームが作成したマップを閲覧できる上に中継器等との連携で現在地も確認できる。だがそのマップを作成する探索チームにそんなものはない。作成されたマップは探索チームの苦労の結晶だ。本部が地下街の形状からモンスターの侵攻経路を想定して防衛地点の配置等を検討するのにも非常に役立っている。

 だがヤラタサソリが壁に穴を開けて新たな侵攻経路を作り出せば、折角せっかくの一度制圧した領域の安全性も台無しになる。今はまだその可能性の段階だが、それだけでも危険度は高くなっている。アキラは今からその区域を調査するのだ。

 調査といっても、あてもなく地下街を歩き回るわけにもいかない。アキラは14番防衛地点からある程度離れた場所で一度立ち止まると、アルファと当面の行動指針の相談を始めた。

『どうしようか。取りあえず15番防衛地点を目指すか?』

『その理由は?』

『15番防衛地点を襲ったヤラタサソリに生き残りがいれば、来た道を戻った個体がいるかもしれない。その個体が負傷していれば、血とかが床に付着して目印になっているかもしれない。後はそうだな……、ヤラタサソリの群れに遭遇して対処しきれない時に、15番防衛地点の方が近かったらそっちに逃げ込めるからかな? 負傷者無しでヤラタサソリを撃退済みなんだ。14番防衛地点より安全かもしれない』

『良い判断ね。特に最後の理由が高評価よ』

 良い笑顔で答えたアルファを見て、アキラが不安を覚える。

『14番防衛地点は、アルファも危ないと思うのか?』

『空気も弛緩しかんしているし、配置人員は内部分裂済み。実際に襲撃を受けた時にどこまで真面まともに対応できるかは未知数よ。撃退済みの実績がある方が良いに決まっているわ』

『だよなぁ……』

 内部分裂に関しては進んで第三勢力になった人間にどうこう言う資格はない。だがアキラはそれを分かった上でつぶやいた。仲良く助け合おうとまでは言わないが、足の引っ張り合いをしない程度には、後ろから撃たれない程度にはアキラにも協力する気はある。モンスターとの交戦中に意図的な流れ弾の心配までしたいとは思わない。

『そろそろ行きましょうか。訓練を兼ねて私のサポート無しで進みましょう』

『こんな時にも訓練か』

『こんな時だからこそよ。勿論もちろん裏で私の索敵は実施するわ。私の訓練も兼ねてね』

『アルファの?』

 何となくだが、アキラはアルファが自分のように訓練が必要な存在とは思っていなかった。意外に思っていると、アルファが笑ってアキラには聞き捨てならないことを告げる。

『そうよ。現在のアキラの装備で私がどこまでアキラをサポートできるか。その確認とサポートの効率上昇の試行錯誤。それが私の訓練。実は今、私の索敵能力は結構落ちているのよ』

 アキラが凍り付いた。そして硬直から解凍されると分かりやすく慌て始める。狼狽ろうばいを抑えようと必死だったが、完全には抑えきれなかった。

『ど、どういうことだ?』

『詳細を説明すると長くなるから、簡単に原因だけ説明するわね。まず私はクズスハラ街遺跡の地下では、地上ほどの索敵能力を発揮できないのよ。そして遺跡の建築資材や機能には索敵能力を落とす性質のものもあるの。この場所はその両方を満たしているのよ』

『……それで、具体的には、どの程度低下しているんだ?』

『それは内緒。アキラやそこらのハンター達と比べれば、私の索敵能力の方がはるかに上よ。桁違いに高いわ。もっともアキラを比較対象にしている時点で、索敵の精度も範囲も著しく低下していると思ってね』

 アキラは内緒の意味を、知らない方が良いという意味だと解釈した。そして久しく感じていなかった恐怖を覚える。未知の遺跡で、曲がり角の先にいるかもしれないモンスターにおびえながら、歯を食いしばって進む感覚だ。

『大丈夫だ。覚悟は俺の担当だ。行こう』

 これで足がすくんで進めないようではハンター稼業など続けられない。アキラは覚悟を決めて歩き出そうとした。

『アキラ。その覚悟に水を差して悪いけれど、来客よ?』

 アルファがアキラの後ろを指差す。アキラは少し怪訝けげんそうにしながらも、アルファの態度から敵ではないと判断して、銃を構えたりせずにゆっくり振り向いた。そして別の意味で怪訝けげんそうな顔を浮かべる。

『あいつらは……』

 そこにはこちらに向かってきているレイナとシオリの姿があった。


 レイナ達がアキラの姿を確認したのと、アキラがレイナ達の方へ振り向いたのはほぼ同時だった。

 だが厳密にはアキラの方が僅かに早かった。シオリがそれに気付いてアキラへの警戒を強める。

 背後で確実に視界の外。足音などが聞こえる距離でもない。情報収集機器の反応で気付いたのだとしても、そこまで高性能な情報収集機器を保持しているとは思えない。それにもかかわらず、振り向いたアキラは自分達の位置を正確に把握しているように視線を向けてきた。シオリにはそれが偶然だとは思えなかった。

 東部の東端、最前線と呼ばれる地域で活動する一流のハンターには、説明の付かない何かによって、明らかに知覚外の位置にいる人の視線や気配を正確に感じ取る者もいる。アキラがその手の者達の同種、あるいはその才の片鱗へんりんの持ち主ならば、敵に回せば非常に危険だ。そう判断したシオリがレイナに再考を促す。

「……お嬢様。今からでも戻るわけにはいきませんか?」

「嫌よ。それにアキラに見付かった瞬間に戻るなんて思いっきり不審者じゃない。奇襲するつもりだったなんて勘違いされたらどうするのよ」

「私達には彼を奇襲する理由がありません。誤解は十分解けると思います」

「アキラも待っているみたいだし、急ぐわよ」

 レイナは先を急ぎ、説得を諦めたシオリも後に続いた。


 急いでこの場から離れてレイナ達をけばめ事の種が減るのではないか。アキラはそう考えて、ぐに取り消した。瓦礫がれきなどに擬態もするヤラタサソリの巣がある遺跡の中を、アルファの索敵能力が落ちている状態で、レイナ達を振り切るほど素早く移動する。アキラもそれは流石さすが躊躇ためらったのだ。

 そして一度待ってしまったので、何となく仕方なくそのままレイナ達の到着を待った。そして到着したレイナに、どことなく愛想の悪い様子で尋ねる。

「何かあったのか?」

 レイナが真面目な表情で答える。

「私達も探索に来たのよ」

「そうか。俺はあっちを調べるから、他の場所を頼む」

「私達も一緒に行くのよ」

 暗に同行を断ったのだが、伝わらなかったのか、伝わった上で無視されたのかまでは、アキラの拙い対人経験では分からなかった。そこで今度はシオリに非難気味の視線を送った。

「……お嬢様。先方は私達の同行に気乗りではない御様子です。やはり引き返した方がよろしいかと」

 レイナが表情を一気に険しくさせる。だが何かをみ殺すようにした後、軽く息を吐いて表情の落ち着きを保った。少なくともその努力はした。ここでアキラを相手に怒鳴り合うのは流石さすが不味まずい。その判断でその起点を辛うじて抑えたのは明らかだった。

 レイナが落ち着こうと心掛けながら、同行の交渉の続きを試みる。

「……私達も一緒に行くわ。私は役に立つわ。……私はも角、シオリは役に立つわ」

「じゃあ彼女だけで良いんじゃないか?」

「私がいないとシオリも帰るわ」

「じゃあ2人で一緒に帰れば良いんじゃないか?」

「私達も一緒に行くわ」

「嫌だ。帰れ」

 アキラはそう一度強く宣言すると、レイナ達に背を向けた。そしてレイナ達をいない者として扱って地下街を進んでいく。そのまま地下街を警戒しながらしばらく進んだ後、やはり気になって背後を確認すると、予想通りレイナ達は後を付いてきていた。しかも同行者並みに近い位置にいた。

 アキラは再度レイナ達と向き合うと、一度め息を吐いてからあきれに近い声を出す。

「……あれか? 俺はそっちに銃を突き付けて、帰れと脅さないといけないのか?」

 シオリが真剣な表情で答える。

「その場合は、全力で抵抗いたします。お互いにとって不必要な被害が生じますので、お勧めいたしません。再考願います」

 シオリの目は真剣そのものだ。自分の命と引き替えにでもレイナを守るという強固な意思が感じられる。

 その意思そのものにはアキラも称賛を覚える。だがこの状況で発揮するものでもないだろうとも思い、少しあきれを強めた視線をシオリに向ける。

「そこまで言うなら力尽くで彼女を連れて帰れよ。それで済む話だろう?」

わたくしは立場上、許容しうる範疇はんちゅうでお嬢様の意思を尊重いたします。お嬢様の意思を無視する行動は、相応の事態の場合に限られます」

 アキラが再びめ息を吐き、面倒そうに軽く頭を抱える。

『アルファ。何とかならないか?』

『仕方ないわ。ここは諦めて下手に気にしないようにしましょう』

『何でめ事製造機を連れて探索しないといけないんだよ』

『力尽くでどうこうしようとすると、事態が悪化するからよ』

『……そうだけどさ』

『盾やおとりぐらいにはなるし、負傷したら勝手に帰る。そう思って気を切り替えなさい。本当に銃を突き付けて脅す訳にもいかないでしょう?』

『……そうだな』

 アキラは諦めて地下街の調査を再開した。

 背後のレイナ達を無視して、周囲を念入りに警戒しながら15番防衛地点を目指す。情報収集機器で周囲の反応を探り、モンスターの存在を逐一確認する。反応がなかったとしても、以前にヤラタサソリの群れに囲まれた時のことを思い出して、気を抜かずに慎重に歩を進める。

 一応見落としがあればアルファが教えることになっている。だがそば瓦礫がれきが実はヤラタサソリの擬態かもしれないと思うと、どうしても慎重に、少々念入りに警戒してしまう。その所為でアキラの移動速度はかなり遅くなっていた。

『アルファ。そういえば俺の情報収集機器の設定だけどさ、今の設定で問題ないのか?』

『あるわ』

『……あるんだ』

『周囲の環境によって設定の最適値は異なるし、銃の照準器との連携内容でも変化するわ。見つけにくい特定のモンスターが多数生息している場合は、そのモンスターを発見しやすい設定にする必要もあるわ。対象範囲の設定も重要よ。範囲を狭めれば範囲外のモンスターに先に発見されるかもしれない。範囲を広くすれば索敵精度が落ちて擬態したモンスターの奇襲を受けるかもしれない。そういういろいろな要素を加味した上で、設定内容を慎重に調整する必要があるわ』

『つまり、今の俺には無理だってことだな。アルファ。代わりに設定してくれ』

『了解。はい。変更したわ。でもいずれは自分で設定できるようになってもらうからね』

 情報収集機器の設定変更により情報収集の精度が飛躍的に上昇する。その結果、アキラが装備している透過ディスプレイの表示内容が劇的に変わった。

 アキラの後ろにいるレイナ達の反応が鮮明になり、ぼやけていた周辺の立体図も更新された。探索チームが地下街マップを作成した時の地形情報と現在の地形情報の差異が、崩れた瓦礫がれきの破片の位置まで識別する精度で追加表示された。反響定位などで通路の曲がり角など遮蔽物の先を認識できる距離も延びていた。

 アキラが余りの違いに驚く。

『随分違うんだな。俺が聞かなかったらずっとさっきの設定のままだったのか?』

『現在の設定は正しいのか? 変更する必要はあるのか? 自分でそういったことに気付くのも訓練の内よ?』

 アキラが僅かに項垂うなだれる。

『……精進します』

『頑張ってね』

 アルファはいつものように微笑ほほえんでいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る